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第6話 寛解への道(3) ~ストレッチとマッサージ~

 私は、ネグリジェ姿で風呂場から部屋へ出た。

 やっぱり殿方の前でこの姿というのは抵抗がある。


 とりあえず、気恥ずかしさを悟られないように、さりげなくラパツィンスキ様にお礼を言う。


「ありがとうございました。お風呂、気持ちよかったです」

「それはよかったです。

 では、体が温まっているうちに、簡単なストレッチをしましょうか」


 ストレッチはそんなに難しいものではなかった。


 まずは、ベッドの上で横になり、体を上下に伸ばし、膝を立てて左右に振るといったことから始まり、立ち上がって、両手足をぶらぶらさせ、首を左右に回し、腕と肩を片方ずつ上下に回し、状態を前に曲げて腰を伸ばし、胸を反らして反対に腰を伸ばすといった感じだ。


 だが、私の首・肩・腰の凝りは病気由来のものということもあって、半端なものではなかった。

 首や腕を回すにも大きな円は描けず、回すたびにゴリゴリと固まった筋肉が悲鳴を上げていた。


 ラパツィンスキ様は、それを察したようだ。


「う~ん。首・肩・腰の凝りが酷いですね。やっぱり一度風呂でリラックスしただけでは、効果が薄いですね。

 姫殿下さえよろしければ、マッサージをしましょうか?」


 マッサージってことは、私の体を触るってことよね。

 初日からスキンシップが激しいような……。


 私が躊躇していると、ラパツィンスキ様が言った。


「バスタオル越しに押すので、直接肌には触りませんし、姫殿下がおいやなところは触りませんから、大丈夫ですよ」


 そこまで言われては断れないじゃない……。


「わかりました……お願いします」

「それではベッドの上でうつ伏せになってください」


 私には見えないが、ラパツィンスキ様は私を(また)いで馬乗りの姿勢になっているようだ。


 まずは、首の付け根から首筋をもみほぐされる。

 痛くはないギリギリの痛気持ちいい絶妙の力加減だ。とても気持ちがいい。


 と油断していたところで、ラパツィンスキ様の親指が見事に私の肩のツボを捉えた。

 また、痛気持ちいい絶妙の力加減で押され、気持ちよさのあまり、思わず「ううっ。あぁっ……」とふしだらと誤解されそうな声が出てしまい、慌てて口を押えた。


「声が出るのを我慢しなくていいですよ。緊張してしまいますから」


 そんなことを言われても……。

 でも、ここでやめるのも何だかだし……。


 私は仕方なく口に当てた手を外した。


 ラパツィンスキ様の親指は的確に凝っているツボを捉え、容赦なく押していく。


「ううっ。あ……っ。……っはぁっ……。ん……っ……」


 思わず声が出てしまう。

 何という超羞恥プレイなのか……でも、この気持ち良さには勝てないかも……。


 そのとき、部屋の扉の方から気配がしたので見てみると、護衛騎士のロタールが不審な表情でこちらを睨んでいた。

 確かにそうだろう、私の上にラパツィンスキ様が馬乗りになっていて、私はふしだらと誤解されそうな声を上げているのだから……。


 私は、慌てて状況を説明する。


「ロタール。大丈夫よ。マッサージをしてもらっているだけだから」


 ロタールは首をひねりながらも、「承知いたしました」と言って部屋の外に戻り、気配を消して空気になってくれた。


 ──ありがとう。ロタール……。


 そしてマッサージは背中に移り、一息ついていると、今度はラパツィンスキ様の親指が腰のツボを見事に捉えた。


「あぁぁぁぁん! あ……っ。……っはぁっ……。ん……っ……」


 これは肩以上に刺激が強い。なんという気持ちよさ……


 そしてラパツィンスキ様は、腰をほぐし終わると言った。


「実は臀部の筋肉は腰とつながっているのですが、こちらもほぐしておきますか? おいやなら止めておきますが……」


 一瞬、尻を触られる恥ずかしさも頭に浮かんだが、すっかり自分の身をラパツィンスキ様に委ねている私は、気持ちよさの方が優先していた。


「かまわないわ」

「では、失礼いたします」


 今度は親指ではなく、(てのひら)を臀部の筋肉に当ててぐりぐりと回された。

 これはこれで別な気持ちよさがある。


「ううっ。あ……っ。……っはぁっ……。ん……っ……」


「続いて、太ももとふくらはぎもよろしいでしょうか?」

「大丈夫よ」


 ここまで来たらもはや断る理由はない。

 こちらは普通に気持ちよかった。声は出ない。


 そして足裏を押してもらった後、仰向けにされた。


「顔にタオルをおかけしますね。目をつぶってリラックスしてください」


 う~ん。わかるけど……見えないと思って変なことされないわよね……

 ちょっとだけ不安がよぎるが、もはやまな板の鯉だ。どうにでもなれという気持ちだ。


「では、太ももとひざ下をほぐしますね」


 太ももは普通に気持ちよかった。

 そしてラパツィンスキ様の親指がひざ下の足三里というツボを捉えた。


 ──くーーーっ。効くーーーっ。


 声は出なかったが、凄く効いている感じだ。


「では、次は股関節のストレッチをしましょう。足の力を抜いてください」


 ラパツィンスキ様は、私の右足の膝を曲げて抱えると、蛙のように横に開き、ぐりぐりと回していく。

 確かに股関節が緩んでいくのが感じられるが、何よ! この淑女にあるまじき、はしたない恰好は! 相当に恥ずかしいんですけど……。


 最後に二の腕と上腕をほぐしてもらう。

 そして手の三里を親指で押してもらうと、やっぱり効くーーーっという感じだった。


「では、これで終わりです。顔のタオルをお取りしますので、ゆっくりと目を開けてください」


 タオルを静かにとられた後、ゆっくりと目を開くと思わず「はーーーーっ」とため息が漏れた。


「ありがとう。とっても気持ちよかったわ」


 心からそう思ったのだが、もしかして変な意味でとられちゃったかな……それはないよね。


 そこで体を起こそうと思ったのだが、ラパツィンスキ様に止められた。


「せっかく体がリラックスしたところなので、今日はこのままお休みください。いつもよりは熟睡できると思いますよ」

「わかったわ。今日はどうもありがとう。お休みなさい」


「おやすみなさい。いい夜を……」


 ラパツィンスキ様が部屋を出て行って扉を閉めると、私は別な意味で「はーーーーっ」と深いため息をついた。


 もちろん恥部は別として、尻や太ももなど微妙な部分も含めてほぼ全身を殿方に委ねてしまったのだ。冷静になって考えてみると、顔から火の出る思いがする。


 もしかして、お風呂からマッサージまでの行為が毎晩の日課になってしまうのかしら……。

 確かにこれ以上リラックスできることはないとは思うのだけれど……。


 あれこれ考えながらも、その日はそのまま眠りに入り、いつもよりもずっと熟睡できた。


 翌日。

 せめてマッサージはメイドにやってもらおうと試してみたが、ダメだった。


 何と言うか、女性の力では物足りないのだ。

 それに、同性よりも異性に触られた方がリラックスできるとか、そういうこともあるのかもしれない。増して、相手が好意を寄せている殿方ならばなおさら……。


 そして、やはりというか、お風呂からマッサージまでの行為が毎晩の日課になっていくのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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