第15話 ベルメン=ホラント戦争
ベルメン帝国の隣国のホラント王国では、帝国と友好関係のあったレオポルトⅥ世が急死し、長兄と次兄は早世していたため、三男のフリードリヒⅡ世が王となっていた。
彼は、もともと国を相続することが予定されていなかったため、帝王学をまともに学んでおらず、明確なビジョンもなく対外戦争を繰り返し、喧嘩王の仇名で呼ばれる愚昧な人物であった。
そのホラント王国が突然に帝国に侵攻してきた。
直ちに軍議が開かれたが、常套手段として皇帝の親征は切り札として取っておくこととなり、皇太子のバルドゥルを総司令官として急遽迎撃軍が編成され、戦場となる国境地帯へと慌ただしく出征していった。
幸い、ラパツィンスキ様は第1陣には組み込まれず、第2陣として出征することが決まっていた。
第1陣が踏ん張ってくれてホラント王国軍を撃退してくれれば、第2陣の出番はない。私は、第1陣の奮闘に期待した。
だが、私の淡い期待は脆くも裏切られることになる。
準備万端で士気も高いホラント王国軍に帝国軍は押され、その占領地域はじりじりと拡大していった。
付近の町や村の住民は、持てるだけの財産を持って慌てて帝国各地へと疎開していった。
この世界では、占領地域の財貨の略奪はもとより、住民を連れ去って奴隷とするような蛮行も権利として認められていたからだ。
ここで悲劇が起こった。
戦況が好転しないことに業を煮やした総司令官のバルドゥルが、軍の士気を鼓舞するため、自らが先陣を切ってホラント王国軍へと突撃を敢行したのだ。
しかし、これは蛮勇とでもいうべき行為だった。
作戦は失敗し、バルドゥルは戦死した。壮絶な戦いぶりの末での討ち死にだったという。
苦手だったとはいえ、長い時間をともに過ごしたかけがえのない兄だったのだ。
その訃報に接し、私は恥も外聞もなく大声を上げて泣いた。
ラパツィンスキ様は、そんな私の気が済むまで優しく肩を抱いて慰めてくれた。彼の好意が身に染みた。
そして、彼の存在が私にとって唯一無二のものであることを心から実感した。
だが、悲しんでばかりはいられない。
戦況は逼迫しており、直ちに第2陣の出征が決定されていた。
「アマンドゥス。無事で……とにかく無事で帰って来てくださいね。あなたがいなくなったら私……」と私は涙ながらに訴えた。
兄を失い、この上ラパツィンスキ様まで失ってしまったら、私の心は壊れてしまい、廃人になってしまうだろう。私は本気でそう思っていた。
「イレーネ様と離れるのは寂しい限りですからね。さっさと終わらせて、一刻も早く帰ってきますよ。ご心配なさらず」
とラパツィンスキ様は飄々として言った。
私には、これが私を安心させるための強がりなのか、本当に自信があって言っているのかわかりかねた。
大賢者様のような伝説的な高位の魔導士は戦況をひっくり返すような強大な力を持つという。しかし、人一人の力で本当にそのようなことができるものなのだろうか。
実際の彼の実力を知らない私は、やはり不安をぬぐい切れなかった。
ラパツィンスキ様が出征した日から、私は毎日教会に通い、彼の無事を神に祈った。
彼が残していったヨガウェアをこっそりとキープしておくと、その匂いを嗅いで彼を思った。ちょっと変態っぽいが、私としては彼を少しでも身近に感じたかったのだ。
そしてバルツの腹に顔を埋め、現実逃避した。
ところが、1週間後。
ラパツィンスキ様はひょっこりと戻ってきた。
あまりにも早い帰参に私は幽霊ではないのかと疑った。
「本物のアマンドゥス……なのよね」
「もちろんそうですよ。それ以外の何かに見えますか?」
本物だとすると……まさか敵前逃亡して逃げてきたとか……。
だが、それだと軍規違反で処罰されてしまう。
「戦争は……終わったのですか?」
「もちろんですよ。一刻も早くイレーネ様に会いたかったので、私だけ先に転移魔法で戻ってきました。約束したじゃないですか」
それを聞いて安心した私は、感極まってラパツィンスキ様に抱きつくと胸に顔を埋めて泣いた。
少し落ち着いてきて冷静になって見ると、彼の着ていたローブは私の涙と鼻水で盛大に汚れていた。
──あぁぁぁぁぁぁっ! またやってしまった!
だが、始めてラパツィンスキ様と出会った日のことが思い出され、なんだか懐かしくなった。
その夜。
ラパツィンスキ様は戦争から帰ったばかりで疲れているだろうに、いつもどおりお湯張りに来てくれ、マッサージもしてくれた。
だが、彼には怒られてしまった。
「イレーネ様。体が凝り固まっていますよ。ちゃんとヨガやストレッチをして、規則正しい生活をしていましたか?」
「いえ。それは……そのう……」
(あなたが心配でそれどころじゃなかったのよ!)とよほど言いたかったが言えなかった。
「もう。仕方ないですね……」
その日のマッサージは強めで、いつもより余計に声を上げてしまい、恥ずかしかった。
だが、マッサージを終わっても、ラパツィンスキ様は顔にかけたタオルを取ってくれない。
彼が「こんなイレーネ様にはお仕置きが必要ですね」と言うと、不意に私の唇に柔らかいものが重ねられた。
突然のことに戸惑ったが、その濃厚で甘美な感覚に抗えなかった。タオルで視覚が遮られていた私は、感覚がより敏感になっていた。
そして唇の感触がなくなり、ホッとしたところで、今度は首筋に柔らかいものを感じた。
──いやん。くすぐったい……。
が、次の瞬間、彼は私の首筋をぺろりと舐めた。
「あ……っ……」
頭を突き抜けるような快感があり、私はたまらずに声を上げてしまった。
それでも彼は許してくれない。
唇なのか、舌なのかわからない柔らかい感触が首筋を刺激し続ける。
「ううっ。あ……っ。……っはぁっ……。ん……っ……」
私の頭は快感で真っ白になった。
そして、彼の唇は徐々に下へと下がっていき……。
──ダメッ。それ以上されたら……私……。
危機感を覚えたとき……やっと彼は解放してくれた。
そして顔のタオルを取ってくれたとき、彼の顔がまともに見られなくて、両手で顔を覆った。
ラパツィンスキ様はちょっと不満そうに言った。
「今日はお礼をいってくださらないのですね」
私はちょっとムッとして、顔の両手を外すと「ありがとう」とわざと不機嫌そうに言った。
「それだけですか?」
仕方がなく、いつもどおりのことを言う。
「気持ち……よかったわ」
すると彼はニヤリと笑った。
(どちらがですか?)という彼の意地悪な声が聞こえた気がした。
その夜。
私は悶々として寝付けなかった。
あのまま彼が行為を続けていたら、私……。
──ああ。女ってダメだな……。
翌朝。
朝食後に侍女のワンダが黙って私にスカーフを手渡してきた。
どういうこと……?
ヨガウェアから部屋着に着替えて鏡をチェックしていた私は愕然とした。
首筋に盛大にキスマークがついているではないか。
ああ。ワンダにはバレてしまっていたのね……。
仕方なく、私はメイドたちに不審がられながら、その日一日、スカーフを首に巻いて過ごした。
その夜。
ラパツィンスキ様がお風呂のお湯張りに来てくれたとき、早速彼に小声で囁いた。ロタールに聞かれてはまずいと思ったからだ。
「キスマークはやめて……」
だが、彼は意地悪そうにニヤリとするばかりだった。
(では、マークをつけなければ、いいんですね)という彼の裏の声が聞こえた。
そこには、それ以上反論できない自分がいた。
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