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第12話 公務復帰

 リワークプログラムも順調にこなしていた私は、ついに公務復帰することになった。


 ラパツィンスキ様の助言もあり、こちらもいきなりフルで活動するのではなく、短い時間から始め、体調をみながら徐々に活動度を増やしていく。


 皇女の公務といっても、政務に関することは少なく、国賓(こくひん)の接遇や公式の夜会への出席といった社交活動がメインとなる。


 まずは、公式の夜会に短時間出席してみることにした。


「アマンドゥス。エスコートの約束は覚えていますよね」

「もちろんです。私がしっかりとエスコートさせていただきます」


 エスコートは、婚約者がいれば、それが務めるのが普通だが、私は婚約者がいなかったため、これまで2人いる兄のどちらかにやってもらっていた。


 これをあえてラパツィンスキ様に頼むということは、彼が私の婚約者候補に名乗りを上げたに等しい。

 彼も、その意味は理解しているはずだ。


 そして夜会の日がやってきた。


「第1皇女殿下の御成りでございます」という司会の言葉とともに入場する。

 ラパツィンスキ様のエスコートは卒がなく、完璧だ。


「病み上がりと聞いてはいたけれど、お美しくなられて……」

「あのドレスも見事ですわ。シンプルなデザインが皇女殿下のスタイルの良さを際立たせていますわね」

 などとご婦人方が私をもてはやす話し声が聞こえる。


 一方で、殿方の方はラパツィンスキ様への敵意をあらわにしていた。


「あの貴族もどきが偉そうに……所詮は皇女殿下の下僕ではないか」


 なんでも完璧にこなしてしまうラパツィンスキ様ではあるが、彼の唯一の弱点は身分だった。

 一代貴族の伯爵の孫であり、貴族の身分は保証されていない。


 しかし、私は、このような優秀な人が貴族に叙せられないまま生涯を終えるとはとても思えなかった。

 近い将来、彼は大きな勲功を立て、貴族に叙せられる。女としての私の勘がそう囁いていた。


 皇帝陛下の挨拶(あいさつ)が終わり、いよいよダンスの時間だ。


 私は、ファーストダンスの相手も迷わずラパツィンスキ様にお願いした。

 ファーストダンスの相手も、エスコートと同様に重い意味を持つ。


 音楽が奏でられ、私たちは踊り始めた。

 ラパツィンスキ様にはずっとレッスンに付き合ってもらっていたので、息はぴったりだ。


 周りの誰もが踊りの完璧さ、優雅さと芸術性の高さに舌を巻いた。


 いつしか比較されることを恐れたペアは私たちとは距離を置いていき、気がつくと2人は会場の中央で、まるで模範演技を披露しているような形となった。


 そして音楽が終わり、最後の決めポーズがバッチリと決まったとき、会場に2人を讃える万雷の拍手が鳴り響いた。


 私は、これに対し、照れることなく完璧な皇室スマイルをもって返した。


 まだ、興奮冷めやらぬ会場の中、お父様がやってきた。


「イリー。素晴らしい踊りだったよ。(ちん)も久しぶりに踊ってみたくなった。相手をしてくれるかな?」

「もちろんです。喜んで」


 お父様の踊りはさすがに年季が入っているだけあって、安定しており、安心してリードを任せられた。


 その流れで兄2人と踊った後、高位の貴族連中に次々とダンスを申し込まれた。


 皇女たる私と結婚して皇室と縁戚になりたいという貴族はごまんといた。

 さきほどのラパツィンスキ様との踊りを見て、二匹目のどじょうを狙い、少しでも目立ってアドバンテージを稼ぎたいといったところか……。


 高位貴族の機嫌を損ねるのも得策ではないので、私は誘いに応じることにした。

 だが、彼らの腕前はラパツィンスキ様には遠く及ばない。ダンスは男性のリードが大きくものを言うので、とてもではないが、注目を集めるには至らなかった。


 それも3人も踊ると疲れてしまった。

 当初の予定どおり、今日は夜会の終わりを待たずに中座しようと思っていたところに、空気の読めない侯爵家の息子がダンスを申し込んできた。


「皇女殿下。一曲踊っていただけますか?」

「私、疲れてしまって中座させてもらおうとしていたところですの……」


「何をおっしゃいますか。皇女殿下。先ほどの伯爵とは踊れて、侯爵家の息子たるバルド・フォン・ハルトマイヤーとは踊れぬとおっしゃるのですか。我が侯爵家を愚弄するおつもりか?」

「いえ。そのようなつもりは……」


「では、踊っていただきましょう」

 というとハルトマイヤーは強引に私の腕をつかもうとした。


 その刹那。ラパツィンスキ様が割って入り、ハルトマイヤーの腕をつかんで止めた。


「何をする。この貴族もどきが!」

 とハルトマイヤーは恫喝するが、ここで怯むようなラパツィンスキ様ではない。


「ハルトマイヤー卿。皇女殿下はお疲れなのです。ここは殿下の体調にご配慮いただき、ダンスはまたの機会にということにしてはいただけませんか?」

「おまえのような殿下の下僕の言うことを聞けるものか!」


「……………………」

 ラパツィンスキ様は無言のまま腕をつかんだ手を離さない。

 これは強引な誘いは認めないという無言の意思表示だ。


「ええい。手を離せ。この下僕が!」

 というなりハルトマイヤーは腕を引きはがそうと強引に引っ張った。


 そのタイミングでラパツィンスキ様が手を離したため、その勢いでハルトマイヤーは無様に尻もちをついてしまった。

 注視していた貴族たちから、たまらず失笑が漏れる。


「何をする!」

「離せと言われたから手を離しただけですが……何か?」


「おのれどこまでも侯爵家を愚弄しおって、侯爵家の力の何たるかを思い知らせてくれるわ」

 という捨て台詞を残してハルトマイヤーはその場を立ち去った。


 ラパツィンスキ家は商売も手広くやっていたが、特に最近は、私が使っていた化粧水やシャンプーが飛ぶように売れていた。

 夜会の場が貴族たちへの絶好の宣伝の場となったのだ。

 結果として、私は優秀な広告塔であったわけだ。


 これに対し、ハルトマイヤー家は、これらの原材料をラパツィンスキ家に融通しないように国内の業者に圧力をかけた。

 しかし、ラパツィンスキ家は外国から原材料を仕入れることにより、あっさりと困難を切り抜けてしまう。


 圧力をかけられた業者たちは、これを見て、多額の機会損失を被ったことに激怒した。そして連帯してハルトマイヤー家との取引停止を宣明した。ハルトマイヤー家は業者たちの信用を失ってしまったのである。


 この事態を受け、ハルトマイヤー家に事業資金を融資していた債権者たちがハルトマイヤー家に殺到し、直ちに借金返済をよう求めた。

 彼らは、ハルトマイヤー家の事業が立ちいかなくなり、借金全額を踏み倒される前に、一部でもいいから借金を回収しようとやっきになっていた。


 ハルトマイヤー家は、たちまち資金繰りに行き詰まり、窮余の策として、領地に臨時の税を課して、当座をしのごうとしたのだが、領民に暴動を起こされたあげく、その責任を取らされて、辺境伯に格下げされ、国境地帯に転封させられることとなった。


 結局、経済戦争に家格の上下は関係ないというお手本のような展開となったのだ。


「ラパツィンスキ家に迷惑がかからなくてよかったわ」

「地位の高さに胡坐(あぐら)をかいて、業者の信用を顧みないような(やから)はいつかこう言う目にあったでしょう。自業自得ですよ」


    ◆


 私は、このように少しずつ公務を始め、半年後にはほぼ従来通りの公務をこなせるようになっていた。気鬱の病の症状もほぼ出なくなっていた。


「これでほぼ寛解(かんかい)しましたね」

「寛解?」


「気鬱の病は体質のようなもので再発のリスクも高いので、完治とは言わず。症状が収まったという意味で寛解と言うのですよ」

「なるほど……」


 それはそれで嬉しいことなのだが……。


 そして私の不安は当たってしまった。


「陛下から内示がありまして、護衛魔導士を辞めて宮廷魔導士団に復帰することになりました」

 という話がラパツィンスキ様からあったとき、来るべき時が来てしまったと思った。


 これまで一日の多くの時間をラパツィンスキ様と過ごしてきた私は、彼の援助なしに1人でやっていける自信がまったくなかった。

 そう思うと、心細さから私の目から大粒の涙がポロポロと(こぼ)れ、彼の胸で声を上げて泣いた。


 彼は、私の肩を優しく抱きながら(さと)すように言った。

「これからも朝と夜には今までどおり毎日伺いますから。会えなくなる訳ではありません」

「でも……」


「イレーネ様もいい大人なのですから、自立できるよう少しずつでも頑張ってみてください。何かあれば、お呼びいただければ飛んできますから」

「わかったわ。呼んだらすぐ来るのよ。絶対だからね」


「もちろんですとも。それにバルツをイレーネ様の傍に常に控えさせることにいたしましょう。それで少しは心強くなるのでは?」

「そうね……ありがとう」


 ラパツィンスキ様に助けていただいたとき16歳だった私は、先日18歳の誕生日を迎えていた。

 確かにいつまでも子供ではいられないわ。


 でないと、ラパツィンスキ様にいつか見放されてしまうかもしれないもの……。

お読みいただきありがとうございます。


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