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代用品で悪魔召喚の儀式をしてみたら

作者: ウォーカー

 住宅街の一角に建つ一軒家。

その一軒家の敷地には、離れの小屋と地下室があった。

ある日の深夜。

その離れの地下室に、

黒いフードを被った10人の若者たちが集っていた。

すっぽりと頭を覆い隠した10人の若者たちは、

薄暗い地下室の中、膝を突いて車座に跪いている。

その中からリーダー格の男が立ち上がって、厳かに宣言した。

「さあ、諸君。

 世界を滅ぼす悪魔召喚の儀式を始めよう。」


 10人の若者たちは同じ学校の学生同士。

しかし、学年や性別はバラバラ。

そんな10人の若者たちの共通点は、各々が実生活に問題を抱えていること。

友達が出来ない。

友達と上手くいかない。

親と仲良く出来ない。

学校の勉強に付いていけない。

好きな人に振り向いてもらえない。

腐った世の中を変えたい。

ヒーローになりたい。

などなど。

そんな問題を抱えた10人の若者たちは変化を望んでいた。

何か状況が変われば問題を解決できる、そう思っていた。

しかし、

そう簡単に状況を変えられるわけもなく。

あるいは、少しぐらい状況が変わったところで、

問題が解決できるようになるわけでもない。

それならばいっそ、世界を滅ぼしてしまいたい。

滅んだその後の世界で、もう一度やり直したい。

そんな突飛な考えに囚われるようになっていった。

世界を滅ぼすために、悪魔を召喚しよう。

そんな大それた目的のために、

10人の若者たちは地下室に集まったのだった。


 地下室に集まった黒フードの10人の若者たち。

リーダー格の男の宣言で、悪魔召喚の儀式を始めようとしていた。

「諸君。

 世界を滅ぼす悪魔召喚の儀式を始めよう。

 今日この日のために、各々が準備をしてきてくれたことだろう。

 では早速、私の隣の君から、

 時計回りの順番で見せていってくれ。」

リーダー格の男の合図で、隣で膝を突いていた黒フードの男が立ち上がった。

「はい、分かりました。

 まず俺が用意したのは、鶏の血。

 これは、悪魔召喚の魔法陣を描くのに使います。」

黒フードの男が差し出したのは、液体がなみなみと満たされたバケツ。

バケツの中身から生臭い血の臭いが漂っている。

その臭いに顔を顰めながら、黒フードの若者たちが質問した。

「鶏の血なんて、よく用意できたな。」

「はい。

 近所の農家が飼ってる鶏を締めて捌くと聞いて、

 その手伝いをして分けて貰いました。」

「それはご苦労だったな。」

「ところで、何で鶏の血じゃなきゃいけないんだ?」

「この雑誌にそう書いてあるからだ。」

黒フードの若者の疑問に、

リーダー格の男が、手にしている雑誌をペラペラと振って応えた。

その応えに、黒フードの若者たちからは不満の声が上がる。

「雑誌に書いてあれば何でも正しいとは限らないだろう。

 何か理由があるはずだ。」

「それが、調べたけれど分からなかったんだ。

 どの解説も他所の引用ばかりで、肝心の引用元の記述が無くてな。

 正しい情報がどれなのか、分からなかったんだ。

 儀式の目的によっては、違う獣の血を使うこともあるらしい。

 でも、今回はたまたま鶏の血が手に入ったので、それを使おうと思う。」

「はっきりしないなぁ。」

「仕方がないだろう。

 世界を滅ぼす悪魔召喚のやり方なんて、他人に相談できないんだから。

 今はこれで我慢してくれ。

 では、次に用意した物を見せてくれ。」

結局、鶏の血を用意する理由は分からなかった。

黒フードの若者たちは首を傾げたまま、次の道具の確認をすることにした。


 次に、隣で膝を突いていた黒フードの男が立ち上がった。

黒フードの男が差し出したのは、3本の酒瓶だった。

酒瓶のラベルを指しながら説明を始める。

「俺が用意したのは、触媒の酒だ。

 親父のコレクションの中から拝借してきた。

 この古い酒は、悪魔の酒って呼ばれてた物らしい。

 3本あったから、全部持ってきたんだ。」

その説明に、リーダー格の若い男が満足そうに応えた。

「ほぅ、悪魔の酒か。

 悪魔召喚には丁度いいな。

 よく用意してくれた。」

しかし、他の黒フードの若者たちからは、またも疑問の声が上がる。

「酒の名前なんて、人間が決めたものだろう。

 悪魔召喚にはそんなもの関係ないんじゃないのか。」

「お酒の価値なんて、名前が決めるものじゃないと思うわ。」

湧き上がる不平不満に、

隣で膝を突いていた黒フードの女が執り成す。

「まあまあ、そう言わずに。

 せっかく用意してくれたお酒なんだからさ。

 全く無関係のお酒よりは良いと思うわよ。

 あっ、あたしは人数分のグラスを用意したわよ。

 祭壇にお酒を捧げる時に使っても良いし、乾杯に使っても良いと思って。」

話を引き継いで、黒フードの女が差し出したのは、

贈り物に使われるような木箱。

蓋を開けると、中には綺麗なグラスが何個も入っていた。

グラスの1つを手に取って説明する。

「これ、うちのパパがお土産に買ってきてくれた物なの。

 ガラス細工で有名なところで作られたグラスなんだよ。

 高価なグラスだから、割らないように気をつけてね。」

その言葉に、黒フードの若者たちからまた疑問の声が上がった。

「グラスを割らないようにだって?

 俺たち、これから世界を滅ぼす悪魔を召喚しようとしてるんだぞ。

 グラスが割れるとか、そんな小さなことを気にするなよ。」

「一応よ、一応。」

そんなやり取りを聞き流しながら、黒フードの男がグラスを手に取って言う。

「外国では、

 乾杯したグラスを床に叩きつけて、願いを叶える習慣もあるそうだよ。

 俺たちもやってみようか。」

「絶対やらないで。」

黒フードの女は咎めるようにグラスをひったくって回収した。

するとさらに他の黒フードの男が、

ずり下がった眼鏡を直しながら解説を始めた。

「乾杯とは元々、

 お互いの盃に毒が入っていないことを確認するためのものだったそうです。

 あるいは魔除けの意味もあったようですが。

 酒の中に宿った悪魔は、ガラスの音が嫌いだとか。」

黒フードの女がウンウンと頷く。

「あー、わかる。

 ガラスを引っ掻いた音、私も苦手なのよね。」

「キーって引っ掻く音?

 黒板を爪で引っ掻いた時みたいな。」

「ちょっと止めてよ。

 想像しちゃったじゃない。

 ・・・寒イボ立ってきた。」

「何にせよ、ガラスの音は立てないほうがいいな。

 グラスを割ったりしないように気をつけよう。

 それで、次に用意したのは何だ?」

収集がつかなくなりそうだったので、

リーダー格の男が半ば強引に次の話に持っていくことにした。


 次に差し出されたのは、お手製のぬいぐるみだった。

人間の赤子くらいの大きさで、長い髪を生やしている。

ぬいぐるみを用意した黒フードの女が説明を始める。

「これ、生贄のぬいぐるみ。

 本当は、生贄といえば若い女の人なんだけど、

 そんな役、誰も引き受けてくれなかったの。

 私もやりたくないし。

 だから、生贄の代わりに手芸のぬいぐるみを編んだの。」

世界を滅ぼす悪魔を召喚するための生贄は、手芸のぬいぐるみ。

そんな説明を聞いて納得するわけがない。

ある者は頭を抱え、またある者は唾を飛ばして食って掛かった。

「生贄がぬいぐるみって、そんなもので悪魔が召喚できるか!」

「いやその前に、君は誰に何の説明をしたんだ?」

「えっと、お母さんとお姉ちゃんに頼んだの。

 悪魔を召喚したいから、生贄になって下さいって。」

「・・・それで返事は?」

「2人とも明日は朝早いから駄目だって。」

呑気な説明に、黒フードの若者たちは頭を抱えた。

「あのなぁ、この儀式のことは誰にも内緒って言っただろう。」

「うん。

 だから、世界を滅ぼす悪魔だってことは内緒にしておいたよ。」

「生贄だの悪魔だのを話してしまったら、意味がないだろう。」

「そもそもお前の姉ちゃんって、格闘技の達人だよな?

 大会で優勝もしてるし。

 そんな屈強な人が生贄として使えるかな。

 普通、生贄って言ったら、か弱い乙女じゃないか?」

「でもあの人、美人だしスタイルも良いから、

 悪魔受けは良いかも知れないわよ。」

「じゃあ頼みに行ってくれよ。

 俺は遠慮するけどな。」

「お袋さんも綺麗な人だけど、生贄って年でもないしな。」

「でしょ?

 だから、ぬいぐるみを編んだんだよ。

 それにこれ、ただのぬいぐるみじゃないんだ。

 何と、髪の毛は本物の人間の髪の毛なんだよ。」

そこで、他の黒フードの女が言葉を継ぐ。

「そうそう。

 そのぬいぐるみの髪の毛、私の髪の毛なの。

 暑くなってきたから、ショートヘアにしようと思って。

 それで、美容院で切った髪を持って帰ってきたのよ。」

黒フードの女が、フードを少しめくって見せる。

覗かせた髪は、綺麗なショートヘアに整えられていた。

他の黒フードの女がその髪に手をやる。

「あら、ショートヘアも似合うわね。

 これであの先輩にも振り向いて貰えるんじゃない?」

「そ、そうかな。

 でも、似たような髪型の子は他にもいるし・・・」

「そこでウジウジするから駄目なのよ。

 あなたはちゃんとかわいいのだから、自信を持って。」

「いいなー。

 私もショートヘアにしようかなぁ。」

黒フードの女たちが集まって、

やいのやいのとピンク色の話に花を咲かせている。

そこはかとない疎外感を感じて、

リーダー格の男はこれ見よがしに咳払いしてみせた。

「うおっほん!

 まあとにかく、今はそのぬいぐるみを生贄ということにしよう。

 それで、次に用意したのは何だ?」

次の順番だった黒フードの男が、慌ててポケットを弄った。


 次に差し出されたのは、丸くて黒い石だった。

黒いフードの若者たちがその黒い石を覗き込んで言った。

「これ、何?」

「魔法陣を描くブラッドストーン・・・のはずだったんだけど、

 この辺りの店では、本物が手に入らなくって。

 代わりに、河原で黒い石を拾ってきたんだけど駄目かな?

 一応、綺麗そうな石を選んだんだけど。」

「それじゃこれ、ただの河原の石ころじゃない。」

「そうとも言う。」

そんなやり取りを聞いて、リーダー格の男はまたも頭を抱えた。

それを横目に、他の黒フードの男が執り成そうとする。

「ま、まあ、何も無いよりはいいよね。

 魔法陣を描く鶏の血は本物が手に入ったわけだから、

 ブラッドストーンは代用品でもいいんじゃないかな。

 次いこう、次!」

「次は俺だな。

 俺が用意したのは、動物の革。

 だけど、大きな動物の革を手に入れるのが難しくって。

 代わりの物を用意したぜ。」

黒フードの男は立ち上がると、着ている上着を見せた。

「これ、兄貴の革ジャンを借りてきたんだ。

 本革だから、動物の革と同じだろう。

 兄貴が大事にしてる物だから、傷をつけるなよ。」

またしても代用品が差し出されて、

リーダー格の男は頭を抱えてこちらを見ることができない。

それを差し置いて、

他の黒フードの若者たちは革ジャン談義に夢中になっている。

「いいなー、その革ジャン。

 俺も欲しいと思ってたんだよ。

 ちょっと着させてくれないか?」

「良いけど、大事に扱ってくれよ。」

「細かいこと言うなよ。

 どうせこの後で、世界を滅ぼす悪魔を召喚するんだから。」

「それにしても、

 悪魔召喚の儀式に、どうして動物の革が必要なのかしら。」

「さあ?

 悪魔がこの世に現れた時に体の一部にするんじゃないの。」

「じゃあ、革だけじゃなくて中身もあった方がいいんじゃない。」

「もしそうなら、革ジャンは着たままの方が良いかもね。」

「それじゃ生贄と変わらないじゃないか。

 俺は御免だぜ。」

「あるいは、革に宿る悪魔を召喚するとかでしょうか。

 物には魂が宿ると言いますし。」

「八百万の神々の話ね。

 私たちがこれから召喚するのは悪魔だけど。」

ようやく立ち直ったリーダー格の男が、

取り留めのない革ジャン談義を打ち切るように声を上げた。

「わかった!それで良い。

 だから早く次を確認させてくれ。

 次で最後のはずだ。」

「あっ、最後は私ね。」

そう言って黒フードの女が差し出したのは、

花柄のケースに入れられた、背の低い蝋燭ろうそくの詰め合わせだった。

「・・・なんだ、それは。」

箱を開ける前から、リーダー格の男の眉間には皺が寄っていた。

黒フードの女は涼しい顔で説明する。

「これ、儀式で使う蝋燭の代わり。

 本格的な蝋燭って注文だったから、模様が入ってるキャンドルを買ってきたの。

 ラベンダーのアロマキャンドルだから、リラックス効果もあるわよ。

 寝る前に使うと、安眠できるんだって。」

「これから世界を滅ぼそうってのに、リラックスしてどうする。」

「俺たちがこれからするのは、安眠じゃなくて永眠だけどな。」

リーダー格の男は呆れ果てて、口を挟むことすら出来なかった。

そんなことがあって、

悪魔召喚に使う道具がどうにかこうにか揃ったのだった。


 世界を崩壊させる悪魔を召喚しようと集まった10人の若者たち。

悪魔召喚の儀式のために用意した道具は言うと。

鶏の血、触媒の酒、酒を注ぐグラス、

生贄のぬいぐるみ、黒い石、革ジャン、アロマキャンドル。

半分以上が代用品で、とても悪魔召喚の儀式に使うものとは思えない。

しかし、少なくとも集めた本人たちは至って真剣。

集めた道具を使って、悪魔召喚の儀式を始めることになった。

呆れていたリーダー格の男も機嫌を直して、

今は雑誌を片手に、地下室の床に鶏の血で魔法陣を描いているところだった。

その間に、他の黒フードの若者たちも準備をしていく。

簡素な祭壇を作って触媒の酒瓶3本を置き、グラスに酒を注ぐ。

革ジャンを敷いて、その上に生贄のぬいぐるみを寝かせる。

鶏の血で描いた魔法陣の中に、黒い石で細かな字や模様を描いていく。

それから、魔法陣の周りにアロマキャンドルを並べて、準備は完了した。

アロマキャンドルに火を灯すと、

薄暗い地下室に魔法陣が照らし出されて、幻想的な光景になった。

黒フードの若者たちが額の汗を拭いながら言う。

「よし。これで準備完了だ。」

「思ったよりも雰囲気出てるわね。」

「鶏の血の臭いとアロマキャンドルのラベンダーの臭いで、

 具合が悪くなりそうだわ。」

「だったらこっちに来いよ。

 出入り口の近くの方が臭いが少ないぜ。」

「ありがと。」

それから黒フードの若者たち10人は、

肩を寄せ合うようにして魔法陣の中に立った。

全員が集まったのを確認して、

リーダー格の男が見様見真似の呪文を唱え始めた。

長く回りくどい呪文が続き、そして。

「いでよ、悪魔!

 この腐った世を燃やし尽くせ!

 新たな世界を創造するために。」

そんな掛け声で呪文は結ばれた。


 リーダー格の男が悪魔召喚の呪文を唱え終わって、

しばらくの間、地下室に静寂が過ぎていった。

悪魔召喚の儀式に必要な手順は全て終えたはずだが、

地下室には何も変化は無かった。

「・・・何も起こらないな。」

「もしかして失敗?」

などと黒フードの若者たちが話をしていると、カタカタと祭壇が揺れ始めた。

微かな地響きがして、やがて地下室を揺らす地震のような揺れに変わった。

魔法陣の中に立っている若者たちは、

お互いに手を取り合って揺れに耐えている。

「この揺れはなんだ?」

「ただの地震じゃないぞ。

 揺れてるのはこの地下室だけみたいだ。」

「見て!床に地割れが出来始めたわ。」

「みんな!この魔方陣の外に出るなよ。」

地下室の床に描かれた魔法陣が、若者たちを守るように鈍く輝いていた。

その魔法陣を避けるようにして、

地下室の床に亀裂が入り、少しずつ口が開いていく。

変化が起こっているのは魔法陣だけではなく、祭壇にも変化が起こっていた。

祭壇に置かれていた3本の酒瓶の内、2本の瓶が粉々に砕けて、

中身の酒が霧散して消えてしまった。

生贄のぬいぐるみが発火して、青い炎に包まれている。

その様子を黒フードの若者たちが息を呑んで見ていると、

今度は地割れの中から重々しい声が聞こえてきたのだった。

「・・・我を召喚せしは誰だ。」

重々しい声は、確かにそう話しているように聞こえる。

聞いたことがない言葉のはずなのに、意味が分かる声だった。

黒フードの若者たちが応えられずにいると、

地割れからの声は苛立ったように、重ねて問いかけてきた。

「・・・我を召喚せしは誰だ。

 そこにいるのだろう、応えよ。」

無視するわけにもいかず、リーダー格の男が応えることにした。

ごくりと喉を鳴らして、地割れからの声に話しかける。

「わ、私だ。

 悪魔召喚の儀式をしたのは、私だ。

 そういうあなたは、世界を滅ぼす悪魔か?」

すると地割れからの声は、愉快そうに声を上げた。

「ほぅ、世界を滅ぼしたいと申すか。

 確かに。

 我は、貴様ら人間が悪魔と称するに近しい存在だ。」

地割れからの声は、自分を悪魔だと言っている。

どうやら、悪魔召喚の儀式は成功したらしい。

黒フードの若者たちは、目の前で起こったことが信じられず、

あんぐりと開けた口を閉じられない。

それから、お互いの頬をつねりながらヒソヒソと相談を始めた。

「・・・ねえ、悪魔だって。

 悪魔召喚の儀式、成功したみたいよ。」

「そんなに強くつねるなって。頬が痛いよ。」

「すごい。

 悪魔って本当にいたんだ。」

実感が遅れてやってきて、

黒フードの若者たちはやんややんやと大騒ぎを始めた。

その騒ぎを背景に、リーダー格の男は地割れからの声と話を続けている。

「私たちがあなたを召喚したのは他でもない。

 この世界を滅ぼして欲しいんだ。」

「世界を滅ぼす、だと。

 支配ではなく滅ぼしたいと、貴様は願うのか。」

「そうだ。

 ここにいる私たちは、この世界では居場所がない。

 だから、世界を滅ぼして新しく生まれ変わりたいんだ。」

聞こえてくる話が深刻になっていって、

騒いでいた他の黒フードの若者たちは大人しくなった。

今は黙って話に耳を傾けている。

地割れからの声が、リーダー格の男に向かって言う。

「成程。

 貴様達の状況は理解した。

 我をこの世界に呼び出した貴様達に、我は願いを叶えることで報いよう。

 この世界に我が顕現するまでに、今しばらく時間がかかる。

 それまで、最期の宴でもして待っているが良い。」

一方的にそう言い放つと、地割れからの声は黙ってしまった。


 悪魔召喚の儀式はどうやら成功したようだ。

地下室に出来た地割れから聞こえる声は、

自分は人間が言うところの悪魔だと認めた。

この世に呼び出したお礼に、望み通り世界を滅ぼしてくれるようだ。

改めて自分たちがしてしまったことに、黒フードの若者たちは戸惑っていた。

お互いに探るような視線を投げかける。

「・・・なあ。

 俺たち、本当にこのまま世界を滅ぼして良いのかな。」

「今更、何を言ってるんだ。

 この世界には、俺たちの居場所なんて無いじゃないか。

 だからこそ、世界を滅ぼす悪魔召喚をしようと決めたんだ。」

「うん、そうだったわよね。

 でも・・・」

世界を滅ぼすことが実際に可能かもしれない。

それを実感して戸惑う黒フードの若者たち。

すると、リーダー格の男が手を叩いて鼓舞した。

「そのことについては、もう十分話し合っただろう。

 今は、決めたことをやり遂げるだけだ。

 私たちが願っていたことが、ようやく叶おうとしてるんじゃないか。

 そうと決まれば、みんなで乾杯しよう。

 みんな、グラスを用意してくれ。

 酒が1本残っているから、それで乾杯だ。」

手を叩いて急かすリーダー格の男に、他の面々は渋々従った。

祭壇の脇に避けてあった木箱を開けて、中から10個のグラスを取り出す。

残っていた酒瓶を祭壇から持ち出して栓を抜き、

各々がグラスを手に取って酒を注いでいった。

「みんな、酒は行き渡ったか。」

「待って。

 こっち、グラスが1つ足りないわ。」

黒フードの女が手を上げて合図をしている。

その隣で、黒フードの1人が首を横に振って応えた。

「いいや、いらないよ。

 君たちだけで楽しんでくれ。」

「そう?

 飲めないのなら、無理には勧められないわね。」

「酒の用意はいいんだな?

 じゃあ乾杯しよう。」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

黒フードの若者たちはグラスを掲げて、各々のグラスをぶつけ合った。

悪魔召喚の儀式が成功してしまった恐怖を拭い去るように、

皆が勢いよくグラスをぶつけ合う。

グラスとグラスが接触する小気味よい音が地下室に響き渡った。

すると。

地割れから、重々しい悲鳴のような声が上がった。

「ぐおお・・!今のは何だ?

 貴様、我を召喚しておきながら、退魔の鈴を使うとは卑怯な!」

地割れからの声は忌々しそうに言葉を続けている。

黒フードの若者たちは、誰も口を挟むことができない。

「この我に騙し討ちをしてくれるとはな。

 許さん、許さんぞ。

 この恨み、いつか晴らしてくれるぞ・・・!」

地の底から響き渡る、重々しくて忌々しそうな声。

その声を封じるように地響きがして、地割れが少しずつ閉じていく。

やがて地割れは、痕跡すら残さずピッタリと閉じてしまった。

そうして後には静寂が残った。

黒フードの若者たちが顔を見合わせている。

「・・・どういうことだ?

 地割れが閉じてしまった。」

「あの声も聞こえなくなってしまったわ。

 もしかして、悪魔が帰っちゃったんじゃないの。」

「状況から察するに、どうもそうらしいな。

 でもどうして悪魔は帰ってしまったんだろう。」

すると、何かに気が付いたようで、

黒フードの若者がずり下がった眼鏡を上げながら応えた。

「あっ!もしかして・・」

「どうしたの?」

「もしかしたら、事情が分かったかも知れません。」

「本当に?どういうことなの。」

「察するに、

 我々が召喚したのは、酒に宿った悪魔、

 つまり酒の悪魔だったのかもしれません。」

「酒の悪魔?」

「そうです。

 祭壇を見て下さい。

 供えてあった酒が失くなっているでしょう。

 あれは、酒の悪魔が実体化したからだと思うんです。」

言われて確認してみると、

祭壇に供えてあった酒瓶3本の内2本は粉々になり、

中身は綺麗に失くなってしまっていた。

その横には、黒焦げになった人形の燃えカスが残されている。

それを確認してリーダー格の男が尋ねる。

「なるほど。

 私たちが召喚したのは、酒の悪魔かもしれない。

 でも、それがどうして急に消えてしまったんだ。」

他の黒フードの若者たちも疑問は同じようで、

リーダー格の男の言葉に頷いている。

その疑問に、眼鏡を掛けた黒フードの男が応える。

「乾杯の説明を覚えていますか?

 乾杯は元々、お互いの盃に毒が入っていないことを確認するため、

 それと、魔除けのためのものだったという話。

 酒の悪魔は、ガラスの音を嫌います。」

乾杯の説明を思い出して、

黒フードの若者たちの表情が、ぱっと冴えた。

「そうか。

 俺たち、ガラスのグラスで乾杯しちゃったから・・」

「そう。

 我々は、酒の悪魔の前で、ガラスのグラスを使って乾杯してしまった。

 酒の悪魔にとって、ガラスのグラスが接する音は、

 退魔の鈴の音色に聞こえたのでしょうね。」

「じゃあ何か。

 俺たちは酒の悪魔を召喚することに成功したのに、

 退魔の鈴を鳴らして、その悪魔をすぐに追い払っちゃったわけか。」

事情が飲み込めて、黒フードの若者たちはがっくりと肩を落とした。

徒労。

黒フードの10人の若者たちの頭には、

今まさにそんな言葉が浮かんでいたのだった。


 そんなことがあって。

せっかく呼び出した悪魔を追い払ってしまった黒フードの若者たちは、

トボトボと後片付けをしていた。

ぬいぐるみの燃えカスを捨てて、床の魔法陣の跡をモップで消していく。

そうして掃除をしながら、誰からともなく口を開いた。

「世界を滅ぼすのに失敗して、これからどうしよう。」

「考えてみたのだが、世界を滅ぼす必要なんて、

 とっくの前から無かったのかもしれない。」

リーダー格の男がそう言葉を零す。

黒フードの若者たちは、掃除の手を止めて聞き返した。

「どういうことだ?」

「私たち、この世界では居場所がないから、

 世界を滅ぼしてやり直そうって、そう決めたじゃない。

 そのために、準備もしたのに。」

「そのことなのだが、

 もうその悩みは解決していたんじゃないだろうか。」

リーダー格の男が、諭すように話し始めた。

「私たちは各々問題を抱えている。

 もう自分の力ではどうしようもない。

 そう考えて、世界を滅ぼして新しくやり直そうと、

 世界を滅ぼす悪魔を召喚することを計画した。

 しかし、冷静になって考えてみると、

 問題を解決する方法を、私たちは手に入れていたんだ。」

「問題を解決する方法を、もう手に入れている?」

「そうだ。

 例えば、

 友達が出来ない、友達と上手くいかない、

 という問題。

 私たちは悪魔召喚の儀式をするために、何度も集まって相談した。

 言ってみれば、これはもう友達みたいなものだと思う。」

そう言われて、黒フードの若者たちは顔を見合わせた。

今の自分たちの関係は、憧れていた友人関係に近いかもしれない。

指摘されるまで、それに気が付いていないだけだったのだ。

リーダー格の男の話は続く。

「親と仲良く出来ない、

 学校の勉強に付いていけない、

 好きな人に振り向いてもらえない、

 これらの問題は、大なり小なり誰でも抱えている問題だ。

 それでも困っているのなら、私たちで相談すればいい。

 私たちはもう友達同士なのだからな。」

黒フードの若者たちは、またお互いに顔を見合わせた。

自分たちが友達同士なら、困ったら相談すればいい。

そんなことに今まで気が付かなかったなんて、なんだか可笑しくなってきた。

そしてリーダー格の男の話は、こう締めくくられた。

「腐った世の中を変えたい、という問題。

 ・・・変えられるさ、私たちなら。

 だって私たちは、悪魔を退散させたヒーローなのだからな。」

戸惑う友人たちを勇気付ける言葉のつもりだったのだが、

しかし他の黒フードの若者たちから、すぐに横槍が入れられた。

「その悪魔を召喚したのも、俺たち自身だけどな。」

「それじゃまるで自作自演ね。」

「悪魔を退散させたのは、ただの偶然。

 狙ってやったものじゃありませんね。」

浴びせられた言葉は手厳しかったが、しかし双方ともその表情は明るかった。

こうして黒フードの若者たちは、

問題を解決する方法を手に入れて、

もう世界を崩壊させなくてもいいと実感したのだった。


 地下室の掃除を終えた黒フードの若者たち。

地上に戻ると、眩しい日光が若者たちを出迎えた。

悪魔召喚の儀式を始めたのは深夜だったが、

いつの間にか外は朝になっていたようだ。

黒フードの若者たちは黒フードを脱ぐと、

10人でお互いに手を取り合って、歩んで行ったのだった。


 そしてその10人の後ろ姿を、1人残った黒フードの人影が見送っていた。

その黒フードの人影は、歩き去る10人の後ろ姿に向かって、

しわがれたような声で小さく呟いた。

「そうだ。

 君たちなら、どんな困難も乗り越えられるはずだ。

 何せ君たちは、我をこの世に召喚してみせたのだからね。」

いるはずのない11人目の黒フードの人影。

その黒フードの下では、人間のものではない顔が微笑んでいたのだった。



終わり。


 下手な準備の方が返って上手くいく場合もある。

あまり身構えすぎないほうがいい。

その様な事を表現したくて、この話を書きました。


お読み頂きありがとうございました。


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