現実
見慣れた集合住宅にたどり着くと、重い脚を動かし眠気と戦いながら薄暗い階段を上る。自分の住処である4階まで上がるともう体力は残っていなかった。重く冷たい青い鉄の扉を引く。かなり年季が入っていて所々錆び、ペンキは剥げている。蛍光灯に照らされ光るドアノブから扉の冷たさが伝わって来て、少しばかり目は覚めるが疲れは取れなかった。
自室に入るとベッドに倒れ込み、死んだかのように眠りについた。疲れと眠気が限界まで達したのだ。
気づくともう朝だった。それもそうだ、帰ってきたのが3時半頃。現在時刻は5時46分。あっという間に感じるのも無理はない、というより普通にあっという間だ。2時間睡眠で学校はなかなかキツいな。ひとつ大きな伸びをして僕は台所に向かった。
冷蔵庫の扉を開ける。1番上の段にあるヨーグルトを手に取り蓋を開ける。容器の半分程残っているヨーグルトにチョコ味のシリアルを加える。僕の朝は無糖低脂質のヨーグルトとチョコシリアルの組み合わせでないと迎えられないのだ。米やパンだと腹を下してしまうことがある。だからいつもこの組み合わせしか食べれないのだ。
シリアル入りのヨーグルトの容器にスプーンを指し居間に向かう。僕の定位置である薄い橙色の座椅子に腰掛け、ザクっとシリアルヨーグルトを頬張った。スプーンはヨーグルトで冷やされていた。寝起きでこんなに冷たい物を食べているのに眠気は覚めなかった。10分程で食べ終わるとゆっくりと立ち上がり、再び台所へ向かった。スプーンをショッキングピンクの盥に張られた水に漬け、ヨーグルトの容器は水道水で流し、ゴミ箱に捨てた。そして部屋に行く。
部屋に入って目の前にある箪笥の1番上の引き出しから紺色の靴下、4段目から中学の時の体育着のズボンを取り出してベッドに投げた。鉄の棒に掛かっているセーラー服からハンガーを外し、セーラー服はベッドに広げハンガーはまた鉄の棒に掛けた。着替える準備が出来たのでのんびり着替える。出発まであと30分はある、余裕だ。いつも以上に眠かったからか、着替えに5分以上掛かった気がするが気にしない。ゆっくり洗面所に向かった。
シルバーの金属のラックに置きっぱなしにしているバンダナを付け、冷たい水で顔を洗う。蛇口から直接両手で水を掬い、顔面に優しく打ち付ける。それを3回程した後水を止め、顔から滴る水を床に落とさぬようにハンドタオルで拭った。使ったハンドタオルを洗濯機の前に置かれた籠に入れ、櫛で髪を解いた。ゴムを2つ手に取り、髪の半分を取り耳より高い位置でまとめ、結ぶ。反対側も同じようにした。姫カットから数本の長い髪が出ていた。鬱陶しかったのでハサミで切って長さを揃えた。このスタイルじゃないと僕は学校に行きたくない。
髪のセットを終えると目の前にある歯ブラシを手に取っり、歯磨き粉を付け、それを口に入れた。ミントとピーチがほんのりと口の中に広がる。細かく歯ブラシを動かし、口内の汚れを掻き出す事に専念した。数分後口を濯ぎトイレに行った。
「ママはもう出るからね、桃華早く下りて来てね。」
弟に言葉を投げかけていたかと思えば、僕に対してだった。まあ、急ぐ気は全くない。今日は時間に余裕があるし眠いし疲れている。トイレを出て手を洗うと時刻は6時28分だった。それでも僕は急ぐことなく、のんびりと鞄と携帯を手に取り、ゆっくりと階段を下りるのだった。これから長い1日が幕を開ける。