契約
チャットルームを出てどれぐらいの時間が経っただろうか。とっくに日は沈み辺りは虫の声すらしなくなった。家族が寝静まったのを見計らってそっと家を出て、近所の神社へと向かった。近所と行っても歩きだと20分以上はかかってしまう高台の神社だ。そこに行く目的はもちろん契約を交わすため。僕は魔法少女になるのだ。持ち出した少し大きめのカッターナイフを握りしめ歩いた。8月の初めだというのに全く暑くなく、少し寒いと感じるくらいだ。緊張しているからだとは思わないようにした。
ようやく神社に到着した。携帯の画面を確認すると、時刻は午前2神社43分。丑三つ時だ。大きく鼓動を立てる胸に手を当て深呼吸を2回。鼓動は言うことを聞いてくれないが仕方ない。すぅっと息を吸って、
「僕の名は雨瀬桃華、この神社に祀られる神と魔法少女契約を結ぶため参りま…」
「ここの神より俺と魔法少女契約しようよ。」
僕の決意を遮ったのは1組の邑上柊羽だった。彼は僕の片思いの相手だ。でも何故彼がここにいるのか。そして、何故彼が魔法少女契約をしようと交渉してきているのか。戸惑いで眼で彼をじっと見つめた。
「そんな怖い顔するなよ、お前4組の地雷女だろ。」
「僕は、地雷女じゃない。」
「いや魔法少女契約しに来てる段階で地雷だろ。」
嘲笑われている気がした。好きな人故強く返せない。恥ずかしい思いと魔法少女になれないというなんとも言えない感情が入り交じり、少し泣きそうになった。しかし彼はお構い無しに、
「んで、契約するの?しないの?」
質問を投げかけるのと同時に、俯いていた僕の顔を覗き込んでくる。相変わらず顔が整っているなと呑気な考えを頭の隅に投げ込んで、力強く声を張った。
「契約する、僕は、邑上柊羽と魔法少女契約を結ぶ!」
「そうか、んじゃ契約成立だ。」
彼はそう言って僕が握っていたカッターナイフを取り上げ、僕の左腕を掴み、思いっきり手首を切りつけた。僕は声にならない声をあげ、呻き、歯を食いしばり痛みに悶えた。暗くても流れる体液が赤々としているのがはっきり分かる。傷口から流れる液体は止まる気配はなかった。ふと我に返って咄嗟にハンドタオルで傷口を覆った。
「あ、お前そこまでバカじゃなかったんだ。これは期待できる。」
柊羽がフッと笑い呟く。今までの人はきっと止血をせずに、痛みと戦っていたから死んでいったんだろう。
しばらく傷口を覆い圧迫した。流血はだいぶマシになったがまだ痛みはズキズキと腕全体に響き、消えない。沈黙の間を破ったのは柊羽だった。
「おめでとう、これでお前も魔法少女だ。」
「え?」
「え、もしかして気づいてない?見た目だいぶ変わってるけど?」
その一言で自分の手足や服に目をやる。しかし何も変わってない。
「いや服とかじゃなくて、髪とか目とかが変わってるんだって。」
ぱっと右手で髪を掴む。毛先はほのかに桃色に染まり、長さは契約前よりも長くなっていた。
「目は…携帯のインカメで見てみ、俺がライト付けとくから。」
「あ、ありがとう。」
携帯をポケットから取り出しカメラを起動させた。裸眼の筈なのに、本当に黒目が淡い桃色だった。
「なんで、こんな…。」
「魔法少女としての力を手にしている時は見た目が少しばかり変化する。お前の変化は髪と目の色だ。まあ、お前のステッキをアレンジすれば服まで変わるけどな。」
「…そうなんだ。」
「あと、力を使えるのは血が流れている間だけ。それと、深ければ深いほどより強い力を発揮できる。止血した後も、また身体に傷を付ければ力を使える、ってシステム。」
スラスラと説明する彼に圧倒され僕は空いた口が塞がらなかった。実感が湧かないが、僕は本当に魔法少女になれたのだ。