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初デートのお誘い

 マルクは、アーシュラの気持ちはもちろん、新入生となった本当の目的も知らない。グレタもそんなマルクがアーシュラをどう思っているのかよくわからない。嫌っていないことはわかるが堅苦しい言葉遣いを止めない辺り、まだまだ壁は厚いのかもしれない。

 一方で究極に奥手のアーシュラと違い、帝国皇女という社交が大事な環境にあり、さらに四女という帝室内では不利な立場のグレタにとって、人づきあいは苦にならない。そんな訳で、放課後にマルクに声をかけることなどグレタにはやすやすとできるわけで、当然にグレタは面白そうだと探りに向かった。

「マルク君、週末の煉丹フェアは予定、ありますの?」

「いえ、一人でゆっくり回ろうかと」

「それなら後で、アーシュラが誘いに来ますからご一緒されたらいかがかしら?」

「それならグレタ先輩も一緒にどうですか?」

「私は何回も見ていますので、お目当てに直行しますの。初めて同士、二人で行ってくださいませ」

「……なんかちょっとデートみたい」

 眉をひそめるマルクに、グレタは声をひそめて訊く。

「あの、アーシュラとは、難しいところがありますの? 同じ学生としてはさすがに付き合いにくいのかしら」

「いえ、百年ぶりなので学生から再出発を楽しむと聞いていますし。でもせっかく復活したのに僕に構わなきゃならないなんて申し訳ないなって。それにこう、服装とか時折」

「やはり、外見はどうあれ年齢で違和感というか、ありますの?」

「そんなことないです。普通にかわいいですし!」

「そう、かわいいんですのね?」

 昼食の会話を思い出し、グレタはニマニマしてしまう。

「ただ、最初は立派な大魔導師の服を着ておられたのに、最近は僕なんかと釣り合うような安物のワンピースとか。同じ学生だからと気を使われているのではないかと」

「元々、それほど高級品に頓着される方ではないようですわ。あと私のような育ちでもありませんし。何より女というものは、流行をまとうことが楽しいものですのよ」

 グレタは言って、自分の上質な堅苦しい服を摘んで少し恥ずかしそうにした。マルクも他学部の嫌味な貴族に遭って嫌な思いをしたことはある。その点、グレタは変人皇女と言われているが分け隔てなく優しいので本当にありがたい。とはいえ彼女は帝国皇女という立場上、安物を着て街を歩くことは禁止されて留学しているそうだ。価格が高くても流行に乗ることは諌められている。

 ちなみにアーシュラの服装は、百年前の服をいつまでも着ているなとダナが助言したところにグレタがペアルックなどを吹き込んだ結果なのだが、この元凶皇女はおくびにも出さない。

 マルクはグレタの気遣いに感謝しつつ、独りうなずいた。


 校長室をノックする音に、アーシュラは警戒した。復活初日の事件があったのでダナには訪問時に魔法で入室許可をとるよう指示してある。他にこの部屋をノックする者と言えば。

「すみません、マルクですが」

「いらっしゃい歓迎だよ」

 煉丹術の体術で机を飛び越し扉を開けるアーシュラ。もちろん開ける直前に二つ結びが乱れていないか魔法の水鏡で確認している辺りも乙女の気持ちだが、この一連の動作自体、学部長や校長代理が見たら背筋が寒くなるほどの能力の無駄遣いだ。

 アーシュラは部屋に入れると応接セットを勧めて言った。

「どうしたのかね? そうだ紅茶が良いかな、あとミルクはいるかな」

「そんなすぐに戻るので気にしなくて良いですよ」

「すぐに戻るのか」

 アーシュラはしょげた声を発し、マルクは慌てて取り消す。

「いえ、別に急いでいるわけではないのですが、お邪魔かと」

「そんなことないぞ! むしろ他のことは全部じゃまかもしれない」

「あまりそういうことを言っていると、またダナ先生が困っちゃいますよ」

 マルクに諭され、アーシュラは大人しくうなずいた。ダナの知らないところで少し、ダナの負担が減ることが決まったようだ。

「あの、それでアーシュラ。今週末なんだけれど、時間は空いてますか?」

「もちろん空いているぞ! 全力で空いている」

 空き時間が全力とはよくわからないけれど、どうもかなり暇らしいとマルクは思った。

「アーシュラ、僕も煉丹フェアは初めてだから一緒に回れないかな、って」

「いいいい一緒に? 二人でかね」

「あ、ごめんなさい。やはり女性と二人だなんて」

「そそそそんなことないぞ。ほら私は学問と冒険ばかりだったから、少し驚いただけだ。冒険者をやっていれば男と二人で行動することもあるからな。もう大歓迎だ一緒に行くよ。いやもう絶対に一緒に行く」

 アーシュラの言葉にマルクは興味を示した。

「それって勇者マルケスとかですか? もしかしてお二人の間は」

「ただの幼ななじみだぞ。そこは全く心配ない。それに君とマルケスを混同するような愚かなことはせんよ」

(初恋相手を他の人と混同するはずないじゃないか!)

 内心が桃色に点滅し、アーシュラは頭がくらくらする。太ももをつねって煉丹術の呼吸法に切り替え、内丹術の力を体に巡らせて普段の調子を取り戻す。いや、普段ではない。もう幸せ絶頂で煉丹した力が大きすぎ、再び慌てて普段の呼吸に戻した。

「アーシュラ、やっぱりどこか問題でも」

「問題ない! 煉丹術の訓練を少しさぼっていたから感覚を取り戻しているのだよ」

「こういう普段でもやるんですね」

「そうだよ。むしろ普段からの努力が差となるのが煉丹術の良さだ」

 学問的に正しいことを言いつつ自分の焦りをごまかした。マルクは笑って言う。

「今度、僕にもその日常訓練を教えてくださいね。じゃあ週末、お昼に中央広場で待ち合わせしましょう」

「ああ、一緒に楽しもう」

 そしてマルクが校長室を出ていった。アーシュラは後ろ手で扉を閉めると、そのまま応接セットにダイブする。

「マルクが誘ってくれた! マルクのお誘いだ! 何を着て行こうかな」

 ひとまず今回、グレタの支援は今のところ平和裏に終わりそうだ。


「ダナ。リボンと帽子、どちらが良いだろうか。帽子ならベレー帽と麦わら帽子があるんだが」

「混雑するから麦わら帽子は避けてください。それでトラブルになったらまた私の仕事が増えるので」

「君は冷たいな。何より君も少しは楽しんだらどうかね」

「いちいち煉丹学部のフェアに踊らなくても良いでしょう」

「そう硬いことを言わずに、君も学生たちと同様に彼氏でも連れたらどうかね」

 マジでウザいんですけどこの色ボケ校長。思っていても言ったら負けな気がする。何より煉丹学部長は案外と愛妻家で、フェアの際は仲睦まじく視察を兼ねてデートをしていると聞いている。文句を言ったら枯れかけの魔法学部長と同じ分類にされそうで嫌だ。

 どこかに都合の良い男でも落ちていないかなと思うが、三学部に事務方を加えてもピンとくる男はいない。

「言っておくがマルクは駄目だぞ」

 えんじ色のベレー帽をかぶったアーシュラがだらしない笑みを浮かべて言う。はいはい、と適当にあしらいつつ、今夜はワインでも空けようかと思う。そう言えば魔法学部長って最近、赤ワインを血の代用とした魔法陣の研究をやっていたな。ちょっと飲みに誘って愚痴でも聞かせようか。

「ところでダナ、最近よくお酒を飲んでいるようだが統魔学実験の際は気を付けろよ? 魔法学で言うアルコールと煉丹学で言う酒精は効果にずれがあるからな。とくに煉丹術は内丹、つまり内臓での処理状態次第で相乗効果を発揮する」

 言ってアーシュラは計算式をさらさらと手元のメモ用紙に書いて渡した。両方の学問体系を数学に分解し、さらに統合して一体化して解を求めている。手法は統魔学の定石どおりだが、途中からダナの師匠すらやらなかった曲芸じみた計算が入っていて、ダナは頭がぐらぐらした。

 そんなわけでダナは受け取ったメモを持ち帰りつつ、計算式の学習は後日へと棚上げした。

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