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校長先生、入学する

「これはどういうことか説明してくれたまえ、校長代理」

 翌日、校長代理室にダナ、グレタ、アーシュラの三人が集まっていた。マルクは静養が必要という校長代理判断で寮内でゆっくりしているところだ。

 そしてこの三人だが、ダナは校長代理の大机に座り、その隣にグレタが椅子を置いて座っている。その向かいに応接セットの席を動かしてアーシュラが座っていた。アーシュラは昨日焼失したはずの二つ結びのおさげも元に戻っていた。さらに服装はフリルのついた薄桃色のワンピースだ。年齢はともかく見た目は十五歳なのでかわいらしいとしか言いようがない。

「マルク君の診察をしなければならないというのに、君たちは何なのかね。まるで私が何かこう、被告人のように見えるが失礼ではないかね。それとも何か、君も昨日の学部長たちと同類なのかな」

 アーシュラは目を細め、手の中に闇と光の球を生み出して見せる。しかしダナは動じずに言った。

「もちろん私は校長先生の業績を理解しておりますし、むしろ独学で研究せざるをえなかった統魔学について、今からでも講義を受けたいぐらいです。ましてグレタさんには是非、ご教授して欲しいと思っています」

「ではなぜ、この配置なのかね」

「だって先生、我が学園の倫理憲章に触れかけておられるでしょう?」

「私がどんな倫理憲章に触れているのかね。言っておくが彫像化は本当に失敗で人体実験などではないぞ?」

「そんなことは疑っておりません。こちらです」

 眉をひそめるアーシュラに、グレタはショルダーバッグから一冊の手帳を取り出して見せた。その表紙には学生手帳と書いてあり、表紙を開くと学生証になっている。そして校則のページを繰っていき、一箇所を指差した。

「教授等は未成年の学生に対し、不純異性交遊の誘惑等を行ってはならない」

 アーシュラは慌てた様子で顔をあげて叫んだ。

「私が不純異性交遊の誘惑などするはずがないだろうが!」

「でもマルク君を見たときの反応や人工呼吸後の発言など、そうとしか見えませんよ? あと少し調べさせていただきましたが、勇者マルケスと大魔導師アーシュラ様は幼なじみで共に邪悪な龍や魔王を討伐なされたとか」

「いや、マルク君を見たときの反応は……それよりマルケスが幼なじみだから何だと」

 するとグレタも子供っぽい笑顔で話に入った。

「私の城にも勇者マルケスの肖像画がありますが、どこかマルク君に面影があるように思えますわ。それに勘違いされておられましたよね? ちょっと校長先生は、その、若い子がお好きなのではと。その服装も、ですわ」

 アーシュラは慌てた様子で自分の肩を抱く。ついにダナは少しふざけた調子で言葉を重ねた。

「面影の似た男子を代わりに誘惑なんて不純ですよ不純。不純じゃないというんですかね。勇者の代用とかあーマルク君がかわいそう」

「代用なんかじゃないし不純なんかじゃない! 守ってくれた彼に本気で一目惚れしただけだ! ……あ」

 アーシュラは立ち上がって叫び、そして慌てて口を塞ぐ。二人も驚いた顔でアーシュラをじっと見つめた。

「その、なんというか。私はほら当時、研究と冒険でマルケスのことはただの相棒と思っていてね。それに私は煉丹術の奥義で不老に近く、人生を考える余裕ができた頃にはマルケスとは見た目も離れたし」

「校長先生、まさか」

 アーシュラは真っ赤になって涙を溜め、うつむいて呟くように言った。

「九十歳を超えた大魔導師がさらに百年の時を超えたなら、たとえそれが本気の初恋でも、君たちは不純だと言うのかね」


 ダナは頭を抱えた。学園の創始者にして約二百年間で最高の魔道士かつ煉丹道士、そして統魔道士。国際政治や軍事バランスを一転させかねない超大物。ダナがずっと畏敬していた大魔導師アーシュラと出会い。

 それが十五歳の少年への初恋に夢中だと。

 今は魔法学部も煉丹学部も権力欲の暴走による大不祥事を隠蔽したいあまり、アーシュラ復活は最高機密となっているが、今後はどうすれば良いのやら。

 うん、とりあえず自分の雑務を校長の仕事だからと押しつけて頭を冷やしてもらおう。

 我ながら良いアイディアだと実行したが、一週間でこの企みは瓦解した。アーシュラはさすが天才、三日間徹夜で仕事を確認し、残り三日で溜まった仕事を全部を片付け、さらに一部の事務は効率化までしてしまった。そして校長の威厳だと威張ったあげく、七日目の休日はマルクの所に手作りサンドイッチを持参して雑談してきたらしい。

 そして今は校長代理室にグレタも連れて惚気話を聞かせに来ている。

「彼は良いな。統魔学基礎論の最初をきちんと理解しているじゃないか。私もわかっていない所をしっかり教えてあげたし、何というか紳士的だしね」

 私の授業をほめてくださいよと言いたいが、明らかに恋する乙女の顔をしている校長に言うべき台詞を見失ってしまう。まあ、上級生のグレタにも別口で授業はしてあげたようだし、惚気ながらもダナの研究に不備の指摘をしっかりしてくれる辺りはさすがだとは思うが、どうにも悩ましい気持ちになる。

「校長先生、これからどうするつもりなんですか」

「ゆくゆくは結婚……いや君、まだつきあってすらいないのに気が早いのではないかね」

「そんなこと言ってませんから」

 もう嫌。砂糖吐きそう。つか不純じゃなくても駄目でしょ校長と新入生の恋愛とか。この辺り、グレタは憧れのアーシュラという点に加え、まだまだ三度のパンより恋話が大好きなお年頃なので平気な様子だ。

「校長先生。何というか立場というものはあると思いますよ。不純かどうかは別としても」

 ダナはついに眉をひそめながら文句を言う。当然に顔をしかめるアーシュラ。だがグレタは両手を打ち鳴らして満面の笑みを浮かべて言った。

「ダナ先生、学生同士の恋愛なら自由ですわよね?」

「そうですけど、まさか大魔導師様と皇女様が三角関係なんて嫌ですよ。私の胃がもたないわ」

「私は母国に素敵な大人の婚約者がおりますから大丈夫ですわ。そうではなく、校長先生に新入生として入学していただきましょう」

「「……はあ?」」

 ダナとアーシュラの間抜けな声が重なった。グレタはころころと上品に笑って話を続けた。

「学園規則によれば、入学試験を突破して、学費を納入又は上位成績で奨学金を得られれば、年齢や身分を問わず入学できる規則ですわ。それなら校長先生も入学できるはずですわ」

「そんな無茶苦茶な!」

 グレタは楽しそうに型破りの提案を続ける。

「私、乙女の幸せな恋を応援したいのですわ。それにアーシュラ様は外見もかわいらしいですし、一緒に学ぶと得られることも多いと思いますの」

「なるほど、他人の授業を聞くことも再発見があるかも知れぬな。何より百年も経っておるし、魔法学や煉丹学の進歩を学ぶことは有意義であろう。ダナ先生の授業も聞いてみたいしな」

 大魔導師アーシュラに統魔学基礎論の講義を行うなど、針の筵ではないか。しかし二人とも乗り気で、グレタは早速特別入学願書を学生手帳から探し出してアーシュラに見せている。

「ダナ先生、この様式を使って申請すれば、学期が始まってからでも入学試験を受けられるそうです! やりましたね」

 今日は早退して胃薬を飲んだあとやけ酒を飲もう。ダナは心に決めつつ、がっくりとうなだれた。

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