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メタル・マカロン

 しばらく進むうちに、ウインドスライム、ファイアスライム、メタルスライムにリキッドスライムとスライムが出てきたが、そのたびにマルクが討伐していった。

「アーシュラ、やはり何かおかしい気がするのですけれど」

「どこがだい?」

 生返事を返すアーシュラに、グレタはさらに冷たく問いかける。

「なんでこんなにスライムがいるんですの?」

「洞窟は湿度が高いからスライムが多いって、モンスター生態学概論で習いましたよ?」

 マルクの言葉に、グレタは柔らかい笑みを向けた。

「よく勉強しておりますわね。でもスライムはこれほど一定の種類が群体で生育するものではありませんわ」

「最近の当校ではスライム生態学の単位なんてあるんだったか? よく勉強しているね、グレタ」

「そんな授業、あるわけないでしょう! 煉丹術の丹薬生成にスライムをまれに使うと聞いて、色々とスライムを集めて皇宮で飼ってみましたの。一匹が逃げ出して大姉様のスカートに入りこんで私、庭園に埋められましたわ」

「ないわー。皇女が皇太女に埋められるとか、私が現役冒険者だった時代にも聞いたことないわ」

 二人のやりとりにマルクはふきだす。するとようやくアーシュラはゆったりと溜息をついて答えた。

「最初に言ったよね、ここは実習用に使おうとしていたって。いくつか勉強になるようモンスターを自動で養殖しているんだよ」

「自動以前に、モンスターって養殖できるんですの?」

「その辺の土地に、適当に種卵放流して増殖する方が簡単なんだけどね」

「アーシュラは魔王か何かかな」

 マルクの呆れた言葉に、アーシュラは慌てて手を振る。

「まさかそんな危ないことはしないぞ! 生態系は守らなきゃならんし、これは龍から習った体系だし」

 さらっと言った言い訳に二人は目をむいた。

「あの今、龍から習ったって。龍魔法は人類には理解不能な体系だと」

「そんなものがあるものか。たしかに奴らは咆哮で呪文詠唱を行うから理解不能に見えるが、要は言語ではなく音波だよ。空気を振動させるだけのことだから波形を計算するだけだ。波形関数は教えていなかったか?」

 アーシュラが空中に三角関数と積分関数を書き始めたが、さすがにグレタもその手を押しとどめる。

「洞窟内で統魔学の計算の授業はいくらなんでも無用心ですわ」

 アーシュラはそういやそうだと笑って空中の文字を消し、残り二人は安堵の溜息をついた。だがすぐにマルクは首を傾げて言った。

「龍魔法が難しいことはわかりましたけど、龍から魔法を習うほど交流があったんですか」

「あった、というよりある、の方が正しいかな。彼らは長寿でのんびりしているので、私が百年眠っていても、最近は見かけないなぐらいにしか思っておらんだろう」

 グレタとマルクは再び目を丸くして顔を見合わせる。アーシュラはそんな二人を面白そうに眺め、再び歩き始めた。


 一時間ほど歩くと、一枚の大きな石の扉が三人の前に現れた。表面には絵画的な文様が描かれており、どこにも取手がない。どう見ても人間が手で押して開くようなものでもない。

「さて、今度はグレタの小テストかな」

 アーシュラは愉快そうに言って後ろに下がると腰を下ろした。マルクを手招きして横に座らせる。グレタは腕をぶんぶん振りつつ鞄からノートとペンを取り出して扉を睨みつけた。

「アーシュラのことですから、これも力任せの回答は間違いなのでしょう? つまりこの文様が問題文だと」

「そこまではひとまず正解」

 グレタは表面の文様を睨みつける。大きな炎をかけられた(かなえ)があり、三人の男が取り囲んでいた。まず左に立った人物は何か液体を注ぎ込んでおり、右側の人物は石の塊を放り込んでいる。そして真ん中の人物はそれを木の枝でかき混ぜていた。ただ、その全ての作業は煉丹術なのに、全員が魔術師の衣服をまとったハゲ頭の男たちだった。

 そして三人の上には大きな真円が描かれており、そこから放射状に線が描かれているのだ。

「鼎の下の『火』、注ぎ込まれる『水』、投入される『土』、かき混ぜる『木』、あとは鼎が『金』でしょうか」

 言ってからグレタは頭を振る。

「違いますわね。そもそも陶器、つまり土の鼎もありますし、鼎以外は全て、煉丹の際に使わない可能性もあるもの。鼎だけは仲間外れですわ。そうなると、『金』だけが欠落していますわね」

 グレタは頭の両脇に両手の人差し指を立てて考え込む。しばらく考えてくるりと振り返り、二人に目を向けた。

 するとそこには、花柄の敷物を敷いてマカロンをあーんでマルクに食べさせようとしているアーシュラがいた。

「何をやっているんですの?」

「いや、暇なので少し休憩にしようかと」

「だからアーシュラ、グレタ先輩に叱られるって」

「でも、グレタのぶんも全色全味を残してあるよ」

「たぶん、そういうことじゃないと思うけど」

 苦笑しつつマルクはアーシュラの指から青色のマカロンを奪い取って自分の口に放り込み、頬を赤くした。

「で、お二人の婚約はいつですの」

「こここここ婚約だと? そんな私はちょっと」

「アーシュラが悪ふざけしているだけですよ。今も、こうやってやればグレタ先輩をからかおうって」

 マルクの溜息に、グレタは生暖かい視線をアーシュラに向けた。

「ほんと、不器用な人って悲しいですわね」

「グレタには言われとうないわ!」

 アーシュラは言い返し、再び懲りずにまたマカロンを探る。するとマルクは首を傾げて言った。

「このマカロン、珍しいですね。銀色のマカロンですか」

「良いものに目をつけたな。これは煉丹術を使って作った特殊なマカロンだぞ」

 ほう、とグレタもそのマカロンに目を向ける。と、急にグレタは叫んだ。

「それですわ! メタルですわメタル! マルク君あなた、討伐した中にメタルスライムがありましたわよね?」

「はい、5匹だけですが……」

「その素材を分けてくれませんかしら。課題に必要ですの」

 マルクはよくわからないままに、先ほどの討伐で得たメタルスライムの残滓を取り出した。

 メタルスライムの残滓は銀色をしており、スライムの水分を喪った金属の塊となっている。グレタは地面に小さな魔法陣を描いて、そこに残滓を置いて呪文を唱えた。すると金属の塊が半球状の塊に変形した。

 次いでグレタは先ほどの魔法陣を消し、代わりに慎重に真円を描いて中心に残滓を置き直した。

「マルク君、魔法陣ってなんだと思います?」

「何だろうって…魔法を起動するための呪術機構ですよね」

「もっと根源的には、異界エネルギーの扉ですわ。異界のエネルギーをこの世界の物質や現象に合わせて導入する機構ですの。つまり、それらの変換機構が魔法陣に描いている複雑な呪文体系ですわ」

 グレタはにやりと笑みを浮かべる。アーシュラは何も返答せず。鼻歌混じりにマカロンと敷物を鞄にしまい始めた。

「ということは、この扉のとおり、その変換機構を全て外したとしても、それは魔法陣ですわ!」

 アーシュラが両手を残滓に向けて力を放つ。すると真円全体から闇と光が吹き出し、それらが扉の鼎の絵画へと吸い込まれていく。そしてついに扉の鼎が銀色に輝くと、ゆっくりと扉が開いたのだった。

 アーシュラは鞄を背中に背負って言った。

「小テストは合格だな」

 グレタはは両手をぐっと握り込んで満面の笑みでマルクに抱きつく。

「こら! なんで私じゃなくマルクなんだ!」

「だってメタルスライムを討伐したのはマルク君ですから!」

 マルクは苦笑しながら、グレタにおめでとうと返した。

 その背中でアーシュラが、マルクは私のもの、と呟く声は二人に聞こえていなかった。

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