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ロックスライムの課題

「維持管理や補修を考えれば、もう少し整備しておくべきではありませんの?」

 歩きにくい洞窟を踏みしめながら、グレタは不満そうな声をあげた。アーシュラは頭をかいて答える。

「実はこの洞窟、生徒の体験学習に使おうとして洞窟のままにしてあったんだよ。言うとおり魔泉への移動経路は別に確保した方がよかったのかもしれんが、後回しにしてしまった」

「でも今、僕たち実際に実習、していますよね」

 マルクの言葉にアーシュラは満面の笑みを浮かべた。

「さすがはマルクだ。私の考えていた意図をよく汲んでいる」

「アーシュラはマルクに甘すぎません?」

「グレタに甘い顔をすると何をするかわからんからな」

 アーシュラは即座に言い返して満面の笑みを浮かべる。と、マルクが立ち止まって声をあげた。

「すみません、何か先の方に変な気配、ありませんか?」

「気配、ってなんですの?」

 するとアーシュラはにまあ、と怪しい笑みを浮かべて二人の顔を見比べる。

「はい、グレタは減点な」

「なっ! いったい」

 口を尖らせ、グレタは前に手を突き出す。そしてすぐに顔色を変えた。

「ロックスライム、ですの?」

「はい正解。他校卒業編入生なので加点はなしで」

「なんか今日は珍しく教師モードですのね」

 二人のやりとりにマルクは不安そうな表情で声をかけた。

「あの、ロックスライムって、危ないのではありませんか」

「ちょっと危ないですわ」

 言ってグレタはマルクの目の前に小さな魔法陣を小指で描いた。とたん、マルクの視界は灰色に染まる。

 否、灰色の中にいくつも紅の水玉が浮かんでいた。

 その水玉は伸びたり縮んだりしながらこちらに迫ってくるのだ。

「アーシュラ!」

 慌てたマルクの頭をアーシュラは魔法杖で小さくこずいた。

「グレタが言っただろう、ちょっと危ない、と。ちょっとだけだ。全部で十匹いるから討伐してごらん。ただし魔法でなく、煉丹術だ」

 するとグレタは顔をしかめた。

「ロックゴーレムは岩を食べて硬化するゴーレムですわ。熱攻撃なり風圧攻撃なり、魔法の方が一発で攻略できますでしょうに」

「そりゃグレタのように、ロマナ帝国魔法学校を優秀な成績で卒業した魔術師や、経験のある冒険者なら、な。ここは洞窟だ。下手くそは自分まで丸焼きになったり、せっかくの壁面を壊したりする」

「アーシュラならどうしますの?」

「そりゃ統魔術でロックゴーレム内部の無機成分と有機成分を単離して各々を研究素材にするぞ」

 グレタは天井を仰いで考え込み、ぽつりと言った。

「マルク、とりあえず人外の戦闘術は聞いても無駄ですわ」

「そこ、人を人外呼ばわりしない」

 二人のばか話に呆れつつ、マルクは考え込んだ。煉丹術は秘薬の製造と内丹の鍛錬による肉体戦闘が重視される。だがアーシュラの性格から、自分にいきなり肉体戦闘をさせようとしているとは思えない。

 じゃあ煉丹術の基礎だ。

 木は土を剋し、土は水を剋し、水は火を剋し、火は金を剋し、金は木を剋す。

 木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。

 ロックゴーレムは岩。それなら「木は土を剋す」だ。

 マルクは鞄から煉丹術の護符作成道具を取り出し、木気の呪法を書こうとした。

 だが手を止める。

 アーシュラは黙って微笑んでいる。

 でも何か、その表情に違和感を感じた。

 だいたいこれじゃあまりにも基礎どおり過ぎてレベル違いのアーシュラらしくない。

 あらためてロックスライムを見つめる。間違いなく岩を食べてごつごつした風合いで、揺れつつじりじりとこちらに寄ってきている。

 今、どう思った。揺れつつ。そう、風合いはごつごつしているのに、全体の印象はやはりゼリーだ。

 ゼリーといえば、大部分は水分だ。土は水を剋するはずなのに。

 いきなり相剋論が壊れる。

「どうしよう」

 マルクは困って二人の顔を見比べる。と、アーシュラの言葉を思いだした。無機物と有機物に分けて素材にする。

 土は無機物だから金属も多く含む。金を奪えば水が生じなくなる。相生の逆流だ。

「わかったっ!」

 マルクは護符に金を生成する呪法を裏返しに描き、さらに土を留める呪法を加えて構えた。

「あのマルク、呪法が逆ですわよ」

「グレタ先輩、これで正解なんです!」

 言ってマルクは一枚の護符を放った。貼りついたロックゴーレムから金属粉がこぼれだし、ゼリー状の形を保てなくなって内部の水分が流出して崩れていく。

「よしっ次っ!」

 またマルクは護符を次々と放ち、そしてついに十匹のゴーレムを音もなく討伐した。肩で息をしながらアーシュラに目を向けると、アーシュラは満面の笑みで拍手する。

「よく正解んいたどり着いた。一見の見た目や名前に惑わされるなということだ」

 そのあとアーシュラはじろっとグレタに目を向ける。

「煉丹術しばりでどうやるつもりだった?」

「それは、大量のヒカリゴケを急速生成してロックゴーレムの土性を破壊するつもりでしたわ。美しいですし」

「だから! そのやり方だと莫大な仙力を使うし洞窟の壁面への影響も避けられんだろうが! 力任せは止めろと」

 グレタはしまったという表情になって舌を出す。だが続けて言った。

「でもおそらく、煉丹学部でしたら内丹術で強化した肉体で攻める方が主流だと思いますわ。マルクの方法はかなり邪道に近いかと」

「邪道、ですか」

 マルクはグレタの言葉にがっかりしかけたが、アーシュラはさらに満面の笑みで両肩を両手で叩く。

「邪道は大いに結構! この邪道に見える分析こそが統魔学への道だ。他の手法は統魔学につながっていない」

「どういう、ことですの?」

「統魔学は魔法術と煉丹術の理論的統合だ。煉丹術の基礎よりさらに深淵だ。即効性のある小手先の攻撃術なんかどうでも良い。その本質を抽出して操作してこそが統魔術さ」

 夢中で語ってマルクをじっと見つめる。

 自分で入門を超えてくれた。

 このかわいい弟子で。

 かわいい片想いの男の子はなんて素敵なんだろう。

 アーシュラはマルクの頰に手を伸ばし、そっと頰をなでる。

 なんてすべすべの首筋だろう。男の子なのに素敵だ。

 男の子だから素敵なのかな。

「ごほうびにチューしちゃうんですの?」

 グレタの言葉にアーシュラははっと我に返る。そこには頰を赤らめたマルクがいて、彼を抱きしめる寸前だったことに気づいた。

 アーシュラは慌てて飛び退き、その勢いで後ろにすっ転ぶ。

「アーシュラ危ないよ!」

 マルクが慌てて駆け寄ってくる。アーシュラは飛び起き、転がった際に手についたロックゴーレムの金属粉をほろいながら答える。

「ち、ちょちょっと呪法の書き方が甘いかな? 金属に若干の水分が混じっておったぞ」

「ごめんねアーシュラ。もっと僕、練習するよ」

 自分の憎まれ口にも素直に答えるマルクにまた頰が緩みかけ、アーシュラは慌てて背中を向けて洞窟の奥を確認するふりをした。

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