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もっちりゆっくりお口の幸

「新たなビジネスモデルにできませんこと?」

 グレタは見慣れない食材を口にした途端、王女のほほ笑みをマーシャルに向けた。

 ここは統魔学部談話室。クリスティーナが置いていった珍食材を試食しているところだ。いつもの統魔学部のグレタ、アーシュラ、マルク、ダナに加え、グレタと同郷でマルクとも友人ということでマーシャルも招かれている。

 クリスティーナは最近、帝国内各地の珍味や名産品を集めているそうだ。当然、あの計算高い王太女殿下なので贅を尽くした遊びなどというものではなく、内需拡大殖産振興を狙ったものだそうだ。

 その中で、自身や王宮の人材が有効利用につなげられなかったものを一式グレタに渡したうえで、どれでもよいから国益につなげよという、お土産という名の宿題を置いていったというわけだ。

 さすがにグレタも、クリスティーナ皇太女すらさじを投げたものから国益を確保しろとは無茶ぶりなので、悩んだ末にひとまず食材から手をかけたという状況だ。

「おさらいしますわ。これは東方で多用される『米』を蒸し料理にしたのち、つぶして整形した『モチ』という食材です。スープの具材や、このように焼いて調味液とともに食する方法もあるとのこと」

 ダナはにゅいんにゅいんと引き伸ばしながら顔をしかめて言った。

「これ、噛み切れないので難しいですよ。ここまでつぶさないでご飯に近い方がまだよいかと」

 するとマーシャルは自慢げに指を立てて言った。

「それなら、さらに限られた地域で食べる方法ですが粒が残ったままにする方法もあります。半分だけつぶすということで半殺しと言うそうです」

「半殺しとは物騒な名前だな。やはり全部が私は好きだぞ」

 アーシュラの言葉に、ダナは目を半眼にして言う。

「それ、全滅戦が好きとかいう話ではありませんよね」

「一応はそういうユーモアだ」

 冗談になっていないと一同思うが、そこはさすがに誰も口にしない。

 それにしてもこの餅という食材、噛み切れないうえに喉詰まりの危険があるとのことで無口になってしまう。とくにマルクは大人しくハクハクと食べているので、ウサギなどの小動物のようだ。

 アーシュラは向かい合わせに座ってぼんやりとマルクを見つめる。

 せっかくマルクといる時間なのに、マルクの声が聞けないなんてもどかしい。

 でも。

 一生懸命に餅を噛んでいるマルクを見つめる時間はまた、愛おしい。

 冒険と研究ばかりだった百年前。常に心が急いていたあの頃は充実していた。

 その評価される充実は、心が飢えていた。

 今は無為で無駄な時間なのに心は満ち足りていて。

 新たな研究成果で得られた束の間の輝きが、彼のしぐさ一つ一つだけで得られてしまう。

 本当に、恋は盲目だと思う。

「すみません、なかなか噛み切れなくて」

 マルクが申し訳なさそうな顔でようやく発言した。アーシュラは苦笑して、焼きあがった餅に手をかざした。とたんに餅が一口大に切り刻まれる。

「これは単純な風魔法だよ。刃物では粘りついてしまうが、風魔法ならこうやってきれいに切れる」

 マルクがうなずいて練習しようとすると、アーシュラは手で遮った。

「単純と言ったが、力の加減が難しい。普通は攻撃魔法だから、教科書どおりに使うと下の網まで切ってしまうよ」

「それは残念です」

「今日は私が切ってあげるから、それを食べるとよいさ」

「ついでにあーんしてあげたらどうですか」

 ダナの言葉に、アーシュラとマルクは慌てて手を振った。するといきなりグレタが声を上げた。

「それですわ! あーんですわ!」

 全員が怪訝な顔をする中、グレタはアーシュラと同様に餅を切り刻むと調味液をかけ、その一つをフォークに刺してマーシャルの口元に持っていった。

「はい、あーん」

「あの皇女殿下、私はその」

「はい、あーん」

 マーシャルは小さく震えて回りを見渡すが、全員が自分の餅にかぶりつく。マーシャルは仕方なく母国の変人皇女こと皇女殿下からのあーんを受け止める。

「いかがですこと? 正直な感想を」

「恐れ多いことで」

「そういう感想は不要ですわ。私を皇女ではないと思ってもう一度ですわね。はい、あーん」

 なぜか全員、つられて口を開けてしまう。そしてマーシャルは餅を受け止めて咀嚼する。

「さあ感想を聞きたいのですけれど」

「なんというか、気恥ずかしいものではありますが、嬉しいものですね」

「それは、他の食材でも同じですの?」

 言われてマーシャルは少し考え込む。周りを見回すと相変わらずマルクがゆっくりと噛んでいた。

「飲み込むまでの時間が長いぶん、嬉しい時間も伸びる気がします」

 グレタは大きくうなずいて両手を打ち合わせた。

「調味液を甘口にして、さらに彩りを増やしましょう。そして恋愛成就のフェスティバルに出店ですわ」

「何この皇女俗っぽくってこわい」

 ダナの突っ込みも無視して、グレタはマーシャルの肩をつかんだ。

「貴方に商才があるのなら、色々と支援はいたします。これを我がロマナ帝国の名産品として輸出と観光につなげるよう、ビジネスモデルを形成するのです」

「……すごいですね、皇女殿下は」

「恋はビジネスチャンス、殖産興業の機会ですわ」

「さすが殿下は皇女の鑑ですね」「学生時代ぐらいは夢があっても良いのに」

 マーシャルとダナの、真逆の感想が重なる。グレタは少しだけ顔をしかめ、だがすぐに涼しい顔で答えた。

「だって私、皇女ですし研究者ですもの。恋も研究と国益のため、ですわ」


 打合せのため、マーシャルがグレタに引きずられるようにして談話室を出て行ったあと、ダナは天井を仰いで呟いた。

「あの皇女、無茶で型破りなくせに無駄に縛られちゃって」

 マルクは首をかしげながら、ゆっくりと答えた。

「僕は平民の出だからよくわかりませんけど、グレタ先輩はあれで難しいのですね」

「難しい立場ではあるが、彼女は無駄に難しくしている面もあるよ。才能があるぶん、余計にね」

 アーシュラはマルクに答えつつ、自身も他人事とは言えないと思う。

 才能の無駄遣い。

 マルクとの時間をもう一歩進める力がほしいのに、自分の統魔学の力はその役に立たない。

 この不器用さは、クリスティーナ皇太女にすら負けてしまう。

 いや、実はダナにだって負けているのかもしれない。

 前に進めないもどかしい時間。

「でも、なかなか食べ進められない時間を逆用して商売にしようだなんて、やっぱり自由な人だと思いますよ、グレタ先輩って」

 マルクの言葉に、アーシュラは微笑んでうなずいた。

 進めないもどかしい時間を、今は。

 今はゆっくりと味わっても、良いのかもしれない。

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