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大魔導師の秘密

「ここが大魔導師記念館ですわ」

 学園の中心にある一軒の屋敷、それが大魔導師記念館だった。元々は大魔導師アーシュラの公邸兼研究棟だった建物を記念館として開放したものだそうだ。建物は純白の石造りで、屋根は銀色の金属で葺いている。どこも傷一つなく、建てたばかりに見える。

「この記念館の外観自体も重要ですのよ。百年経っても全く劣化しない、これも統魔学の成果なのですが、アーシュラ様が論文化する前に行方不明になってしまい、今は失われた技術ですの」

 ダナが説明する前にグレタが次々と説明し、ダナは黙って苦笑している。まあ、ダナとしてはこれもグレタの復習になるし、第一自身も楽ができるので良いかなとも思っていたりする。

 ダナが扉を開けると、玄関の左脇には人の背丈ほどもある、装飾のない銀色の真っ直ぐな杖、右脇には金属の釜が飾られている。そして真ん中の青い絨毯には、釜の中に杖が差し込まれた意匠が描かれていた。

「二学部の紋章を飾り、そして両学問を統合した印である統魔学の紋章が中心に配されていますの。これこそアーシュラ様のお屋敷って感じがしますわよね!」

 大魔導師アーシュラに対するグレタの言葉の端々からは、尊敬よりはマニアの領域に入っていることがみてとれる。ただ、尊大ながらも優しく導こうとするグレタに、マルクもこの学部でも良かったのかもという気持ちが少しづつ湧いてきていた。

 廊下から各部屋に入ると自動で魔法の灯が灯り、ふんわりとした心地よい香草の香りが漂う。照明は魔法で香草の香りは煉丹術の成果だ。魔法による物体感知と煉丹術による魂魄感知の成果だと自慢げにグレタが説明したが、いきなり技術的な話をされてもマルクには理解できない。そこでようやくダナが説明を加え、ぼんやりと技術の片鱗をマルクは理解する。説明しきれなかったグレタは少し悔しそうだ。

 各部屋ではアーシュラの業績や経歴を学ぶ。本当にジャポニナ諸島国出身とあり、中でも出身とされた場所はほぼマルクの住んでいた集落と重なることがわかり、マルクは不思議な縁を感じた。

「マルク君、これが記念館を代表する彫像ですわ!」

 通路の最奥に安置された大理石らしき彫像は、一人の少女の像だった。大魔導師アーシュラの像だという。だが、その肩書の割には若いどころか幼く見える。煉丹術には老化防止長命の技法があるため、実際の年齢よりはるかに幼く見えるらしい。とはいえその姿は十五歳程度、つまりマルクと同い年に見える。

 身長はマルクよりほんの少し小さい程度で、ジャポニナ諸島国特有の髪型である腰までの二つ結び、いわゆるツインテールにしていた。背中には足首まで届く長い魔道士のマントを羽織り、胸に大きな太陰太極図を描いた、袖口の広い煉丹道士の服を着ている。ただ、いずれも百年前のせいか古風なデザインだ。今の魔道士はグレタもそうだが背中までのマントだし、煉丹道士の服は普通の細い袖だ。

「この彫像はアーシュラ様が行方不明になったときには既に設置されていたそうですの。大理石に見えますけれど、とても硬くて削ることもできない、不思議な石ですのよ?」

 グレタの説明に、マルクは疑問を口にした。

「それっておかしくありませんか? なんで住んでいるところに本人の彫像があるのですか?」

「当主の住んでいるところに本人の彫像があるのは普通ではありませんの?」

 マルクとグレタはお互いに首をかしげる。ダナは吹き出して言った。

「グレタさん、皇帝や大貴族のお屋敷には彫像や胸像があるかもしれませんが、庶民の家にはないのが当たり前ですよ」

「私、小貴族や商人の邸宅も伺ったことはありますが、肖像画はありましてよ?」

「グレタさん、それも庶民ではありませんよ」

 グレタはまた首をかしげ、マルクをじっと見つめる。マルクがおそるおそる首を縦に振ると、顔を赤くして頰に手を当てた。

「また私、恥ずかしいことを言ってしまいましたわ! 一年経って世間知らずはなくなったと思っておりましたのに」

「いやグレタさん、それは無理ですよ」

 ダナは言って苦笑しつつ、本当に素直な皇女だと思う。普通の貴族ならここで怒ったり無理に主張するところだ。さすが、あえて統魔学を選択して変人と陰口を叩かれても平気なだけはある。まあ、それもロマナ帝国皇女という、虚勢不要の地位に裏付けられた自信なのかもしれない。

 マルクはあらためてアーシュラの彫像をじっと見つめた。顔は何かに驚いたような表情で、両手は下げられているけれど左手は何かを落としたような手つきをしている。

 顔立ちは百年前とはいえ、さすが同郷なだけあってグレタよりも親しみを感じるものだ。グレタやダナは美人ではあるが田舎育ちのマルクには見慣れない顔立ちで少し慣れない。マルクはふと、同郷にいた幼なじみたちを思い出した。軽いホームシックの気持ちが起き、思わず彫像に手を触れてしまった。

 すると突然、彫像がうっすらと光を帯びた。

「マルク! 何をした!」

 ダナが慌てて叫ぶ。しかし彫像はさらに強い光を発し、表面に細かいひびが入った。

「そんな! 私の責任問題になるわ」

 慌てたダナの言葉にグレタは一瞬冷たい視線を送りつつマルクの手を引っ張る。

「貴方、先ほど触ったときに何か魔法を使いましたの?」

「そんな! 僕はただ」

 ひびはついに全身に及び、そして一気に薄く剥がれ落ちた。そして中からは黒髪と黒い瞳、そしてマルクと同じ肌の色をした少女が転びそうになりつつ現れた。

 少女は三人を見回すと右手をあげる。玄関にあった魔法杖が現れ、彼女はそれを振るった。三人の周りに黒い霧が一瞬だけ現れると、ダナとグレタの右手首にまとわりついて各々が黒色の腕輪に変わる。

 ダナが慌てて魔法を使おうとしたが不発に終わった。

「私の封印を破ろうとは、そっちの研究生はずいぶんヤンチャだね。歳は食っているようだけれど」

「貴方は、誰だ」

 ダナの震える声に、彼女は当然のように答える。

「先生の家に入ってきて誰だはないだろう。だいたい校長の顔もわかっていないなんて、それじゃ論文はいつまでたっても通せないぞ?」

 彼女の言葉に三人は息を飲む。と、彼女はマルクの顔をじっと見つめ、急に顔を赤くした。

「マル、ケスくん?」

 マルクはぽかんと口を開けて首を傾げる。

「あ、いやすまん。マルケスはもう歳だ。もしかしてマルケスの孫かな。その血筋の力で私の封印が解けたわけか。なるほど納得だ」

「それは……ジャポニナ諸島国の勇者マルケスのことでしょうか」

「勇者マルケス……最近はそんな呼び方をされているのか? たしかに邪龍を倒して漁村の村長になったはずだけど」

「それです! 僕は勇者マルケスが村長を務めた街の出身なんです! 僕も遠くはありますが先祖に血縁はあって」

 彼女は額に手を当てて顔をしかめる。

「ちょっと待ってくれ。先祖、と言ったな。あと君たちの服装は何かこう、なんというか少し個性的だな。なぜここにいる。というか待て、そこの研究生。君はなぜ襟に校長章を付けているんだ?」

「あの、大変失礼ですが、貴女は大魔導師アーシュラ様でしょうか」

 グレタは勇気を振り絞って問いかける。少女は不安そうな表情で小さくうなずき、そして窓の外を見た。

 彼女は目を見開き、慌てて駆け寄る。杖を掲げつつ、懐から分度器や方位磁針、星座早見板などを取り出して何やら作業し、そして空中に凄まじい速度で計算式を書いた。

 そして再び三人を見回して言った。

「今日は統一暦で1311年ではなく、1411年だとか、言わないよな?」

「ぴったり1411年で間違いありません、校長。私は現在、校長代理を務めておりますダナと申します」

 再びダナが震える声で答える。アーシュラは泣きそうな顔であらためてマルクを見つめた。

「つまりマルケスは、とっくに亡くなって、君は彼の、何代も離れた遠縁の、子孫、なのかい?」

「その、とおりです、先生」

 アーシュラはその場に膝をつき、力なく笑ったあとに顔を覆って泣きだした。

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