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特等席にご案内

 ケーキ店に入ると、ウエイトレスが素早く二人に寄ってきた。ちょっとした高級感を演出しているのか、ウェイトレスは艶のある黒のワンピースに純白のドレスエプロンをつけ、足元は黒エナメルの革靴を履いている。胸元には杖と鼎をあしあしらった銀色のネックレスをつけており、学園領の店であることを強く主張していた。

「申し訳ありません、ただいまお席が……」

 ウエイトレスは眉をひそめて口ごもる。満席のようだ。アーシュラとマルクは仕方なく店を出ようとする。すると二十歳ほどの男女が肩を組んで玄関に向かってきた。

「ケーキも紅茶も美味しかったよ。ごちそうさま」

 男が店員に呼びかけ、会計を済ますと仲睦まじく店をあとにした。とたんに先ほどのウエイトレスは満面の笑みで言った。

「お客様、ちょうどお席が空きましたので少々お待ちください。とても良いお席を準備できますので」

 マルクとアーシュラはやった、と小さく声をあげる。

「良い席とはなんだろうね。昔に冒険者だったときに行っていた食堂は奥の全体を警戒できる席で、校長として知られていた時代に行っていたパブは落ち着いて論文を書ける席だったが」

 アーシュラのずれた感想にマルクは苦笑して答えた。

「ケーキ屋さんだからどちらもないでしょ。窓際のテラスとかじゃないかな」

 マルクが指差した先には大きいガラス窓があり、色とりどりのバラやパンジー、ガーベラが咲いた庭が見えた。

「なかなかすごい庭だな。昔にロマナ帝国の王城を表敬訪問したが、その庭に似ている気がする」

「マーシャルはロマナ帝国出身だから、似た雰囲気が好きなのかもしれないね。でもグレタ先輩は、ラベンダーやジキタリス、スズラン、ニガヨモギ、ヘレボルス、イヌサフラン、サルビア、マンドラゴラが華やかに咲いているって自慢していたけれど」

「それ全部が薬草だぞ。危険なものも多いな。おおかた第四皇女専用の危険な庭でもあるんじゃないのか。やっぱり研究倫理の単位は取らせないと危ないな」

 ひどい皇女殿下である。正直、同じ研究バカのはずのアーシュラすらひくレベルだ。

 おかしな話をしていると、先ほどのウエイトレスがお盆を持って戻ってきた。

「ではご案内いたします。本来は多少、特別料金をいただくのですが今回は満席ですので無料サービスとなります。また、ちょうどお二人ですし」

 ほう、とまた二人は微笑むと、おとなしくウエイトレスのあとに着いていった。


「狭くて、申し訳ないな」

「大丈夫、だよ。アーシュラも小柄だし」

 二人は庭を正面から見られる特等席に着いていた。そう、二人そろって正面から庭を見られるのである。

 つまり二人は並んで座っているのである。サーモンピンクでふっかふかの沈み込むソファだ。両脇は小柄な二人をしっかりと包み込む形になっている。もう少しどちらかが大柄なら腕を組んでしまうほどに。

 いわゆるカップルチェアというやつである。

(これあれだ。食べても味がわからなくなるやつだ)

 内心、マルクも心臓が小さく跳ねてしまう。

(今日は走ってしまった。汗臭かったらどうしよう。トイレに行くふりをしてトイレで浄化魔法を……)

 色々と気づかって余計なことで失敗するルートを選ぼうとする大魔導師様だ。

 二人とも気もそぞろでウエイトレスの勧めるままにケーキセットを頼んでしまった。お互い別なものにした覚えはあるのだが、何を頼んだのかすら定かではない。

「緊張して、変なものがこなければ良いのだが」

「マーシャルのおすすめだから大丈夫だよ」

「「グレタの推薦ではないし」」

 二人の声が重なり、ようやく緊張がほぐれてくる。するとウエイトレスがケーキを持参してやってきた。

「こちらは仙桃のミルフィーユになります。またこちらはリコリスとブルーベリーのムースとなります」

 ボリューム感のあるミルフィーユがマルクの前に置かれ、ムースがアーシュラの前に置かれる。次いでローズマリーティーのポットが置かれた。ポットからはミントに似た爽やかな香りが漂う。

 ミルフィーユは上と間に薄虹色の桃が挟まれており、その色からただの桃ではないことがよく見てとれる。またムースはリコリスの鮮やかな緑とブルーベリーの艶やかな紫の対比が目に楽しく、ムースは薄紫と薄緑がマーブル模様になっていた。

 そしてハーブティーのカップの底には、空を仰ぐ二つ分けの少女の影絵が彫り込んであった。

「これって、アーシュラじゃないかな。ウエイトレスさんのネックレスも魔法と煉丹術の印だったし」

「自分の姿かと思うと気恥ずかしいな」

 急に、席の恥ずかしさよりもカップに描かれていることの方が恥ずかしくなってきて、アーシュラは慌ててカップを両手で包み込んだ。

「あちっ」

 熱さで取り落としそうになるけれど、重力制御の魔法を自動起動させてテーブルに置く。

「今の、すごい」

「いやあ、人間は間違いを反省する生き物だからね」

 頓珍漢に聞こえる答えにマルクは首をかしげた。アーシュラは笑って溜息をついた。

「私が百年の時間を流してしまったのは、統魔薬をひっくり返したからさ。そしてさらに先日はグレタのドジに巻き込まれた。マルクもよくよく、物を落とさないように気をつけた方が良いよ」

「たしかに、僕も気をつけます。僕は百年も経ったらどうにもならないですから」

「そのときは私が全力で叩き起こしてあげるよ」

 アーシュラが言ったとき、ウエイトレスが笑顔でローズマリーティーを持ってやってきた。片手には何か紙を持参している。

「こちらの席でケーキセットをご注文のお客様へのささやかなサービス品です」

 二人で覗き込むと、それは一枚のイラストだ。邪竜に呪いにかかった王子様を、おてんばなお姫様が口づけで目覚めさせるというおとぎ話。

「あ、いやマルク、そういう意味ではないからね? 私はほらお姫様ではなく冒険者で研究者で教師で学生だから」

 言い訳しながらアーシュラも自分でおかしくなってくる。そして二人は顔を見合わせて笑いあった。


「私はまだ公式にしていないのだから、表敬訪問はダナ校長代理の仕事だろう」

 校長室で、アーシュラはダナからの日程調整表をすぐに突き返した。どこだかのお偉いさんが来週に来るからその表敬訪問を受けるとのことで事細かに書いてあったのだが、アーシュラは読みもしない。だがダナは全くひくことなく言葉を返した。

「先方はアーシュラ校長復活を把握しているようです。それに当学部に深く、深ーく関係することです」

「統魔学に? まさかスポンサーになるとか言うのか? 私の復活狙いのきな臭い戦争屋などお断りだぞ」

「表敬訪問はロマナ帝国第一皇女です」

 アーシュラは沈黙してじっとダナを見つめる。ダナは胃の辺りを押さえながら睨み返す。

「表敬訪問という体裁をとっておりますが、学内手続では『三者面談』の申請がなされております」

「あれか」

「そうです。あの変人皇女の後始末です」

 はあ、と二人は大きく溜息をつく。魔法学園創立の際、各国の名家が集まる都合上、色々と勘ぐる王族や貴族が多かったため、教師と生徒、親の三者面談制度が創設されたのだ。しかし数年経って教育システムが信頼されたのちは、わざわざ遠隔地まで訪問するような金と暇の両方を持て余す親などおらず死文化していた制度だ。

「ロマナ帝国からのクレーム処理なら、それこそ事務方とうまくやってくれよ」

「ご安心ください。クレームをつける気はないそうです。むしろ謝罪と、妹の叱責が目的とのこと」

「それはそれで面倒くさい」

「面倒でも、校長の存在を把握されている以上は逃げないでください」

 二人は重い気持ちで肩を落とした。


 さてもう一人、最も深刻な気持ちになるべき皇女がいるのだが、こちらはまだ、執事たちも本人に隠しているので能天気に魔法と煉丹術をかき混ぜて遊んでいたのだった。

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