反省タイムと街歩き
最後ははちゃめちゃになった実習だったが、ダナほか教師たちの奮闘によりなんとか全員の成績評価を行い、一応は実習を収め込んだ。ちなみにアーシュラは講師の立場で単位免除で、むしろダナの手伝いに駆り出され、帰路はずっと膨れっ面だった。
そして問題児のグレタの扱いだが、今日は停学明けの一週間だ。
「精神関係は、魔法と煉丹術ともに受講と研究の一年停止ですか。あと独自研究には当面、研究計画書提出義務、と」
マルクがレナの処分書を読み上げる。するとグレタはむくれきった顔で不満を口にする。
「魔法はどうせ母国で勉強しているから良いのですが、煉丹術はっ! とくに今年度は二講義もあるのに来年に延伸だなんて心外ですわ」
「「反省が足りない」」
珍しくダナとアーシュラの声が重なる。そしてさらに追い打つようにアーシュラが言った。
「停学処分が一週間で済んでいるだけでも御の字と思え。この停学期間に短縮するためにダナ校長代理も手を尽くしたんだ。君の実家への配慮もあるしな。その代わりに条件付きになっている」
「あの、受講科目制限や研究計画以外にも条件があるのですか?」
「他国で魔法か煉丹術を修めた学生は免除となっている研究倫理の単位な、免除取消になったから」
「何でですの!」
「「これで何でと言っているから!」」
またダナとアーシュラの声が重なり、マルクも思わず苦笑する。この皇女様は反省能力をどこかに置き忘れているらしい。だがさすがに気づいたのか、溜息をついて頭を下げた。
「今回はたしかにやらかしましたわ。アーシュラがいなければ収拾もつかなかったかもしれませんし」
「言っておくが、私もマルクたち三人の偶然がなかったら、あの短時間で解毒薬は設計できなかったぞ。まったく不幸中の幸いだ」
「ということでこの件、帝室にも報告してありますので」
ダナは冷たく事務的な声で付け足す。するとグレタはぶるりと身震いして言った。
「なぜ国に報告しますの? 校則では学生の行動は母国に原則縛られないと」
「ロマナ帝国という国家に報告はしておりません。あくまで帝室、つまりお父さんとお母さんにお伝えしただけです。平民と同じことです」
「詭弁ですわ! というか皇帝陛下がお怒りになれば」
「執事さんからは、迷惑な娘だから好きに矯正して良いとの伝言をいただいております。あと第一皇女殿下が報告書を魔法の炎で焼いたとか」
「大姉様に叱られる……」
グレタはさらに顔色を青くする。どうも第一皇女は苦手らしい。
「まあ、たまに反省しておけ」
アーシュラが小気味良さそうに呼びかけると、グレタは小声で呟いた。
「恋に不器用なくせに」
「人の恋路に爆炎をぶつけるな!」
「恋路、ですか?」
不思議そうな表情で訊いたマルクに、ダナは溜息をついて言った。
「女の秘密は立ち入らない方が安全ですよ。とくにあそこの危険物二人には」
「先生は行き遅れなのに」
「何か言ったの停学処分の取得単位取消娘」
「……すみません」
珍しくしおらしいグレタに、またマルクは笑いをこらえるのに必死だった。
恋路の強力かつ有毒な応援娘が一時行動停止となり、アーシュラは校長室で悩んでいた。
今回はグレタが勝手に自分をダシにして暴走して遊んで転んだだけだが、実はアーシュラ自身も統魔術を恋路に使おうかと不穏なことを考えたことがある。
だがやめた。これは絶対良くないことだ。それこそ倫理処分ものだ。
それ以上にやはり、そんなこと抜きにマルクと仲良くなりたい。ふとオウリュウやマーシャルを思い浮かべ、同性の気安さで仲良くなった二人をうらやましいと思う。
だがすぐに思い返した。自分は同性にそんな友だちはいただろうか。冒険仲間はいたが、あくまで仕事と研究仲間というだけだ。事実、学園を開いたとたんに疎遠になってしまった。学園開設後も、統魔学の創始者ということで他の教師からは一歩ひかれていた。むしろ当時の環境を知らないダナの方が気軽なほどだ。
校長室は仕事部屋なのに、こんなことでぐるぐるしているのは良くない。今日は受講する講義も受け持ちの講義もないからとっとと帰ろう。
ダナは校長室を出て帰路につく。他の女子学生を見回し、服装が流行からずれていないかと不安になる。他の子の発育を見て、不老の術を緩和した方が良いかと思うが、自分の体質ではこれ以上の成長が見込めないことを思い出して溜息をついてしまう。
もう少し、体型が良かったなら。
もう少し、鼻が高かったなら。
もう少し、幼くかわいい声だったなら。
もう少し。
いや。もう百八十年ほど遅く生まれていれば、もっとマルクと一緒に歩めたかもしれないのに。
思いかけて頭を振る。それはさすがに百年前、誤った封印の前に自分が過ごした時間と、その関係者たちに失礼すぎると思う。その時間を積み重ねたのが自分、大魔導師アーシュラなのだから。
そして、実年齢九十数歳にして恋愛の精神年齢十代、それも十代前半並みのアーシュラなのだから。
独り笑ってしまう。
昔ならダナのようにお酒を飲みたい日もあったけれど、今はお酒よりクレープやケーキの方が楽しい。
それはきっと、恋をしているから。
世界がきらきらしているから。
輝く時間をとりこぼしたくなくて、アーシュラは街に向かって駆けて行った。
「アーシュラ、偶然だね」
街に入って曲がり角を曲がったとたん、マルクと鉢合わせしてアーシュラはあわあわとしてしまう。手でツインテールを整えて両手を何となく後ろに組んで棒立ちになる。
「どうしたの、変な顔して」
「き、急に鉢合わせしてびっくりしただけだ。今日はその、街をぶらつこうかと」
「僕も進学してから学校のことで余裕がなくて、先日の煉丹フェアは普段と違ってお祭り状態だったし。普段の街をあまり歩いていないから少しずつ見て歩いているんだ」
アーシュラの脳内に街歩きデート、という停学変人娘の声が聞こえた気がする。いやこれは大切な機会だ。
「それなら一緒に見て歩こうではないか。私もこの街は、百年前しか知らないからね」
二人は連れ立って歩き始めた。
二人ともあてがないので、アーシュラはとりあえず記憶にある大通りに進んだ。しばらくしてレストランが見えてくる。「鳳凰亭」という名の総合レストランだ。木造の看板は年季が入っており、所々にひびも見られる。
「ここは伝統店で、少し高いらしいよ」
「ここは今、伝統店なのか」
アーシュラは感慨深そうにその看板をじっと見つめる。マルクが首をかしげるとアーシュラは小さく笑った。
「私が誤って封印された年に開店された店でね、私には開店一周年の感覚なのだよ。でもこの看板はすっかり古びているね」
言ってアーシュラは少し考え、そして先を指差した。
「せっかくだから、他の開店したばかりの店を見てみないか」
「それなら奥にケーキ屋さんがあるよ。マーシャルが良心価格で美味いと褒めていたんだ」
「あやつは本当に美味しいと思っているのか? 実は商売的な意味の美味しいではないだろうね」
「僕もそれは思ったけれど、彼ってぽっちゃり体型だから」
二人で顔を見合わせて笑いあう。
そして老舗をあとにすると、二人にとって同じ一年目の時間が流れる店へと向かった。




