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ひとりぼっちの入学生

「あの、僕以外の他の学生はどうしたのでしょうか」

 この冬に十五歳を迎えたばかりのマルクは、自身と校長代理しかいない教室を見回して戸惑いの声をあげた。午前中にダナ校長代理からの入学説明会を聞き、そこで志望学部を提出。午後に学部分けの結果が伝えられて教室に来たら自分と校長代理しかいないという惨状だ。

 マルクは特別奨学生として入学できるほど成績は優秀なのだが、年のわりに小柄であどけない顔だちをしている。黒髪と黒い瞳は重々しさよりは、まだかわいらしい印象がある。

 ダナ校長代理は予想どおりの反応に溜息をつき、視線を窓側に逸らした。ガラスに映った顔に目元の小じわが見えてしまわないかと気にしてしまい、自分で苦笑してしまう。若い頃のダナと言えば「魔導聖女」と呼ばれるほどの美貌で、今も亜麻色でさらさらの長髪と整った顔立ち、煉丹術の成果で体型の美しさは保っている。

(煉丹術の長命術は使っているけれど、この心労では焼け石に水かも。)

 ただ黙っているわけにもいかないので、ダナ校長代理はなるべく優しい声で話した。

「マルク君はジャポニナ諸島国ですよね。そして平民の奨学生。入学試験の成績は見たわ。優秀で素晴らしいわね」

「ありがとうございます。それで僕は魔法学志望だったんですが」

「そこなのよ、残念ながら。この魔法学園の専攻は煉丹学、魔法学、そして統魔学の三学科なのよね」

 まずは前提を話し、本題に入るのを引き延ばしにかかる。無駄な時間だとはわかっているけれど、なるべくは大人の事情を話すのはあとにしたい気持ちがある。

「それで、統魔学は煉丹学と魔法学、両方の魔道体系を統一した魔導理論で、我が魔法学園の創設者が興した重要な学問なのよね」

「ええ、それは先ほどの入学説明会でも教えていただきました。それで代々、統魔学の学部長が代々、校長代理を務められておられるんですよね?」

 マルクは自分のノートを開く。そこには、ダナ校長代理がついさっき説明したばかりの話が几帳面な文字で記録されていた。その真面目さに、ダナの胸が痛む。自分が入学したてだったときと似ている。

 魔法学園は東西に分かれる二つの大陸の間にある細長い島全体で、学園そのものが国家の体をなしている。その校長代理といえば、対外的には世界最高学府の事実上の頂点として世界最高位の一つだ。だが、本当は校長代理なんて肩書は良くても実務は雑用係なのに。

 とはいえ、いつまでも引き伸ばしてはいられない。

「そうね。でも、統魔学には後ろ盾となる大国がないの。要はお金や政治力が弱いの。だから、残りの二学部が貴族や王族と、大国の官僚と、寄附金付きの裕福な子を先取りするのね」

「つまり、僕みたいな小国出身で平民でお金もない生徒は」

「旨味のない子だけは彼らが拒否するから、うちで受け入れるという感じかな。もちろん中には統魔学を好き好んで選ぶ子もいるけれど、どちらかと言えば個性的な子が多いかしら」

 正直言ってほとんどが一癖も二癖もある連中だ。マルクの先輩の面々、そしてダナ自身が学生だった頃の同窓生の面々を思い出し、思わずまた溜息をついてしまう。

 明らかに落胆の表情を浮かべるマルクを気の毒だなと思う。と、いきなり教室の扉が乱暴に開かれた。

「貴方が新入生かしら? ごきげんよう!」

 言葉遣いは正しいものの、言い方といい態度といい乱暴な、濃い金髪の女性が二人の間に割り込んできた。年の頃は十八歳ほどだろうか。だが表情はいたずらっぽく、まだ少女の面影が強い。

「ごきげんよう。私はロマナ帝国第四皇女マルグレーテ。母国では既に魔法学を修めていますの。でも統魔学は深淵を感じて楽しいですわ。貴方は私の直接の後輩ですし、グレテと呼んでくれて構わなくてよ?」

 いきなり語りだした彼女にマルクは目を白黒させる。それを彼女はさらに押してきた。

「どうせ『平民だから』『お金がないから』なんてくだらない話を先生からされていたのでしょう。それは事実だとしても、統魔学は魅力的な学問ですから胸を張りなさい。私、帝国皇女が言っているのだから間違いありませんの」

 すさまじい自信にマルクは呆れてしまう。ただ、ロマナ帝国と言えば二大国の一つだ。そこの皇女なら他国の貴族も平民も同程度に低いのかもしれない。

「グレタさん。説明会に乱入はあまりお行儀が良いとは言えませんね」

 想定外の状況に、やっとダナは口を開いた。マルクのような貧乏枠以外、つまり変人枠のいきなりの襲撃だ。ただグレタの規格外の地位と行動力、そして統魔学への愛はマルクを力づけるには良いかもしれない。

「失礼しましたわ。でも学生がほとんどいない学部で、それもこんな年下の子が暗い話ばかり聞かせられるのでは、気持ちが病んでしまうでしょう?」

 ダナはうなずきつつ、この変人皇女が皇女らしい思いやりのある女子なのだと今さらながら気づいた。そしてグレタは二人の顔を見回すとまた教室を飛び出し、今度は籐かごのバスケットを持って入ってきた。

「二人とも難しい顔は止めて。お茶でも飲みながらお話ししませんこと?」

 バスケットから紅茶とクッキーの甘い香りが漂い、三人の顔がようやくほころんだ。


「そんなわけで私、統魔学の創始者たる大魔導師アーシュラ様をこよなく敬愛しているのですわ! とくにそんな優秀な女性が私と同じ女性なのですから」

 グレタが机を叩いて強調する。大魔導師アーシュラは、今から百年前に統魔学を興してこの魔法学園を打ち立てた、魔法学園の校長だ。ただ、最期が行方不明となっているため、以来校長は空位とされ、校長代理がずっと事実上の校長となっている。だが、それも煉丹学と魔法学の勢力争いの中、実質は調整役兼雑用係という状況だ。

 グレタは、第四皇女という中途半端で気楽な立場と持ち前の興味心で、憧れのアーシュラの打ち立てた統魔学を学びに留学しているのだという。

「そこで今夜なのですが、大魔導師記念館に行きませんか?」

「夜はきちんと寮ですごすべきでしょう」

「先生、昨年は来なかった新入生ですよ? 一刻も早くアーシュラ様の魅力をお伝えするべきではなくて? それに彼はアーシュラ様と同郷ではありませんか」

「僕が、同郷?」

「あら、知りませんの? アーシュラ様は貴方と同じジャポニナ諸島国出身ですわ。ジャポニナ諸島国民の特徴の黒髪と黒い瞳を持っていたことも伝承されていますわ」

「僕と、同じ」

 グレタの言葉に、根拠はないものの何となくマルクは力づけられた気がした。ダナは彼の表情をみて溜息をつく。

(今日は本当、溜息をついてばかりだわ。でも彼もうれしいなら良いことね)

 ふと、ジャポニナ諸島国出身者が彼以外、在籍していないことに気づく。さらに言えば、ダナが学生だった頃もいなかったし、教師生活に入ってからもいた記憶はない。

「そういうことなら仕方ないわね。今日は特別に、夕食後に大魔導師記念館を案内しましょう」

 ダナの言葉に、グレタは屈託のない笑みを浮かべた。

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