ルート①3日目夜
6名が会議室Bの指定された席に座る
「今日は俺からひとつ良いかな」
全員が了承の返事をする
無意識ではあるだろうが、ここに苺との信頼の差がある様に思える
信頼があるからこそ危険だ
「支配人…で良いのかな。チェックインのときにフロントにいた人」
「良いんじゃないか。呼び方は統一した方が分かりやすい」
「それで、その支配人がどうしたのかなん?」
「どう思う?」
質問自体は直球ではあるが、質問の内容としては随分とふんわりしている
なにが聞きたいのか
「ごめん、具体的じゃなかったね」
誰もなにも言わないのはなにをどう答えて良いか分からないから、というのもあるだろうが狙いが分からないというのもあるだろう
「今日支配人と話したんだ。どうにもこのゲームのことを良く思っていないように思えたんだよ」
「懐柔出来るんじゃないかってことか」
「うん」
「それなら無駄だよん」
無謀にも思えるが全員で帰ることを目標としているホースから出る提案としては想定出来る範囲ではある
それを一瞬で否定した苺に視線が集まる
「ウチは昨日話したんだよねん。多分ただの駒だよ。なにも知らない。このゲームの進行も誰かが決めたルールに沿ってやってると思うなん」
苺が「ただの駒」と言ったときの表情と声色はとても冷たかった
「…………どうして」
「昨日か今日、ウチとホース以外で誰か支配人と少しでも話した人っているかなん?」
苺が挙手をして言ったため挙手をするかしないかで会ったか会っていないかを意思表示することになる
当然誰も手を挙げない
「多分1日に1人しか会えないんじゃないかなって思うんだよねん」
「だからバイキングなのか」
「それは無人で済むようにだと思う」
ブルーとウサギという思わぬボケとツッコミの組み合わせに場が少し和む
「だから昼間も合わせてゲームってことだと思うのねん。ってことで支配人を懐柔出来たとしても意味がないっていうウチの結論は分かってもらえたかなん?」
「分かったよ」
「ああ」
提案したホースとそれに一番に乗ったブルーが理解した旨の返事をして残りの3人がなにも言わないことで支配人を懐柔する案は棄却された
この会話を聞いているとは思わないのだろうか
いいや、そんなことはない
少なくともホースは昨日、ある程度聞かれていることを前提に話しを進めていた
それなら聞かせることに意味があるのだろうか
だとしたらどんな意味か
昨日…か…
…分からん
一先ず話しもひと段落したし料理を運ぶか
「やっぱり、この部屋での俺たちの会話を聞いていますね」
部屋に入るなりそう言われる
「昨日入って来るタイミングが随分良いなと思ったんですよ。少なくとも映像は見ていると思いました。だから今日は誰かがわざと大袈裟に動いたあと誰も目立った動きをしないようにお願いしました」
「ウチもそう聞いただけだけどホースが話しの主導をするだろうから合図はホースかと思ったよん。まさかウチだったとはねん」
「誰でも有り得ると思ってそう言ったんだ。誰もそういう動きをしなかったら俺がするつもりだったよ。でも苺が察してくれて助かったよ」
「ほとんど偶然だけどねん」
へぇ…全員がそれを実行した、と
確かに協力しない理由はない
最終日に仕方なく誰か殺すと言っている者とゲームに参加しないと言っている者と全員で生き残ることを願っている者しかいないのだから、ある程度協力するのは当然だ
しかも今はまだ序盤
協力する理由というより、断るには材料が足りないといったところか
分かったところでどうなのかは分からない
ただ、ひとつの目的のために全員で協力したという事実は後に重要になることもある
ホースの目的はそれの可能性が高い
それなら俺はどう答えるべきか
「料理の準備をしながらラジオの様に皆様の会話を聞かせていただいておりました。音声を拾うはこの部屋だけですので皆様のプライバシーは確保されております。どうかご安心下さい」
嘘ではない
料理の準備をしながら見ていたのは事実だし、音声が管理人室で確認出来るのはこの部屋だけだ
カメラは廊下やエレベーター内など複数あるが音声は確認出来ない
映像を見ていないとは一言も言っていないのだから、少なくとも嘘ではない
「そうですか」
「先にひとつ申し上げますと、その機械を外す、無効にする、等のことは出来かねます」
「何故だ」
「仮に苺様が仰った様に駒だとします。その様な者に権限があるとお思いですか?更に言えば皆様の前に姿を現しているということは仮になんらかの組織であれば、わたくしはオレオレ詐欺で言うところの受け子でございます」
「お前ひとりでやっている可能性があるだろう」
「おかしなことを仰るのですね。それこそ、なんのためにしているのでしょう」
発言したブルーがさっと視線を逸らす
「皆様同様ゲームに参加された方々を逃がそうと懸命に努力した者を知っております。その者の末路をわたくしは知っているのです。ですので皆様には協力しかねます」
「そこまで正直に言われるとなんか逆に困るかもねん」
そのつもりで言ったのだから当然だ
そしてこれも嘘ではない
いかにも同僚みたいな言い方をしているが実際そうでないだけで、そういう人がいたのも、その人の末路を知っているのも、だから協力出来ないことも、本当だ
俺には帰りたい場所がある
何度このホテルに来ることになろうが、無意味だと分かっていることをしたりはしない
あの人が、みんなが、救ってくれたこの命をドブに捨てる様なことはしない
それがどんな結果を招くのだとしても、俺は「あいつら」が招待したゲームに参加する者を助けることをしない
「夕食会の準備をしても宜しいでしょうか」
反対の声は上がらない
情報が少ない段階でここまで正直に言われては対応に困る
そんなことは分かり切っていること
そのためにこんなことを言ったが、今後のことを考えると少し怖くはある
俺は頭の回転が速いわけでも、地頭が良いわけでも、知識に長けているわけでも、運動が出来るわけでも、正義感に溢れているわけでも、どれでも、ない
誰でも、ない
俺がここにいるのはただの偶然に過ぎない
「ではごゆっくりお楽しみ下さいませ」
急いで管理人室へ戻るとモニターを確認する
なにか話せ
どうして良いか分からないんだ
ここには教えてくれる人も、庇ってくれる人も、導いてくれる人も、手を引いてくれる人も、守ってくれる人も、いない
みんなならどうする?
そもそもこんなことにならない?
「どうしようか」
「聞かれていると分かっているのに話すのか」
「多分オレオレ詐欺で言うところの受け子っていうのは本当だと思うよ。だから支配人も今困っているんじゃないかな」
「だから今のことは忘れよう、とでも言うつもりなのかしら」
「そこまでは言わないけど一先ず聞かなかったことにしても良いかなって思うんだ。仮に運営って言うけど、運営の言う通りにしか動けないならゲームを最後までするしかないんだよ。それは支配人だって俺たちだって同じなんだ」
「…………「殺し合い」、参加、してない。……ゲーム、大枠、参加、してる」
「随分と余裕があるんだな。全員で生き残る自信があるってことで良いのか」
「ないよ。でも仮に名前が分かったとしても俺は指名しないよ」
そこまで大きな音を拾う仕様にはなっていないがブルーの舌打ちがはっきりと聞こえた
「俺の名前は青木雄介だ。はい、せーの」
ブルーを「青木雄大」と言って指名したのは鴬とナンバー
指名しなかったのはホースとウサギと苺
だがブルー以外の全員が指名しているのはブルーだ
最初に言ったことと合ってはいる
当然だがブルーは死なない
あの場面でわざわざ本名を言うはずがない
「これが現実だ」
「分かっているよ。でも最終日じゃないのに指名したのはきみが怖いからだよ」
「…………可能性、低い。……でも、最後、自分、残る、最優先」
「ナンバーと同意見よ。少し頭を冷やしなさい。そういう意味で指名しただけ。それで死んだなら馬鹿だと思ってさ」
「5人から指名されてドキッとしたでしょ。少し頭を冷やした方が良いよ」
「ウチはブルーが言ってることも間違いじゃないとは思うよ?でもみんなでひとつのことを達成した直後に場をかき回すのは感心出来ないなって思ってねん。みんなそういうことでしょ?」
苺の言うことを誰も否定しない
「勝手にしろ」
捨て台詞を言って部屋から出て行く
「やり過ぎたかなん」
「…………大丈夫」
「多分少し拗ねてるだけだと思う」
「そんな棒読みで言われてもなんか納得出来ないわね。でもそうなんでしょうね」
ホース 好きな動物:馬
ブルー 家族構成:父・母
ナンバー 好きな色:カーキ
苺 誕生月:7月
ウサギ 趣味:紅茶
鴬 好きな数字:4
壁に映し出されていた文字を読んだ仕草は全員に見られなかった
だけど多分全員が読んだ
読まないなんて無駄なことをする様な子たちじゃない
ブルーに頭を冷やせって全員で言っているときから映し出されていたんだから多分まじまじと見なくてもちらちら見ておいてそれを今部屋で整理しているに違いない
あの流れでまじまじと見るのはそれこそブルーと同じ様に不信感を買ってしまうことになりかねない
「明日はブルーに会いに行くかもしれないね」
ホースの発言に返事をせず、ウサギとナンバーがほぼ同時に部屋を出る
鴬はホースを気にしつつ慌てて2人の後を追って出て行った
「なにしてくれてんだってホースのところに行くかもねん」
冗談とからかう様な笑顔を残して部屋を出て行く
「ないって分かっているくせに」
閉じてしまった扉を見てため息がちに言うとホースも部屋を出た
4日目昼誰に会いに行くか
鴬