ルート②4日目夜
6名が会議室Bの指定された席に座る
「今日は俺からひとつ良いかな」
全員が了承の返事をする
無意識ではあるだろうが、ここに苺との信頼の差がある様に思える
それは変わっていない様だ
「支配人…で良いのかな。チェックインのときにフロントにいた人」
「良いんじゃないか。呼び方は統一した方が分かりやすい」
「それで、その支配人がどうしたのかなん?」
「今日偶然会って話したんだ。それで俺はこう思ったんだよ」
わざとらしく言葉を切って聞いてはいたものの、よそ見をしていた者を含めて注目を集める
「どうにも「このゲームのことを良く思っていないんじゃないか」ってね」
「懐柔出来るんじゃないかってことか」
言い回しは違うが言っていることは同じだ
どんな違いがこの違いを生じさせたのか分からない
あとこれから軽くディスられるのを知っているから普通に聞きたくない
俺ガラスのハートなんだよ
「それは止めた方が良いね」
「それなら無駄だよん」
…え?
ホースが提案するはずの支配人懐柔案をホース自身が否定した?
どうして
ホースが手で先に苺に説明する様に求める
少しにやついたから文句でも言うのかと思ったら素直に頷いた
「ウチは一昨日話したんだよねん。多分ただの駒だよ。なにも知らない。このゲームの進行も誰かが決めたルールに沿ってやってると思うなん」
苺が「ただの駒」と言ったときの表情と声色はやはりとても冷たかった
「…………どうして」
「勘だから説明は出来ないんだよねん。ごめんね。それで、あとひとつ。多分1日に1人しか会えないんじゃないかなって思うんだよねん」
「だからバイキングなのか」
「それは無人で済むようにだと思う」
ブルーとウサギという思わぬボケとツッコミの組み合わせに場が少し和む
「だから昼間も合わせてゲームってことだと思うのねん。ってことで支配人を懐柔出来たとしても意味がないっていうウチの結論は分かってもらえたかなん?」
誰もなにも言わず小さく頷く
恐らくホースがそうしたために周りが合わせたのだろう
これまで大きく変わらなかった参加者の言動がここにきて大きく変化したのはどうしてだ
「俺が止めた方が良いって言った理由は、それでもゲームを回そうとしたからだよ」
「どういうことだ」
「分かっている人物がいるなら指名しろ、殺さないと殺されるぞ。みたいな内容のことを言われたんだ。かなり焦っているみたいだったよ」
「…………まだ、日にち、ある。……どうして」
「そこまでは。でも苺が言うように「誰かが決めたルールに沿って」ゲームを進めているのなら今夜までに誰も指名に成功しなかったら支配人にとって嫌なことが起こるんだろうね」
俺もそれが正しいかは分からない
だがもし俺の予想通りなら、またデモンストレーションが終わった後からやり直しだ
「鴬が今夜動く様子だって言われたから「グラタンが好き」って嘘を言ったんだ。もし」
「待って!アタシは!アタシはそんなこと…」
「分かっているよ、それが支配人の嘘だっていうことは。きみは少なくとも最終日まで俺を殺さない。そして、それも心の底から望んでいるわけじゃない」
「それはそうだけど…やっぱりアンタのそういうところが嫌いよ」
「みんな俺のことを善い人だと言うけど、そう言わなかったのは2人だけだよ」
「当たり前よ。アンタはただ他人に平等に興味がないから平等に優しいだけだもの」
「2人には興味があったよ。きみには今の方がもっと」
ホースが言う2人とは鴬とホースを繋ぐ人物と鴬のことだろう
罪悪感を持っていると思ったがこの発言…一体なにがあったんだ
「ごめん、話しが逸れちゃったね。続けるよ」
ホースがわざとらしく作って浮かべた笑顔にすら誰もなにも言わない
「もしグラタンが出て来たらゲームを快く思っていないにも関わらずゲームを回そうとしているっていう俺の言うことを分かってもらえるかな」
「…………十分、分かった。……多分、出る。……あの人、基本的、善い人。………な、気がする」
「出たら補強になるだけで十分筋の通った話しだと思う」
「そうだな」
「理解したわ」
ホースが安心した様な笑みを浮かべる
それにしても困った
今からメインを変える時間はない
ホースは聞かれていることを視野に入れていたのだろう
前回3日目の夕食会で言われたんだから注意しておくべきだった
グラタンが出れば鴬だけでなく他の者も少なくとも今夜だけは指名出来ない
すると俺はやり直しだ
「グラタンだな」
「グラタンだねん」
「グラタンね」
「グラタンだね」
「……グラタン」
続け様に言ってくれるな!
もしやり直しじゃなかったときのことを考えて言いはしないけど、むちゃむちゃ泣きたい気分だよ
「皆様グラタンがお好きなんですか?それは良かったです」
「いや、どちらかと言えば嫌いな部類だ」
「そうだね。俺も」
「今日好きだって言ってたじゃないですかっ」
最後の晩餐とか関係なくてもそれはショックだわ
もう本当に泣きそう
グラタンって作るの大変なんだぞ!
「ふふっ、嘘です。どちらかと言えば好きな方ですよ。ありがとうございます」
「…………僕、好き。……グラタン」
「それは良かったです」
これで引き下がっちゃなにも変わらない
なにか話しをして誰かを本気にさせないと駄目だ
「皆様グラタンに反応されたということはなにかの合図ですか?」
もう聞いたことバレる前提で行くしかない
誰かに本気になってもらうって言ったって、本名を知っていると俺が知っているのは鴬とホースだけだ
ナンバーが誰かに心当たりがあるかもしれないと鴬は思っている様だが、それは今回の発言ではない
当てにしない方が良いだろう
なんとか鴬かホースに指名してもらわないと…
「はい。もしグラタンが出たら、と約束をしました。まず最終日まで誰も指名しない。指名についてはじゃんけんで決めます。勝った人は自分の方針に従って指名をする。他の人は指名に成功してはいけない。そういう約束をしましたので、そう決定しました」
爽やかな笑顔を浮かべたまま平気な顔で嘘を吐く
俺はそれを嘘だと知らないはずだけど、他の5人は知っている
これをどう思うか考えなかったのか
「1/2のギャンブルにも勝てないようじゃ、手に入れてもどうせ失うだけよ」
「良い案だと思うが、当然反対だよな」
まさかこの2人が最初に乗るとは思わなかった
鴬はそんな挑戦的というか、好戦的な考え方だったのか
「…………最適解、賛成」
「なくなれば良いとは思っているけど、どうしてもなくしてしまいたいわけじゃないから反対しない理由がないの」
「これなら「負けたくない人」がいてもその人に負けたことにはならないし、ウチも反対する理由ないんだよねん」
今今勝手にホースが決めたことに賛成するって言うのか
それとも今そう言っているだけなのか
どちらにしても今夜指名に成功させるのは無理そうだ
最後の悪足掻きでもしておくか
「そうですね。ブルー様が仰る様にわたくしは反対致します。これは皆様のためでもあるのですが…」
「どうしてウチらのためなのかなん?」
「それはルール上お伝えすることは出来ません」
全員が黙り込む
考えてくれ
迷ってくれ
指名に成功してくれ
「嘘だねん」
「嘘ですね」
「嘘だな」
「嘘ね」
「嘘です」
「……嘘」
同時に言われてしまった
これでは今夜の指名成功は見込めないな
またやり直しだろうか
「具体的でない言葉を信じろと言うのは無理がございましたね。料理の準備も出来ましたので、失礼致します」
管理人室へ急いで戻る
「今のホースの提案だが、俺は本気で賛成している」
「みんながなんとなく納得出来そうで、平等にメリットデメリットがある感じでって咄嗟に吐いた嘘だったから流れに乗ってくれてありがたかったよ。でも…」
ホースは若干の苦笑いをして周囲に助けを求める様に見回した
「あえてコメントするなら、鴬が言ったことは正しいと思うなん」
「アタシは本気よ」
「…最適解、本気」
「反論はないよ」
嘘だろ
全員ホースの言葉に続く言葉を分かっていないはずがない
それとも全員嘘吐きだから気にしていないのか、提案に乗ったことが嘘なのか
「じゃあ決まりってことで良いのかな」
「良いけど分かってるのかしら。アタシが勝ったら死ぬのはアンタよ」
「十分承知しているよ。それにきみが勝つのは単純に1/6だからね」
「…………誰か、死ぬ、1/3」
「なんだ、ナンバー。気が変わったのか」
「…………そう。……守るため、殺す。……ホース、提案、十分、守れる」
鴬が言う様にナンバーにも心当たりがあったのか!
いつ、どの段階で
相手は誰だ
その相手はナンバーのことを分かっているのか
「そうなんだね。それは良かったよ」
それきり黙って食事をする
掛け声をしたのはホースだった
昨日の様に視線で押し付け合うことはなしなかった
たった今約束したのだから、最終日まで誰も死なない
その提案をしたホースが最初の掛け声をするのは自然なことだろう
昨日と同じく全員がその手を自分の意志で下す
『支配人』
あの声だ
周囲を見回してもどこから聞こえているのか分からない
会議室Bのカメラを見ると全員情報が映し出されるのを待っている
この声が聞こえている様子はない
前回と同じだ
またやり直し
でも強くてニューゲームだ
回数制限がなければ必ず勝てる
『ゲームが滞っている様子だな』
「大丈夫です。明日は必ず。それよ」
『いいや、無理だ』
瞼が重い
身体に力が入らなくなってくる
言葉を発することが出来ない
『今回の貴様は見るに堪えなかった。次回に期待させてもらおう』
この台詞も前回と同じだ
不自然にもほどがある
だがそれを指摘出来ないまま、質問も出来ないまま、俺は暗闇に落ちた
BAD END「支配人失格」




