『あなたへ』
スマホを手に、ベットに寝転んだ。今日も、いつものサイトを開く。ランキングの上から適当に眺めて、目についたものを、指でつまむように、読んでいく。
にやけが止まらない。また、こんな恥ずかしいものを載せている。死にたくならないのか、自分だったら、なる。小学生でも書けそうなものを、自信満々で垂れ流している。実に滑稽。
不意に右上の検索ボタンが目に留まって、指で開いた。現実が嫌になった人たちの受け皿、たまり場みたいな項目がずらり。また不敵な笑みがこぼれる。笑わずにはいられない。
そこで『純文学』というのが目に食いついてきた。気づけばその項目が書かれた四角が凹んで、検索結果が読み込まれる。
上から、また文の束が積み重なる。順に拾い上げては、鼻で笑って、床に落とす。
次のページに行っても同じ。飾られたタイトルが、文体が、偏見が、生きてきた汚れの積み重ねが流れてくるだけ。
やっぱりこの程度。安心する。
そうして三ページ目、また、見下してやろうと、そう思ったのに。
見つけてしまった、視界に入れてしまった。気取っていないタイトル、あらすじがそこにあった。
まさかね。そんな思いで指をのせて、開く。
濁りきった眼に飛び込んできたのは、眩しいほどに、透明な文章。
うそだ。そんなわけない。震える指で、画面を滑らせていく。
指が止まらない。文字で書かれているのが不思議なくらい、鮮やかな情景が、貫いてきて、目眩がした。
いいや、あるはずだ。汚れが、染みが、必ずどこかに。
血眼で探しても、何も見つからない。なにかが見つかるどころか、余計にそのきれいさが、頭を叩いてくる。
よく、文章を読み直した。別に、潔白なわけではない。においがしないわけじゃない。それなのになぜ、こんなにも。
ああ、そうか。気づいた。
みんなが必死になって、色んな絵の具を使って、白に染めようとしている。香水を使って、においをかき消そうとしている。純白なんて、存在しないのに。においを消すことなんて、出来ないのに。そうしてみんな、汚れていく。
でもそこで、あなただけは、自分の色を塗っていた。丁寧に、丁寧に。塗り重ねるのではなく、優しく溶け出していくように、描いていた。自分のにおいを隠そうともしなかった。塗りつぶすくらいなら、隠すくらいなら、味あわせてやると、そんな意気込みさえ。だから、こんなにも、透き通っている。
でも、そんな人はここにいてはいけない。そんなことをしてはいけない。
「許せない」
言葉が漏れて、爪を噛んだ。
そしたら、指が勝手に、ログインへ。
アカウントをお持ちでない方はこちらへ、と導かれる。自分のアドレスをペースト。パスワードは適当に。
簡単な手続きを済ませて、まっさらなホームの扉を開ける。画面に並ぶ部屋の中から、書斎を選択。
真っ白なスペースに、黒い文字が打ち込まれた。
『あなたへ』
読んでいただきありがとうございます。