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神の舌の意地

「か、勝手に殺すな。し、死んではおらん……」



 乳残はナレーションに逆らい、しぶとく声を上げる。

 鍋の影響でぼやける視界。

 だが彼は、気力を振り絞り、神の舌を動かす。

 そう、彼は神の舌を持つ男。

 その舌が健在である限り、彼は彼としてやるべきことを成すっ!

 乳残は、憎しみと恨みの力を支えに、遺言とも言える言葉を会場に広げた。



「あ、あんこ君、ナマクリーム君……き、君たちの鍋には……はぁはぁ……大きな欠点がある」

「「欠点?」」


「鍋とは……本来、大勢で、囲むもの……一人で食して、何が楽しかろう? 何が美味かろう? 鍋の暖かさは、人の心の温かさ。その真価は大勢の人々に食べてもらってこそ」

「「大勢の?」」



 乳残は途切れ途切れの言葉を生み、二人に何かを伝えようとしている。

「あの、乳残先生?」

 その不穏な空気を察知した司会が乳残の名を呼ぶが、全ては後の祭り……。




「そうだ、大勢だ……だから、ここにいる連中に鍋を味わってもらえ! そこで初めて、君たちの鍋料理は完成に至る……わかるか?」

「「はい!」」


「よろしい。では、最後に……救急車を呼んでもらえるとありがたい。ぶべらっ!」


 乳残は吐血してテーブルに上半身を預けた。


 ナマクリームとあんこは受け取った遺言を胸に秘め、二つの鍋を手に取る。

 そして、司会と観客席に顔を向けた。


 司会は青褪めて、二人に語り掛ける。



「あの、ナマクリーム選手? あんこ選手? この通り、審査員はノックアウトされましたので、コンテストはここまでですよ」


「違う、ここまでじゃない」

「そう、審査は今から始まる」




「「どちらの鍋が優勝に相応しいか!」」




「ちょっと、お二人ともステイ、ステイ! 来ちゃダメ。ダメだったらっ。ダメ~!!」



 太陽も怯える情熱を纏う若き二人の菓子職人に司会は水を浴びせるのだが、水はあっさりと気体に還り、声は虚しく反響するだけ……。

 その反響に交わり、観客の喧騒が渦巻く会場。

 ナマクリームとあんこは、その喧騒を喜びという名の悲鳴に変えるために、会場にいた人という人に襲いかかった。

 


 

 これが後世に伝わる惨劇のコンテストの全容である!



 だが、幸いにして、大勢の被害者を生んだが死者はなかった。

 それはもちろん、神の舌を持つ男・開腹乳残も含めて……。




――五日後

 あれだけの毒を食らっておきながら、化け物の如くあっさり回復した乳残は、妻が作ってくれた夕餉(ゆうげ)を前にしていた。


 妻は両手を合わせて首をちょこんと傾ける。

「ごめんなさい。あなたの言うとおりお魚を焼いたんだけど、少し焦げちゃった」

「ああ、構わん構わん。焦げようと生焼けだろう、食材である限り、安心して食べられる。それだけで十分に幸せだ」


 そういって、魚の形をした炭をバリバリと口にする。


「もぐもぐ……うん、苦い。だが、安心だ」



 あのコンテスト以降、乳残は少しだけ優しくなり、妻との仲も以前よりも良好になったとさ。

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