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パワハラ乳残VSナマクリーム

 まず、最初に乳残の前に出されたのは、ナマクリームの鍋。

 その名もっ!



「テーマは星と星を繋ぐ、銀河鍋……です。チョコレートを漆黒の宇宙に見立て、その闇には海があり、大地があり、植物があり、その他の生命体が宿っているという意味です」

「寡黙な割には結構しゃべるな……それにしてもテーマがあったのか、これに」


 テーブルの上に置かれた鍋。

 乳残は鍋の蓋を取る。

 目に飛び込んできたのは、こぽりこぽりと気泡が湧く真っ黒な鍋。

 チョコレートの甘い香りに包まれ、魚や果物やグレイなど埋もれている。

 よく見ると、チョコレートには粒のようなものが混じっていた。

 それは大地の象徴、土だろう。


「ん?」


 乳残は土の中に眠る、何かを見つけた。

 それを箸で摘まみ、引っ張り上げる。


「これは? ひょろ長い糸状のもの。どこかで?」

「……ブリの中にあったものです。おそらく、生命を司る血管だと思います」

「ぶふぅ~!! これは血管じゃない!! ブリ糸状虫! ブリに寄生する寄生虫だ! ぶっ殺すぞ、小僧!」


 宇宙人に加え、寄生虫まで鍋の食材として使われたことがよほど腹が立ったのか、乳残は席を立ち、ナマクリームを口汚く恫喝し始めた。



 司会は目の前に繰り広げられる理不尽なパワハラに待ったをかける。

「乳残先生、落ち着いてください。脅迫の罪で訴えられますよ。それに、まずは味を確かめてみないと。それからですよ」


「やかましいわっ。何が味だ!? 寄生虫だぞ。そんなもの食えるか!」

「お言葉を返すようですが、乳残先生……死んだブリ糸状虫を食べると何か身体に問題でも?」

「それは……特にないが」

「なら、大丈夫ですよ」


「身体の問題じゃない、心の問題だっ。だいたい、この鍋には身体に問題があるかどうかわからん宇宙人の内臓が入っておるだろうがっ!」

「はぁ~、仕方ないですねぇ」

 


 あくまでも食べることに抵抗を見せる乳残に、司会はうんざりといった溜め息を漏らし、そこから我儘な美食家の説得に当たった。


「あの、乳残先生。少々、お尋ねしますが?」

「な、なんだ?」

「乳残先生は古今東西の鍋を味わっているそうですが、その過程で、その土地ならではの食材に触れることもあるのでは?」

「それは、そうだが。それがどうした?」

「その時に、未知の食材に出会うこともあるでしょう? それこそが美食家とっての醍醐味では?」

「それは……おいっ、お前まさか!?」

「つまり、そういうことです!」

「そういうことじゃ、」



 乳残は司会に食って掛かろうとしたが、司会はマイクの性能をフルに生かし、彼の声を上回る大声でその声を掻き消した。


「みなさんっ! 美食を追えば、未知の食材に出会うことがありますっ。その味を追求することが美食家たる所以(ゆえん)でしょう。それなのに、食材を恐れるなどあってはならない! どうですか、みなさん!?」



「たしかにそうだぜ、乳残! あんたも美食家なら未知の味と向き合えよ!」 

「だいたい出された料理をちゃんと味合うことこそが、料理人に対する礼儀ってもんだろうがっ!」

「そもそも審査員が食事を拒否するってどうなんだよ?」

「そうだそうだ、往生際が悪いぞ!」

「さっさと食べて成仏しろよっ!」



 大衆を煽って味方にするという古典的な方法を用い、彼らの声援を受けた司会はしたり顔で乳残を覗き込む。


「ほら、観客の皆さんが怒ってますよ? いいんですか?」

「何が怒ってますよ、だ!? しかも最後の罵声はワシが死ぬことが前提になっとるし!」

「ふ~ん、じゃあ、やめますぅ? でも、それだと美食家の名折れでしょう~。違いますくわぁ?」



 司会はわざとらしく語尾の伸びるねっとりとした口調で、乳残の誇りに蛇の如く絡まってくる。

 しかし、彼は神の舌を持つという美食家。

 その舌の武器は、何も味を知るというだけではない。


(この~、糞司会者めっ。絶対あとで仕返しをしてやるからな……だが、どうするか?)

 彼はちらりとナマクリームの鍋を見る。

(なんとグロテスクな……ふっ、だが、そこに突破口があるな。こやつらにワシの舌技を見せつけてやろう!)



 乳残は大仰に片手を振り上げ、力強く鍋を指差した!



「この鍋は鍋失格である! 味わう価値もなし!!」

「にゅ、乳残先生っ!?」


 狼狽する司会。

 突然の暴言にどよめく会場。

 だが、乳残は彼らを置き去りにして、ナマクリームを真っ直ぐ見つめた。



「よいか、ナマクリーム君。鍋というものは味だけでは駄目なのだ!」

「え!?」


「一つの鍋にたくさんの具材……そこには多くの味もあるが、それ以上に大切なものがある」

「それは?」

「それはだな、暖かさとワクワク感だ」

「暖かさとワクワク感?」


「そうだ。鍋の蓋を開けると湧き上がる蒸気。食欲をそそる香りに暖かさ。鍋の中身を覗けば、多くの具材が一挙に目に飛び込み、味の期待に胸は高鳴る……だが、君の鍋にはそれらを微塵も感じない」

「うっ、それはっ!」


「見よ、この漆黒の鍋を。どんな食材が入っているのかもわからん。香りもチョコレートの匂いが強すぎて、各食材の持ち味を殺している。君に尋ねよう。一体、この鍋を、どのように楽しめばいいのか?」

「うぐっ!」

「ナマクリーム君。奇抜な発想ばかりに取りつかれ、鍋の本質を見誤ったな……」

「く、く、く、うわぁぁぁぁ!」


 ナマクリームはがくりと両膝を折り、まるで(こうべ)を垂れるかのように体を折り曲げ、両手で地面を叩く。

 


 ……彼は菓子職人だ。鍋料理など門外漢。

 

 だが、料理に対する情熱に色の種類はない。

 如何なる料理であろうと、そこには確かな誇りがあった。

 しかし、その誇りを乳残によって粉々に打ち砕かれてしまったのだ。

 そこには、未熟な己自身に対する悔しさがあったのだろう。

 その証明として、彼は涙交じりの嗚咽を漏らし続けていた。

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