奇抜に突き抜けろ!
「期待されているんだ。だったら悔いを残さず!」
司会の声に乗せられて、まず動いたのはナマクリーム。
彼は鍋と相性の良い魚介類と、魚介との相性が見えない果物類を手にして切り刻んでいく。
だが、忘れてはいないか? 彼は菓子職人だ。
菓子に関係のない食材はどうも不慣れのようで、魚の鱗を取らず、そのままそれらを黒く濁るスープに満たされた鍋に放り込んでいった。
あまりの惨状に乳残は言葉も出せず、白目を剥いてピクピクと痙攣をしている。
司会はそんな乳残の姿を全くというほど気にせず、己の役目に徹する。
「おおっと、ナマクリーム選手。何やら、怪しげな色の鍋に食材を入れたぞ。そのスープは一体なんでしょうか?」
「チョコレート」
「なるほど、チョコレートですか。さすがは菓子職人。押さえるべきポイントは押さえてますね。そう思いませんか、乳残先生? あれ、乳残先生? 本番中ですよ、白目剥いて寝ないでください」
「そんな器用な寝方できるかっ、軽く気絶しておっただけだ! ――まぁ、今更どうこう言っても仕方あるまい。鱗は大目に見よう。しかし、チョコに魚……それに果物まで」
「美食家であられる乳残先生にも味の想像がつきませんか?」
「つくかっ、と言いたいが残念ながらついてしまう。魚の生臭さは、チョコの香りと苦みが抑えてくれるだろう。あとは、果物の持つ酸味と甘みがどう生かすか……だが、不味かろうが美味かろうがこのままでは」
「ほぉほぉ、まさかここで美食家らしいコメントを頂けると思いませんでした。ですが、なんだか含みを持つ言葉でしたねぇ。そこははっきりいいましょうよ~」
司会者はねっとりとした言葉と視線で乳残を絡めとるが、乳残はこれ以上語らず、ナマクリームの姿を無言でじっと見つめる。
(材料は全て柔らかいものばかり。これでは途中で食感に飽きがくる。彼がそれに気づくかどうか……もっとも、食感以前の料理なのだが)
もはや、ゲテモノと言っていい料理だが、悲しいかな美食家のサガ。
ついつい、冷静に料理を分析してしまう。
彼はちらりと視線を振り、鍋に新たな食感を届けられそうな食材を会場の端に見つける。
それはひっそりと地面から顔を出していた。
(筍が生えておるな……仮にああいった食材を使えば、食感に変化が出るが)
乳残は筍を見つめる。
その視線をナマクリームは見逃さなかった。
そして、気づく。この鍋に足りないものをっ。
(乳残先生は一体なにを見て……あれは? もしや……そうか、この鍋に足りないのはっ!!)
「食感だ!」
彼は手にする、鍋に新たな食感を与える食材を。
「これだぁ!!」
「おお~っと、ナマクリーム選手、スコップを手にして地面を掘り始めた。そしてっ……なんと、土を鍋に入れたぁぁぁ!」
「ちが~う!! なんで土なんだ!? それ、食材じゃないっ!!」
「ちょっと、乳残先生。選手にアドバイスはやめて下さい」
「アドバイスではない。常識的にだなっ」
ここで一連の流れをひっそり見ていたあんこが動く。
「土を食材に? なんて奇抜なっ。なら、私は彼より突き抜ける!」
あんこは次々と食材を手にしていく。
各種果物類の他に、スズラン・ジギタリス・アセビ・シキミ・バイケイソウ・グロリオサ・トリカブトなどなど。
その食材を見て震える乳残を置いて、司会者はハウリングを起こす勢いで会場を盛り上げる。
「あんこ選手は果物と野菜を中心としたヘルシー鍋のようですね!」
「野菜ではな~い!!」
「うわ、びっくりした? どうしたんですか、乳残先生?」
「あれ野菜じゃない、あれ野菜じゃない。毒、毒草っ!」
「だから、先生。選手にアドバイスは」
「アドバイスではない! あいつ、確実にワシの命を殺りに来ておるぞっ。というか、それ以前に、何故食材に毒草が用意されておるんだっ?」
「え、あれって毒草なんですか?」
「お前、死ねっ! いますぐあんこ君を止めろ」
「止めろと言われましても、試合は始まってますし。まぁ、毒だとしても大丈夫ですよ」
「その根拠はっ!?」
「彼女も料理人です。誰かを害するような料理を作ったりしないはずですよ。そうですよね、あんこ選手?」
「……………………デス」
「ほらね」
「ほらね、じゃないっ。また片仮名でデスって言ったぞ、あの小娘っ!」
「乳残先生、言葉遣い悪いですよ。それに片仮名ってのは乳残先生の勝手な印象でしょ。もう、これだから美食家は」
「そこに美食家関係ないじゃろっ!」
乳残と司会が仲良く口論を行っている間も、二人の料理は続く。
あんこの突き抜けた食材に触発されたナマクリームは、更なる奇抜な食材に手を出す。
「クッ、これならどうだ?」
「おお~っと、ナマクリーム選手が手にしたのは、大きな目玉に銀色のつやつやお肌でお馴染みの――宇宙人グレイだぁぁ!」
「だから食材ではな~い! どっから連れてきた!? 今すぐ葉巻型宇宙船に戻してこいっ。恒星間戦争が勃発するぞ!」
「チッチッチ、乳残先生。グレイの宇宙船はアダムスキー型ですよ」
「どっちでもいいわっ。早く戻せ!」
「あ、でも、もう手遅れのようですよ」
ナマクリームは宇宙人グレイの腹を捌き、中から緑の血液が付着した灰色の臓器を取り出している。
そして、それらをぶつ切りにして鍋に入れた。
内臓を取り出されたグレイは「最近お腹の調子が悪かったから気分が良くなったよ」、と呟いて、空から降ってきた光に吸い込まれて姿を消した。
「先生、どうやらあちらは気にしてないようです。戦争は無事回避されましたよ」
「回避されたのはいいが、ただえさえあり得ない食材なのに、腹の調子が悪いと言ってたぞ。病気しているかもしれない内臓を、ワシは食べさせられるのか?」
「審査員ですので」
「帰っていいか?」
「駄目です。もし、帰ろうとしたらスナイパーが眉間を撃ち抜きますからね」
「こ、この糞ガキャ」
「おや、新たな食材を鍋に入れたナマクリーム選手に対して、あんこ選手にも動きがあるようですよ」
「食材じゃない。そして、頼むから、もう動くなっ」
だが、乳残の悲痛な願いは届くことなく、あんこはさらに突き抜ける。
「宇宙人。凄い……でも、私は現地の食材で勝負したい。だから、これを使う」
あんこは怪しげな液体が沸き立つ鍋に大量の何かを入れていく。
それが何の食材なのか、司会者が尋ねた。
「あんこ選手、それは……もしや、削り節ですか?」
「うん。でもカツオのじゃない。マグロの削り節」
「マグロですか? これは珍しい。こだわりどころというところでしょうか。ねぇ、先生?」
「はんっ、何節であろうと材料が毒塗れだから意味ないわい」
「またまた~、すぐにいじわるなことを言う。美食家はこれだから。あんこ選手、気にしなくてもいいですよ。ただの偏屈ジジイの戯言ですから」
「この糞司会者。あとで覚えておけ」
相も変わらず乳残は毒を吐くがあんこは動じない。
それどころか、真摯に鍋へ向かい、マグロ節を花舞うか如く落としていく。
会場を包み込む、マグロの香りと…………薬品の匂い。
あんこは大きく頷く。
「うん、マグロ節にはフッ化水素がよく合う」
「ちょっと、いまなんて言ったぁ!?」
「先生、アドバイスは」
「だからアドバイスではない。フッ化水素だぞ! 絶対に口にしてはいけない毒だぞっ。というか、鍋にどうやって収めておるんだ? それにあんこ君にも危険が及ぶだろ」
「及んでいないところをみると、何らかの対策が施されているのでは?」
「どうだか……って、いやいや、対策とかそういう問題では……」
「まぁまぁ、ともかくあんこ選手を信じましょう。彼女は料理人です。料理で死人を出すような真似はしませんよ」
「普通の料理人はフッ化水素なんか使わんわいっ!」
このように、事あるごとに乳残は料理にケチをつけるのだが、司会の巧みな進行のおかげで、見事、二つの鍋料理が完成したのであった。