8、盗賊とエルフ戦士 2
「南部の都市郊外にあるクレナラスで最近、盗賊被害が相次いでいるらしい。王都外になると一気に兵の数が減るからな。そこに目をつけられたんだろう。レイナ、見て来い」
「挨拶する暇さえ与えられずに命令されたよ」
「はっはっは! 今更だろう」
「そうですけど! というかその程度の話なら私でなくてもよくないですか!? それ、管轄違いません?」
人のいない謁見の間に案内されれば此方が挨拶をすることもなく、さっさと国王が喋りだした。
左肩に掛かる黒髪の長髪が動くたびに左右に揺れる。手にしている扇は今回は素材は軽いものらしく開いて自らを仰いでる。
扇には模様が書いてあるのだが、赤い丸が真ん中にあるだけのようだ。……模様なのだろうか?
そういえばいつも「国王陛下」と呼ばれている為、彼の名前を口にすることが殆どないが当然名前はある。至極当たり前のことなんだが。
レインニジア国王、ツォリヨ・オルティア・ツイフィード
当然、王族である。ただし血縁関係でいえば遠い。かつての話ではあるが。
今は亡き王妃が正統な血筋を引いていて、ツォリヨは婿入りしてきた側なのだ。本来ならば王配となるが王妃が王位継承を夫に譲ると言って国王となった。
さらっと言ったが当時はそれなりに一悶着はあったらしい。もう過去のことなので今はその一言で片付けてしまうが。
さて、婿に来た頃からこんな感じだったらしい国王様。
今日も今日とてレイナを口先だけで振り回す。
なおかつ今日は宰相も口添えをする。
「何やらそれなりに被害が大きく、私の所にまで回ってきたので軍のところにでもいこうかと思っていたのですが、行く途中の食堂で貴女の姿が見えましたので」
「はぁ」
「取りあえず貴女でいいかと」
「そういう適当加減やめろよな! 宰相だろお前!!」
「どうせ暇でしょう」
「暇じゃない! 最近、お前や国王の依頼で振り回されてるせいで騎士隊にすら顔出せてなんだけど! 私、騎士なのに! 鍛錬すら出来てない!」
むしろ鍛錬やってたんですか、なんていうサシィータの呟きにレイナは答えない。
お前は私をなんだと思っていたのだ今まで……
そんなことを問いかければサシィータはきっと表情も変えずはっきりとこう言うだろう。
「国王様のパシリでしょう」と。
もはや専属騎士の部分が完全にパシリと認識している。絶対してる。
というかサシィータは城内の役人全員覚えているほど頭はいいが、認識は人とずれている。
所詮、国王の手足+αという認識しかしてないのだ城内の人間を。サシィータ自身が国王の手足であることを喜びとしている奴だ。レイナのことなど国王自ら指示を出して国王の為に動けるんだからパシリであることをもっとありがたく思え。くらいは思っているだろう。
確かに指示は貰う。ただし正式ではない。顎でアレして来いコレして来いだ。何かで失敗すれば闇に葬り去られるレベルのやり取りだ。
ありがたくもなんともねーよ! むしろ泣いてるよ! 私の心が!!
そこまで心の中で叫んで、はたっとレイナは思い出した。
「……そういえばサシィータ。この間の書類、なんで却下されたのよ」
「ちゃんと書いてあげたでしょう。もっとまともな理由を作れ、と」
「まともでしょ! 事件解決の為の必要経費だったのよ! あれが経費で落とされないとか酷くない!?」
「たかが森にいっただけでなんでこんなに金額が跳ね上がってるんですか。意味が分かりませんよ」
「それはあの羽虫……妖精が……」
「詐欺被害は経費で落ちません」
「ヒドイ!!」
せめて鉄バット分だけでも経費で落ちて欲しかった!
「そうだ。今回はアレを連れて行け」
「おっと、行くなんていってないのに話が進められてるぞ」
「お前の返事は必要としない」
「して!! 必要として!!」
「この間拾ってきたのがいるだろう。いい加減訓練所が全壊しそうだから外に連れ出せ」
「………………。……え? 全壊?」
「詳しくは奴に聞け。もしくはどうせお前が連れてきた精霊ってのが既に情報を持っているだろう。さっさと行って来い」
「会話のキャッチボールすら一方通行ってどうなんですか。そして相変わらず詳細がないのに放り出されるんですね」
ここに来てから然程時間も経たずにレイナは退室することとなる。
そしてある程度準備を整え、必要人物を引っ掴んで城を後にするのだった。
とはいえこれから行くところは城から遠い。城下町で一泊してから馬車に乗り向かうことにした。
目指すは郊外南部、クレナラス。
長閑な田園風景が広がり、レンガ造りの家が建ち並ぶ。
王都のような賑やかさはないが寂れているわけでもなく、行き交う人々もゆっくりと歩き所々で談笑を楽しむのんびりとした雰囲気の町だ。
荷馬車がすれ違っても余裕のある道はしっかり舗装もされている。その道を人を乗せた馬車がゆっくりと進んでいた。
「あの、私が一緒にきてお役に立てますでしょうか……?」
「さぁね。それは知らないわ」
「役立つというか厄介払いですね」
向かい合う座席にやる気なさそうに頬杖ついてレイナが適当に返事をし、小窓の枠に座っているシオンが容赦ない一言を投げかけ、レイナの向かいにちょっと畏まって座るネーナはしゅんとした。
国王が連れて行けといったのは先日出会いたくもなく出会った魔法使い見習いネーナのことだ。
先日の東の森の騒動を引き起こした張本人で、レイナにより城にしょっ引かれそのままアレコレと調査や聴取やらで暫く監禁されることになり、それなりの罰を受けた後ネーナは今は城で預かっている状態になっている。
罰の方は元々怪我人もそんなにヒドイ怪我でもなく、主な被害は街道だった為そんなに重いものではなかった。
重くはないが軽くもない。色々と。
「う、うう、まだ体の筋肉痛がとれないんです……しかもまだ終わってないし」
「あーなんだっけ。「城山の雑草取り」だっけ?」
「はい。というか城の中になんであんなどでかい山があるんですか!? 山の雑草取りを一人でやるとか無理ですよ! 終わる頃にはきっと新しい雑草出てきてますよ!」
「レイに聞いた話によればその雑草取り、騎士見習い達の訓練としても使われているそうですね」
「騎士見習いの訓練と同じことをなんで魔法使い見習いの私がやってるんですか! 絶対無理に決まってるじゃないですか!」
「当然でしょ。罰なんだから」
「う、うう……その節は大変申し訳ありませんでした。訓練所に帰して下さい」
「その訓練所から連れ出す為に今回ここに来たのでしょう」
「うううう……」
レインニジア城にある山は小さな山だが、あくまで周りの山に比べたらの話であって人ひとりからしてみれば城の中に城を越える山があればそれはでかいの一言に尽きる。
ネーナは現在一日の殆どはそこの雑草取りに費やしているがそれ以外でもやることがあった。
訓練所での魔法訓練である。
ネーナの保有している魔力量をきちんと計測したところ、凄まじいの一言だったようだ。
これを制御できずにポンポン使われるようならその辺の魔獣よりもたちが悪い。歩く危険物だ。
野放しにすることは出来ず、せめて魔力量を上手く調整して魔法が使えるようになるまでレインニジアで預かることになったのだ。
本来なら師匠とやらに送り付けたいところなのだが現在は行方が知れず。
だが弟子をその辺に放置するような輩だ。送りつけたところで面倒を見るとは思えない。
ちなみにもう一人のヒリカは現時点で能力は問題なしとされ罰を与えた上で解放されている。ヒリカがどんな罰を受けたのかは当の本人がさっさと城を後にしてしまった為、詳細はネーナですら知りえないのだった。
ネーナが非常に悔しそうにしていたが、どちらかといえばネーナの方が罪は重いのだ。諦めろ。
そして雑草取りと一緒にネーナは日々魔法コントロールの訓練を受けてる。
まぁ、これがまた凄いもので。
やろうと思ってさくっと出来てたら苦労はしない。出るわ出るわ火柱の嵐。
かと思えば大量の鳩。木炭がポンポン生えてくることもあった。火の玉を作れば人ひとりサイズくらいの火の玉が踊りながら襲ってくる。
そんなことを日々やっていれば建物を傷つくというもので。
魔法訓練所として作られた場所だけに常に強化結界を張られているはずの建物が既にボロボロである。
穴もかなり開いているので何時崩れてもおかしくないという箇所もあるのだ。補修よりも破壊されるほうが早く全壊も間近か、というところまで行っているという。
そういうわけで破壊よりも修繕を先にしたい為、今回レイナと共にネーナも放り出されたというわけだ。
そんなやり取りをしていれば馬車が停車場所についたのか動きを止めた。
声をかけられレイナ達は馬車から降りて周りを見渡した。
レイナとシオンは大して何も思わないが、ネーナは少し違ったようでちょっと目を輝かせてキョロキョロと周りを伺っていた。
「郊外って聞いたから田園の中にぽつんとあるのかと思ってましたが、全然違いますね!」
「ここは丁度クレナラスの中心部にある商店街のようですね」
「王都ほど賑わってるわけじゃないけど、店も人も十分多いと思うわ」
「お店も綺麗なところが多いですね。おいしそうな食べ物もたくさんあります!」
「ここの作物は穀物が多いと聞きます。その為パンを扱うところが沢山あるようです」
「あー言っておくけど観光は出来ないから。このまま領主の所に行くわよ」
楽しそうに周りを見るネーナにシオンが軽く説明をつけていると、やややる気のなさそうな声でレイナはネーナ達に声をかける。
今回のレイナは多少猫を被ってないといけない。なぜなら騎士団服を身につけているからだ。
前回の旅人風ではなく完全に役職付な為、あまり横暴な行動をとることが出来ない。周りの目があるからだ。
周りの目がある以上レイナはそれらしく振舞わないといけない。とはいえ、ただの騎士団服だ。レイナが普段着ている国王専属騎士の服とは違う。
レインニジアの国色は「黒」だ。
その為城で働いてる者の制服は黒となっている。もちろん黒一色ではない。多少色を組み合わせていたり、明度を変えていたりしている。
この騎士団服も黒生地に簡単な装飾が施されているがどちらかといえば地味だ。国の紋章はバッチリ入っているので一目で城の役人だとわかる。
そして普段レイナが着ている専属服は青みがかってる黒となっている。装飾はまったく違うが身につける鎧は多少形が違うだけで大体は騎士団と同じ形をしている。
鎧をつけないでいるとその違いは一目瞭然だ。
その騎士団服を着ているということで普段ほどではないが多少は猫を被ることにしているようだ。専属服を着てないのはその役職名の重さと猫っ被りの厚さが面倒くさかったのだろう。
じゃあ役職がつているような服をきてこなければいい、と思うだろう。
しかし今回はそれが出来なかったのだ。
今回、被害を被っているのが「町」ということで盗賊を倒すにしろ、縛り上げるにしろ、領主の許可が必要になってくる為だ。
許可なく勝手にいざこざを起こせば何も知らない領主が間違って私兵を送り出すかもしれない。
盗賊を捕まえて運ぶなり置いておくなりするにしても町の協力が必要になってくる。
等々、許可がないと面倒くさいやり取りが後々出てくることがある。
なので今回は領主に会う為に国からの使いとして赴くことになったのだ。
さっさと用事を済ます為、レイナはネーナ達に声をかけた後さっさと歩き出した。
ネーナが慌てて追いかけてくる。
それなりに人が行き交うせいでちょっと離れたくらいなら平気だろうが間に人が三人くらい入れば見失ってしまいそうだ。
十分避けるだけの空間はある。しかし真っ直ぐ歩けるほど少なくもない。
丁度昼時というせいもあるのだろう。楽しげな会話もとてもいい匂いが色んなところから香ってくる。
レイナを見失わないように、しかし周りには興味津々として視線をうろつかせる。若干足元が左右に揺れながらもネーナは真っ直ぐ歩いた。
「きゃっ!」
横においしそうなパン屋さんがあって視線が奪われていた時、正面から来た人にぶつかってしまった。
思わずよろけるが倒れるというほどでもなく、慌てて体勢を整えるとネーナはぶつかってしまった相手の方を見る。どうやらぶつかったのは成人男性のようだがネーナと特に視線を合わせることなく、そのまま足早に通り過ぎていこうとした。
まるで気にしてないような態度に、つい謝る為にあけた口をぽかんと開けて眺めてしまう。
立ち去った男性をついつい眺めていればネーナの横にまで飛んできたシオンがぽつりと呟いた。
「ああ、スリですね」
「もっと! 早く教えてください!!」
シオンの言葉にネーナは慌てて自分の服のポケットを探った。そこにあるはずの薄い布製の財布がなくなっている。
「わ、私の全財産ーー!!」
「うわ、少な……」
「そこ今ツッコムところじゃありません! というかレイナさん見てないで捕まえて下さいよ! 騎士ですよね!?」
いつの間にか横に来ていたレイナに腕を掴んでネーナは揺さぶる。
ネーナにとっては財布があるないは死活問題になる。最悪明日からの食事がなくなる可能性があるのだ。生きる為にはそれは回避したい。
えー面倒くせぇなーと、口にしないまでも表情にはありありとだすレイナにネーナの揺さぶりが一層強くなる。流石にこれ以上揺さぶられたら頭がくらくらしそうだ。
べしり、と揺さぶっていた手を手刀で叩き落しレイナはゆっくりと歩き出す。
「は、走って、走ってくださいー! 逃げちゃいますよ!」
「あーはいはい」
どこまでもやる気のないレイナの返事にネーナの顔が真っ青になっていく。
いや、もう面倒くさいことこの上ないが仕方ない。
どちらにしろ逃げた男はまだ視界の中にいる。中にいるなら今からでも十分に追いつける自信がレイナにはあった。
このままだと倒れかねないネーナの為にレイナが走り出そうとした瞬間。
スリをした男が真横に吹っ飛んだ。
「は?」
「おや?」
「……えぇ!?」
まるで何かに引っ張られるかのように横に動いていった男は道の端に積んであった木箱に突っ込んだ。
だが直に男が横に引っ張られたのではなくて、脇道から伸びた足によって蹴り飛ばされたのだとレイナ達は気づいた。
何せその脇道から上げた足だけが出ているのだから。
思わずその足に注目がいくが、直に下ろされひょこりと脇道から人が出てくる。
出てきたのはエルフの男性だった。
見た目は先程スリをした男性より若い。成人したてという感じだろうか。エルフ特有の長い耳。明るい黄緑色の髪に同じ緑系の服。袖のない短いジャケットを着て薄紫色の腰紐は長く、歩くたびにヒラヒラ揺れている。
エルフは先程自分で蹴り飛ばした男のとこまで行くと手を伸ばし何かを漁る。すぐに漁る手を止めるとくるりと向きを変えてネーナの方へ視線を投げた。
じっと見ていたネーナと視線が合えばエルフはにかっと笑う。
「なー! これお前のだろう!」
漁っていた手を掲げればそこには薄い布製の財布。
ネーナがはっとしてエルフが手に持っているものをまじまじと見てから大きく頷く。
その返事にエルフが嬉しそうに頷き返すと小走りでこちらへと来てネーナへ財布を手渡した。
手元に全財産が返ってきたネーナは安堵の溜息をもらして少し脱力する。その際に足の力まで抜いたせいか少しだけよろめいてしまった。
あ、と思ったときには既に体は傾いていて体勢を立て直すのも遅れてしまった。そのまま倒れる、と思った時目の前に腕が伸びてきて倒れそうになった体を支えてくれる。
そしてぐっと力を入れられ倒れた体は押し返され、元の位置へと戻り支えていた腕が離れていく。
しっかりと立つ事が出来たネーナは若干唖然としてしまったが、直に近くにいる人物の顔へと目を向ける。
再び視線があった。
そして彼は再びにかっと人好きのするいい笑顔で笑った。
「よかったな。でも、気をつけろよ。この辺最近物騒なんだから」
なんだろうこの好青年。
笑顔に邪気がなさ過ぎて逆に目が痛い。
思わず目がしぱしぱしてしまったネーナだが、近くにいたレイナとシオンも似たような感想を抱いたのだった。
●13589
◆4
□7、8
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