71、海の魔獣と貴族騎士 6
背はレイナより遥かに高く、その体は人型だが全身青い体毛に包まれ、手は人のそれだが足は狼の足のように太く長い。
鋭い金の片目に肩下まで伸びる黒髪、獣頭でその形は狼のようで、耳は長く垂れさがっている。猫のような長い尻尾だがしっかりとした太さをしていて、振り回したら凶器になりそうだ。
商人であれば例えギルドに所属していなくても知っているだろう人物。商人ギルドの長。
今回の依頼主。
「なぁ、新人よ。オメェらが喧嘩売ってたのは俺が依頼した隣国のお偉いさんなんだがよ。そんな俺の商売邪魔してぇのか?」
相変わらず見下ろしたままサウザウンドは悪人面二人組に告げる。
すると二人組はレイナとサウザウンドを見比べてから物凄い勢いで首を横に振った。どうやらようやく事の重大さを理解したようだ。
もっともレイナの立場を全く知らなかったのだから理解しなくて当然ではあるのだが。とはいえ、色々偏見を持って標的にしていたようなので向こうが悪いことには変わりない。
「主様、一応揉めていた内容としてはどちらがぶつかって荷物を駄目にしたのかという物でしたよ」
「ほう?」
執事であるネネキエーダがサウザウンドに訂正するように言葉をかけると、サウザンドが面白そうにネネキエーダの方を見る。
そういえば先程ネネキエーダはトランヴァスト家の執事だと言っていた。
ということは、サウザウンドに仕える執事だということだ。なるほど、それならばレイナ達にわざわざ挨拶をしたのも頷ける。
主に顔を向けられて執事もにっこりといい笑顔で話を続けた。
「ブルー様のお弟子さんが現場を見ていたらしく、レイナ様の無実を証明しようとしましたが、どうやら子供の言い分は信用ならないようでして」
「へぇ、ブルーの弟子っていやぁ、まだ小せぇのに買い付けもしっかりできるって評判じゃねぇか」
話を聞いてサウザウンドがフウのことをそう評価すると、ブルーの後ろに下がっていたフウが照れたように、ふにゃりと笑った。
それをブルーが褒めるように頭を撫でる。それでもブルーの表情は無表情なのだが、こいつの顔は無表情以外存在するのだろうか。
「ブルー様が諫めようとなさいましたが、そこの二人が逃げ出そうとしていたので僕達の方で捕らえました」
「なるほどなぁ」
「……もっとも、先に手を出そうとしてたのはレイナ様のほうだが」
おおう、忘れて欲しいことを付け足すとは抜け目ない。
ネネキエーダの言葉に付け足したのはもう一人の執事、ココハカーナだ。
思わず舌打ちしそうになったのをレイナはぐっと堪えてから弁解する。
「煽ってきたのはそっちよ。女が剣を持ってる程度でアレコレ疑われるとか、レインニジアじゃ鼻で笑われるわ」
実際レイナは鼻でフンっと笑って先程まで絡んできた男達を見た。
相手は睨み返してきたが、途中から割って入ってきた青年だけは眉間に皺を寄せて険しい表情でレイナを見返してきた。
そんなやり取りを横で見ていたサウザンドがひとつ溜息をつく。
「こいつはオランジュイの人間じゃねぇ。わざわざ俺のギルドを通して依頼したレインニジアの騎士だ」
と、レイナの正体を明かす。ただし、国王専属騎士という言葉は省いたが。
騎士だと聞いた途端、まず青年は大きく目を見開きレイナを凝視した。縛られている二人組はただただ驚きに口をポカンと開けてレイナを見ている。
気持ちとしては一発ずつくらいは殴ってやりたいが、騎士だと知られてしまったのでぐっと我慢する。
やっぱさっき殴っときゃよかった。
そうして今更ながら顔を真っ青にして項垂れる悪人面二人組はココハカーナが呼んだ警備員に引きずられていった。
途中で割り込んできた青年だけが居心地悪そうに残っている。
そこへ各自バラバラになっていた今回の連れ達がレイナの元へ戻ってきた。そして首を傾げる。
「……何かあったのか?」
「揉め事でもありました?」
ありましたね。
と、溜息と共にレイナが説明をする。説明が終わった後にやたら納得顔になったのが逆に納得いかない。
「レイナさんですから。やはりそういうのに縁があるんですね」
「縁があるって!? 厄介ごとに首突っ込んでるとでも!?」
「……違うのか?」
「違うわ!! てか厄介ごとが向こうから来るんじゃない! お前らんときもそうだろうが!」
元はと言えば、依頼で赴いて厄介ごとに巻き込まれているので依頼した国王が元といえば元なのだが、残念ながらそれをツッコム人物はこの場にはいない。
そこでふとレイナは一人足りないことに気づく。
「一匹いないけど、アンタの飼い主どうした」
「おいおい、仲間をひでぇ言い方だな。お前らしいけどよ。そんなんで上手くやってんのか」
「いや……事実だし」
「そうですね。正しいのかと言われるとシオンさんに確認して見ないことにはわかりませんが、間違いではないとは思っていますよ」
「……俺は獣人だしな。抵抗はない」
「そのお気持ちはわかりますよ! 僕も執事として仕える主がいてこそですからね。獣人の側面からも主に仕える素晴らしさはこの身も震えるほどの喜ばしさですからね!」
と、尻尾をフリフリしてドヤ顔で語るのはネネキエーダだ。その横で額に手を当てて溜息をつくのは主であるサウザウンド。
獣人にも色々タイプはあるらしい。こちらではネネキエーダの言葉に何度も頷くウェルバがいる。
そんな主云々の話で盛り上がりそうだったのを、軌道を戻し、今ここにいない精霊の所在をもう一度聞いた。
するとセイルスが一枚の紙を差し出してくる。
【貴重な品を発見しましたので、暫く取引の為戻りません。用がありましたらセイルスを通して呼んで下さい】
「あの羽虫はなんの為についてきたんじゃぁぁ!!!!」
商売の為か!!
と、思わず手に持っていた手紙をぐしゃりと握り潰した後、バシン、と思いっきり地面に叩きつけた。
なんでこんなに皆フリーダムなんだ、と思わず口から出てしまった言葉に「お前もな」とどこからか反応があったが、当然レイナはそんな言葉は聞かなかったことにした。
とりあえず羽虫こと連れてきた精霊のことは一度忘れることにして、次の問題へと目を向けることにする。
今まで口を挟まずこちらの様子を見ていた、どうに振舞えばいいのかわからない青年へと。
レイナが目を向ければ、青年もそれに気づき気まずそうにレインを見た。
視線があったことでレイナも口を開く。
「……悪気があったわけじゃないのはわかる。が、だからといってそのままやり過ごすつもりはない」
「その通りだ。これは私の落ち度だ。大変失礼なことを言った。申し訳ない」
しゅん、とした表情で謝罪を口にする青年だが、その頭を下げる様子はない。
そこでレイナも、ん? と心の中で首を傾げる。
少し空気が思い二人の間に入る様にサウザウンドがのしのしと入ってきて、レイナの方へと向き直った。
「あー、こいつはちょっとワケありでな。今、大姐様の所で預かって貰ってる旅人なんだよ」
「旅人?」
オランジュイは様々な商品が行き交う場所であり、様々な人物が行き交う場所だ。旅人がいることも諸事情で預かることもなんら不思議はない。
ただレイナが不思議に思ったのが、目の前の相手が旅人に見えなかったことだ。
身なりこそ質素ではあるが、なんというか佇まいや仕草に言葉遣い等から旅人という単語が当てはまらない様に感じたのだ。
サウザンドが紹介しようとするのを制して、青年が一歩前に出て自分から自己紹介をする。
「改めて失礼する。サウザウンド殿が言われていた通り、大姐様のところで世話になっている者だ。名をエルヴぇ……」
ヴぇ……?
背筋をきっちり伸ばしてどこか礼儀正しく自己紹介をしようとした人物が唐突に止まった。それはもうカチンと動力でも切れたかのように表情もそのままの状態でピッタリと動かなくなった。
どう考えても名前の途中であろう状態でピクリとも動かない相手に眉間に皺を寄せて首を傾げるレイナ。
え? なに、ゼンマイ仕掛けとかそういうんじゃないでしょうね? 流石にそれはないと思うけど、ピクリとも動かないんだけどなんで?
と、あまりの動かなさに突いてやろうかと考え始めたところでようやく青年が動いた。
ちょっと足を広げて片手を腰にあて、少しだけふんぞり返る。
「お、俺の名前はエルだ! ただの旅人だがよろしく頼む!」
…………………。
何やらやり切った顔でこちらを青年は見る。どう考えてもドヤ顔する場面ではないが、エルと名乗った青年には何かの達成感があるらしい。
そこでレイナは察する。そして急いで近場にいるサウザウンドに耳打ちをした。
(ちょっと! 一般常識ぐらい教えてあげなさいよ! 流石に旅人は無理がありすぎる設定だっつの!)
(……すまん、どうにも本人は本気らしくてな。あれでも頑張ってんだ。話を合わせてやってくれや)
(いやいや! どう考えてもアレ、どこぞかの坊ちゃんでしょうが! なんでお貴族様がそんなことしてんの!)
そう、レイナは察した。
こいつ、どこぞかの貴族の坊ちゃんだと。
先程の謝罪で頭を下げなかったことでそれなりに身分が高い人物だと判断した。
その前の言い方、身のこなし等々、一般庶民が覚えるようなものではない。
尚且つ、本名を言わないところと、無理矢理言葉遣いを変えたところ。というか、今更変えたところで何一つ演技が出来てないのだが、頭は悪くなさそうなのに何故か気づいてはいないようだ。
大体、一人称「私」だったのに、自己紹介の時だけ「俺」っていう方が明らかに怪しいだろうが。
自分を私などと上品に言う庶民もそうそういない。レイナの中で「あ、こいつ貴族か」と速決した。
どうやら身分は隠したいらしい。バレバレだけど。
しかし、貴族なら大姐様の元で世話になっているというのも頷ける。
大姐様とは、この港を纏めている元締めの奥さんだ。
商業ギルドとはまた違うもので、昔から代々取りまとめている家系らしく、王家の者すら元締めを蔑ろにすることは出来ない。
しかし、この元締めと呼ばれる相手はもう随分と前に亡くなっていて、代わりに奥さんがしっかりと纏め上げている。その奥さんのことを親しみを込めて大姐様と皆が呼ぶのだ。
ギルド長であるサウザウンドでも大姐様には頭が上がらないのだ。
その大姐様が面倒を見ているのが普通の旅人であるわけがないのだ。
とはいえ、その辺は詮索するつもりはない。余計な揉め事は避けておきたいのだ。
さて、相手から自己紹介をされたのだからレイナも返しておかなくてはならない。
「じゃ、こちらも改めて。レインニジアの魔導騎士団の騎士、レイナよ」
そうしてレイナは手を差し出す。エルと名乗った青年は戸惑うことなくその手を握り返して握手をした。
しかし、すぐに離そうとはせず何故かそのまま握られた状態となった。そして青年は何故かレイナをじっと見てくる。
「え……なに……」
「レインニジアの騎士だといったな」
「言ったけど……」
「ということは例の魔獣の件で来たのだろう」
「まぁ、そうなるわね」
「なら! 私……俺もその魔獣退治に連れて行ってくれ!」
「え、やだよ」
言い慣れない口調のおかげで棒読みになってる台詞に対して、レイナも特に感情も込めずに拒絶した。
いや、普通に面倒でしょ。やだよ。
即答したおかげかエルはショックを受けたような表情になったがすぐに気を持ち直して真面目な顔でレイナに詰め寄った。
詰め寄られた分だけレイナも下がったが。
「役に立つはずだ。俺は剣に自信がある」
「まぁ、だろうね。それはなんとなくわかるわ」
「なら、俺も連れて行ってくれ」
「なんでだよ。あと面倒だからその口調やめろ。めっちゃ棒読みじゃん。一人称は私でいいから、普通に喋れ」
「ぐっ……わ、わかった。では先程の謝罪も込めてではどうだろうか。こき使ってもらっても構わない」
「…………」
「頼む」
何か理由でもあるのか。それともただの正義感か。
まぁ相手の事情はどうでもいいにしても、果たしてそれはこちらに利があることなのだろうか。
レイナは少し考えて、そして返事をする。
「いいわよ」
「! そうか! ありがとう!」
「ただし」
先程からずっと握られたままだった手をレイナは思いっきり引っ張った。
「謝罪とかいいから、対等である証にさっきの私への侮辱はこれ一発でチャラにしてやるわ!」
ドスッ
と、実に重い音が近くにいた者達の耳に届く。
レイナの拳が見事にエルの腹へと決まっていた。
レイナが一歩後ろに下がれば、エルはそのまま腹を抱えて蹲る。
そんな姿を見て、レイナの中の苛立ちがようやくスッキリしてニヤリと笑う。
「口先だけじゃなくて、態度でも謝罪ってもんを覚えた方がいいわよ」
「くっ……そうか」
見下ろすレイナに、見上げるエル。二人の間に再び火花が散ったような気がした。
そんな光景を見ていたセイルスが、懐かしいな……と思いながらかつて自分もレイナの重い一撃を食らったことを思い出す。
あれでレイナさん的にけじめをつけているんでしょうね。お互い後腐れがないように……僕の時は確かに助かりましたが、今回はむしろ悪化してる気がするんですよね……
何やら二人の間で火花が散る光景を見つつ、自分の腹をさすりながらセイルスは苦笑するのだった。




