70、海の魔獣と貴族騎士 5
誤字脱字報告、ありがとうございます!いつも助かっています。
「オイラ見てたよ! お姉さんの背中にお兄さんが勢いよくぶつかってわざと荷物落としてたの!」
周りに響くくらい大きな声が目の前の男性とレイナの間を遮る様に届いた。
吸い込んだ息をぐっと止めて、心の中だけでレイナはしょっぱい顔をして色んなものを押し留めた。
あくまで表情は冷静に。先程叫びそうになった言葉は全部飲み込んだ。うん。大丈夫、振り上げようとした手はしっかり押し留められている。粗は出ていない。大丈夫大丈夫。
落ち着いた振りして目の前の男性に視線を向ければ、驚いたように目を見開いて別の方向を向いていた。
その視線を追ってレイナもそちらを向けば、一人の少年がレイナの方に歩いてくるところだった。
丁度レイナの腰に肩がくるくらいの身長の、ふわっとした茶色の髪とくりっとした大きな瞳。大きめの帽子をかぶって鼻の頭には白い絆創膏をはった可愛らしい少年だ。
「お姉さん立ってただけだよ。悪いのはそのお兄さんだよ!」
どうやらレイナの味方をしてくれるようだ。
流石に子供の言い分を無視することは出来ないのか、レイナと睨み合っていた男性は怪訝そうな表情をして後ろを振り返った。
大いに慌てる悪人面二人組。
しかし、ここで折れる気はないのか慌てながらもその表情は強気だ。
「いやいや、子供の言い分なんて曖昧ですって! 見間違えたんだろ? 俺はこの辺で商売してる人間だぜ? そんな商品を無駄にするようなことするわけねーだろ!」
「まったくだぜ。ていうか、行き成り出てきて「見てた」だって? 随分都合がいいじゃねぇか。もしかしてそこの女の仲間なんじゃねぇのか? 俺らをはめようとしてんだろ!」
おうおう、よく口が回る。何をもってそんなに強気に出れるのか。
レイナは二人組の言葉を聞きながら、ようやく自分を落ち着かせていた。どういう状況であれ、来てくれた少年には感謝だ。
さて、謎の少年のことは後で聞くとして、目の前の男性はどうに出るのか。
先程と変わって、思案顔ではある。どうやらレイナが悪いという考えが揺らいでるようだ。
「この子が仲間だと決めつける理由はない」
「いやいや兄さん、タイミングが良すぎでしょうよ! 何よりこの女の態度も言葉も女性らしからぬもんでしょうが。絶対荒々しい仕事している奴ですぜ!」
「まぁ、確かに女性らしからぬ態度だが」
うるせぇ。これが素で何が悪い。ていうか、私の態度云々って関係なくない!? 納得すんなよお前も!
イラッとしつつも、少年がせっかく味方してくれたのだ。言いたいことは我慢する。
にしても、さっきから女性の定義にだいぶ拘ってんなこいつら。そんなに珍しいのか。
今までオランジュイに来ても、然程気にならなかったのは関わっていた相手が気にしない性質だったからだろうか。
まぁ、何はともあれこれ以上騒動はひどくはならないだろう。
何せ、そろそろ時間だ。
「どうせ口裏合わせただけだろうが! 見てたってのも嘘だろう? 子供のいうことなんざ信用ならねぇな!」
「ほう、俺の弟子が嘘をついていると?」
男性らしい低い声がやけにはっきりと聞こえた。
どうやら二人組の後ろから声をかけられたらしく、苛立ったように悪人面は振り返った。
その場で声をあげようとしてそのまま固まる。
なんだ、どうした、誰が来た? と不思議に思ってレイナもそんな男達の間から声をかけてきた相手を見ようとして首を伸ばす。
するとそこにはレイナも知っている顔があった。
黒髪で襟足辺りで上に跳ねる短髪、見た目はそれなりにいいがその表情は無気力。旅がしやすそうな服装の青年。
「ブルー様!」
固まった悪人面を他所に、少年が青年に走って近づいた。
少年は嬉しそうに青年……ブルーの傍に寄ればニコニコと笑って横に立つ。そしてブルーがその頭をそっと撫でた。
「お前達も商人か。知らない顔だな。新参者なら当然、商人ギルドは通しているな?」
「あ、いや、それは……」
「いやぁ、本当商売始めたの最近でして……ブルー、さんにも挨拶してませんでしたな、はは」
「別に俺は旅商人だ。顔は広いが挨拶する必要はない。……が、お前達の顔は覚えた」
「へぁ!?」
「俺の弟子を嘘つき呼ばわりしたのだからな。商人は信用が第一だ。それを貶められては黙ってはいられん」
相変わらず無気力な顔だが、その言葉の重さと視線の強さははっきりと悪人面二人組に向けられていた。
ヒィッ、と声を小さく上げる二人。そんな光景を見てレイナは少し感心する。
ブルーって商人達の間じゃ権限ある奴だったのね。
ぱっと見ると本当に商人か? と思うような奴だが、どうやら有名人ではあるようだ。
彼とレイナとはかつてとある事件で出会っている。
そう、グリーンと初めて出会った時。盗賊で悩まされていたレインニジア郊外南部の街、クレナラス。
そこで捕らわれていた旅商人のブルー。
そして記憶喪失のグリーンを拾って名付けた相手だ。
しかし、相棒がいるのは知っていたが弟子までいたのか。思わずまじまじと少年とブルーを見比べてしまう。
その視線に気づいたのか、ブルーがレイナの方に視線を向けた。そこには悪人面に向けたような強さはなく、無気力そのままの瞳だった。
……知り合いに向けてその視線もどうなんだろうか。
「お前も面倒事に巻き込まれやすいな」
「んん!? 面倒事ってもしかしてグリーンのことも含まれてんのかな!? いや、確かに面倒な出来事だったけども、アレもカウントされるのか!」
「お姉さんとブルー様は知り合いですか?」
「以前拾ったエルフの飼い主だ」
「ああ! グリーンさんですね!」
「待て! 色々待て!! 短い言葉の中に色んなものが凝縮されすぎてる!!」
「こんにちは! オイラ、フウっていいます。ブルー様の弟子ですので今後ともよろしくお願いします!」
「なんでこんなスルー力高い奴らが多いの!? 師弟揃ってマイペースかよ!!」
何故だか少年、フウと名乗ったブルーの弟子に礼儀正しく挨拶をされたが、何かが違う。
思わず調子を崩されたが、はっとしてブルーから視線を逸らすと悪人面をした二人組が近くにいなかった。
あ、これは逃げたな!? と思った瞬間、真横から何かが派手にぶつかる音が響く。
全員がその音がした方へと顔を向ける。
するとそこには先程までいた悪人面が横たわって荷物らしきものに埋もれている姿と、見知らぬ獣人二人の姿。
「いやいや、いけませんね。お話の途中で逃げようとするのは紳士ではありません」
「……よって捕捉した」
ふりふりと尻尾を揺らして二人組を足蹴にしつつ、その背筋はピンと伸びて仕草はやけに丁寧だ。服装も見た目もそっくりな二人の獣人。
亜人ではなく獣人だと気づけたのは、二人共姿が獣に近かったからだ。
二人共顔は猫頭で、黒色をしている。顔の作りがそっくりに見えるが、猫の顔形の違いはいまいちわからない。だが一人がぱっちりとした瞳に対して、もう一人がやや伏目がちの目の違い以外は同じように感じる。
ぱっちりとした目をした猫の獣人は髪型が短髪で左側に片眼鏡をしていて執事服を着ている。手袋で見えないが僅かに見える手首から獣の毛が見えているので人の手ではあるが全体的にモフモフなのだろうと予想できる。
伏目がちな猫の獣人は長髪で前髪も長く、ハーフアップのように後ろにまとめていた。右側に片眼鏡をしていて同じく執事服だ。こっちも変わらずモフモフであろうと予測できる。
二人共姿は顔以外は人と同じ形をしている。耳と尻尾はついているが。
この状況からわかる通り、どうやらこの二人が逃げ出そうとした悪人面二人を張り倒したようだ。
動かない二人を荷物から引きずり出し、手早く拘束していく。瞬時にその作業を終わらせた二人は執事らしく綺麗な立ち姿を保ったまま、レイナ達の方へと近づき一礼をした。
「お初にお目にかかります。僕はトランヴァスト家の執事をしております黒猫のネネキエーダと申します」
「……同じく、俺は執事をしている黒猫のココハカーナ。以後お見知りおきを」
にっこりと笑って挨拶したのがネネキエーダ。にこりともしないのがココハカーナ。
声も似ているところを見ると、どうも二人は双子のようだ。性格はまるっきり違うようだが。
全員に向けて挨拶をした後は、ネネキエーダが視線をある人物に向けると体ごと向き直る。
対面する形になった相手は少し驚いたように目を見開いた。なぜ自分と向き合ったのかがわからないかのように。
「どうやら騙されてしまうところのようでしたね。ですが、状況を見て判断しようとなされたところはとてもよかった。しかし、どうやら思い込みがその判断を鈍らせたようです」
「そう、か……。いや、すまない、ありがとう」
ネネキエーダに言われた相手は少し居心地が悪そうに顔を歪めるが、少しだけ視線を彷徨わせてから再びネネキエーダに顔向けるとしっかりと言葉を返した。
金髪の髪がサラリと揺れ、ネネキエーダを見るその姿はパッとみ王子様のような錯覚を覚えるが、実際は執事に叱られたただの青年だ。なんでそんなキリっとした顔をしているのかが謎だ。
だが、その姿にネネキエーダは満足そうに頷く。
その後ろでは意識がはっきりしただろう悪人面が喚きだした。曰く、先に手を出したのはそっちだの、悪くないだの、獣人の罵倒だの、そりゃあもうキャンキャン吠える負け犬のようだ。
流石にうるさく感じたのか、ブルーがそちらに視線を向ければ一瞬怯む悪人面二人組。
いや、本当、ブルーって旅商人って言ってたけど、ここではどんだけ発言力あんの? 有名人どころではなかったりする?
とはいえ、このまま放置するわけにも行かないし、商人ギルドを介していない商人なら国が引き取るべきでは。なら、私が口利きをした方がいいだろうか。
「そいつら、城に差し出すなら引き取るわよ?」
城に行く予定はないが、一応騎士なので役割はしなくては、という気持ちで執事二人に伝える。
その発言に驚いたのは悪人面のほうで、執事の方は落ち着いたように首を横に振る。
「いえいえ! まさかこのようなことでレイナ様のお手を煩わせるわけにはいきません」
「? 私の事知ってんの?」
「つか、なんでテメェに連れていかれなきゃなんねぇんだよ! ふざけんな!」
相変わらず叫ぶ声に思わず顔を顰める。というか、いい加減ない頭で予想くらいはしてほしいものだ。私がどういう立場の人間かくらいは。
しょうがねぇなぁ。何かレインニジアの者だってわかるもの今持ってたっけ? それ出して教えてやるか。いや、でも、そういう荷物全部預けたかな?
などと考えて懐を探るが、やはり財布程度しか入っていなかった。普段使わないせいでちょっと気を緩めすぎたかもしれない。いや、城に行く予定でもなかったし、必要ないと思っていたからな、と心の中だけで言い訳をする。
じゃあ、どうするかな……と考えた時、別の方向からこちらに近づく足音が聞こえる。
「なんだ。そいつらは騎士に喧嘩売ったのか。随分いい度胸してるじゃねぇか。身の程知らずでな」
低い男性の声がかけられる。
黒猫の執事二人がその声がした方へと頭を下げて礼をする。
どうにも先程から次々と新しい人物が登場してこの場の密度が一気に上がった気がする。
とはいえ、今この場に現れた人物はこの場に来る予定だった人物だ。レイナは小さく溜息をついた。
先程時間だと思っていた時より、それなりに過ぎている。
「……ちょっと遅刻じゃない? 予定時間少し過ぎてるっての」
「おう、悪りぃな。ちっと船の方でトラブルがあってそっちに顔出してたんだよ。だがまぁ、許容範囲だろう」
のっそのっそという足音が聞こえそうな足取りで近づいてきて、そしてその姿は縛られている二人組の前で止まり、高い場所から見下ろすように視線を向ける。青く太い尻尾が一度だけ揺れる。
「よう、新入り。ここで揉め事起こしてるんなら当然俺の顔は知ってるな? 商人ギルドを纏め上げるギルド長の、サウザウンド・トランヴァストだ。忘れちゃいねぇよな?」
青い体毛が覆う、狼のような顔をし兎のように長い耳が垂れるかなり体格のいい獣人。
右目を眼帯で覆っているが、片目だけでもその眼光は十分に鋭く、見下ろされている相手の顔色はすっかり青白くなり僅かに動く口からは何の言葉も発せられないでいる。
商人ギルド長、サウザウンド・トランヴァスト。
レイナが待ち合わせをしていたその人物の登場だ。
ストックがここまでとなります。次回からまた間が空いてしまいますが、気長にお待ちください。
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