62、賊と貴族と義賊 25
「はぁぁぁ!? 何やってんのよ!! 魔法の制御はどうした!!?」
「ヒィィ! すいませんすいませんごめんなさいぃぃぃ!!!」
「遠慮なしとは言ったけど! 限度! 限度があるだろぉぉぉ!!!」
「すいませんすいません! 限度がわかりませんでしたぁぁぁ!!」
「お前、本当魔法量の制御程度は覚えろぉぉぉ!!!」
炎に囲まれて怒涛のレイナの叱咤は続き、ひたすらネーナは謝り倒していた。
見事に周りは火の海。人がいるだろう部屋の安否? 残念ながらそれを確認することは不可能だった。なぜならどれだけ目を凝らしても火しか見えないからだ。
そんな生きているのが不思議な状態で、レイナとネーナの言い合い(一方的ではあるが)が出来ているには理由がある。
「レイナさんレイナさん」
「何よ!!」
「結界にヒビが入りました。僕の結界ではそろそろ限度のようです」
「そこを何とかぁぁぁ!」
「そう言われましても……ユミさんの方が得意ですが今この場にいませんからね」
「あ、私が持ってる魔道具も破損しましたね。こちらも補強は不可能になってきましたよ」
「そこはこういう時こそ精霊の力でなんとかするとか!? 精霊二人いる意味とか!!」
「咄嗟に結界がはれただけでも、頑張った方だと思うのですが……」
「というかですね。別にこういう時の為に私やセイルスがいるわけではないので。精霊がなんでも出来ると思ったら大間違いですよ」
「なんでそう冷静なのよ!! だったら現状打破の方法は!?」
「えー……?」
「やる気! せめてやる気を見せて!!」
炎に囲まれながらレイナは叫び、その前にいる二人はそんな声を聞きつつも結界をはり続ける。
そう、ネーナの炎の魔法が思いのほか……予想外に、相当な破壊力を持っており自分達にも襲ってきたのだ。炎が迫ってくる前に咄嗟にセイルスがはった結界が身を守り、それでも威力がありすぎるそれはセイルスの結界だけでは防ぎきれそうもなく、シオンが魔道具を使い結界を補強していた。
が、二人曰く、それもそろそろ限界だという。周りの炎の勢いは収まる気配はない。
にしても結界が壊れそうだというのに、むしろなぜそこまで落ち着いていられるのかが謎である。
思わずジトリとした視線をシオンに向ければ、シオンは僅かに首を傾げた。
「結界はどうしようもありませんが、まぁ……そうですね。そこまで焦らなくても大丈夫ですよ」
「根拠!」
「えー……」
「なんで!? なんでそこで説明する気力をなくすの!?」
いつも結構色々ひどい精霊ではあるが、ここまで酷いなんてことはない……いや、そうでもないな。案外普段も扱いがひどいなこの精霊。
それでも、ここまでやる気がなさそうな感じは表に出したことはない。
そういえば今回の仕事はこの街についてからどうもシオンは不満を出しがちだった。常にニコニコ笑っている奴が珍しいとは思っていたが、今現状も珍しいといえば珍しい対応だ。
しかし、そんな多少の変化は現状の状況を考えてもどうでもいい。レイナにとってはどうでもいいことだ。
とにかく、現状打破出来る何かが欲しい!
そうレイナが願ったと同時だった。
熱気とは違う、風がふわりと流れてくる。
次の瞬間には全身がぞわりと泡立った。寒気が全身を襲った。
きらりと何かが目の前で小さく光り輝く。一瞬だけ視線がそちらに向けたその時。
周りを覆っていた炎が全て掻き消えた。
炎の熱気も跡形も残さず。それどころか僅かに冷気が漂っている。まるで一瞬で全体が冷やされたような感じで。
「……何事……?」
「さて、無事炎も消え、魔物も砂になって、辺りを見渡せるようになりましたが……どうやら捕らわれている人がいる部屋も無事のようですね。いや、これに関しては本当奇跡ですね」
思わず呟いたレイナの一言はまるで聞いていないようにシオンがにっこり笑って現状を確認した。
かなり不自然だが、無理矢理話を進めたということは、詳しく聞くな、という無言の主張だろう。
仕方ないのでレイナはそれ以上は何も言わず口を噤む。
そして改めて周りを見てみれば、見事に焼野原となった屋敷の一部。派手に開いた天井。そしてなぜか無事な部屋の扉。
なぜ無事なのか気になるところだが、それよりも先に中の人の安否だ。
その扉に近寄ろうと一歩を踏み出すと、ぐらりと視界が揺らぐ。
眩暈か? と思ったがすぐに違うことに気づいた。屋敷が揺れているのだ。きっと、先程まで続いてた爆音の影響だ。
これは急がなくては屋敷が崩れると判断し、レイナは駈け出そうとすると真上から声がかけられた。
「レイナさん!」
竜騎隊の隊長であるアベルがその翼を使ってレイナの元まで下りてくるところだった。
レイナのそばまで来ると緊張感を含ませた表情のまま報告をしてくる。
「この場に捕らわれている人達の救出は我々と義賊達にお任せください。幸い獣人や亜人の者が多いのですぐに行動することが出来ます! それよりも直ぐに退避を!」
「そこまでこの屋敷の損傷が酷いの?」
「いえ、損傷はさほど……しかし事態はそれよりも酷いです。外からではハッキリと現状を確認できました。屋敷が沈み込み、形を変えようとしています」
「形を、変える?」
「はい。まるで生きているように歪んで建物としての機能を失いつつあります。このままでは足元から飲み込まれる可能性があります。まずは屋敷から離れ各自の安全確保を優先するべきです」
我らの翼で外へお連れ致します。とアベルが告げれば、何人かの竜人達がアベルの後ろに下りてきた。気づけば他の竜騎隊と義賊達が捕らわれている人の救助に既に向かっており、運び出されているのが目に入った。
レイナは振り返り仲間達を見てから、一つ頷く。
そしてそれぞれが下りてきた竜人達の手を取り外へと飛び立っていく。それを確認してからレイナもアベルの手をとり、しっかりと抱きこむとアベルは羽を広げて屋敷の外へと飛ぶ。
穴から通り抜ける際に屋敷がさらに歪む姿が目の前を通り過ぎていった。
屋敷から出てそのまま上空で待機する。地上に降りても、屋敷が周りを巻き込み始めるようなことがあれば二度手間になるからだ。
竜騎隊が最後の人を救出したところでこちらに合図を送ってきた。どうやら無事、全員脱出できたようだ。
レイナを含め、共に行動していた者達はそのまま上空で待機し、屋敷がどうに変化するのかを見守った。
人がいなくなった屋敷はさらにぐにゃりと姿を変えて完全に『屋敷』としての機能を失い、一つの大きな塊となった。しかしそれもすぐに形を崩し、再びその塊は形を変え、大きくなっていく。
ごつごつとした見た目となり、人間のような手足が生える。つい先程これとそっくりな魔物を見たばかりだが、いましたが形が出来上がっていくものはまた別者だろう。
それは『屋敷』よりもさらに大きな姿を現した。
「……ゴーレム!」
「しかも巨大化して変形して……まるで子供のころに話に聞いたヒ」
「ちょいまてそこ! 敵だからな! 目をキラキラに輝かせても、アレ、敵だからな!!」
現れたものに対してどこか高揚した声で語りそうになった仲間に、レイナが視線をやって一喝。
振り返った先にいたのはウェルバで、表情こそあまり変えていなかったが、レイナに一喝されて耳と尻尾がへにょりと下がった。横でグリーンが「いや、気持ちはわかる」となぜか慰めをしていたが。
現れたのは巨大ゴーレムで、窪んだ眼がしっかりとこちらを見ていた。そうしてまるで蠅でも払うかのようにゴーレムはこちらに向かって手を振りかぶってくる。
竜人達はそれを避けるが通り過ぎた時の風圧が物凄く、思わず数名の竜人がバランスを崩した。
「え、え、あ、あの! あれってどうやって倒すんですか!?」
「武器で倒せるような相手ではありませんね。残念ながら私達竜騎隊ではアレを吹き飛ばすほどの魔法は使えません。魔術師団の者がいればよかったのですが……それでもアレではなかなか骨が折れるでしょうね。……「竜化」を使いますか?」
「いや、そこまでは必要ないでしょ。見たところただの大きなゴーレムなようだし。……そうね、私がちゃっちゃと片付けるわ」
武器では倒せないとアベルは告げているにも拘らず、レイナは自らの武器を構えた。それを見たネーナがぎょっとした表情でレイナを見つめた。声に出さないが他の者も似たような表情をしている。
しかし、レイナを支えているアベルは特に動揺することもなくその言葉に一つ頷くだけでレイナの次の行動を理解する。
レイナはちらりとネーナの方を見た。
「しっかり見ときなさい。魔法ってのはこういう使い方もあるのよ」
そう言うとアベルの膝に足をかけ、ゴーレムに向かって勢いをつけて飛び降りた。
空を切りながらレイナは再び剣の刀身に触れた。すでに魔鉱剣へと変化しているその刀身に。
そしてその剣を大きく振りかぶる。
「逆火炎滝!」
唱えられた魔法は剣に集まり、完全に魔法をまとった剣を勢いをつけて振りおろす。
滝を逆さにしたような炎の魔法が一度剣に凝縮したことで鋭さを増して放たれる。切り裂くような勢いがついた炎はゴーレムに触れた瞬間、真っ二つへと引き裂いた。それでも炎の勢いは止まらず、そのまま地面へと到達していくらか地面をえぐって消滅した。
レイナは二つ割れたゴーレムの間を滑るように落ちていくとえぐられた地面へと着地した。
そして手にしていた剣を高く頭上に放り投げる。
まだ終わっていない。二つにしただけでゴーレムは動きを止めることはないからだ。
放り投げた剣が宙を舞う。そこにめがけてレイナは手を掲げた。
「火炎弓矢!」
炎の矢が弾くようにあたり、さらに剣は高く上がる。魔法を吸収して魔鉱剣の刀身は赤く染まっていた。
そして、丁度ゴーレムの中心辺りまで剣が届く。
「火熱単爆破!」
赤く染まった剣に向かって再び魔法を放つ。
そしてその剣を起爆剤にして魔法は弾け飛ぶ。本来の威力の倍はあるだろうそれは左右に分かれたゴーレムをいとも簡単に吹き飛ばした。
バラバラと音を立てて崩れていくゴーレムはそこから動くことはなく、暫くたつと粉々になった破片はそのまま消滅していた。
完全に『屋敷』はなくなったのだった。




