61、賊と貴族と義賊 24
それは突然だった。
屋敷の一部が爆発した。その衝撃で屋敷全体が揺れる。
そしてそれを合図にしたかのように、レイナの目の前に見知った者達が全員揃った。
「え? ちょっと、なんで皆そんな微妙な顔してんのよ」
開口一番がこれだ。最初に目に入ったのが微妙な表情だったのだからしょうがない。
思わず怪訝そうにしてそれぞれに視線を向ければ、若干気まずそうに視線をそらした。ますます意味がわからない。
とはいえ今はそれを気にしている場合ではない。
レイナは改めてここにいるメンバーを確認した。
レイナとシオン、グリーンにネッタ、セイルスにウェルバとネーナ、そして貴族服を身にまとったユミがいた。
そもそもこの場に呼び出したのはユミだ。
ユミには元々、何か不測の事態が起こった場合に全員を招集出来るアイテムを渡してあったのだ。
ちなみに複数を一カ所にまとめて呼び出す魔道具は作るのが大変で希少となっている。なんとこの魔道具の支払いはユミの自腹となっている。シオンがいい笑顔になったのは言うまでもない。
突然の爆発音に緊急性を感じてユミがその魔道具を使用して現在に至る。
レイナが周りを確認するが、あの一度の爆発音以降、特に異変はない。残念ながらどこが破壊されたのかもわからずじまいで、先程の音が嘘みたいに静かだ。
嘘だ。実は仲間以外の息遣いは聞こえる。だが、あえて目に入れないようにしていた。
気にならないといえば嘘になるが、今は気にしてはいけない。凄く、かなり、非常に気にはなるのだが、ひとまず置いておく。
まずは現状を確認するため、お互いの情報交換が優先すべきだろう。
「ジルはどうした?」
と、真っ先に口にしたのはウェルバだった。横にいたセイルスが「今ようやくそれを聞くんですか!?」という顔をしているが、見なかったことにしておこう。
そこからセイルスとネーナの話から始まった。報告が終わり、次にグリーンとネッタが話し、最後にレイナの報告が行われた。
話し終わるとまとめに入る。
「ジルは例の護衛に強制退場されて、伯爵は連れ去れた」
「もう一人は魔獣使い。もう一人に至っては色々不明だけど、この屋敷を作ってるのはそいつ」
「魔法か何かのようなものでこの屋敷、作られてるんですか……中身、滅茶滅茶広いですけど、相当魔力使うんじゃないでしょうか」
「さぁね。その辺も謎よ。にしても、まったく腹立つことに全員が全員、「時間稼ぎ」に付き合わされたとはね」
「けど、あいつらの時間稼ぎってなんだ?」
「私達ならわかるわよ。そもそもそういう計画じゃない。でもなんで向こうまで似たようなことしてくるわけ?」
「さて、その辺はいくら憶測を立てても無駄でしょう。とりあえず現状は把握しました。では今後について考えましょう」
「……そうね。うん、そうよね。でも、そうするとそろそろ目を向けなくちゃいけない事実が横たわっているわね」
「ちゃんと物理で横たわってるな……」
「はい、その説明は私にお任せください。ああ、ご安心ください。他の部屋も含め、全員縛り上げてますから」
視界の隅にチラチラと入っていたモノの正体をユミは清々しい笑顔で答えてくれた。
レイナ達の周りに累々と縄でぐるぐる巻きにされ猿轡までされている人々が転がっている。
多分、意識はない。寝ているのか気絶しているのか……死んではいない。ない。肩や胸が上下しているから生きてはいる。
数人程、やけにボロボロなのが横たわっているのだが、果たしてそれを聞いていいのか非常に悩むところだ。
ちなみに縛り上げたであろう本人は無傷どころかドレスに汚れ一つもない。本当、何者だこいつ。
そして転がっている人物たちは誰だ、と問わずともわかる。
オークションに参加していた者達だ。
つけていた仮面は外されている。邪魔だったのか確認の為にとったのか。
とりあえず誰が詳細を聞くんだ、とお互い視線を交わしていると、痺れを切らしたのかさっさとユミから喋りだした。
「身元の確認もすんでいます。逃げた者もいませんので、全員確保は出来ているでしょう。ああ、やけにボロボロになっている人物が気になりますか? 大したことではありませんから気にしなくていいですよ。ただの反女神派の方々なだけですから」
と、にっこりと笑って告げた女神様絶対至上主義派人間。
あー……と、誰もが心の中で呟く。最近ではユミの反女神派に対しての対応がだいぶ雑になってきている気がする。
そういえば伯爵も反女神派だったな、と思いもするものの、現在その伯爵は消息不明。いたらいたでボコボコにされる未来しか見えないが。
とはいえ、ユミの行動は多少過激ではあるが概ね計画通りだ。
参加者の捕縛はユミの役目だった。だからこそここに残っていたのだ。
本来ならば眠らせるだけのはずなのだが、まぁ、最終的に間違っていないので気にしないことにしよう。
簡単な情報交換も済んだところで今後の話となった。
「先程の爆音のこともあります。簡単に今後の確認をしましょう」
「さっきのアレ、アンタのせいじゃなかったの?」
「残念ながら違いますね。その予定ではあったんですが……先を越されたようです」
と、少し残念そうにシオンは言う。
シオンの用意した餌と罠。
その罠の部分に屋敷の爆破が含まれていた。決して最後に盛大に全部ぶっ壊して終わらそう! という話ではない。
実はこの屋敷の周りには既に竜騎隊が包囲して待機している。
事前に申請して出撃許可が下りた正式なものだ。
そしてその竜騎隊と共にウェルバの仲間である義賊達も一緒にいる。義賊と騎士団が共にいるとうい時点で色々問題が起こりそうなのだが、そこはレイナの国王専属騎士という肩書を使って、騎士団達には目をつぶってもらった。
とはいえ、結界がはられた屋敷に踏み込むことは出来ない。
だが、何をどうしたらそうなるのか、シオンは屋敷の上部に穴をあける方法があるということで、屋敷に穴をあけて竜騎隊と義賊達の突入を促すこととなった。
ちなみに方法を聞いたがシオンは教えてくれなかった。ただ何かやった後に穴をあけるために爆破する必要があるということは聞き出せた。
爆破する場所は二カ所。
ユミが捕らえたオークション参加者がいる場所と、今回のオークションにかけられる者達が捕らえられている場所だ。
ほぼ同時に爆破をして二カ所から入り人質の安全と参加者の逃走を防ぐ為だ。もっとも参加者の逃走は現時点で不可能になったわけだが。
捕らえられている人達の場所はグリーン達がちゃんと見つけ出していた。
あとは頃合いを見て同時爆破、という流れだったのだが、それをやる前に謎の爆発が起こったというところだ。
「相手方も何かを待っていたようですし、明らかに先程の爆発音はその何かでしょう。あれだけで終わるとは思えません。ひとまずこの場所の天井を破壊し、竜騎隊の方々に参加者の回収をしてもらい、私達は捕らえられている方々の元へ行きましょう」
グリーンがこの場に来てしまった為、もう一カ所の爆破は再び移動しなくてはすることが出来ない。本来ならばグリーン自身が目印となり、シオンがその場所に駆け付け爆破する予定だったのだ。シオンだけならば色々と移動は簡単らしい。詳細はわからないが。
幸い、グリーンが持っていた緊急用魔道具を捕らわれていた人達の元へ置いてきてくれたおかげで、道がわからないということはなさそうだ。
そうと決まればと言わんばかりに、何かの道具をシオンが取り出して操作をすると唐突に頭上から爆発が起こった。
落ちてくる瓦礫を避けて上を確認すれば見事にぽっかりと数階分を筒抜けにして穴が開いている。
果たして今のは魔道具だったのか、シオンの精霊としての力だったのか……そもそもシオンが破壊するという案が出てきた時点で、色々疑問だったが、それについてはいつもの笑顔で追及はかわされている。だから今見た光景も色々考えてはいけない。いけないのだ。
結界は破壊されたらしく、その穴から竜騎隊が次々と入ってきて参加者の連れていく。竜騎隊が入ってきた時点でレイナ達は駆けだした。
ユミだけは動きにくい服だということもあり、竜騎隊に現状報告という名目でこの場に残ることになった。
捕らわれている人はこの場からそう遠い場所ではなかった。
が、どうやら順調に進むことも出来ないようだ。
レイナ達の前に何かが蠢く。
「土人形!?」
蠢くものに見覚えがあったグリーンがその名前を叫ぶ。
しかもそれは一体だけではなく、通路の先から次々と湧き出すように泥の魔物が増えていく。
道が遮られるように溢れてきた土人形を前に駆けていた足が止まりかけたその時、数カ所で爆発音が聞こえた。
ここから遠い場所だが、それなりに大きな爆発だったようで僅かに屋敷が揺らぐ。
直ぐに揺らぎは収まったが時間があまりないと感じ取ったレイナは止まりかけていた足に更に力を込めて走り出す。
「目の前の連中に構ってる暇はないわ! 瞬殺するわよ!」
「いや、でもアレ倒せねぇぞ!?」
先に進むレイナにグリーンが焦って声をかけるがレイナは止まる気配はない。それどころか自らの剣を引き抜いて戦闘態勢に入った。
剣の刀身を一瞬だけ触れるとその部分から真っ赤に染め上がる。刀身の周りが陽炎のように揺らいでいる。
赤く染まったのは刀身が火のように熱くなったから。
レイナが一瞬で土人形の間を駆け抜ける。
剣で一刀両断にされた泥が崩れ落ちる瞬間、ボンッと小さく爆発した。
次々と爆発し、その姿は崩れ落ちる。いや、サラサラと流れ落ちた。
砂になった土人形は砂山になったまま動く気配はなかった。
「? ……再生しないのか?」
「したくても出来ないのよ。水分全部飛ばしたからくっつけないの。流石に変化した後じゃ通用しない技だけど、泥状態ならこれが一番手っ取り早いわ。これやると数日間は砂のままよ」
「マジか。俺、ダイヤモンドになるまで素手で頑張ってた」
「よくそこまで硬くしたわね!?」
「いや、だってさー素手だったし。俺、魔法使えなし。……結局のところ、何か道具や魔法がなきゃどうにも出来ないってことだろ? 俺じゃ限度があるって」
そう言ってグリーンは苦笑する。
何事においても前向きなグリーンにしては珍しい表情だった。はて、何かあったのだろうか、とレイナは心の中で首を傾げた。
何かを気になっている様子だが、レイナはそれに気づくことはない。なぜなら、レイナにとって特に疑問に思うようなことを聞いたわけではないからだ。
「じゃあ、魔法付与されている武器か防具を買えばいいんじゃない?」
「え?」
「というか、むしろアンタ何も持ってなさすぎでしょ。戦士でも着てるものにはもう少し頓着してるわよ。生身だからこそそういうのを気にするのが普通だっての」
「お、おう……そうか?」
「最近は騎士団で剣も習ってんでしょ? 万能力者持ってんだからより取り見取りでしょうに。武器や防具選びだって立派な戦略なんだから、もう少しその辺に頭回しなさいよ」
「……魔法付与の武器や防具かぁ。そっか、そういう形もあるんだな」
「ん?」
「よし! 王都に戻ったらお店巡りして色々探してみるか! あんがとな!」
「え? は? いや、なんか納得したなら別にいいんだけど? どういたしまして?」
先程の表情と打って変わって、実にいい笑顔でなぜかお礼を言われたレイナはますます首を傾げる。顔は怪訝そうに潜めるが、とりあえず無難な返事は返しておいた。
どこかすっきりとしたグリーンに対して、レイナは疑問しか残らなかったがそれでも先に進む足は少しも乱れはない。
いまだに湧いてくる土人形はレイナが次々と砂にしていく。
先頭をレイナが走り障害物をなくしているおかげで、他の仲間は何もなくなった場所をただ後ろからついて走るだけとなっていた。
「……手合わせをした時から強いと思ってたけど、想像よりも桁違いだな」
「……そうね」
「魔物の相手なんて普通、誰もが苦戦するのに会話の片手間で退治してるとか、俺達じゃありえないな」
「私達が相手にするのはいつもは魔物なんかじゃないもの。一人じゃ勝てないわ」
「そうだな。人が相手ですらジルがいたからどうにかなっていたようなもんだ」
「……義賊なんて言われてるけど、そんな大したものじゃないわね」
「ああ。そうだ。俺達は弱いよ」
「うん……」
前を走るレイナを見ながらウェルバとネッタが言葉を交わす。その会話は二人以外は耳にすることはなかった。
小さく会話するのは何も後ろの二人だけではなかった。グリーンと会話を終えたレイナのすぐそばにシオンが飛んで近寄ってくる。
「ところで。レイナの持っているその剣、普通の長剣ですよね?」
「…………そうね」
「魔法付与したら分解しますよ普通」
「…………」
「……つい先ほど、警告されたばかりではありませんでしたか?」
「…………」
「幸い、そういったことに長けている者はこの場にはいないようですので気づかれませんが、あまりお勧めはしませんよ。鉱物生成するのは」
「肝に銘じておくわ」
と、いいつつも、これ便利なのよね……と思わず心中で付け足してしまう。
普通の剣では魔法に耐えられるようには作られてはいない。魔法を付与するには専用の鉱物が必要になる。
そういった鉱物が使われている剣は魔鉱剣と呼ばれてる。単純に魔法を付属出来る鉱物だから魔鉱。
普通に売られてはいるがそれなりの値段はするので一般庶民が持っていることはほぼない。冒険者でもそれなりに実力があるものが持っているものだ。
見るものが見れば武器の性能はわかるもの。普通の武器に魔法をつけることなんて出来ないとすぐにわかる。
シオンはそれで釘を刺しに来たのだ。
レイナもわかってはいるのだが、普段から使っていたものが急に使えなくなるというのは歯がゆいものがある。
とはいえ先程言った言葉に嘘はない。レイナとて重大さはわかっているつもりだ。
それ以降はレイナは口を噤み、先を進んだ。
そして、そう時間はかからずに目的の場所へと辿り着く。
しかし、辿り着いたにはついたが、そこは魔物の巣窟というくらい土人形が蔓延っていた。
幸い捕らえられている人達がいる場所は部屋の中なので魔物に襲われることはなかったが、代わりにレイナ達が近づくことが出来ないでいた。
レイナは決断する。
「よし、ここで派手にぶっ飛ばそう」
「目の前に一般人いますけど!?」
正確には部屋の中だが、目の前であることには変わりない。
確かに破壊する予定ではあったが、きちんと捕らわれている人の安全が確保できてからやる予定ではあった。
あったのだが
「大丈夫。きっと大丈夫!」
「どれくらい人がいるかもわからないのに!? 根拠は!?」
「ないけど、多分大丈夫!」
「多分がついた!」
「大体、さっきはその辺に簀巻きにされた奴がいて破壊しても被害なかったんだからここで穴を開けたところで大した被害にならないでしょ」
「まぁ……そうだろうけど。ちょっと遠くないか? 竜騎隊もこれじゃ回収できないんじゃね?」
「騎士団が魔物に後れをとるわけないでしょ。スムーズとはいかないだろうけど、ここでちまちま退治するよりは早いはずよ」
確かに、理屈はわかる。
しかし、本当に巻き込まずに出来るのか。
「ここで竜騎隊を招き入れても魔物と対峙する形になりますね。出来れば魔物も巻き込んで破壊をしたいところです。残念ながらそれほどの威力を持っているものは下準備が必要ですので私が破壊することは出来ませんね」
と、シオンが言う。
え、本当に大丈夫? そんなに派手に破壊して大丈夫?? という表情が他の面々に浮かんでいるが黙殺される。
それにしても先程の爆破では威力が抑えられていたのかという事実の方が驚きだ。確かに建物を破壊するだけで人々に被害はなかったけども。
では、先程よりも威力を出すにはどうすればいいのか。
レイナは迷わずネーナを見た。
「よし、遠慮なしで逆火炎滝を使っちゃいなさい」
「はい! お任せください!!」
指名されたネーナは爛々と顔を輝かせて返事をした。
今のネーナは実に生き生きしている。その理由は先程の説明でレイナもわかっていた。
なぜか魔法が普通に使えたのだ。その余韻がまだ続いている。そしてまた魔法を使える機会が来たのなら張り切るのは自然の流れだろう。
普通に使えるなら魔力の高いネーナが遠慮なく魔力を込めて使えは相当の破壊力は出るはず。
そんなわけでこの場の破壊はネーナの魔法が選ばれることになったのだった。
ネーナは意気揚々と杖を構える。
「逆火炎滝!!」
地面から噴き出すように上がった炎は見事に魔物を焼き、屋根どころか壁も吹っ飛ばし、レイナ達をも巻き込んだのだった。