60、賊と貴族と義賊 23
ネーナは違和感を感じた。
いや、先程も似たようなこと思っていたけれども、そのことではない。
先程の違和感はウェルバの登場で解決している。それとはまた違う違和感だ。
主に自分に。
なんか、ウズウズする。
こう、ソワソワというかムズムズというか、とにかく体の中がゴソゴソするのだ。服の中じゃない、体の中が。
この感覚は覚えがある。だが、果たして合っているのかどうかはわからない。
部屋の隅っこに身を縮めて、ネーナは少しだけ自分の中の違和感に集中した。
ちなみに現在は現在進行形で戦闘中である。
ネーナの目の前でベアゼル対セイルス&ウェルバの対決は激しく続いていた。
見た目の派手さならば、先程のセイルスがひたすら物を投げ続けていた方がかなり派手ではあったが(ひたすら周りに物が飛び散るから)今ではそこまでの派手さはないが、一点集中のように力のぶつかり合いが繰り広げられていた。
魔力の量も、物理的力の強さも先程より遥かに強くて大きくなっている。
が、ネーナにとっては今の方が安全ではあった。
三人が集中しているおかげでネーナの事はアウトオブ眼中だからだ。
いや、多分セイルスとウェルバは気にはかけてくれているだろう。だが、自分たちが戦うことでベアゼルの気をネーナに向けることもなくなるので、基本ネーナは放置が安全という結果になっているのだ。
セイルスとウェルバは共に過ごした時間は殆どないはずなのだが、息がぴったりだと思うくらいにお互いの動きをよく読んでいた。
ウェルバがベアゼルに突撃し、結界を壊してセイルスが攻撃をする。ベアゼルも壊された結界の奥にさらに結界をはることで決定的な打撃は受けることはなかったが、ジリジリと後退はしていた。
新たに結界がはられた次の瞬間にはウェルバが破壊する。ウェルバの瞬発力は並大抵ではない。たまに強度の高い結界をはられ、完全に壊すことが出来ないものは、セイルスが無理矢理力業でどうにかするという無茶ぶりまでし始めた。薄くなった結界ならばセイルスでも壊せるようだ。
だが、内心セイルスは苦笑を漏らさずにはいられない。
ジリジリと押してはいるが、だからといってこちらが優勢になったわけではない。ベアゼルへの攻撃は実際真面に当たったものはまだ一つもないのだから。
不意打ちの一撃で腕を怪我をさせたが、目立った傷といえばそれくらいだ。しかも本人はそれを気にはしていない。
歯がゆい。
せめて強化魔法が使えれば、もっと攻撃の手数を増やせられるのに。
激しい動きが続く中、心の中は徐々に冷めていくような感じだった。
それでも攻撃の手は止めない。
ネーナはそんな光景を眺めている。
眺めながら、どうしようかと悩んでいた。
そうだと思う。いや、間違いない。この感覚はアレだ。
しかし、それをハッキリさせるためには自分が行動を起こさなくてはならない。ならないのだが、今ここで自分が動いていいのだろうか。
せっかく、二人が気をそらしてくれているというのに、それを自分がぶち壊しにしてしまうかもしれない。
けど、上手くいけばきっかけが作れる。
表情を少し硬くしネーナはよりいっそう息を潜めて目の前の戦いを眺めるのに集中した。
そして自分の杖を握る手に力が入る。
ウェルバが結界を崩し、セイルスが攻めるが防がれ、その横から再びウェルバが前進してまた結界を壊す。
だがウェルバの動きが速すぎてセイルスが追い付けずに攻撃が一瞬遅れる。
その瞬間を見逃さずにベアゼルは一歩下がり、再び結界を
展開しようとしたその時。
「火炎弓矢!!」
現れた三本の炎の矢が真っ直ぐベアゼルへと襲い掛かる。
突然現れた矢にベアゼルは展開しようとしていた結界を中断して大きく後ろへと避けた。
表情には完全に驚愕を露わにしている。まるで信じられないようなものを見るように。
おかげでベアゼルは次の行動が遅れた。
「炎弾丸!」
前に構えた杖から人ひとりの頭くらいの火の塊が言葉と同時に放たれ、言葉の如く弾丸と変わらぬ速さで目標へと直撃させた。
威力はさほど高くない為、ローブを焼き払い下の皮膚をある程度焦がす程度となったがそれでもベアゼルをひるませることは出来た。
そこへすかさずセイルスの一撃が見事に脇腹へと決まる。
衝撃で後ろへと飛ばされ、息が詰まり何度か咳をするが直ぐにベアゼルは体勢を立て直した。
「なんで魔法が使える!?」
「わかりません! でも、でも私、今、魔法をちゃんと使えることが出来るんです!」
ベアゼルが目を向けたのは杖を構えたネーナであり、答えた本人の顔は物凄く興奮しているのがわかった。
はぁ!? と怒鳴るベアゼルに対し、セイルスにはネーナがなぜそんな高揚した状態なのかが理解できていた。
……あのネーナさんが補助もなく、魔力量とコントロールを正しく扱っているなんて、本人にしてみたら嬉しい以外の何物でもないですよね。
何せノーコンであり、常に魔力が過剰にのせて暴走されるのが常であるネーナだ。
それがどういうわけか、正常に魔法を発動している。
嬉しくてたまらないという表情がありありと出ていて、そしてその口は直ぐに次の呪文へと移った。
「五炎刃!」
五つの短刀に火をまとわりつかせたような炎がベアゼルを襲う。
「炎蛇鞭!!」
まるで生きた蛇のようにトグロを巻いて炎がベアゼルを取り囲んだ。
「火熱単爆破!」
壁の一部が吹き飛んだ。
「逆火炎滝!!」
約半分の床が焼け焦げ、木屑は焼失した。
「ネーナ、楽しそうだな」
「いやいやいや、そんな穏やかに見守る態勢で呟くような事態ではないと思うのですが!?」
キラキラとした実にいい笑顔で嬉しさが限界突破したネーナが魔法を連発するという暴走を、こちらもまたどこか嬉しそうな笑みを少し浮かべてウェルバがすっかり見守る態勢でそんな言葉をつぶやけば、セイルスが正しいツッコミを入れる。
しかし、そんなセイルスの言葉にウェルバは首を傾げた。
「なぜだ? 仮にネーナではなく、シオン……さんだったらセイルスは止めるのか?」
「止めませんね」
即答だった。
むしろ納得した上で深く頷いてまで肯定したようだ。
セイルスにとってはシオンが嬉しそうにしているだけで満足なのだから、やっていることは気にならないのだろう。たとえ周りが半壊しようが気にしない。
そう、半壊しても。
まさに現状がそうだ。
本当に止めなくていいのか、そこの男二人。
「もう! ウッザイな! 調子乗るのもいい加減にしろよ」
ベアゼルの張り上げた声と共に周りを渦巻いていた炎は完全に消滅した。
舞っていた埃や煙も全てが消える。
「物には限度ってもんがあるでしょ? これじゃあ検証にもならないや。でもまぁ、なんで魔法が使えたかはわかったけどね」
「え? わかった、んですか?」
「もちろん、教えないよー? 僕のローブここまでボロボロにしてくれちゃってさ」
白かったローブは焼け焦げ、一部見えている皮膚も火傷等の傷を負っている。
見た目はボロボロなのに彼の口元は笑っていたし、立ち姿はしっかりとしている。まるで怪我が作り物かと感じさせるほどだ。
煤汚れがついているフードはそれでもベアゼルの顔はしっかりと隠していて、口元だけしかいまだに見せない。
「精霊に魔力吸収? それと魔力過剰ね。いいね、実験には持って来いだよ」
ニヤっと笑うと、ベアゼルは手にした小さな杖を小さく振る。
その瞬間、ベアゼルの前に立っていた三人は強い衝撃を受けた。受けた後に自分達は後ろの壁に激突したことに気づいた。
そして焼け焦げ、あらゆるものが破壊されていた部屋は完全に元通りになっていた。
床にはどこも汚れがついていない伯爵がいまだに気を失って倒れている。
そんな伯爵にベアゼルが近づいた。
「ま、時間だから帰るけどね。ああ、コレはちゃんとこっちでどうにかするから気にしなくていーよ」
倒れている伯爵を適当に掴み上げるようにベアゼルは持ち上げる。
それから再びセイルス達へと振り返り、ニヤリと笑った。
「つかさ、全部中途半端じゃね? まともに自分の能力使えないとか、そんなんでマジで僕に勝てると思ったワケ?」
「!!」
「ありえないよねー。なんで僕が結界しか使わなかったかわかる? それだけで十分だと思ったからだよ。それ以上やったらすぐに終わっちゃうからね」
それじゃバイバーイ、と最後に手を振ってベアゼルは掴んでいた伯爵ごと姿を消した。
まるで何もなかったかのように静かになった部屋で、三人は暫くベアゼルが消えた場所を見つめていた。
言葉は出てこなかった。
セイルスも、ウェルバも、ネーナも、言われた言葉がしっかりと突き刺さっていたから。
「精霊」の力が使えないセイルス。
「魔力吸収」を意識して使ったことがないウェルバ。
魔力の「制御」がまったく出来ないネーナ。
中途半端という言葉が思いのほか心の中に残ってしまった。
それを噛み締めて飲み込めるまで三人はそのまま動くことが出来なかった。




