59、賊と貴族と義賊 22
突然現れた人物に思わず三人は固まった。恐らく敵味方誰もが思ったことは一緒だっただろう。
一番最初に硬直が解けたのはネーナだった。
「えええええ!? な、なんでウェルバさんがここに!?」
「? なんでって、緊急用魔道具を使ったのはネーナだろ?」
「そうですけど! そうじゃなくて!」
いまいちネーナが何が言いたいのかがわからなくてウェルバは首を傾げる。
ネーナも慌てているせいか、言いたいことをうまく言えないでいるようだ。
そこへ小さく溜息をついたセイルスがネーナの言葉を補完する。
「……この部屋には結界がはってありまして、普通に入ってくることが出来ない状態だったはずなんです」
セイルスが声をかけたことでウェルバがハッとしてセイルスへと顔を向ける。その目は大きく開かれて驚いているようだ。
二、三回瞬いてからゆっくりと部屋を見渡し、ベアゼルで一度視線を止めて、部屋の中で木材に埋もれかけている伯爵を見つけて、またゆっくりと部屋を見て、視線をセイルスへと戻す。
その頃にはウェルバの表情はいつもの顔へと戻っていた。
セイルスは確信する。
ウェルバさん、僕やジルさんがいること、完っ全に忘れてましたね。
なんでもない風を装っているけど、絶対にネーナしか頭になかったのは先程の態度でよくわかった。
ジルがいないことにも気づいたようだが、今はそれを説明している余裕はない。
注意深くベアゼルの様子も気にしながら、セイルスはウェルバにもう一度話しかける。
「それで、どうやって入ってこれたんですか?」
「……どうやって、と言われてもな。普通に入れたぞ?」
「はぁぁ!? 普通にとかありえないんだけど。僕の結界だよ? 入ってこれるわけがないんだ。お前、なんなの?」
嫌悪感含ませて、ウェルバとセイルスの会話を遮るようにベアゼルが割って入ってきた。
フードから見える口元は明らかに不機嫌を滲ませており、顔はしっかりとウェルバの方へと向いていた。
知らない奴から声をかけられたからか、それとも自分が何者であるのかと問われたからなのか、ウェルバは少しだけ考える素振りをする。
一度だけベアゼルを見てから、ウェルバは視線をセイルスへと向けた。
「……結界って魔法か?」
「え? ええ、そうですね。魔法になりますね」
「そうか。じゃあ、魔力で作ってあるんだな?」
「はい、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「魔法関連に関しては誰かが魔法を使っているのを見ているくらいで、知識も持ってはいないが結界が魔力で出来ていてそれが俺に効かなかったのなら、それは俺のスペルティのせいだな」
「ウェルバさんのスペルティですか?」
「ああ、俺も最近知ったんだが……」
それはセイルス達が伯爵の屋敷へ行き、ウェルバ達と別行動をしている時の話だ。
『アンタ、接近戦に向いてないんじゃないの』
何の遠慮もないレイナの言葉にショックを受けて硬直した。ついでに手に持っていた武器も落とした。
お互いの時間があい、情報交換なども行った後、レイナはグリーンの時と同様にウェルバの腕試しをしていた。
シオンもこの場には共にいて、ウェルバの鑑定役として二人を見守っていた。
ウェルバの武器は少し大振りのダガーだ。しかも一本だけではなくいくつも持ち歩いていて、持ち方もその場に合わせて変えているし、両手でも扱えるという、やたら器用な使い方をしている。
サイズも扱い方も違うが、お互いの得物が剣である為、剣稽古で力量を見ていた。
何度かお互い打ち合ってからレイナの口から出てきたのはそんな言葉だったのだ。
『む、向いてない……そう、なのか? 駄目、なのか……?』
『言葉は選んであげなさい。滅茶滅茶ショック受けてるじゃないですか』
『え、前衛希望だった? あー……駄目ってわけじゃないけど、本職の相手だった場合だとそれじゃ即返り討ちよ。あ、本職って騎士とかその辺のね』
目の前の相手がその本職にあたるのだが、本来の職業を伝えてはいないのでそこは黙っておく。
どうやら今までそういった相手はしたことはないようで、それなりに剣の腕に自信は持っていたらしいウェルバは見事にがっくりと肩を落とした。
『素早さはあるし、細かい技術もあるからフェイントや隙をついての一撃必殺ならいいだろうけど、打ち合いになったら駄目ね。剣の小技を仕込みすぎて隙が多すぎる。あと亜人の癖にあんまり腕力ないじゃない』
『弱いわけではないようですが、一般男子と同等かそれより少し上くらいでしょうか?』
『亜人と獣人って言ったら基本体力や身体能力は高いじゃない』
『種族で見ると、やはり力はないようなものでしょうか』
と、この辺までシオンとレイナが喋り続けていると、気づけばウェルバは蹲って両手で顔を覆い俯いていた。
ふさっとした尻尾はくるりと丸くなり体に巻き付けるように丸くなっている。
流石に言い過ぎたようだ。シオンは仕切り直すようにコホン、とひとつ咳をしてウェルバの方へと声をかける。
『ですが、それを補う能力は持っているようですね。それに面白いものもあるようです』
『面白いもの?』
『魔法、魔力を使ったものに限り物凄く打たれ強くなります』
『は!?』
『スペルティ、「魔力吸収」を持っているようです』
魔力吸収……文字通り魔力を吸収する能力。ただし、自分に蓄えられる分だけしか吸収出来ないため、それ以上の魔力は吸収不可となる。
『魔力吸収……じゃあ、魔法が当たっても大した怪我をしないのも、そのせいなのか』
『そうですね。ですからジルは遠慮なくウェルバに対して魔法を放つことが出来るのでしょう』
『…………いや、だが、当たれば痛い。普通に痛い』
『それでも本来の威力からかなり落ちているはずです。痛いと感じるのは吸収しきれなかった魔力の残骸ですね』
『残骸』
『はい。その残骸がぶつかっているだけです。あと、どうやら制御が出来ていないようですので魔力をおびた物に触れると勝手に吸収しているようですね』
『だから時々俺が触った魔道具は壊れたりするのか!』
『でもそれじゃあ魔道具使えないじゃない。不便よ』
『全ての魔道具が使えないわけではないでしょう。魔力を放出するタイプに限ると思います。回復、攻撃系の魔法が込められている魔道具は使うことは出来ませんね』
『そういえば……確かに』
『ウェルバの特性は「水」のようですから、訓練を積めば制御も出来るようになりますよ』
『というか、制御しないと厄介な能力じゃない』
『まぁ、そうですね。ああ、それと他にも「俊足」の進化系も持っていますね。「縮地」までいっているようですが、これも随分使い込んでいるようです。もしかしたら「瞬間移動」の開花もいけるかもしれませんね』
ちなみに前にも説明したが「俊足」の進化系は、「韋駄天」「縮地」「瞬間移動」であり、瞬間移動が最終となる。
騎士の中でもかなりの実力を持つレイナでも持っているのは「縮地」。どうやらシオンの見立てでは、ウェルバはさらにその上をいくようだ。
『……つまり、前向きな意味ではフェイント向きタイプってことね』
後ろ向きの意味でいえば、暗部向けの能力だ。むしろ暗部の才能があるといえる。
相手の懐に潜り込むのが得意で、魔法も跳ね除ける。素早い動きでも活かせるダガーが得物で、両手を使った器用な動きが出来る。
うん、暗殺者となれば相当な腕になりそうだ。
本人が純粋すぎるところがあるようなので、性格として向かないだろうから決して口には出さないが。
だから敢えてレイナは先程のような言い方をしたのだ。濁しに濁しまくっていまいち意味が伝わらないように。でも、活かせるものはあるんだよ、くらいには伝わるだろう。
『……ということは、前衛や接近戦は』
『向かない。相手と正面切って戦うのは不向き。むしろ飛び道具も装備しての中距離に変更した方が良い』
断言するレイナの言葉を受けて、再びがっくりとウェルバは肩を落として項垂れたのだった。
「魔力吸収」
思わずセイルスが復唱してしまう。
なぜ、ベアゼルの結界をウェルバが影響を受けずにこの部屋に入ってこれたのかがこれでわかった。
要は、ウェルバがこの部屋に入るときにドアノブに触れたことで部屋を覆っていた結界を吸収したのだ。もしかしたら、近づいただけでも少しずつ吸収していたのかもしれない。
ウェルバが入る時には完全に消滅していたことになる。
だが、と思い直してセイルスは自分の手のひらを見た。
体を巡る魔力を感じることは出来ない。まだセイルスは魔法を使うことが出来ないでいる。
これはネーナも同じだろう。
つまり、魔法を封じる結界はまだ生きているということだ。
先程の魔力吸収のスペルティの説明で、自分の容量を超える魔力は吸収できないと言っていた。
ということは、ウェルバが吸収したのは自身にとって一番害があるもの……物理を通さない結界を先に吸収してそれでいっぱいになってしまったのだろう。もう一つの結界までは吸収が出来なかったということだ。
いくつか気になる点はあるものの、こうしてウェルバと合流できたのはいい傾向だ。
ただ……
「……魔力吸収ですか。結界消しちゃうんですね。僕が色々試していたのは全部無駄な努力だったんですね」
どうやったら攻撃できるとか、結界を崩せないかとか、色々考えてたけど、それが魔力吸収というスペルティで全て解決してしまった。
普段は穏やかな笑みを浮かべているセイルスにしては珍しくブスっと拗ねた表情を表に出す。
そんなセイルスの表情に、流石にウェルバも何かを察したらしい。少しだけ視線をウロチョロさせてから、ポン、と肩を叩いて慰めた。
「……なんか、ごめん?」
「疑問形なんですね……」
「ごめんなさい!」
「まぁ、別にウェルバさんが悪いわけじゃないんですけどね」
「謝り損か!?」
「僕の気分は向上しました。ありがとうございます」
「どう、いたしまして??」
結局何が何だかよくわからないウェルバだが、セイルスがウェルバから視線を外したのをきっかけに、ウェルバもまた同じ方へと向いた。
白いローブを着た人物、ベアゼルもまたセイルスとウェルバを観察するように顔を向けている。
その口元は先程不機嫌そうに叫んだ時と打って変わって片方だけ器用に上げて笑っていた。
「事態は好転しました。ようやく反撃らしい反撃が出来そうです」
「……魔法使いか。なら俺は都合がいいようだな」
そう言うとウェルバもまた自分の武器を構えた。
ベアゼルもまた自分の小さな杖をゆらゆらと揺らしている。
「いいよぉ。やってみなよ。ちょっとイラっとはしたけど観察対象には持ってこいだよね」
言い切るのと同時に少し大振りに杖を揺らせば再びベアゼルは自身の周りに結界をはった。
それを確認したウェルバが我先にとベアゼルの元へと駆ける。
その距離は一瞬で縮まり、結界ははじけ飛ぶように消滅した。
長くなったのでもう一話、話が続きます。




