58、賊と貴族と義賊 21
今更ですが、今年もよろしくお願いします。まだのんびりとした更新は続くかと思いますが、今月中には義賊の話は終わりに出来るよう進めていきたいです。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
そう狭くもなく、だからと言って大部屋でもない部屋で派手に物が壊れる音が響く。
甲高い陶器が割れるような音、木材が砕け散る音、それが絶え間なく続く。
「ちょ、え、なに!? 待て! おぉい!!」
慌てたような男の声が破壊音と共に響くが、次に続く音に被さる様に掻き消される。
それは一方的だった。
そう。一方的にべアゼルに向かって物が投げつけ続けられている。
それは茶器だったり。椅子だったり。はたまたデカいテーブルでもあったり、絶対投げつけられないだろう本棚だったり。
そんなものがひたすらべアゼルに向かって投げつけられているのだ。
数々の物を投げつけられているが、べアゼル自体は無傷だ。自分の周りに結界をはり物がぶつかることはない。
ないのだが、砕けた破片が結界の周りに積みあがっていき、物理的に身動きが取りづらくはなっていた。
正直、相手の行動が理解できなくて軽い錯乱はしている。
何せ物を投げつけてきている相手はいい笑顔だ。美男子といえるくらいの顔が整い、剛腕とは言い難い奴の片手にデカいソファが握られ、なおかつそれを剛速球で投げつけられたりしているのだ。
それが結界にあたり派手に砕け散っている。
はっきり言って物を投げつける行為に意味はない。なぜならべアゼルは無傷なのだから。
しかしそれでも相手は物を投げつける行為をやめようとはしない。
なぜだ。
「意味なくない!? 投げつけても無意味だよね! この結界、その程度じゃ壊れないし!」
「いやいや、ほら、もしかしたら、というのもあるかもしれませんし。何事も諦めずに続けることが肝心ですよ」
「時と場合によるんじゃないかな!? 絶対、無意味だから! 頭おかしいんじゃないの!?」
「決めつけはよくありませんよ。例外というものも存在します。努力は報われるともいいますし」
努力という分類ではないとべアゼルは反論するが、それをいい笑顔で受け流す相手……最近笑顔がシオンに似てきたセイルスは、それでも投げつける手を止めることはない。
気づけば広い空間ができ、その代わり足元はだいぶ雑多になってきた。
なぜこんな状態になっているかといえば、語るほど大したことは起きてはいないのでさらりと説明しよう。
ベアゼルと対立することになったセイルスとネーナ。
相手の結界によりセイルスとネーナは魔法が使えない状態となっていた。だが結界をはった本人は魔法の使用は可能という状態。
ならば先手必勝。だが迂闊に近づけば相手には強力な魔法がある。魔法を放つ前に懐に潜り込むだけの素早さも技量も、セイルスは持ってはいない。ネーナは論外だ。
ならば遠くから攻撃すべきだ。魔法は使えないから物理だ。だが、武器などセイルスのスティックかネーナの杖くらい。
仕方ないので武器の代わりに遠距離ということで周りの物を片っ端からセイルスが投げ始めたのだ。
彼は「怪力」のスペルティ持ち。椅子から本棚、ここにはないが大型ベッドですら片手で簡単に投げつけることくらい訳はない。
いきなり物を投げつけられたがベアゼルは笑って結界をはり防ぐ。
だが、その笑みもすぐになくなった。
なぜならセイルスが物を投げつけるのを止めることはなく、とにかく大きなものから小さなものまで、部屋の中にある物という物全てを投げつけてきたのだ。
自分の結界の周りに破片が積み重なっていく状態になってきた頃、ベアゼルは口元が引きつり始めてきた。
そうして先程の言葉応酬に戻るというわけだ。
「ほんっと、意味わかんないんだけど! 馬鹿じゃないの!? バッカじゃないの!!?」
ええ、本当に。是非とも馬鹿だと思っていただけると助かりますね。
ベアゼルの軽い錯乱状態を見て、セイルスは返す言葉を思い浮かべるが、それは口に出すことはなかった。
もちろん、ただの考えなしの行動ではない。敵を錯乱させる……つもりはなかったが、元々合理的な考えをするタイプなのだろう。
やっても意味がないことを繰り返してるセイルスの行動がベアゼルには理解が及ばないようで、それで軽い混乱状態へとなったようだ。
想定外だがいい傾向なので、そのまま流れに任せることにした。
そろそろ投げるものもなくなって来ましたね。当然といえば当然ですが結界が壊れる様子はありませんね。
強度はやはり高い。しかし、そんなものは予想の範囲内。というよりは当然の結果ではある。
物理で簡単に壊れる結界など、結界の意味もないだろう。
それよりもセイルスが見ているのは、その周りの瓦礫と化した物だ。
『物理』に対しての強度は相当高いですが、範囲は広くありませんね。形は円で高さも横幅と似たようなものから楕円ではなく正円。
埃も通さないということは空間は完全に遮断されている。詠唱も動作もなく咄嗟にはった、恐らく高度な結界。
さて、周りの邪魔な物もなくなってきましたし、もう一つ検証しておきましょう。
なかなか大きい高級そうな机を掲げれば、迷うことなくそれをベアゼルへと投げつけた。
と、同時にセイルスは走りだす。
僅かに距離を縮めたところで結界に机が当たり、大破する。
破片が舞っている間にセイルスは身をかがめて床に手をつき
床の絨毯を思いっきり自分の方へとひっぱり上げた。
「んあ!!?」
唐突に足元がひかれ、バランスを崩してベアゼルは倒れてしまう。そして絨毯に足を巻き込まれたのかセイルスの方へと引かれる。
セイルスは絨毯を天井に向かって叩き上げるように引いた為、気づけばベアゼルもまた空中へと体を躍らせていた。
それを見逃さず、セイルスは手にした絨毯を投げ捨て、自らも勢いをつけてベアゼルがいる方へと飛び、大きく腕をしならせ手に持つスティックを叩きつけた。
まるで雷撃を食らったかのような音が部屋に響き渡る。
セイルスは確かに攻撃が当たった感触を受けたが、自身もはじかれるような反動を受けて押し返された。
体は後ろへと飛ばされ、大きく後退するように着地することとなった。
それと同時にベアゼルもまた床に着地するところだった。まるで何事もなかったかのように着地していたが、その左腕の裾は引き裂かれたように切れており、そこから見える腕は赤く染まっていて、切れた裾を少しずつ赤く染めていく。
「……あーあ。白いローブなのに血で汚しちゃったよ。これ絶対怒られるやつじゃん」
自分の怪我よりも、ローブを気にするような発言をするベアゼル。実際、気にしているのは切れた裾の方で赤く染まったところを指で掴んで確かめている。
その様子をみてセイルスは僅かに目を細めた。
怪我を気にする必要もない、ということはあの怪我は大したことではないということ。「怪力」の能力は使ったままであの程度しか付けられない。僕が弾かれたのは結界をはられたからでしょう。きっと盾のようにはれる結界。部分的に展開したのでしょうか?
つまり、反射的に結界をはることも可能。しかし強度は低い。
動かなければ……いえ、ある程度集中すれば物理強度の高い結界をはり、維持することは可能。ただし、物質の貫通は不可。
貫通していれば絨毯に巻き込まれることはなかったでしょうしね。
そして、結界そのものを切り離して展開することも可能。二重、もしかしたらもっと複数の同時展開も出来るかもしれませんね。
そこまで考えてセイルスはベアゼルから視線を外し、部屋の中をぐるりと見渡す。
調度品は既に粉々ではあるが、色んなものが飛び交ったはずの部屋の壁は無傷だ。窓にヒビすら入っていない。
元々部屋には魔力を無効にする結界がはられている。そしてどうやら物理にも強い結界が部屋全体を覆っているようだ。
外からも中からも攻撃を加えられても破壊できないように。つまり逃走も侵入も難しいということになる。
この結界は独立しているものだろう。でなければベアゼルが動揺した時点で結界に揺らぎが出て破壊できていたはずだ。
検証すればするほど嫌になりますね。何せ解決方法が次々潰されていくようなものですから。
現在、セイルスもネーナも魔法は使えない。強化も補助もできない。攻撃はセイルスの「怪力」という物理のみ。
だがその物理も悉く潰されていく。先程の攻撃が通ったのも奇襲が成功したようなものだ。いや、成功とは言い難いかもしれない。
なにせ相手は怪我をしたというのにまるで気にしていない。これでは成功とはいえないだろう。
奇襲以外で攻撃を通すのは厳しい。「怪力」の力を使っても結界を破るのは不可能に近い。
では、どうする。どうやって状況を変えるか。
……方法はなくはないのですが……不確定要素が多すぎますし、そもそも出来ない可能性の方が大きいので無難に止めておいた方がいいですね。それにどうにもあの方に期待されているような気がしなくもないですし……
と、セイルスは再びベアゼルへと視線を戻した。
表情が見えるわけではないが、そもそもこの部屋にくるずっと前から気にはされている。自分が餌自体だったのだからそういう目で見られること自体は想定内ではあるが、どうにも期待という言葉が当てはまるようなモノも感じるのだ。先程は嫌悪感を感じたアレだ。
精霊、というものに対しての期待。
魔法と精霊の力は違う。その精霊の力とやらを期待しているのだろう。先程の会話でもそれが窺い知れた。
この場で精霊の力を使うところを見てみたいのだろうか。だが、残念。
セイルスは精霊の力が使えない。
そもそも使えていたらとっくに使って現状打破をしている。
精霊の力ならば結界をどうにか出来るかもしれないが、予測の範囲から出ることはない。
どうにかして精霊の力を使うという案も出したが、そもそも「どうにかして」ってどうやるのだ。無茶ぶりが過ぎる。
いっそ人間の擬態状態で死んでみるとか、ともセイルスは考えてみたが精霊化することが出来ないのでそのまま擬態に引っ張られて消滅する可能性の方が高い気がしたのでやはり止めたのだ。ない、それはない。
……打開策が見つけられない以上、相手に攻められるのは避けた方がいいですね。攻撃の手は止めるべきではない。
現状維持ではあるが、今は致し方ない。セイルスは今の状態を崩されるべきではないと判断して、まだ残っている調度品等を投げつける作業へと戻る。ただし、今度は投げつけるだけではなく、殴り掛かるも増やすことにした。
結界で弾かれることはわかっているが、何かの糸口になるかもしれない。パターンを変えながらこちらからの攻めを続けることにした。
その間、ネーナは出来る限りセイルスのそばから離れないようにしている。
何せ魔法が使えないならただの役立たずだ。邪魔にならないようにするので精一杯だ。
再びセイルスの攻撃が始まり、ネーナはその後ろをついて行き、出来る限り身を縮めていることに専念する。
だが、見ているだけだからこそ気づいた。
……あれ? 周りにはられてる結界が……薄くなってる?
なんとなく、なんとなくだがそんな気がした。
しかし、見た限りでは何も変わっていない。相変わらず壁は無傷だ。
だが、何か違和感を感じる。それは何か。
思わず視線をセイルスとベアゼルから壁へと向けた、その時。
「ネーナ! 無事か!!」
扉を壊す勢いで開けて入ってきたのは一人の人物。
片手に緊急用魔道具を握りしめた、黒狼のウェルバがこの部屋へと辿り着いたのだった。




