57、賊と貴族と義賊 20
『え、アンタ身体強化使えないの?』
レイナがグリーンにそんな質問をした時があった。
『いや、使えるぜ? 重い荷物とかでかい魔獣持ってくるときとかよく使ってる』
『そうじゃなくて。格闘術との組み合わせのことよ。まさか、その細腕で純粋に拳だけでやってきたわけ?』
『細腕……いや、そんな細くはないと……』
『格闘術やってる奴らは、その程度の筋肉なんかヒョロヒョロ中のヒョロよ』
『ヒョロ……』
なんて会話していたのは、かつてレイナとグリーンが初めて出会った町でのこと。
盗賊退治に行く前に腕試しにレイナとグリーンが組み手を行っていた時だ。
幾度目かの打ち合いを終えて、レイナが疑問に思ってグリーンに聞いたのだ。
この時のグリーンは身体強化は使えても、それを戦闘に活かすことを知らなかった。
『エルフなのにそんなことも知らないってどういうことよ。魔法の組み合わせだってあるのに初期魔法……身体強化しか出来ないとか、なんでよ』
この時点でレイナはグリーンが記憶喪失だったとは知らなかった。
『なーなんでだろうなぁ。やり方は聞いたんだけど使えなくてさー身体強化なら出来たんだけど』
この時点でグリーンが記憶喪失だと言っておけば後で怒られる事はなかった。むしろなぜここで言わなかったのか。
『なら私がグリーンのステータスをみてあげましょうか? 今回は特別です』
特別ということは無料ということ。おかげでシオンが金にがめついという事実をグリーンは後で知った。
グリーンは喜んでその提案に頷く。そうしてシオンがグリーンのステータスを確認したのだ。
『魔力、殆ど持っていませんね』
『え? エルフなのに?』
『え? マジで?』
『マジですね。ああ、でもその代わり面白いものを持っているようです』
『面白いものって?』
『「万能力者」というスペルティです』
『万能力者ってなんだ?』
『いや、アンタ自分のスペルティでしょ!? 何で知らないのよ!』
そりゃ、記憶喪失ですから。
そうしてシオンがグリーンにスペルティの説明をする。
『いやー、確かに一度見れば大体のことが出来てたけど、俺って器用だなぁ、程度にしか思ってなかったから特に気にしたことなかった』
そうして何事も気にしないせいで自分が記憶喪失であることも忘れたのだ。
『……色々気になる点はありますが、まぁ魔力が殆どないエルフというのも体質で持っている方は結構いますよ。グリーンが初期魔法しか使えないのはその為でしょう。いくら万能力者の力があったとしても「魔法」だけは発動することは出来ませんね。何せ魔力がありませんから』
『水出したり、火をつけたりとか出来ないってことか?』
『まったく使えないわけではないので、初期中の初期魔法なら使えますよ。火種程度の火とコップ一杯分の水くらいは出せるようになるかもしれませんね』
『何の役にも立たないじゃない』
『喉渇いた時に水が飲めるっていいじゃねぇか』
『……ポジティブよねぇ』
そうしてグリーンは練習して火種用の火とコップ一杯分の水を出せるようになった。
身体強化の使い方はレイナからスパルタで教えてもらったようだ。
そうして身体強化を使った格闘術を使うことを覚えた。
そんなわけでグリーンが使用できる魔法といえば、この身体強化と火種用の火とコップ一杯分の水という初期魔法だけである。
ちなみに、キチンと名前がついている火炎弓矢は初級魔法であり、初期魔法とはまた違ったものとなっている。
「まぁまぁまぁ! とっても珍しい子だったのね!」
「めず……やっぱり珍しいのか。結構いるって聞いたけど」
「種族柄魔力が大きい子達って、魔力が少ない子が生まれること自体がそうそうないことなのよぉ? どなたから聞いた情報かしら?」
「えーと……」
精霊からです、と答えそうになり慌ててグリーンは誤魔化した。今回「精霊」という存在はキーパーソンになりうる言葉だ。
迂闊に言うべきではないと誤魔化そうと考えるが、上手い事が出てこない。
だが、アクミューワは特にグリーンの様子を気にした様子はない。
「でも、そうね……」
「……人知れずにいなくなっちゃうのかもね」
「え?」
先程とはまるで違う低い声に、思わずグリーンが問い返す。
しかしアクミューワはそれに答えることなく、パンパン、と手を二回打って口に笑みを浮かべていた。
「まぁ! こんな話をしてたらうちの子がとっても素敵なことになっているわ!」
「え!?」
嬉しそうに声を上げるアクミューワにグリーンの視線はアクミューワからすぐさま土人形へと変わった。
なんと、風穴を開けた部分が透明な鉱石に覆われていた。
「ダイヤモンド!?」
「鉄から一気にダイヤモンドに変わるなんて、よっぽどさっきの攻撃が強力だったのね! 凄いわ! エルフ君、とっても素敵よ!」
「それはどうも!? 全然嬉しくねぇけどな!」
もしかしてダイヤモンドも砕いたら次は火廣金とかになったりするのか、とチラッとでも考えてしまった自分が憎い。
決して興味を持ったわけではない。断じてない。大体、それをするにはダイヤモンドを砕かないといけない。
ダイヤモンドを砕く前に自分の拳が砕けてる。間違いなく。
そうしている間に土人形は全身が光り輝く……とまでは行かないが純度の低い透明な鉱石の塊となった。
「……もうさ、これ売りさばいたほうがよくねぇか?」
「あら、それは無理よ。攻撃も何もされてない土人形は一週間くらいで元の泥に戻っちゃうもの」
今すぐ戻ってくれてもいいんだが。僅かに口の端を引きつらせながらグリーンはそんなことを思った。
流石にダイヤモンドは殴れない。身体強化しても無理だろう。主に自分の拳が。手に嵌めているのはただの革の手袋。うん、無理。
魔法があればまた話は別なのだろうが、流石にコップ一杯の水と火種の火ではどうしようもない。
ならば他に方法を考えなくては。現状打破も込めてグリーンは土人形も含めて周りを視線だけでぐるりと見渡す。
そこで魔獣と対峙するネッタを横目で確認した。
三匹の魔獣の攻撃を避けて対応しているようだが、どうも押されているように見える。
やはり三対一はきついか。
いっそお互い組んで四対二で対応した方がいいのでは? と考えてグリーンは視線だけでなく、体ごとネッタのほうを振り向こうとした時。
バシン、と強く床を叩く音が響く。
「待たせたわね! 調教が終わったわ」
ネッタは振り返りアクミューワへと視線を向ける。
その後には付き従うようにしている三匹の魔獣。
先程の音はネッタの武器である鞭が床を叩いた音だ。いつもならば短剣や飛び道具といったものを使うが、どうやら今は違うらしい。
ネッタの先程の言葉と付き従う魔獣をみてグリーンは目を見開いた。
「ネッタ、お前って魔獣使いだったのか?」
思わずあんぐりと口を開きそうになったのを押し留めて、言葉を紡げばネッタは自信満々に頷いた。
「ええ、普段は街中の小動物を使って情報を集めているの。魔獣を従えたところで目立つだけだからね。付き従ってる魔獣なら既に調教が済んでいるから此方への服従も簡単だったわ」
そうしてもう一度、鞭で床を叩く。後に下がっていた魔獣がネッタを守るように前へと出た。
「さぁ、これで終りよ!」
その言葉と同時に何かを呟いたネッタに反応するように魔獣達がアクミューワへと襲い掛かる。
そしてグリーンが対峙していた土人形もグリーンへと襲い掛かってきた。
だが、これはいい流れの変化だとグリーンは気づき、土人形への攻撃方法を変えた。
これ以上砕けないなら、砕かなければいい。
大きく振りかぶった腕の内側へとグリーンはもぐりこむ。床にめり込む土人形の拳。
上手くよけたグリーンは振り下ろされた土人形の腕を掴み持ち上げる。そしてそのまま体を捻り、身体強化を使って土人形を思いっきり投げた。
アクミューワがいる場所へ。
丁度魔獣が襲いかかろうとしていたタイミングとほぼ同じとなった。
そのまま魔獣もろともぶつかろうとした時。
「興醒めだわ」
その一言で全てが止まった。
襲い来る魔獣も、投げ飛ばした魔獣も、まったくそのままの状態で。
大きく目を見開いたのはグリーンとネッタだった。
「お嬢ちゃんどころか赤ちゃんですらないわね。それで魔獣使い? 笑わせてくれるわ」
パチン、と指を鳴らせば目の前にいた魔獣達はそのまま姿を消す。
今まで笑っていたアクミューワの笑顔は今はない。
それどころか、笑みを浮かべていないだけで背筋がぞっとした。
まるで鋭いナイフを背中につきつけられているような、そんな感覚だ。
「いくらお遊びでも私のペットをいいように扱われるのは腹が立つわね。ううん、まぁ、私がそこの子を甘く見ていたせいね。そこは自業自得としておくわ。でも、お遊びでも限度というものがあってよ?」
「お遊び、ですって……?」
「ええ、お遊び。でも貴女の場合はそのお遊びすらする価値がないわ」
「!」
「貴女、魔獣使いの何を知っていて? たかが魔獣を操れるだけでいい気になってるんじゃないわよ」
「なに、を……」
「嫌だわ。それすら気づいていないなんて。遊ぶだけ無駄ね。まぁ、エルフ君の対応はそう悪くはなかったわ。貴方とはもう少し遊んであげてもいいけど、残念。時間切れね」
「え?」
「うーん、プラマイゼロってところかしらぁ。次は遊べるくらいの技量を身につけてみなさいな。そうしたら少しくらい本気で相手してあげるわぁ」
「出来れば、もう、会いたくねぇけどな」
「うふふ、その反応いいわね。もっといじめたくなるわ。会うも会わないも私の上司次第ねぇ」
「…………」
「それじゃあね。次はマシな遊び方、覚えてきてね」
そういってくるりと背を向けるとアクミューワは一瞬で姿を消した。
姿を消した瞬間、どっと汗が噴出す。
無意識につめていた息が口から吐き出される。
唐突な終りにまだ現状の把握に頭が追いついてはいない。だが。
最後の最後でこれだ。相手が本当に遊んでいた事がよくわかる。
悔しいが、言葉だけで気圧されてしまった。
相手がどれだけ強い相手かを実感出来てしまった。今までのやり取りの方が嘘のようだ。
汗を拭うように額に手の甲を押し当ててグリーンはネッタの方へと向いた。
そこにはアクミューワが消えたほうを睨むように未だに微動だにしない姿があった。
「悔しい……」
ぽつりと聞こえた声に敢えて何も反応しないで置いた。
どこかわだかまりが残る中、グリーンは自分の仕事をこなすべく、ネッタの背を叩き歩き出す。
言葉を交わすことなくネッタもグリーンの後へと続く。
とにかく今は自分の仕事をすることに意識を向けるのだった。