56、賊と貴族と義賊 19
ネッタが半球体の魔道具を片手に走り続けて暫く経つ。だが目的の場所はそろそろだと見当はついた。
建物の構造などまったく分からないが、どうやらこの魔道具はなかなか高性能らしく、左右に動けばそれに合わせて目的の場所を示す点も移動する。
高さも半球体の中で表しているらしく、一度一階分下がったら点が上にあがった。半球体の中心部分に点がいけば目的到着らしい。
そしてその点が中心へと重なろうとしている。
きっと、その先の角を曲がった先だ。
「グリーン!」
そこにいるだろう相手の名前を呼べば、見覚えのある人影の前に魔獣が迫っている。
「はーい、魔獣兄弟ちゃんのピラミッド直立でーす! 拍手ー!」
「ワー」
見事にバランスをとって魔獣の背に乗っている魔獣のその上に直立する魔獣。
その魔獣たちを膝を抱えるようにして、どこか遠い目をして眺めるグリーンがパチパチと弱々しく拍手をしている。
チョットマテ。コレハ、ドウイウ、ジョウキョウ?
思わず脳内処理の機能が停止しかかったネッタは、どうにかそんな言葉だけは思い浮かべる事が出来た。
しかし理解は出来なかった。
おかげでその場で硬直してしまう。
それに気づいたのは白いローブを羽織った女性。
「あらあら。案外はやかったわねー。ふふ、丁度一通りこの子達の得意技を披露して終わったところだから、タイミングはよかったわぁ」
得意技とは? それってこの流れからして戦闘とかそういうのじゃなくて、芸とかそういう類のものでは?
「なんかすげぇぞ……火の輪くぐりとか、玉乗りとか、お手玉みたいに魔獣たちがポンポン飛び跳ねて曲芸見せてくれるんだぜー……」
とても弱々しい、生気が宿っていないような声でグリーンが説明になってない説明をくれた。
その遠い目どころではなく、どちらかといえば死んだ魚のような目をしている理由を説明して欲しいものだ。
「ふふ、私はアクミューワ。気軽にアクちゃんって呼んでね」
「呼びません」
「まぁ、最近の若い子はつれないわぁ。ねぇ、せっかくなんだからもっと交流を深めましょう?」
「深めません。というか、グリーン! これはどういう状況!?」
「えー? あー……うん、ええっとなぁ」
アクミューワという目の前の相手が魔獣を召喚した。
猛毒突虎とは相性が悪いグリーンは状況も考えて魔道具を使って連絡をいれる。
きっと誰かが来てくれる、誰でもいいから武器を借りれればどうにかなると思うので、それまでどうにか戦闘を回避しようと会話で引き伸ばしていた。
そうしたら何故かアクミューワのペット自慢が始まった。とても賢くて細かいことだって出来ちゃうのよ! といって何故か曲芸が始まる。
何故かそれも見学することになったグリーン。
成功するたびに何故か拍手を要求された。ついでに褒め言葉も要求された。
そして次々披露される曲芸。その難易度は高くなっていく。そしてその度にアクミューワがひとつひとつ技と魔獣たちのどこが凄いのかを延々と語る。
気づけばソウデスネースゴイデスネー以外の言葉を発しなくなっていたグリーン。
そうして今に至る。
「…………うん?」
「いや、「何言ってんだこいつ」みたいな目でみないでくれる? 言っとくけど事実しか話してねぇぞ」
「緊急用魔道具の意味!」
「だって! 戦闘になると思ってたんだよ! まさかここで曲芸が始まるとは思わなかったんだよ! 確かに会話で魔獣との接触は避けようとは思ってたけど、なんか斜め上いかれちゃった!」
「いやね。この子達の素晴らしさを伝えるには直接見せてあげるのが一番だと思ったのよ? ね、この子達の凄さと可愛さわかってくれたかしら?」
「可愛さ!?」
「あ、やっぱりそういう反応だよな」
「可愛いわ! とっても可愛いわよ! でも、そうね。なんか期待されてるようだからそろそろちゃんとお相手をしてあげないとね」
パンパン、とアクミューワが手を打てば、いままで綺麗に並んでいた魔獣三匹が一気に毛を逆立てる。
今までのどこか緩い空気ががらりと変わった。
そこでようやくネッタとグリーンも意識を目の前の女性と魔獣へと向け、気を引き締める。
「ああ、いけないわ。確かにこの子達じゃエルフ君が大変ね。折角だからちゃんと遊べる相手を呼んであげるわ。そうねぇ、この子はどうかしら」
そんな言葉を呟いて、アクミューワは何もない空間に扉をノックするような仕草をする。
するとそこから空間を裂くように一匹の魔獣が顔をだした。
その魔獣の姿にいち早く反応したのはネッタだった。
「土人形……また面倒くさい相手を選んだわね」
「土人形?」
泥の塊が人の形をしているものが一匹。目と口の部分には穴が開いている。
聞いたことのない魔獣の名に、グリーンが思わず聞き返した。
「土人形は魔獣とも魔人とも言い難いものよ。心臓もなければ核もないの。生き物かどうかもわからないし、見た目が様々で生態がよくわかっていないわ。もしかしたら魔法で作られた人形なんじゃないかとも言われているわ」
「そうね。滅多に見かけることもないものね。生息地も不明。沼地に森に山と様々なところで単体で彷徨っていることが多いわねぇ。でも、こうしてちゃんと私のペットに出来てるんだから、魔獣でいいんじゃないかしら? ふふ、この子はとっても面白い子だから、きっと楽しめるわ」
ネッタの説明を付け足すようにアクミューワが魔獣の説明をする。
そうしている間に土人形はゆっくりとグリーンの前までやってきた。
猛毒突虎とは違い、毒のようなものはもっていないようだが、だからと言って物理が通用するのだろうか?
ただの泥にしか見えない塊を殴ったところで効果があるとは思えない。
さて、ではどうしようか。
「ふふ、じゃあお嬢ちゃんは可愛い三兄弟の方を相手して頂戴ね」
パチン、とアクミューワが指を鳴らせば、ネッタの前に三匹の魔獣が立ちはだかる。先程まで曲芸していた魔獣だ。
三対一の状態であるにも拘らず、ネッタは焦った様子もなくしっかりと魔獣たちを見据えて、自らの武器を持って構えた。
「大丈夫なのか?」
「魔獣が相手なら平気よ。私、対人の方が苦手なの」
「まかせても?」
「ええ。こっちは気にしないで自分の相手に集中して構わないわ」
まったく怯む気配がないネッタの返事を聞いて、グリーンは素直に頷く。
そうして改めて自分が対峙している魔獣……魔獣らしきものをみた。
やはりただの泥人形にしか見えない。
とりあえず様子見ということで一発殴ってみた。
すぐに腕が埋まったので、慌てて取り出す。
手に泥は付かなかった。湿った感じもないので、完全な泥というわけではないようだ。やはり体の一部? だから切り離せないのかもしれない。
相手も殴られたという意識はないようで、何の反応もない。のっそりのっそりとグリーンに近づくように動くだけだ。
ならば、とグリーンは少し腰を落として構える。
そして力を込めて一歩足を踏み出すと景気のいい音を立てて床が鳴る。
と、同時に構えた腕を土人形に向かって繰り出す。
風を切る音が聞こえるほどの拳は土人形に当たる前にピタリと反動もなく寸止めされた。
しかし、ぶつかりもしなかった土人形は大きく後に吹き飛ばされることになった。
「風圧」という打撃技だ。
魔法でもスペルティでもない、単純な技で、勢いを乗せた拳が風を纏うことで発生する。
先程のグリーンのように寸止めすることで風だけを相手にぶつけて吹き飛ばす事が可能であり、他にも色んな使い方がある。
格闘術を知らない者にとっては「言っている意味がわからない。風を纏うってなにそれ? 人間業じゃなくね?」とよく言われる。
さて、その風圧によって吹っ飛ばされた土人形だが、どうやらあのまま壁にぶつかった様で、塗料をバケツからぶちまけたかのように壁に張り付いている。
グリーンが暫しそのまま観察していたが、べったりとくっついた状態から変化がなくて、思わず眉間に皺を寄せた。
だが、次の瞬間にはぞろり、と泥が壁を這うように一箇所に集まっていく。
その動きにぞわっとした寒さを感じて思わずグリーンは腕をさすった。
なんかスライムみたいだけど、スライムとはまた違った感じだな。ぞろりとした動きっつーか……
背後にいたら寒気を感じるような、そういう感じというか。
やっぱり極力触りたくはないなー……
そんな感想を思い浮かべていれば、土人形は再び人型へと戻っていく。
完全に形を作ったところで、ん? とグリーンは首を捻った。
土人形の表面が先程と違って、乾いた土のようになっている。
人型も心なしか、より人に近い体型になっているようだ。
顔と首の形もあれば指もある。相変わらず顔は目と口の穴が開いているだけのようだが。
グリーンは今度は土人形の体の中心を横薙ぎに蹴りをいれる。
乾いた土の状態は表面だけでなく、中もそうだったようで蹴りを入れた場所にはしっかりとした手応えがあり、ボロボロと簡単に崩れていった。
一度崩れた場所から次々と崩れだし、結局全部がボロボロになってしまった。
土の山が出来て、再びグリーンはその山を見つめて待つ。
暫くすると土がフルフルと震えだしてくっ付きだした。そうしてまた人型へと戻る。
なんと今度は表面が煉瓦のような形となり、間接部分もしっかり作られていた。
ここでグリーンはひとつの可能性を思いつくが、どうも確定要素が少ないので、もう一度土人形を攻撃することにした。
先程と同じ蹴りを同じ場所に繰り出すが、ガツンっと硬い感触がしてグリーンの蹴りは土人形を貫通することはなかった。
見た目が煉瓦のように見えたが、どうやらように、ではなく本当に煉瓦のようだ。しかもそれなりにしっかりとしたものが詰っている。
グリーンはすぐさま飛び退いて距離をとる。だがその距離は助走をつける為の距離であり、攻撃の前段階だ。
飛び退いてそのままもう一度グリーンは跳躍する。土人形に向かって。
体を捻り、振り下ろすように土人形へと回し蹴りを入れた。
狙った場所は間接部分。煉瓦では作り出す事が出来ない関節部分は先程の乾いた土のような状態のままだった。
回し蹴りはすんなりと入り、見事に土人形の腕の切断をする事が出来た。
しかし、先程のように全てが崩れ落ちるわけではないので、グリーンはそのまま続けて土人形の間接部分を狙って、片膝、逆股関節、首と全てに回し蹴りを決めていった。
バランスを崩した土人形は人型を保てなくなり崩れ落ちた。
そうしてグリーンは再びその状態を見つめる。その表情は今までと違い、険しいものだった。
暫くすると、やはり崩れ落ちた土がまたまとまりだす。
出来上がった人型は鉄のような表面に管のような体格をしている。間接部分はなくなっていた。
ああ、やっぱりな。とグリーンは確信して眉を吊り上げた。
「あらぁ、気づいたかしら? その子ね。叩かれるたびに学習して強くなるのよ。より硬く、より強固になって、弱点をどんどんなくしていくの。ふふ、さぁて、どう戦うのかしら?」
楽しくてしょうがないという風に笑いながらアクミューワが説明をする。
その間も土人形を観察していた。
体がしっかりしたおかげなのか、歩く速度も速くなっていた。ずっしりと重い感じはまだしているが、歩いたり走ったりは出来るようだ。
見たところ、鉄の表面をしているようだが、今までの様子からしても中身も鉄だろう。
普通に殴ったところで痛い思いをするのはグリーンの方だ。
ならば、とグリーンは再び腰を落とした。
しかし、今度は攻撃をすることなくそのまま構えたまま、土人形を待つ。
そうすれば先程までとは違い、土人形が攻撃を仕掛けてきた。
大きな鉄の腕がグリーンに目掛けて振り下ろされる。その動きは決して鈍くはなく、普通の人間が腕を振り下ろすのより少し速いくらいだろうか。
だが、それが完全に振り下ろされる前にグリーンはその場から一瞬で消えた。
土人形の拳は何の手応えもなく床をめり込ませるだけで終わった。
が、次の瞬間に甲高い破壊音が響き渡る。
土人形の胸の部分の鉄が砕け散り、大きな風穴が開いていた。
どこからか大きく跳躍したと思われるグリーンが土人形から離れた場所へと着地する。
「あちゃー、身体強化使ってもこの程度しか傷つけられねぇか」
風穴が開いてる部分を見つめてグリーンは、うーんと唸る。
とはいえ、身体強化を使ったとしてもグリーンは生身の拳。それで土人形の胸の部分に風穴をあけたのだ。
相当の威力があっただろうし、グリーン自体に傷ひとつないどころか、本人には痛みがひとつもないようだった。
それにはアクミューワも驚いたように目を見開いた。
それから不思議そうに首を傾げる。
「……ねぇ? どうして身体強化なのかしら? 普通に魔法を使ったほうが早いんじゃなくて? エルフでしょ?」
まるで助言のような疑問をアクミューワはグリーンにぶつける。
それに対してグリーンは少し顔を歪めると、あー……と間の悪い言葉を発して、何やら言いにくそうに口を動かした。
「……そりゃ無理だな」
「なんで?」
「俺、魔法使えないんだわ。魔力が殆どねーんだよ」
そう。
実はグリーン自身も最近知った事実が、現状打破を難しくしていたのだった。




