5、東の森騒動と魔法使い 5
「う、うう……暴力反対です」
「貴女、同じ性別なら女性の扱い方くらいきちんと出来ないのかしら! 傷が残ったらどうするの!」
それぞれ魔法使い見習い二人が対照的な態度でレイナに歯向かうが、その姿勢は正座だ。ついでに言えば二人の頭にはしっかりタンコブが出来ている。
無論レイナは仁王立ちでそれを見下ろしている。
「黙れ。迷惑人共。自分達の行動を省みてからいえ」
容赦のないレイナに流石に二人は口を噤んだ。
それを一区切りとしてコホン、と小さく咳をし、シオンが話を切り始める。
「さっそくですが貴女方は「何か」というものがなんなのかご存知なのですか?」
「「知らない」」
「あああああ! もぉぉぉぉ!!」
「レイナ。落ち着いて下さい。気持ちはわかりますが落ち着いて口を噤んで下さい。話が進みません」
正座する見習い二人の返答に思いっきり地団駄を踏んでレイナは叫ぶ。
そうだね、そんな返答だってわかってた。でなければ「何か」なんて曖昧な言い方を初めからするわけがないよね。
わかっててもイラッとするものはする。
しかしここで何かを言えばシオンに指摘された通り話が進まないだろう。
イラッとする。正直先程の小石を投げつけた程度では収まらないこの腹の中の重さ。
小石といわず腰に携える剣を投げつければよかった。多分こいつらならその程度ではきっと死なないだろう。
レイナはぐっと堪えて口を引き絞る。そして視線でシオンに先を促した。その視線は相手を射殺したいのかというほどの圧力がかかっているが、目の前の妖精に向けての圧力ではないのでシオンは肩を少し竦めるだけで流す。
「何かもわからないのに二人は争っていたんですか?」
「そう……いうことになりますね。師匠が残したことは確かなんです。何せ力……というか「存在感」だけは物凄いですから」
「そうですわね。あれだけ凄いとそれだけ「価値」があるものだと予想できますわ。あれで何もないなんて有り得ないでしょう」
「師匠が物や自分の存在を残すなんて滅多にないので。そしてあの「存在感」ということで師匠の「魔力」のようなものがあるのではないかと予想しました」
「私やネーナは己の未熟さをよく理解しておりますわ。ネーナは魔力を上手く操れる「技術」を。私は純粋に強い「魔力」を欲しているのです。お互いに師匠の残した「何か」を求めましたの」
「どちらが先にってなると、まぁ自然と争いになるわけで」
「そこは協力という言葉は出てこなかったのですか? お互いが足りないものをそれぞれ持っているのだから、定番のような展開が……」
「「絶対にないですね。師匠のことですから」」
お前達の師匠って何者だよ。
まぁこの二人を弟子にしているのだから多分普通の人ではないだろう。
しかしそれだけではない、とシオンは考える。
傍迷惑な二人だが能力だけをみると実は凄い。
ネーナはもちろん純粋のその「魔力」だ。普通の魔法使いというレベルを遥かに超えている魔力を持っている。
少し前にも言ったが火炎弓矢は普通、1本もしくは2,3本までが1回で作成できる量だ。
それをネーナは1回で10本以上を作成するという規格外のことをやってのけた。
ただしそれを制御できるだけの技術力を持っていない。
ついでにいえば普通の術式でまったく違うものを生成するということも、その魔力の異常性が関係してると思われる。
言ってしまえば魔力の暴走だろう。その術式に耐えられない魔力、もしくは魔力の質を与えてしまった為に異常をきたして別のものを生成してしまうのだ。
これを本人は理解してないし、理解したところでどうにかなるものでもないだろう。
だって圧倒的に技術が足りてないのだから。
そしてヒリカは恐ろしいほどの「技術力」を持っている。
そもそも水特性自体が調整の難しい魔法が多い。なによりヒリカは氷特性まで扱える可能性がある。
多分、まだ習得にまでは至ってはいないだろう。偶然氷が混じる、程度の割合だと思われる。
氷特性とは。
水特性の上位にあたる特性だ。ただし、本来は存在しない特性である。
特性は「火水光闇」の四種のみ。それ以外は習得は不可能とされている。
ではなぜ「氷」が「水」の上位とされているのか。
ある一定の条件下の者だけ稀に習得することがあるのだ。氷特性を。
条件は様々だがそのひとつに「全ての水特性の魔法を最高位まで極めた者」がある。故に氷特性は水特性の上位とされている。
他は「愛し子」だったり、「唯一とされる氷精霊に愛されること」だったり……色々あるがどれもこれもそう簡単に揃える事は難しい条件だ。
氷特性を持っているものなんて稀にしか存在しない。それも条件内容からして普通の魔法使いではまず有り得ない。
その為、一般論として氷特性は存在しないことになっている。
教養では特に必要ないということだ。
さて、そこから考えて。ヒリカは先程述べた「全ての水特性の魔法を最高位に極めた者」に近しいのかもしれない。
流石に全てを極めたとか言わない。というかまず無理だろう。この年齢で希少とされる水特性魔法とか知っているわけがない。
だが今覚えている魔法を最高位にまで高めている可能性は高い。
事実、先程の水流槍。術者の手元から離れてもいつまでも魔法陣を維持し、魔力を出し続けていた。魔力自体は本当に物凄く微量だったけど……
本来ならば本人の手から離れて攻撃魔法が自立し続けることはない。
つまりそれだけ一つの物事として完成されているということだ。
その完成度の高さだからこそ、稀に氷が混じる。
先程のレイナの頭の上に降ってきた雹がそれだろう。
まぁこれもまた本人に自覚はないと思うが。ああ見えて相当の努力家なんだろう。
ではここまで言えば理解していただけるだろうか。
この二人の「異常性」を。
こんな人物を野放しにしておけるだろうか。
この二人が一人の「師匠」の元にいたのは偶然ではないだろう。
引き取り監視していたのか、はたまた本当にまともな人物ではないのか。
何はともあれ「師匠」はただものではないということだ。
そんな人物が残した「何か」
それは一体何を意味しているのか。ここは少し慎重になるべきかもしれない。
「では、その「何か」というのはわかりやすく存在してたりしますか。それとも何か魔法みたいなものなのでしょうか」
「物体ですね」
「ええ。ちゃんと存在いたしますから一目見れば誰もがわかると思いますわ」
「そうですか……その物体を見せてもらうことは可能ですか?」
「はい、大丈夫です」
「触っても問題ありませんわ。どんなことをしても何も変わりませんでしたもの」
つまりそれだけ強い封印が施していると?
思わず考えるような素振りになるシオンに対し、今まで黙っていたレイナがそこで一つ溜息をついた。
「なら話が早いわ。そこまで案内してちょうだい」
レイナの言葉に魔法使い見習い二人は素直に頷いた。
レイナが怖かったのか。それとも純粋に「何か」がなんなのか知りたかったのか。
こうしてレイナとシオンは二人に連れられ森の奥へと進んだ。
木々達の背丈がより一層高くなり、上も下も鬱蒼と茂り獣道しかない場所を暫く歩くとそれは姿を現した。
「………………」
「………………」
「まぁ、そういう反応ですよね」
「私達も最初はそうでしたわ」
しみじみとネーナとヒリカは呟く。
しかしそんな呟きも今のレイナとシオンには届かない。
ただ視線は目の前のものに釘付けになり、口を半開きにして実にしまりのない顔をしている。
石碑……だろうか。
そこは開けた場所だった。背の高い木々が回りにあり隙間から日の光が丁度いい具合にその開けた場所にあたり、足元にやわらかい草が茂っている。それなりに広い。外から見ても周りの木々が邪魔してここにこんな広い開けた場所があるとは気づかないだろう。
そんな場所の中心にそれはあった。
見た目は岩の模様をしている。たとえ所々にドドメ色の苔?模様?みたいな謎の物質が含まれていても多分、あれは岩だ。
でもなんか、ぬめっとしてる。
いや、実際にぬめっとしてるわけではないと思う。そう見えるというのだろうか。
こう、てかっているというか……表現がとても難しい表面をしているのだ。触ったらぬるん、としそう。
そして結構でかい。レイナの身長の2倍はあるだろうか。
レイナは女性にしては高身長だ。騎士として剣を振るってきたせいもあるかもしれない。ここにいる者達の誰よりも身長は高かった。
そのレイナの2倍、もしくはそれ以上はある。
さらに、ねじれてる。
ねじれてる……うん、あれはねじれている。アーチを描いてるように曲がって紐のように結ばれている部分もあるが、あれはねじれている。
そして左右から何かのびてる。人形に例えたら腕だ。形は触手にもみえる。だが見た目の質感は岩だ。
極めつけは真ん中にドン、と居座っている3つの穴。
小さい(それでも物体自体がでかいので近くで見ればそんなに小さくもないと思うが)穴が2つ。楕円の穴が1つ。
配置は上に小さい穴2つとその真ん中で下の方に楕円の穴がある。
……顔、だろうか。
しかもなんか、その穴の奥の方が若干……本当に僅かだが青い光が見える。さらに不規則に点滅してる。
一言で言えば怖い。
とてつもなく不安感をあおる物体。
「呪われた物を見せるな」
「違います! 呪われてません! ……多分」
「え……何で出来てるんですかあれ。石碑のような質感なのにぬめりのような表面してますよ」
「触ると硬いわよ。アレ」
「硬いの!? というか触ったの!?」
「ここに来て散々遠巻きで観察して1ヵ月後くらいに触ってみました。二人で」
「時間かかってるな! 気持ちわかるけど!」
「あの穴……も不気味ですが、所々にある黒紫色の模様……でしょうか? 飛び散った何かに見えるアレが非常に危機感を覚えます」
「もさっとしてるから多分苔の分類だと思いますわ。でも偶に動きます」
「動くの!!?」
「アレにも触ったんですか!? 案外度胸ありますね」
「いや、もう見てるだけじゃ本当何もわからないので」
「見ただけで「存在感」だけは物凄いのですけれど」
確かに凄い存在感だ!
でも想像していた存在感ってこういう類のものじゃなかった!
本当に見た目での圧倒的な存在感だった!
まさかこんなに見ているだけで不安を駆り立たせる謎の物体が存在していようとは。
こんなもの夜中に見たくはない。明らかにホラーだ。
なぜこれをここに残した。
お前達の師匠は本当に一体何者なんだよ!
「あ、穴が動いた」
バッッッ!!
そこにいた全員が謎の物体から目を逸らす。
呟いたシオンですらも顔は前に向けているが視線はまったく別の方を向いている。
なんで穴が動くんだよ!! やっぱり呪われてるんじゃないか!? アレ!
「よし! 帰ろう!」
「ヒィィ! 待って下さい! お願いします助けて下さい!」
「せめてアレの正体だけでも調べなさいよ!」
「無茶言うな! あんな呪われた物体に誰が近づくか!」
「呪われてません! 一応、多分、きっと、呪われて……ないといいな……」
「自信なげにいうな!!!!」
呪いだなんだ助けて下さいどうにかしろ等々、ギャーギャー騒いで暫く。
ガサリとやたら大きな音と立てて
黒紫色の模様がひとつ動いた。
その場にいた全員が動きを止めたのは言うまでもない。
悲鳴を上げなかっただけ凄いといえよう。
そのまま怪しい石碑のような物体とレイナ達は動くことなく対峙したのだった。
むしろ動けなかった。
怖くて動けない。無理。
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