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某国の女騎士と仲間達の日常物語?  作者: しんり
第1章 女騎士とその仲間達
47/71

47、賊と貴族と義賊 10

「このような品まで頂いてしまい、伯爵には感謝いたします」

「いえ、私の手元で余っていたものにすぎませんよ。どうかお気になさらずに」

「ええ、ありがたく頂戴いたします。それでは本日はこれで失礼致します」

「とても有意義な時間でした。また是非お話しさせてください」

「こちらこそ喜んで」


 そうして品のいい部屋から出ると少し急ぎ足で、それでいて粗相に見えないように歩く。

 着慣れないドレスというものが足を鈍くさせるがそれすらも感じさせないように品よく。

 迷わず向かったのはここに来てから宛がわれている部屋。

 部屋に入る前に一呼吸してから、そっと扉を開けた。

 中は先程までいた部屋と変わらず品がよく、客をもてなすには十分すぎると思うほどに調度品が揃っている。

 広い部屋にあるテーブルとソファが置かれている場所に二人の人物が座っている。

 口をつけていたカップをソーサーの上に置き、一人が此方を向いて笑った。


「やぁ、おかえり。楽しかったかい」

「ただいま戻りました。旦那様。ええ、とても素敵なお話をさせて頂きました」

『今回はどんなものを貰ったんですか?』


 目の前の旦那様と呼ばれた男性はソーサーの横に置いてあったペンと紙を使い、文字を書く。

 それを見てから向かいのソファへと腰を下ろした。その横にはもう一人の人物が座っている。


「へぇ、どんな話をしてきたんだ?」

『貰ったもの、見せてもらえる?』


 横に座った人物が声を掛けてきて、旦那様と同じようにペンと紙で文字を書いた。

 そしてこちらも同じものを用意する。


「ここから少し外れた場所に素敵な公園があるそうです。丁度見頃の薔薇が咲いているそうですよ」

『どうやら何かの魔法を付与されているようです。見た目は宝石ですが』

「薔薇はこの時期に咲く花ではないよ?」

『解除は出来そうですか?』

「それが品種改良されたもののようで、今の時期でも咲くそうなんです」

『こちらに探りを入れる為のものだと思われます。解除はしないほうがいいでしょう』

「この街では様々なものが集まるからね。公園の薔薇もそのひとつだろうね」

『なら上から別の魔法をかけよう。感知されなければ大丈夫』


 隣の人物の書いた文字を見てから先程頂いた物をそっとテーブルに置いた。

 宝石をあしらった髪飾りだ。女性が身につければとても映えるだろうと思われる一品。

 隣の人物がその品の上に手を置く。

 一瞬だけ青く光ったと思えば、すぐにその人物は手を引いた。


『これで大丈夫。あとは常に身につけるようにして。そうすれば疑われないでしょ』

『助かりました。ジルさん』


 紙でそんなやり取りをすると、髪飾りを自分の髪へとつける。

 それから他愛もない話を三人でする。

 このやり取りはここに来てからすっかり慣れてしまい、どうでもいい話を口でして本題は紙とペンを使い話をする。


「ユーミ、話していたのなら喉が渇いただろう。紅茶はいかが?」

「はい、頂きます」

「ならオレがいれるよ。お客さんのセイルスにやらせるわけにはいかないからね」


 そうして隣に座っていた人物が立ち上がって紅茶をいれ始めた。

 仲のいい魔法使いと貴族夫婦。

 それが現状の立ち位置だ。

 その実、夫は精霊で人に興味があり、貴族である女性がその精霊の為に人の世界に連れ出そうと夫婦という関係を作り、精霊を守っている……という設定になっている。

 しかし実際は精霊という綺麗なものが好きで、自分の側におきたいが為に偽り、他にももっと集めたいという願望がある……という設定になっている。

 ちょっと酷い設定ではないだろうか。うん、仕方ないのだけど。


 さて、そういうわけで私ことアルフェユーミはそんな悪女を演じつつ、伯爵邸に潜入している。

 ジルさんの紹介で伯爵の裏の顔を知り、興味を引かれて少しずつそちら側へと接触している。知れば知るほど胸が焼け付くようにムカムカするのだが、ここでそれを吐き出すわけにはいかない。たとえ水晶を顔面に思いっきりぶつけたい衝動に駆られても耐えなくてはいけない。女神様の為にも。


 本日貰った宝石も裏から仕入れたという商品。まじないがかかっていて好意として譲り受けたが、純粋な友好を求めてのプレゼントではないだろう。今までも様々なものを貰ったが全てになんらかしらの魔法やら何やらが付与されていたりするものばかりだった。

 明らかにこちらを探りに来ている。信用はまだないようだ。

 しかしセイルスさんが精霊だということは信じている様子。実際嘘ではないので疑われたところでなんの痛みはない。

 ただセイルスさんは普段のように振舞ってしまうと裏があるような不思議な雰囲気をまとってしまうため、出来る限り発言は単純なもの。なんにでも興味を示すよう指導は行った。今のところその指導に忠実に従っているようで、随分とこの屋敷にいる使用人たちに好かれているようだった。

 ……そもそもセイレーンの精霊なのだから「魅了」効果が出ているのかと思っていたけど、そうでもないらしい。やはり見た目の効果なんだろうか。人は目に映るものを都合よく思い込むことができる生き物だから、きっとそういうのも作用しているんだろう。多分。きっとそう。


 貴族として潜り込んでいるという意味では順調にきている。

 お互い探りを入れているが関係性としてはまずまずといったところか。簡単に信用されるようでは逆に不信なのでこのくらいのやり取りが今後には丁度いいだろう。

 実際向こうが此方に探りをいれるたびに私はセイルスさんの情報を有耶無耶にしている。そう簡単に明け渡さないぞ、という意思を見えさせる事が大事だ。向こうが一歩譲ったらこちらも一歩進む。情報のやり取りはだいぶ緩やかだがいい方向には進んでいるだろう。

 ただしやはり本心は読めない。

 思いの外面の皮が厚いのだ。これが古狸みたいな風体で堂々と振舞ってくれていたならまだわかりやすかった。

 だが彼はそうではなかった。表でも裏でも温厚そうな笑顔を崩さない。強気に出ない。だからといって弱気でもない。どこまでも緩やかに飄々としている。

 そして思ったよりも歳が若かった。狸じじい……いえ、古狸くらいを想像していたけれど彼はレインニジアの騎士団長達くらいかそれより若いくらいに見えた。

 種族は人間なので見た目通りで間違いないだろう。中肉中背、顔は多分整っているほう。温和な笑顔で口にすることも中立的な言葉ばかり。

 決して焦りもしない、顔に色を乗せない。さすがここまで隠し通してきただけはある。

 なのでお互い腹の探りあいをしているという現状はわかりやすくていい。


 問題は伯爵以外の部分にある。


 紅茶を入れたジルさんがソファへと戻ってきた。


「薔薇といえばこの屋敷の庭も随分と綺麗だったよ。見に行ってみない?」

『今日は誰がそばにいた?』

「まぁよろしいんですか? それなら是非」

『本日は男の魔法使いの方がいました。他の方々は見かけていません』

「じゃあ、紅茶を飲み終わったら行ってみようか」

『なら試しにもう一度屋敷を探ってみよう』


 本格的に探るつもりではなく、ある検証をしたくてやるのだろう、と予想がついた。

 取りあえず紅茶を飲みつつ、三人で話を続ける。

 ゆっくりと過ごして一息ついた頃にジルさんから立ち上がって庭へと促された。

 もちろん遠回りという名の屋敷の探索も兼ねて。

 部屋から出て、いざ行こうとした時。


「ああ、これは奇遇ですね。お散歩ですか?」


 実にわざとらしい軽い口調で声をかけられた。

 少し離れた場所から聞こえた声へと振り返れば二人の人物がこちらに近づいてくる。


 一人は男性で褐色肌に夕焼け色の短髪、頭には布を巻いた帽子をつけている。目が吊りあがっているお陰で悪人面だ。ニヤリと笑っている口から八重歯も見えるせいで凶悪さが拍車をかけている。

 貴族の屋敷に似合わぬ軽装で、だからといって薄汚れているわけでもなく。少なくともこの屋敷の者ではないというのはわかった。


 もう一人は白の長いローブを身にまとい、フードを深々と被っている為顔はわからない。ただ口元は見えていて、真っ赤な口紅が塗られていることと、ゆったりとしているのにも関わらず胸のふくらみがはっきりとわかることでその人物が女性だということはわかった。

 口元はゆったりと弧を描いているがその口から言葉が発せられたことはない。


「これはこれはシェーダ殿。お察しの通りお散歩だよ。キミ達は何をしているんだ?」

「見ての通り見回りさ。これでも護衛ですからねぇ。魔法使い様ほど暇ではないんですよ」

「オレはお客様のお相手が仕事なの。お互い適材適所でしょう」

「ま、そういうことにしときますか。あ、暇になったら俺の相手もしてくれていいんですよ?」

「戦闘は苦手だっていってるだろう。そんな暇があったら主の護衛をしっかりやりなよ」


 はいはい、と最初から最後まで変わらずの笑みを浮かべたまま彼らは去っていった。

 あまりいい会話に聞こえないだろうが、別段気にすることはない。何せ出会うたびに交わしている会話だ。聞いている此方もすっかり慣れてしまった。


 クレバス伯爵には常に三人の護衛がそばにいる。

 先程の褐色肌の男性、名をシェーダという。

 そしてローブを纏った女性。名前はわからない。

 もう一人、女性と同じローブを纏った男性。やはり顔は見えない。見えている口元は真一文字にいつも閉ざされている。フードの隙間から見える髪は金髪だった。彼も喋らない為、名前も不明だ。

 今は伯爵の側に金髪ローブがいる。

 伯爵は屋敷の中ですら一人になる時がない。必ず護衛の誰かが側にいる。

 そしてそれ以外の護衛は屋敷を常にうろついていた。

 二人はしっかりローブを纏い口を決して開かない。喋るのはいつも褐色男性のシェーダだけだ。

 この護衛達に私達はしっかりとマークされている。

 現在も屋敷の中をうろつこうとしたらこうして現れた。


 こちらの行動が読まれているだろうというのが確定したと思っていい。


 実際、彼らから離れたジルさんが諦めたように溜息をついていた。

 こうして屋敷をうろつこうとすると毎度護衛達が現れるのは会話が彼らに漏れていることは間違いないだろう。

 これも魔道具のひとつだろうか。

 残念ながら現在は部屋の外である為、他の誰かと会話をすることが出来ないので私達は口を閉ざすばかりだ。相談は出来ない。

 会話が漏れているだろうというのを前提にここに来てからは筆談のみで行っていたが、どうやらそれは正解だったようだ。

 とりあえず私達は大人しく庭へと向かう。


 その途中、背中にゾワリとした感触がした。

 思わず肩が跳ね上がったが、気づいたのは横にいたセイルスさんだけだった。ちょっとだけ彼が笑う。

 私に何があったのかすぐに気づいたのだろう。予想しているもので間違いないのでチラリと視線を向けるだけで特に何かを口にすることなく歩き続けた。



 それにしても、これが届く瞬間は何時までたっても慣れませんね……



 思わず顔を顰めそうになったのを、背筋を伸ばすことで押し留めた。

 その際に背中に感じる違和感は、再び部屋に戻らない限りなくならない。


 何せ背中には今現在届いたであろうと思われる「手紙」が入っている。


 レイナさんかシオンさんがしたためた手紙だ。

 この間こちらから送った手紙の返事がきたのだろう。時と場所と人を選ばないこの送り方は慣れることは絶対にない。

 体の一部に特殊な陣を刻むことで手紙を受け取る事が出来る。本来は体ではなく物に刻むのだけど、今回は特殊なやり方で体に刻んでいる。

 魔法ではなく魔道具で、消耗品だ。手紙を送るだけの機能しかない。

 紙に書かれた魔法陣の上に手紙を置くと陣が刻まれていた場所へと手紙を送る設定となっている。消耗品なのは送るたびに魔法陣が書かれた紙が燃えてなくなるからだ。送られた側の陣も手紙が到着した時点で消滅する。

 だが、先程も言ったけど今回は特殊なやり方で刻んでいる為、送られた側の陣は消える事はない。その代わり送る側の紙は燃え尽きるので何枚も予備を必要とする。

 本来はそんな機能はない。そんな機能はない上に、さらに今回はプラスで機能が追加されている。

 陣は私を含めて三人の体に刻まれている。


 その時の状態、状況によって三人の誰かの下へと手紙が到着するようになっているのだ。


 もう一度言おう。そんな機能は本来はついてない。そんな手紙が状況判断で人を選んで送られてくるとか、普通に考えてありえない。

 ありえないのにやってしまっている。

 魔道具をそんな風に作り変えたのは目の前のジルさんだ。


 正直、彼もよくわからない人物だ。


 信用していないわけではないが、手の内が読めない。

 本来ならば一つのものとして完成している魔道具をこうも簡単に作りかえ、ありえないような現象を起こしたりもする。

 以前の移転もそうだ。

 行きは魔法だったが、帰りは魔道具だった。

 魔道具で本来人は運べない。しかしそれを可能にしていた。

 ありえない。

 けど、実際にやってみせた。一体、彼は何者なんだろう。

 だが、何者であっても今現在はそれを追及するわけにはいかない。

 私にも彼にもやることがある。

 特にジルさんはこれからのことも考えるとより伯爵の信用を得なくてはいけない。

 三人の護衛がいる為、屋敷内の探りはほぼ不可能だろう。シオンさんにもおまけ程度だから無理はしなくていいと言われている。

 ここはいっそ切り替えて、三人の護衛を少し調べたほうがいいのかもしれない。


 ……それにしても、あまりにも何もなさ過ぎる気がする。


 いや、何もないってわけじゃない。全てが予想の範囲内だ。三人の護衛以外は。

 腹の探りあいも、裏への道のりも、予想の範囲内。そう、予想の範囲内。

 悪いことではない。順調だというべきか。現時点で三人の護衛がいるから屋敷の散策ができないだけ。

 もとよりそちらの作業はメインではない。そう、こちらも予想の範囲内として入る。

 今までたくみに逃げ隠れしていた相手がこうも簡単にこちらの手の内に入るのだろうか。


 ……これは果たして順調だといえるのだろうか。


 一抹の不安を抱えるものの、だからといって解決策もなく、今は今後を予定してる作戦への準備を進めるしかすべはない。



 どうか、何事もなく解決しますように。女神様の加護あらんことを。



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