41、賊と貴族と義賊 4
「クレバス・ナシュワート伯爵。壮年の男性で温和で領民に慕われている。夫人と息子が一人。こちらも特に目立ったところはない。……とのことですね」
手にした資料を読み上げるのは、その資料紙よりも体の小さいシオンだ。
読み上げた資料を不要だというように横へ滑らせると、それを受け取りまとめるのはシオンに向かいニコニコと機嫌がよさそうな笑顔を向ける精霊セイレーンのセイルスだ。
レイナ達と共に王都に来たセイルスはそれ以降、ずっとシオンの側から離れることはなかった。まさに雛鳥。
今もシオンを肩に乗せてシオンの手伝いをしている姿はとにかく嬉しそうだ。
シオンの側にいるときは大体セイルスがシオンを肩に乗せていることが多い。多分、シオンの意思ではないと思われる。
現にシオンがどこかに行こうとしたり、誰かの肩に乗ろうとするとセイルスがそっとシオンを掴んで自分の肩へと戻すのだ。
決して無理じいではないので一度戻した後、やはり不満に思ったシオンがそこから離れると今度はセイルスは何もしない。
……かわりに悲しそうに小さく笑うのだ。見放された子犬のように。
そして無駄に顔が整っているだけに、その表情は周りに絶大な威力を発揮する。
そう、周りは自然とシオンに視線をぶつけるのだ。
可哀想じゃないか、一緒にいてやれよ。と。
そんなわけで折れたのはシオンだ。渋々、自らセイルスの肩へと乗るようになった。
いつもニコニコしているシオンだが、セイルスの肩にいる間は珍しく無表情の時がある。だがセイルスはそんなことは気にしていないようだった。シオンが側にいればいいらしい。
雛鳥というかもはや独占欲が強いだけのような気もするが。
そんな二人は今回のレイナのお供である。
もちろん、この二人だけではない。今回はしっかり確保できたグリーン。そしてネーナとアルフェユーミも前回同様一緒についてきている。
だが、皆多様に服装が違う。
レイナは騎士服ではなく、身軽なシャツとズボン姿。しかし装飾は普通に着るには少し艶やかだ。見た目は身軽だが腰の剣は変わらない。
ネーナは普段より着込んでいるがそれでも可愛らしい服装だ。女性ピエロみたいな感じだろうか。今回はフードはついていない。
アルフェユーミもどこかのお嬢様のような服装だがどこか装飾が派手だ。
グリーンはレイナと似たような服装だが上着を羽織っている。こちらも装飾は煌びやかだ。
シオンはある意味では変わらずなのだが、ここは置いておこう。
セイルスは吟遊詩人であるからそれなりに衣装は着飾っていたようだが、今はどちらかといえば落ち着いた貴族のような服装をしている。髪もひとつにまとめていた。しかしやはり装飾や模様は派手だった。
そんな普段とは違う服を身に纏い、レイナ達は馬車の中で悠々と過ごしていた。
馬車といっても荷物が多いため、キャラバンのような大き目の馬車だ。
不意にその馬車がガタン、と大きく揺れる。
「ちょっとグリーン、これ一台しかないんだから気をつけて」
「おう、悪りぃ。道が案外ひどくてなかなか上手く操縦できねぇんだ」
レイナが手前へ声を掛けると返ってくるのはそんな返答。もちろんグリーンからの返事だ。
現在、この馬車を操縦するのはグリーンだ。かつてもやったことがあるとはいえ、大型のキャラバンのような馬車では扱いがまた違う。
素人では普通は出来ない。出来ないのだが……
さすが「万能力者」。なんでも習得できてしまう辺りが便利である。
スペルティ「万能力者」の能力を使って、今回のグリーンはあれこれとやることがある。
さて、そもそもがレイナ達はなぜそんな格好をして、でかい馬車に荷物と共に乗り込んでいるかというと。
「そろそろ次の町ね。一旦、情報確認は中断して「雑技団」の準備だけしておきなさい」
レイナの合図にそれぞれが返事をする。
もう察し出来ているだろうが、今回はレイナ達は「雑技団」として動いている。
数人しかいないので大掛かりなものなど出来ないが、街角で芸を披露するだけの団。
それぞれが得意な分野を披露しては通りがかる人々から銭を貰う旅芸人。
という設定。
「けど、レイナさん……」
「レーチェ」
「レーチェさん。ちょっと、設定に無理があるのでは……」
レーチェ、というのがレイナの仮の名前になる。
国王から本名禁止と言われた以上、別名が必要になるので、まぁ本名から遠からず近からずな無難なものを選んだ。
で、ネーナが聞いた設定なのだが。
「私、確かに魔法下手ですけど! だからって手品が得意なわけじゃないです!」
「そこは練習したでしょう! いつも魔法失敗してハト召喚してんだから、そこを応用しただけでしょうが! むしろ魔法より早く習得しただろうが!」
「う、ううう、そうですけど、そうですけど! それでもハトがどっから出てくるのかとか、火が突然噴出すとか、ちょっといまだに予想出来ないんですけど!」
「そこはユミが補佐する!」
「補佐といっても一定距離に結界をはって、観客方を守る為ですよ。ご自分の身はご自分で守ってくださいね」
「うううう、ユミさんが厳しい……!」
「私も横で占い師のようなことをしているので、二箇所に意識を持っていくことが大変なんです。察していただけると助かります」
「で、でも、不器用な私よりも、グリーンさんが一通りやるのでもいいのでは!?」
「野郎一人がアレコレやってたところで何も映えないだろうが。私だって剣舞やナイフ投げ関連やるんだからいい加減諦めろ!」
「映えを狙うならセイルスさんがいるじゃないですか! いるだけでキラキラしてますよ! 綺麗ですよ!!」
「どんだけキラキラしてようがセイルスだって野郎だろうが! 胸筋ばっきばきの綺麗どころがいたって嬉しくないっての!」
「まぁ、そういうのが好きな方もいますけどね」
「余計な水をささんでいい。ユミは黙って準備してなさい」
フォローするでもなく、ただ補足だけを言ってきたユミをレイナは即遮断する。
はい、と返事をして何事もなかったかのようにユミも言われたとおり準備を始めた。
他の面々も黙々と次の作業へと移っている。ネーナの叫び声など聞こえていないかのように。
まぁ、つまり雑技団設定に不満を漏らすのは、現状でネーナだけなのだ。
王都から連れ出された時から漏らしている愚痴なので、もはやあのグリーンですらネーナの愚痴に対して何も言わなくなった。
「万能力者」は場の適応力も高いようだ。
大体の役割は先程の会話でなんとなく察してもらえただろう。
セイルスは吟遊詩人なのでいつも通り音楽を奏でるだけでいい。ちょっと衣装は豪華にしたが。
シオンはそのおまけ、という扱いになる。
精霊だからこそ姿ははっきりしているが、曖昧に姿をぼかすことも出来るらしく、適当にぼかしてセイルスの側を飛んでいればいい。
ほら、そうすれば麗しい一枚の絵画のような空間がそこにできる。実に目の錯覚である。
決してシオンがそういう魔法を使っているからではない。使っていない。多分。
グリーンはこの雑技団ではもはや何でも屋だ。
演技もするし、踊るし、観客へのもぎりのようなものもする。万能力者って本当なんでもありだな。
愚図るネーナを一刀両断し、雑技団としての準備を終える頃、ようやく次の町が見えてきた。
そこは今回の目的地。
「オランジュイ側の国境領地、ペスタチシア。オランジュイとレインニジアを繋ぐ大きな街道、今私達が通っているこの道ですね。その街道が通る街です。商人や貿易品が多く行き交っているのでとっても活気溢れる街です。それなりに大きな街ですので王都と同じ、様々な種族が存在します。今のところ現在の領主、クレバスになってから大きな問題は起こっていません。表面上では」
準備を終えて、保留になっていた情報確認を再開する。再びシオンが資料を取り出して読み上げる。
改めて今回の問題の貴族、クレバス・ナシュワート伯爵。
ペスタチシアを長年管理する世襲貴族だ。昔は商人だったらしい家系でその手腕を代々引き継いでいるとかなんとか。
まぁ、その辺のナシュワート家の家情報なんてのはどうでもいいとして、問題は現在の状況である。
「さて、一見賑わって何も問題なさそうに感じますが……既に何かに気づいた方はいますか?」
と、まだ基本情報であるにも関わらずそんなことを言うシオン。
しかし、それにすぐに反応したのはユミだった。
「オランジュイとレインニジアを繋ぐこの街道はとても安全安心とも言われ商人にとっての生命線、大切な街道です。にもかかわらず、荒れているように感じます」
荒れている。物理的に。
先程の馬車の揺れを思い出して欲しい。それと一緒にグリーンの言葉を。
『おう、悪りぃ。道が案外ひどくてなかなか上手く操縦できねぇんだ』
大きな街道なのだから多少の傷みはどこにでもあるだろう。
だがこの言葉を聞く限りではその程度であるだろうか。
大事な街道なのに整備もしていないのだろうか。
「街道が荒れているということは整備ができていないということ。荒れる理由は自然災害、老朽化、人的被害などですね」
「人的被害というと?」
「まぁ何者かが暴れるか、争いが起きるか、盗賊などがでるか、とかその辺でしょうね」
「警備はどうなってるんですか?」
「サシィータの調べではちゃんと定期的に見回っているそうですよ。ただしこちらは自己申告なので調査結果ではありません」
「嘘の可能性があると?」
「そんなところですね。実際、裏との繋がりがあるようですし、盗賊達と手を組んでてもおかしくないでしょう。それに、それを裏付けるような情報もあることにはありますし」
「ああ、アレね。一部領民から嫌われているっていうことで発生した奴」
「どうやらペスタチシアは見えないところでの貧困の差が激しいようですね。その貧困層からかなり嫌われているので……」
「貧困層にいる人達を庇護する「義賊」がいる、と」
裕福な貴族を襲い、奪い、貧困層にばら撒くというのが義賊のやっていることだ。
ただどうやらこの義賊、なかなか賢いようで裕福な貴族というのが、全てナシュワート伯爵に繋がっている貴族らしい。
だが貴族ばかり狙っていると警戒されるからと、悪徳商業を行う商人も狙っているとか。
ここまで聞けばまるで正義の味方のような義賊ではあるが、世の中そんなに甘くはない。
「貧困層には良くても世間には悪いわね」
「え? どうしてですか?」
「狙っているのが「貴族」と「商人」だからですよ」
「ああ、悪事に手を染めている者ほどそういったことは、ひた隠しますからね。権力が強いものほどそういった情報操作はとても強いものです。実際、僕が聞いてきた噂も情報操作されているようなものは大抵が貴族に関連するものでしたし」
「たとえ裏であれこれやってたとしても、義賊に襲われたからといってそれが表に出ることはないわ。ただ「義賊に襲われた」って事実だけが出回ってしまうってわけよ」
「本当のことを知らない者にとってはそれだけ聞けば義賊に好感なんて持てないでしょう」
「あ、なるほど。なんか、折角人の為に頑張ってるのに、かわいそうですね……」
「どういう信念で義賊なんてやってるかなんて知らないから、その「かわいそう」なんてのはお門違いよ。それよりも義賊でもっと気になる部分があるじゃない」
「え?」
「義賊達はなぜ悪事に手を染めている相手を特定できるのか」
レイナの言葉を聞いて、先程まで首を傾げていたネーナははっとする。
そしてそれは話を聞いていたユミとセイルスも似たような心境だった。
王都の人間ですら情報を探り出すのに苦労していたようだった。
だが、その義賊達は完全に相手を特定して襲っている節がある。
さて、それはなぜか。
その情報源は一体どこからくるのか。
レイナの中でこれからの行動が決まった。
「よし、それじゃあ先に、その「義賊」達から接触するわよ」
気づけば目的の街が目の前までと迫ってきていた。




