40、賊と貴族と義賊 3
国王からの呼び出しがこれほどまで嬉しいと思ったことはきっと初めてだ。
何せ目ざとく見つけられてしまった姫様とのやり取りを、どうに抜け出そうかと必死に考えていた中での呼び出しだったのだ。
なんていうタイミングのよさ! ありがとう国王様!!
そんな気持ちでレイナはいつもの謁見の間へと赴いていた。
「そんなわけで今日だけは本気で感謝しています」
「挨拶もせず早々にそれか。しかもそれではいつも感謝していないような言い方ではないか」
「いつも挨拶しようとすると大体は無視するじゃないですか! するだけ無駄でしょうよ!」
「だからといってやるのとやらないのでは誠意が違うであろう」
「今更誠意も何もあったもんじゃないでしょうよ! 誠意が見たいならきちんと扱って下さい!」
「ははは。まぁ考えておいてやろう」
「そういうところ! 国王のそういうところだから!!」
先程の感謝をさっそく後悔しはじめるレイナ。やはり感謝などしない。
いつもの如く楽しそうに笑って椅子にふんぞり返ってレイナを見下ろすツォリヨ国王陛下。
その手に持っている本日の扇はなにやらふわふわの毛玉がついていてやけに煌びやかだった。
そんな国王の横には本日は宰相であるサシィータがしっかりと佇んでいる。ただし本日は少し表情が硬い。
いや、常に無表情に近い顔をしているのだからいつもと変わりないといえば変わりないのだが。それでもどこかその表情には重いものを僅かに感じさせる何かがあった。
そんなサシィータを見て、レイナは僅かに眉を顰めた。
雰囲気の変化に気づいただろう国王が不意にばさりと扇を広げる。ふわっふわの毛玉……やけに明るい桃色をしたそれは煌びやかだが高貴というには程遠い色をしていた。何でそんなものを持ってるんだ。
相変わらず楽しそうに笑う国王だが、目を僅かに細めてからレイナを見た。
少しだけレイナの背筋が寒くなる。
「本日は少々毛色が違う話をすることになる」
そう切り出されてレイナは背筋が今度は伸びた。どうやら先程までのやり取りとは違う流れだと察した。
それにしても引き締まった空気の割に国王の手に持つ扇の色は目に痛い。本当になぜそれを選んだ。
「今回は国王専属騎士として仕事を与えるが、決して国王専属騎士だということを知られるわけにはいかぬ」
はっきりと聞こえた言葉にレイナの眉が少しだけ跳ね上がる。
つまり、今回の仕事は
「我が国の貴族がどうやら少し派手に遊んでいるようです。しかも厄介なことに今回も国境付近の領地でして」
「バルディッタの?」
「いいえ。オランジュイです」
それは頭が痛い。
早々に事態を把握したレイナは漏れそうになった溜息を飲み込んだ。
前回は不可思議な事件として噂になっていたからそれなりに問題にはならなかった。だが、今回は確実に国同士の問題になりかねない。
サシィータは先程、貴族が遊んでいるといった。それはつまり我が国の貴族が何かをやらかしているということだ。
「元々きな臭いと感じていた貴族でしたが、どうやら最近少し派手に遊び歩いているようです」
「具体的な内容はわかってるの?」
「オランジュイが貿易の国ですから商人の出入りも多い領地です。どうも物価の変動が激しいようで。現在は商人達に影響は出ていませんが領地内の物価が相当高騰しているようです」
「横領って奴かー」
「そして最近では武器売買も行っているようです。しかし表向きは別の商品として引き取っているようで、その品物が裏に流れているとか」
「……とか?」
「さらには人身売買。最近人気ですね」
「人気とかいいから! というかでも本当に最近そういうの多いな!?」
「それだけ需要があるということだろう。禁止されているからこそそういうものは味を占めるものだ」
「とはいえ、多すぎなような気もしますが」
「噂も含めると、だろう。実際、軍で取り押さえた中で本当に行っていたものは一部だというじゃないか。だが、今回の件はほぼ黒だろうよ」
「と、いうと?」
「どうも貴族が手引きをしているようです。言ってしまえば場所提供等ですね。様々な手引きをすることで相当な額を頂いているとか」
「とか? さっきから曖昧な言葉ばかりね」
「それはそうでしょう。証拠がありません」
「……あー……あー、それで私ですか?」
なんとなく話の流れが読めてきたレイナががっくりと肩を落とす。
まぁそれはそうだ。貴族の悪事がそこまでわかっているなら、レイナが出てくることはない。騎士団が乗り込んで取り押さえればいいだけの話で。
それをしないのは、確固たる証拠がないからだ。先程までサシィータが説明したもの全てが此方で調査した内容だがその現場も証拠も取り押さえることが出来てないということだ。
ここまでわかっていて何も出来ない。
つまり、取り押さえる為の証拠が欲しい。
「そうさな、取りあえず適当に邸にでも強盗に入るのでいいんじゃないか?」
「嫌ですよ!! 絶対嫌ですよ!! それじゃ私が犯罪者じゃないですか!」
「相当な狐のようです。揺さぶっても何も出てこないし、領地民には評判はいいようです。ただし、一部には相当嫌われているようですが。こちらの要求ものらりくらりとかわされるばかりでして。何か事件が起こらないことには私たちも動けないのです」
「待て。それは私が何か事件を起こせとでもいうのか」
「そうして頂けるととっても助かりますが」
「いやいや! 無茶言うなよ! 騎士が事件起こすとか色々問題でしょうが!」
「だから今回は国王専属騎士だって絶対ばれるなと言っているだろう」
「え!? それで隠せって言われてたの!?」
「それだけではないがな。騎士だとバレると警戒される。まぁ手段は任せるがとにかく決定的な証拠を見つけて来い」
「……強盗だけはしませんからね」
「最悪、お前だとばれなければいい」
「いや! しないから!」
「そうそう。お前はそれなりに有名だからな。姿は知らなくとも騎士で「レイナ」という名前くらいは知っているだろう。変装と名前は変えていけよ」
「またそうやって無理矢理話を進める!」
「場所はオランジュイ国境領地、ペスタチシア。バルディッタの国境よりはかなり遠いが安心しろ。今回は一ヶ月以上は帰ってこなくてもいいように調整はしておこう」
「商人に影響が出てないとはいえ、出始めたらそれこそオランジュイとの間に問題が発生します。そうなる前に処理しなくてはいけません。細かい内容は資料にしてまとめてあるので後程ご確認下さい。軍関連の方はお供にはつけることが出来ませんので、ご自身で拾ってきた方々でどうにかやりくりして下さいね」
「拾ってきたって……」
「貴女、何故か多種多様の人材を色んなところで拾ってくるじゃありませんか。エルフやら妖精やら、はたまた義弟と副隊長辺りもそうでしょうに」
「い、いや、あれらは拾ってきたわけでは……! というかレイはそういうのじゃないから! 可愛い弟をペットみたいな言い方しないでくれる!?」
他のやつらはペット扱いでいいのか。
いやいや、ただレイナの中でレイが特別なだけであって他の者達がペットというわけではないのだ。多分。きっとそう。
そんなレイナの叫びも華麗に無視され、話は進んでいく。
ツォリヨ国王は手にしていた派手な扇を一度掌に打ちつけ、パチンと音を立てる。
そこでレイナとサシィータは会話を中断し、背筋を伸ばして空気を入れ替えた。
「ついでに貴族の情報でもう一つ伝えておくことがある」
一度言葉を切って、珍しく国王は溜息をつく。実に面倒くさいという表情を作って。
国王の珍しい表情にレイナはますます顔を顰めた。国王の面倒くさいという態度が隠さず出ているということは、それは本当に……本当に面倒くさい案件なのだ。
「どうも”古き扉”が開きかけているようでな」
げっ、と声に出そうになったものをレイナは必死に飲み込んだ。
内容を知っていたはずのサシィータも嫌そうに顔を歪める。
国王が口にしたのは隠語だ。
城で働くものである程度の地位にいれば誰もが知ることになる、それ。
”古き扉”は名前だ。
正確には「レトロフロンテ」という。
一言で言ってしまえば裏組織だ。しかもかなりの規模を持つ。
そしてやっかいなのが、この裏組織である古き扉は規模が大きすぎるが故に手を出すことを禁じられている。
決して力が負けているとか、そういうことではない。規模がでかすぎて裏社会のまとめ役となっているのだ。
下手に潰せば裏社会が混乱するだろう。それこそ表立って悪事が蔓延するかもしれない。
古き扉はそういう裏表の境目はきっちりと守っている。表の事柄に関わらない代わりに裏に手を出すな、ということだ。
国はそれを黙認している。時にはお互い利用することすらあるのだ。
それはどこの国も同じで、レインニジアだけの暗黙の了解ではない。あの女神の塔ですら黙っているのだから、ある意味では国に認められている組織でもあるのだ。
もっともそんな事、決して口に出してはならないことだが。
ある程度の地位まで行けば古き扉の存在を知る。しかし、その組織と取引をすることがあるなんてことを知っているのは当然、極一部だけだ。
国なんて必ずどこか闇を抱えている部分があるのだ。これはそのうちの一つに過ぎない。
そして少なくともレイナとサシィータは古き扉の存在意義を正確に理解している。
「え、”扉”に貴族が触れることが出来るのですか?」
「さて、どうでしょう。実のところその辺ははっきりしていません。ただそれを臭わせるものがあるという程度です。ですがそれが本当だった場合、軍は動かすことは出来ないでしょうね」
軍は特に平和の象徴ですからね、とサシィータは言葉を繋げる。
そう。なんだかんだで軍は忠誠心やら正義感の強い者達が集まる。
故に国の裏側を知らないものが多いし、知られてもいけない。本当に関わっていたのなら軍が手を出すことで国のそういった部分が表に出る可能性があるからだ。
だが、軍の者全員が知らない、というわけではない。
古き扉とのやり取りも、魔導騎士団であるバルハードはその騎士団の性質上、知っている。
だがゼスタとノアファーロは知っているかどうかはわからない。少なくともそういった命令を下されたことはないはずだ。
ちなみに、何故バルハードだけは知っているかというと。
魔導騎士団というのが特殊な団の集まりだからだ。
様々な事態に対応できる者達が集まっている。
竜騎隊もその一つだし、他にも工作部隊や奇襲隊などもある。そして暗部も担っているのだ。
いってしまえばそういった裏組織たちとのやり取りだって担っている、ということだ。
故に隊長であるバルハードは知っている。
そして任務を行う騎士達ももちろん知っているわけだ。とはいえ、魔導騎士全員ではない。あくまで一部である。
「そういうわけだ。もし関わっていたとしても絶対に接触はするな。今回はお互い「無関係」だ」
「なかなか厳しい注文ですね」
「少しでも関わっていると知ったらすぐに手を引け。落とし前は向こうで勝手にしてくれるだろうよ」
「しかし、被害が広がったらどうします? オランジュイにまで何かあればこちらが痛手を負いますよ」
「それはなかろう。奴らとて表に出るわけにはいかんからな。そうなる前に何か暗躍するであろう。だが、それが我々にいいか悪いかはわからん」
「まぁ、つまり古き扉が関わっていたらある意味、オランジュイとのことは考えなくてもいい。けど、関わっていなかったら早急に貴族をどうにかしないといけないってことですね」
「ま、そんなところだ。最悪、我が国の痛手は容認しよう。優先はオランジュイとの関係だ。貿易の要を失うわけにはいかん」
「……なるほど。畏まりました。どうにか対処致しましょう」
「証拠が押さえられるようになったら、後は軍に任せるがいい。どんな形であれ「証拠」さえあればいいのだからな」
「うわー……嫌な言い方ですね」
「ははは! この程度なんてことはないぞ! 王などもっと高慢で貪欲でなくてはならんからな!」
それは一体どんな王様像なんだろうか、とも思わなくもないが怖くてそんなことは聞けなかった。
目に痛い扇を広げて国王は笑ってレイナを送り出した。
毎度思うのだが、国王はあの多種多様の扇をどうやって集めているんだろうか。
やたらケバケバしい桃色の飾りをつけた扇は真面目な話をしつつも異様な存在感があった。
ちらっちらと目がそっちに向いてたの私だけじゃない! サシィータも気になってたのか尻尾揺らしながら見てた!
どっかの流行なのかもしれないが、レインニジアでは流行らないことを願うしかない。
そんなどうでもいいことを考えつつ、レイナは静かな通路を一人歩くのだった。
今回はきっと長丁場になる。
やたら主張してる扇は、こう、かつてイケイケのお姉さん達が踊っていた時に持っていたパッションピンクのアレです。




