37、神隠しと吟遊詩人 12
一部会話文変更しました。
吟遊詩人の精霊の話をする前に、一つ説明しておきたいことがある。
精霊界「アースゲート」
精霊や妖精について語るならばまずここから簡単に説明しておこう。
妖精、精霊と呼ばれる存在は精霊界から生まれる。
生まれる、というより存在する。
精霊界は「大地」とはまったく別の場所に存在するもので、依存し合わない対等の関係にある。
対等関係だけでいえば
「女神」と「魔王」
「大地」と「精霊」
「人」と「霊」
となっている。詳しい内容については機会があればいずれ。
「大地」はこの世界そのもの。精霊界も世界そのものだ。だがまったく別々の世界となっている。
大地とは隣り合っている世界とも言われているし、別の空間に存在しているとも言われているし、天に存在するとも言われている。
地下に存在するという説はない。なぜから地下には霊界「ゲーゲカイ」が存在するからだ。今は関係ないので名前だけここに出しておく。
さて、まったく別の世界となる精霊界。世界とはいったものの、物体は存在しない。精霊、妖精は「虚ろなる者」として漂っている。言うなれば固体ではなく精神体や魔力のようなエネルギー体としてただそこにあるだけなのだ。
力が凝固し、意思を持ち、成長が可能になると「精霊」や「妖精」という物体になる。
精霊界自体がとてつもなく巨大な力の塊とでも思ってもらえればいいだろう。間違いではない。正解でもないが。
固体として存在が確定すると大地へと赴くことになる。そもそも精霊界で固体として存在する意味はない。固体でいたとしてもいずれ周りと溶け合いまた一体化するだけなのだから。もちろん存在が強ければ強いほど溶けることなく存在し続けることが出来るが、存在し続けたところで特に何もすることはない。
だから「意思」があれば自然と大地へと向かうのだ。
「大地」を経由するとさらに存在がはっきりする。上下関係がつくのだ。
「下位」が妖精。「上位」から精霊。そこから「高位精霊」、「最高位精霊」となる。
人が習得する「火水光闇」は精霊が力を譲渡していると言われていて、それぞれの特性の頂点には高位精霊が存在する。
ちなみに、力を譲渡しているからと言ってそれが「精霊の力」というわけではない。精霊の力がそのまま扱えるようになるのは精霊使いのみである。
ようは「火」だったら「精霊」に力を自分の体の中に貸してもらって自分で「火」を作るのだ。火種のような役割だと思ってもらえればいいだろう。一度ついたら消えない火種という感じだ。
特性の頂点に「高位精霊」ならば「最高位精霊」とはなんなのか。
「精霊王」のことである。
もしくはそれに並ぶ、その直属の配下あたりが最高位精霊となる。
精霊王とは精霊界そのものだと言われている。精霊妖精誰もが知っている存在でありながらその姿はわからない。だが、これが精霊王だとわかるのだ。
しかし現在、精霊王は不在となっている。もうここ数百年と存在していない。
その為、精霊界自体が現在不安定で大地との行き来もそう簡単に出来ないと言われている。
下位や上位の精霊は大地に来ることは出来ても精霊界に戻ることが出来ない。
さて、精霊界の説明は大体こんな感じだろう。
ここでは下位の「妖精」、上位以降の「精霊」、「虚ろなる者」程度をなんとなく覚えておいて貰えると吟遊詩人の話はわかりやすいだろう。
「元々僕はセイレーンとして「存在」する予定でした。意思はあり、凝固が可能となって大地へと赴いたんです。ですが、大地についた途端「虚ろなる者」に戻ってしまったんです」
「え? 大地で固体が液体に戻るってあることなの?」
「レイナ、精霊は液体にはなりません……まぁ溶けることは確かにしますが液体じゃないです。しかし、それはおかしいですね。むしろ大地に赴いて確固たる存在を手に入れるはずなんですが」
「はい。僕もそう思っていました。ですが事実、僕は姿を作ることが出来なくなっていたんです。それで精霊のセイレーンからは同族と認められず「存在」を否定されてしまったんです」
大地にいる精霊は同族同士の馴れ合いを好む。その方が力が安定するからだ。
しかし、力が安定せずしかも「存在」まで否定されてしまったら。その精霊はどうなるのか。
「消滅します」
「消滅……ですか? 死んじゃうってことですか?」
「我々精霊に「死」という概念はありません。力が衰えたら生まれ変わるか分裂したり、力を入れ替えたりします。私達の「消滅」というのは存在そのものがなくなります。精霊界にも帰りません。力が蒸発して消えます。何一つ残りません」
「生まれ変わりと言いましたが、それとは違うのでしょうか?」
「違いますね。生まれ変わりと言っても古い力を捨てて新しい力を1から育てるようなものです。私達に「魂」というものはありませんので「死」んで「魂」が新しい器にはいる生き物の生まれ変わりとはまったく違います」
「つまり、存在が否定されたことでそこの吟遊詩人は消滅しかけてた、ってこと?」
「はい。虚ろなる者となり存在を否定されたことで姿も意思も保てなくなりました。ただただその辺で「力」の塊として漂うことしか出来ず、そのまま消滅を待つような状態だったんです」
「下位妖精であれば否定された時点で消滅していたでしょうに、それでもまだ残っていたのなら貴方は相当「力」が強かったのでしょう。上位といってもピンからキリまで力の差はありますからね」
「ほぉ、そんなもんなの。で、なんで今はこうして人の姿をしていられるわけ?」
「シオンさんのおかげですね」
レイナの問いにそれはもういい笑顔で吟遊詩人が答えた。理由を聞いてくれるのが嬉しくて堪らないといった表情だ。
思わず再びシオンの頬が引きつりそうになったが堪える。
なぜこんなに気に入られているのかが理由がわかってしまったので、同じ精霊としてどうにもその表情を否定出来ないのだ。
さて、ではなぜ消滅しかかっていた吟遊詩人が姿を得られたのか。
「それがあの時の「挨拶」です」
東の森に入るときにシオンが行った精霊同士の挨拶。
あの時はシオンが森に精霊の気配を感じて、いざこざが起こるのを回避する為に「挨拶」をした。
しかし、実際は消滅しかかっていた吟遊詩人がその森に留まっていたのをシオンが感じ取り、その気配に対して「挨拶」をしたことで精霊として「存在」を認めたことになったのだ。
「存在」を認められた。
元々力は強かったので「存在」が認められたことで、それはすぐに形づくことが出来た。
はっきりと自分の意思と意識を持てるようになったのが次の日だった。
気づけば人の姿をしていて、森で横たわっていた。
セイレーンとして存在する予定だったのだが、姿は完全に人だった。しかし能力はしっかり精霊のそれで。
セイレーンとしての力も備わっていた。……なぜか歌は独特だったが。
だがセイレーンの姿にはなれないという。理由はわからない。
「一度「虚ろなる者」として融解しかけてしまったせいでセイレーンもどきになってしまったのかもしれません」
「流石にそれは私も判断しきれませんね。存在が再び作られたときに何かが混じったのかもしれませんし」
「ですが僕にとってはあまり問題ではありません。消滅するだけだった僕を救ってくれたのはシオンさんです」
「いや、ただの偶然ですし」
「たとえ偶然でも! 僕には僕を作り出して下さったシオンさんは生みの親であり、唯一無二の存在なんです!」
「唐突に重い存在になりましたね!」
「ずっと捜していました! 「挨拶」の時にシオンさんの魔力は僕の中に取り込んでいましたので姿は見ていなくても、シオンさんの情報は全て知っていましたので後は出会うだけだと」
「ちょっと、私達精霊だからいいものの、人同士のやり取りでしたらストーカー予備軍ですよ。それ」
「シオンさんに出会ったら、お願いしたいことがあったんです」
「無視ですか」
「どうか、僕に「名前」を頂けませんか」
おっと、ここで更に吟遊詩人の謎がひとつ解けたぞ。
なぜ今まで名前を名乗らなかったのか。
単純に吟遊詩人に名前がなかったからだ。
名前がなかったから「吟遊詩人」という役職でしか告げることが出来なかったのだ。
ないなら自分でつければいいじゃない、と思われるかもしれない。
だが、そこもまた精霊同士の力が関わってくるのだ。
そのことを察してシオンは顔どころか全身を硬直させた。
「…………嫌です」
「僕はシオンさんからしか「名」を受け取るつもりはありません」
「重い! なんでそんなに重いんですか! 「名」を与えるということは私の力そのものを貴方に授けるということですよ! セイレーンもどきがセイレーン自体ではなくなるかもしれないんですよ!」
「はい。シオンさんと同族になれるのなら本望です」
「するわけないでしょう! 同族になんて! ……いえ、流石に名を与えた程度でそこまでの変化はないでしょう。名前も「存在」のひとつです。どうしても私の力の影響をうけます。どちらかといえば魔人や魔獣などでよく見かける眷属に近いものになるかもしれません」
「一生ついていきます」
「重い!!!!」
「もう諦めなさいよ。生まれた時からの執念っぽいし、どっちにしろついていく気満々って顔してるじゃない」
二人の精霊のやり取りを眺めていたレイナが呆れたようにシオンに声を掛ける。
珍しくシオンはぐぅ、と呻きそうな顔を作って言葉を飲み込んだ。
それから暫くそのまま黙り込む。
「……セイルス」
「え?」
「貴方の「名」は、セイルス、です」
「はい!! これからよろしくお願いします!」
とてもいい返事に、再びシオンが苦虫を噛み潰したような顔をする。本当にシオンにしては珍しい表情だ。
だがすぐに諦めたように深い溜息を一つ。
もう後戻りは出来ない。
それにしても「セイルス」。完全にセイレーンからとった名前だと丸わかりだ。
シオンの心情がとてもよくわかる名前だといえるかもしれない。つまり投げやりだ。
だが投げやりだろうがどんな理由だろうが、シオンから名前を貰うということが大変重要なので名前の意味自体は吟遊詩人……セイルスはまったく気にしない。
頬を染めてそれはそれはうっとりと嬉しそうにシオンを見るセイルスに死んだ魚のような目をするシオン。
しかしそれはそれとして、とりあえず自分がやらかしてしまったことの後始末……結果を確認する為、シオンはセイルスを「鑑定」した。
「種族はセイレーン。どうやら変わらずじまいでしたね。いいことです。属性:聖、特性:光・闇」
「あ、そこも私達が聞いていたのと変わりませんね」
「なるほど。スペルティもいくつか持っていますね。「怪力」……そうですか。これで私は先程死にそうになったんですね」
「死の概念ないんじゃなかったの」
「物の例えです。そういう心境になることくらいありますよ……。さて、次は「魅了」……おや、これは封印されていますね。セイレーンの姿になれないからでしょうか」
「スペルティの封印とかあるのですね」
「なんらかの原因で使用できないということはあります。ある条件化のみで使えるものだったり、開花してなかったり、理由は様々です。次に「身体強化」に「精神強化」、「全体効果」も持っていますね」
「案外有能なスペルティ持ってるわね」
「ん? 「絶対音痴」?」
「「あぁー……」」
最後にシオンが口にしたスペルティに、全員が納得の満場一致の声を出した。
唯一、それを知らないシオンだけが首を傾げるのだった。
スペルティは特技が昇華されて習得することもある。そこに得意も不得意もない。突飛する何かがあればスペルティになりえてしまうのだ。
究極の音痴の為、「絶対音痴」
なんて語彙力の高いスペルティだ。恐ろしい。
思わずレイナ達は遠い目をする。
やけにしん、とする森の中を鳩やら雀やらの鳥の鳴き声が綺麗に木霊する。
平和だ。実に平和すぎる。ここにいる人々の心だけが平和じゃないだけで。
さて、なんだかんだと色々あったが、今回の神隠し事件はこれで終了した。
王都には当然、セイルスもついてくることになった。むしろこれからはシオンから離れることはないだろう。
まるで生まれたての雛のような刷り込みでシオンについて回ることが今から想像出来てしまう。
実際、本当に生まれたての雛のようなものなのだが。見た目は立派過ぎる大人ではあるのだが。中身は生まれて数ヶ月の赤子である。
そういえばラータの町がどうなったかって?
あれから特に噂を聞かないのでどうにかなったのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
そういえばネーナが王都であの町娘とヤンデレ……もとい、頼りなさげな姿をしたロールキャベツ男子の二人を見かけたとか言っていたが、レイナはそれ以上は聞かなかった。なにやらネーナとユミは話が盛り上がっていたがそれ以上は知らない。
世の中、知らなくてもいいどうでもいいことなんて山ほどある。
今回はただその山ほどあることのひとつに過ぎなかったのだ。
うん、いいから。話そうとしなくていいから。聞きたくないから。
そっとしておけよ! 察してやれよ!!
こうしてレイナはいつもの城での日常へと戻っていくのだった。
手にはサシィータに却下された必要経費申請書類を握り締めて。




