36、神隠しと吟遊詩人 11
とても締まらない終わり方だったが、まぁ無事山賊らしき者達は確保できた。
倒れたレイナはすぐさま意識を取り戻し、山賊を縛り上げたのだ。いまだに意識を失っているが気にしないでおこう。多分平気だ。レイナでもまだ頭がぐわんぐわんと揺れている感覚がとれないでいるのだが、きっと気のせいだ。
改めて現状を確認する。
神隠しといわれていた若い男性達がいなくなったのは、山に住み着いたセイレーンに惚れた男共が自らセイレーンのもとに行き共に生活をしていたから。
最近女性子供までいなくなっているというのは、町での神隠しの噂に便乗したこの山賊共の仕業であろう。噂に似たような状況で人を攫っていた。多分最近山に住み着いたのだろうと思われる。でなければセイレーンがとっくに気づいていただろう。
どうにも組織のような匂いも感じる気がするが、残念だがこの場ではどうすることも出来ない。こいつらを王都にでも送って調べないとそこまで詳しくは調べられないだろう。
さて、そんな現状把握を確認したところで意識を失っていた町娘、ラナと子供もどうやら目を覚ましたらしい。
「ラナ!」
「アルナス……?」
子供はネーナが様子をみて、町娘のラナには男性……どうやらアルナスという名前らしい彼が側に駆け寄った。
とても心配そうな顔のアルナスに対し、ラナはまだ混乱しているのかその表情は最初は驚いていたが今は少し困ったように視線をうろつかせていた。
こうしてみるとこの間見た強気の姿勢はまったく感じず、見た目らしい可愛らしいお嬢さんに見える。
「どうして山賊なんかに……もしかして夜中に出歩いたの?」
「そ、れは……だって、皆夜中にいなくなっているから」
「彼らのことは僕にまかせてって言ったじゃないか。夜中に外に出ないでってお願いしたよね」
「でも……」
「僕を信じてくれなかったの? お願いも守ってくれなくて? そこまで頼りない?」
「そんなことないわ! でもアルナスだって帰って来なかったから」
「それで君が危ない目にあっていたら意味がないじゃないか! ああ、もう、やっぱり無理矢理にでも連れて帰るんだった。僕は早く帰りたかったんだ。君が無茶なことしたり、さっさと王都にいってしまうんじゃないかとずっとヒヤヒヤしてた」
「アルナス」
「結局こんなことになって……どうして離れていこうとするんだ。そこまで僕が信用ならない? 信じてくれないならどうすれば側にいてくれる? もういっそのこと閉じ込めておこうか?」
「え、あの……」
「おおっと、話の雲行きが怪しくなってきたぞ」
「その前に目の前で唐突に始まる恋愛小説のような会話を色々というべきでは……?」
「私はこれはこれでとても面白いのですが」
「だから昼ドラ求めんな! というかなんなんだ本当にこいつら! どいつもこいつも恋愛脳か!」
思わず地団駄踏みそうになったレイナだが叫んだ瞬間にぐわん、と頭の中が揺れた為その場で奥歯を噛み締めるだけに留めた。
本当なんだあの超音波。いまだに被害が続くってメイン効果である身体強化が二の次になる威力持ってるんだが。
そして男女二人の横でそんな会話をしているというのに、ラナとアルナスはすっかり二人だけの世界である。まったく周りを気にしないらしい。
別にそれはそれでいいんだが、どう見ても先程まで頼りなさそうだった男が町娘にぐいぐい迫っているように感じる。
これ、あれじゃないか。そのうち監禁とか言い出すタイプの。
「てっきり彼はロールキャベツ系男子かと思ってましたが」
「いやぁ……ヤンデレ系ではないでしょうか」
「つまりロールキャベツ系男子=ヤンデレか」
「…………この話、やめましょうか」
「…………そうですね。そういうのは深く考えちゃいけませんね」
「いや、私は初めからあの二人の関係なんぞどうでもよかったんだが!」
ユミとネーナの脳内で「ロールキャベツ男子=ヤンデレ」という法則が定着しそうになってしまい慌てて話を切ったが、適当に流されて色んな意味で腑に落ちなかったレイナだけが若干イラッとしてそんな言葉を二人に叩きつける。
まだ穏やかとは言い切れない会話をしている男女だが、いい加減そこから視線を反らし、別の方へと向いた。
その視線の先にいたのは吟遊詩人だ。
「で、アンタには色々聞きたいんだけど」
「歌のことならアレ以上はお答え出来ないかと」
「いや! それはもういいわ! アンタの歌の殺傷力とか知りたくないわ!」
「一応、身体強化のスペルティなのですが……」
「強化じゃない。あれは完璧な攻撃スキルだ」
などというやり取りとついつい続けていると、おずおずとこちらもようやく回復してきたセイレーンの一人が横から入ってくる。
いまだに目が泳いでいるのはまだ頭が揺れているせいだろう。酷い影響だ。
「あの、ひとつ気づいたことがあったのですが……」
「はい、なんでしょう」
「目眩ましの幻術が解けた原因がわかった気がするんです」
「え? なんか唐突ね。なんで今?」
「先程の歌……歌? ……多分、歌のようなものを聴いてわかりました」
「あれで!?」
「いえ、歌ですから! 歌ですよ!?」
「いや、今そういうのいいから! 吟遊詩人は黙ってろ! で、なんでわかったの?」
「え、あ、はい。元々目眩ましの幻術は仲間には効かない様になっているです。それで先程の歌の魔力を感じてハッキリしました」
「歌の魔力?」
「はい、あれは独特のものです。そもそも吟遊詩人さんって──」
「おや、まだこんなところにいたんですか?」
セイレーンの声に被さる様に別の女性の声が聞こえた。
話をしようとしていたセイレーンと吟遊詩人ははっとした顔をするが、レイナは特に驚きもしなかった。
なんでって、聞きなれている声だからだ。
しかし今までここにはいなかった人物だ。
レイナは呆れたような溜息をついてから声が聞こえたほうへと振り返る。
「むしろなんでここにいるのよ。羽虫」
「羽虫とかいうのレイナくらいですよ」
「あ……やっぱりそうなんですね……羽虫」
「あ、ユミさん、決して変な意味でレイナさんが言っているわけでは……! で、でも本当になぜシオンさんがここに?」
人の頭一つ分ほどの大きさの精霊、シオンがレイナの方へと飛んでくる。
なにやら含みのある言い方をするユミに対して、なぜだかネーナがよくわからないフォローを入れて無理矢理、話を戻した。
今回は別件で同行できなかったはずなのだが、ではなぜここにいるのだろうか。
「仕事が終わった帰り道にこのラータの町が見えたので立ち寄っただけです。もう既に解決しているかと思っていたのですが、案外時間がかかっていますね」
「いやいや、これでも早いほうだから。着いて次の日には解決したんだし。というかなんで私の場所がわかったのよ。ここ山よ」
思わず不満げにレイナが言えば、そんな言葉も態度もまったく気にせずシオンはなるほど、と呟いただけで終わった。
ただしちゃんと質問には応えた。
場所は単純にレイナの魔力を追ったから。それからシオンはなぜこの場にまだレイナがいるということにも納得するように頷いた。
「ああ、馬車で来たんですね。それなら時間がかかるはずです。殆ど移動時間ですか。それで……解決は、したようですね」
レイナから視線を外し、なぜか群れでいるセイレーンと若い男性達。縛り上げられている山賊達を見て現状を大体把握した。
それからシオンはとあるところで視線を止めた。
吟遊詩人だ。
すぐにシオンは、ん? と思案するように眉を寄せれば、見つめられた吟遊詩人は今は目一杯にその瞳を押し広げていた。
それから少しずつ瞳が潤んでくる。
「貴方はどうやら少しちが──」
「シオンさん!!」
「ぐぇっ!」
何かを言おうとしたシオンを遮るように吟遊詩人が叫んだ。掴んだ。何を。シオンを。
そう、掴んだ。両手で。
シオンの口から潰れたカエルの鳴き声のような声がでた。
ところで思い出して欲しい。彼のスペルティを。
彼はスペルティ「怪力」を持っている。
「シオンさん! 会いたかったです! ずっと! シオンさん!!」
「まっ! ぐぅっ! んぐ!」
「ああ、ようやく会えました! やはりレイナさんの側にいてよかった!」
「はな、げぇっ……はなっ、離しなさい!! この馬鹿力!!!!」
バシィン! となにやら重々しい音で弾かれる吟遊詩人。
気づけばシオンの手にかなり巨大な蛇腹状で根元を一つにまとめた紙……板? のようなものを持っていた。体につり合わないでかさである。長さはレイナの剣と同じくらいだろうか。
後日、シオンに聞けば遠い遠い国では「ハリセン」と呼ばれてる子供の遊び道具だそうだ。音の割に威力はない。
しかし先程使ったときはその道具に強化をかけてあったのか、シオンと吟遊詩人の間にそれなりに距離が開いていた。
珍しくシオンが顔を真っ赤にさせてゼェハァゼェハァと深い呼吸を繰り返していた。相当圧迫されていたらしい。
かなり息切れをしているシオンに対して、殴られた吟遊詩人はそんなことはなかったかのように此方は別の意味で頬を赤くしてまるで幸運の女神にでもあったかのような恍惚な表情を浮かべてシオンを見ていた。
思わずシオンの頬が引きつる。
「…………貴方、誰ですか?」
「ああ、はい。僕は吟遊詩人です。……いえ、聞きたいことはこれではありませんよね」
いつものニコニコ笑顔を忘れたかのようにシオンは吟遊詩人を怪訝そうに見遣った。
そんなシオンを何故かうっとりとした顔で吟遊詩人が見る。
シオンもそうだがこんな状態の吟遊詩人もレイナ達は初めて見る。
理由はわからんが、無駄に色気はあるのが美人ならではだな、とどことなく現実逃避っぽいことを考えながらレイナ達は二人のやり取りを見守った。無駄に口を挟むと巻き込まれそうだから、絶対に口は出さない。
危機管理能力という奴だろうか。うん、きっとそう。
「そもそも、人の姿をしていますが人ではありませんよね」
「はい」
「何故こんなところにいるのかとても疑問ですが」
「理由はあります」
「でしょうね。そうでなければこのような場所にいるはずがありません」
「貴方は精霊のセイレーンですね」
「はい。その通りです」
「嘘だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
衝撃の事実につい口を出してしまったレイナ。
いや、だって、これはしょうがない! だって!
「セイレーンだって!? あんな超音波な歌を歌うくせにセイレーン!?」
「あ、はい。あの歌ですがセイレーンです」
「ちょっと! 同族ども! セイレーンの歌の定義ってどうなってんの!?」
「え、えぇ!? いや、でも私達でもあの歌はちょっと……あ、でも歌に篭っていた魔力で同族種であることには気づいていました。でも、その、歌は……ええっと、個性なのでそれぞれとしかいいようが……」
「嘘でしょ!?」
「ああ、同族種ではありますが僕は精霊です。彼女達は魔獣ですので生態は違いますよ」
「またそういうややっこしい種族違いが! ユニコーンみたいな違いを詳しく!」
「まぁ、では私が簡単に説明しましょう」
そういって説明を買って出たのはシオンだ。
曰く。
まず、ユニコーン同様にセイレーンも精霊と魔獣の二種類が存在する。
魔獣セイレーンは海で暮らし、美しい歌を歌って人を魅了し誘惑する。ようは婿に誘うわけだが実はそう気性が激しい方ではない。むしろひっそり静かに暮らしたいタイプで繁殖のときだけ人目につく場所で歌を歌うのだ。要は繁殖行動だともいえる。
ただ繁殖時はかなり愛情深くなるせいか見初めた相手には只管一途で嫉妬しやすくなりトラブルが起き易いのだ。それが人々には常だと思われてしまい、討伐対象になってしまうこともある。
女性型が多い。男性型は稀である。
では、次に精霊セイレーン。
見た目は殆ど似ているが魔獣より気難しい性格をしている。殆ど喋ることもないし、人に関わろうともしない。水の精として存在している為、水辺でみかけることがたまにある。ただし姿を見られた相手を歌で魅了し、水に沈めるという物騒な部分もある。
正直、魔獣セイレーンよりも遥かに物騒で扱いが難しいし、人の考えと相容れない精霊らしい精霊なので近づかないのが無難である。
ただ見た目はかなり麗しく、性別はない。しいていえば両性体。自分の好みで姿が変わるらしい。
つまり、その姿見たさに近寄る人が稀にいるということだ。
「え、性別、ないんですか……?」
その話を聞いたネーナが思わず吟遊詩人を上から下まで眺めてしまった。
吟遊詩人は慌てて首を横に振る。
「いえ! 流石に今は男性ですよ。というかこれで固定になります。僕も少し特殊でして」
固定とは? と一同首を傾げる。
まだ少し頬が赤いまま、吟遊詩人は困ったように笑う。
それから今まで話さずにいた事情とやらを話すことになった。
「そもそも僕がレイナさんと共に行動をしたいと言ったのは、事件はまったく関係ないんです」
「さっき、ちらっと本音言っていたわね」
「はい。理由は単純にシオンさんに会いたかったからです。シオンさんとレイナさんが一緒にいることは知っていましたので、今回はいなくてもついていけば会えると思っていたんです」
そして予想よりも早く会えたので思わず驚いてしまいましたが。と、最初にシオンの姿を見たときのことを思い出しているのだろう。
困った顔が今度はどこか照れたような笑いになる。
どうでもいいが見た目は綺麗なおかげで、図体のでかい美女が恋する乙女になってるような姿になっている。これはこれでとても嫌だ。せめて胸筋がそこまで立派でなければまだ女性と錯覚できるものを……
さて、話は戻り。
ラーナの町にいたのも、噂を聞いて内容が不思議であり解決策が見つかってない現在、これは王都が探りをいれるのではないだろうかと予想をしたそうだ。もしそれで訪れたのがレイナならばシオンに会えるのではないだろうか、と考えた。
だからラーナの町に留まり情報を集めつつ、レイナの訪れを待っていたそうだ。ただ待っているだけでは申し訳ないと思い、色々と町の手助けしつつ、日々を過ごしていたと。
そうして予想は当たり、レイナと出会うことが出来た。しかし今回はシオンはいなかった。
なら事件を解決してそのまま戻るレイナについていこう。というのが吟遊詩人の行動理由だった。
「吟遊詩人さんは初めから今回の事件はセイレーンだって気づいてたんですか?」
「なんとなくですが、女性の声の噂を聞いて予想はついていました。だから山には逆に近寄らなかったんです。僕がセイレーンだとわかってしまうと町に居辛くなってしまいますから」
「私達の目眩ましの幻術が解けたのも、吟遊詩人さんを魔力の質で仲間だと認識してしまって効果が薄れたのだと思います」
「あーなるほどね。そういうことか」
謎がひとつ解決したところで、更に吟遊詩人自体の話を進める。
では、なぜ吟遊詩人はシオンに会いたかったのか。
「そもそも私は貴方を存じ上げませんが」
「はい。直接会うのは僕も初めてになります。ですが僕はシオンさんを知っています」
「はぁ」
「そうですね。シオンさんは僕にとって生みの親ですので」
「はぁ!?」
唐突の爆弾発言に気の抜けた返事をしていたシオンが思わず声を張り上げてしまった。慌ててコホン、と咳をして落ち着かせる。
それからふむ、と考えるように手を顎につけて少し空を見た。
生みの親。
決してシオンが子を産んだわけではない。産んだ覚えもない。そもそも精霊は子供を産まない。
いや、特殊例として産むこともあるが基本、人の繁殖のようなことはしないのだ。それこそ人と愛を育まない限り。
だが、そんなものを育んだ覚えもない。では吟遊詩人の言う「生みの親」とは?
「シオンさん、東の森は覚えていますか?」
「ええ、はい。覚えていますよ」
「東の森っていうと……シオンと初めて出会った場所ね」
「ネーナさんと出会ったのもそこですね」
「あ、あの森ですね」
「はい。その森ですし、丁度その時です」
「その時……ああ、なるほど。そういうことですか」
「はい! わかっていただけて嬉しいです!」
「いやいや待て待て。何があった。ここまで私達と話を進めといて途中でほっぽりださないでくれる?」
「妖精の挨拶ですよ」
「挨拶?」
そういうとシオンはどこからかランタンのようなものを取り出して振った。
ランタンは淡い光を放ち、鈴のような音を鳴らした。
その光景をみてレイナは思い出す。
東の森に入る時、シオンが同じ動作をしたことを。
『たいしたことではありません。妖精、もしくは精霊同士の挨拶のようなものです』
『挨拶?』
『はい。精霊達は自分の縄張りというものを案外強く意識しているんです。ですのでヘタな揉め事を起こす前に挨拶を、と思いまして』
そんな会話をした。そう、確か東の森に精霊の気配があったとかそういう話を。
「「挨拶」のおかげで「僕」は生まれました。「精霊」ではなく「虚ろ」になってしまった僕はあの森で初めて「存在」を得たんです」
それは数ヶ月前。
レイナとシオンが出会った時。
場所は森の出入り口ではないもう少し奥まったところで、それは出来た。
少しだけその時の話をしよう。
もう少しだけ、吟遊詩人の話に付き合ってはくれないだろうか。
今回で神隠しの話は終了する予定でしたが、長くなってしまったので切りました。
もう1話だけお付き合い下さい。




