30、神隠しと吟遊詩人 5
あれから持ち直した夫人により今回の事件の詳細を聞いた。
・いなくなるのは若い男性(これは聞いていた通り)
・いなくなる数日前から少し様子がおかしくなる(挙動不審のような、少し悩んでいるような感じらしい)
・夜中にうろつく若い男性が目撃されてる(そして数日後にいなくなる)
・実は数日前から女性子供もいなくなっているらしい。
「被害者が若い男性だけじゃないってことですか」
聞いた話を整理しながらネーナは思い出すようにぽつりと呟く。
今のレイナ達は町中を移動中だ。話を聞いた後、情緒不安定な夫人は夫の話になるとまたも生存しているかどうかを気にし始めて、表情は怒っているという顔を作っていたが、紅茶の入ったカップを持っていた手はガタガタと凄い揺れていた。めっちゃ紅茶がこぼれていた。そしてこぼれていたことをまったく気にしていなかった。
そんな場所に長居するわけにも行かず、慌ててメイドに夫人を寝かせるように押し付け……頼み、レイナ達は領主邸を後にしたのだった。
「やはり人攫いの事件でしょうか」
「それですが、僕もこの町に暫くいますけど町の人以外で新しく来た方々はレイナさん達以外にはいらっしゃらないですね」
「人知れず町に入って人を攫う……しかも若い男性……うん、無理だな」
「で、でも、そうすると皆さんが消えた理由は……」
「移転魔法とか考えられないでしょうか?」
「あー多分それはないわね。というか自分で言っといてその方法はないって気づいてるでしょ」
「ええ、まぁ……でも一応方法の一つとしては考えられるでしょうから」
「どうしてその方法は無理だと思えるんですか? 誰にも見られずに人を攫うには移転魔法はとても便利なように感じますが」
レイナとユミがそれはないと否定する形になった転移魔法のことに吟遊詩人が首を傾げて聞いてきた。
その疑問に答えたのはユミだ。
「移転魔法は便利なようですが、基本準備が必要な魔法です」
「準備?」
「移転魔法は物を送る魔法だと思っていただけるとわかりやすいでしょう。向こうにあるものをこちらに呼ぶ。逆にこちらにあるものを向こうに送る、というのが移転魔法です」
「そうですね。とても便利な魔法だと思っています」
「しかしこの魔法を使うには場所を指定しなくてはいけません。「どこ」から呼ぶのか。「どこ」へ送るのか。技術力のある魔法使いの方なら自分の思い描いたところを指定することは可能でしょう。しかしそれは高等技術です。一般的な移転魔法は決まった場所に魔法を事前に刻んで置き、別の場所から同じ法則の魔法を発動させることで刻んだ場所へ物を送ることが可能です」
「そういえば王都では荷物を各所に運ぶのに移転魔法を使用しているとか」
「あーそれは魔道具ね。ある程度の決められた物量を決まった場所に送るのに使用しているわ。騎士達が使う物資とか、商人が店に買って貰ったものを届けたりとか」
「では、その魔道具があれば人を攫うことが可能なのでは?」
「それは無理ですね。魔道具では人の移転は出来ません。いや、人というより生き物ですね。魂が入ってるものは魔道具が耐え切れないのです」
「えーと、つまり、移転魔法で人を攫うにしても攫う場所に事前に魔法をかけていないと無理ということですか?」
「そういうことね。というかアンタ魔法使いでしょう。それくらい知ってなさいよ」
「うう、師匠はそういう座学は教えてくれませんでした……」
「実技派か」
「実践派です」
「怖いわ! アンタの師匠って本当謎ね!」
ネーナの師匠といえば、あのデザインセンスを疑う恐怖の石碑を作り上げた人物だ。実践派と言われて会った事もないが何故か納得してしまう。
さて、話は逸れたが移転魔法が人を攫うのに向いていないというのは先程もユミが言った通り、場所を指定しないといけない。
しかも魔法を発動する際に刻んだ魔法……この場合大体が魔法陣であるのだが、魔法陣だった時はその魔法陣の中に移動させる物がいなければいけない。偶然通りかかった人間をタイミングよく魔法を発動させて攫うとか、無理難題もいいところだ。
では、魔法陣に人が触れて勝手に発動というパターンはあるのか。
一言で言えば、ある。しかしこれも高等技術だ。そんな技術持ってる魔法使いがいるならそれなりにとっくに出世している。こんな田舎で人攫いなんぞしていないだろう。
もっとも何か相当な理由があればやっているのかもしれないが、今回はその方向性は省いている。
そこまでのが絡んでいればどこか叩けば埃が出るはずだ。それを王都の者が気づかないはずがない。気づいていなくてももう少し周りに不穏要素が出ているだろう。
現時点ではそれはない。あったとしても起点がここになるか、まだ大事ではないと考えている。
と、いうのもその為のレイナの派遣だ。
大事になる前に処理するのが専属騎士の仕事なのだから。
そんなわけで移転魔法を使っての人攫いはないと考える。
もっとも、そういう理由より何より、移転魔法で刻んだ魔力は使用した後は暫く残るのだ。そんな痕跡が残るものを使えば即わかるのだ。
だから最初から移転魔法はないな、と踏んでいた。
しかし、その理由をあえてユミは説明しなかった。
それでも吟遊詩人と詳細を知らなかったネーナは納得したように頷いていた。
その様子を見てユミはチラッとレイナのほうを見て、それからレイナにしか聞こえないように言葉を紡ぐ。
「……どう思いますか?」
「どっちつかずね。これだけじゃ判断しにくい」
「移転魔法のことは本当に知らなかったようですが」
「それよりも効率のいい方法知っていたら、移転魔法について詳しく知らなくても問題ないじゃない」
「それもそうですね……どうしますか」
「やっぱり様子見ながら側で泳がすか、ね。白でも黒でも近くにいたほうがやりやすいわ」
「わかりました」
二人の間だけで交わされた会話に、ネーナと吟遊詩人は気づいてはいない。
気づかれないように会話したのだからそれは当然なのだが。
そもそも不自然なのだ。
神隠しの真相を知りたいからとついてくるのが。レイナ達よりずっと前にこの町にいるのが。吟遊詩人というだけで名前を名乗らないのが。
見た目麗しいこの吟遊詩人は初めから怪しい。
行動を共にしたいと言った時から。いや、そもそも広場で女性達の中心にいた時からどことなく怪しいとはレイナもユミも思っていた。
その為、二人でその考えを共有し暫くは吟遊詩人を監視してみようという方向になった。
今のところ怪しい動きはない。もっとも近づいてすぐに怪しい動きをするようだったらよっぽど頭が弱い奴ということになるのだが。
現状ではあまりにも情報が少なすぎて色々判断は出来ない。
「こういうときにシオンがいれば色々便利なんだけどなー」
「有料ですよ」
「そこな。妖精の癖にがめつい」
情報といえば何故そんなことを知っているというほどの雑学やらどうでもいい噂すらも知っているシオンの存在。
この吟遊詩人のこともきっとすぐに調べ上げてくれるだろうとは思うが、残念ながらその存在は今は不在だ。
仕方ないので暫くは地道に神隠しの情報と平行しつつ吟遊詩人についても調べようと、レイナとユミは視線だけで頷きあった。
この場合、ネーナは戦力外である。頭が悪いわけではないのだが現時点で色々知識が足りない。
ただ何かって時の彼女の膨大な魔力は役に立つ。……とは思う。
「じゃあ、とりあえず地道に情報収集でもするか」
「怪しい人物を捜すより、攫われた人々の行動を調べるほうがよさそうですね」
「あ、それなら酒場はどうですか! 男の人が良く行きそうな場所だと思います!」
「まぁ、情報収集の基本の場所ね。消える前に挙動不審になるっていうし、そういう人を見かけたことくらいあるでしょう」
「では、場所は僕が案内しましょう。夜はよくそこでお世話になっているので」
「人が集まる場所は稼ぎ場所でもありますからね。ではお願いします」
申し出てくれた吟遊詩人にユミが頷いて頼むと、嬉しそうに笑ってから吟遊詩人は歩き出す。
そんな笑顔を偶然目にした町娘たちがその場で立ち眩みを起こしたようだったが、レイナ達はそれを完全に無視することにした。
この町ではなかなか繁盛しているであろう酒場へと赴けば、そろそろ夜になるだろうという時間である為か既に結構な賑わいであることが外からでもわかった。
店に入り、適当な場所に座りまずは飲み物だけを注文した。それからまずは店の中を窺う。
殆どが町の住人のようで誰も彼もが気軽に会話をして乾杯を交してる。
これはまず店主辺りにでも話を聞こうか。
そう思っていたら、一人の男性がレイナ達のテーブルへと近づいてきた。
「あ! 吟遊詩人さん今日もここでお仕事ですか? これは運がよかったな!」
「こんばんは。僕の語り部を楽しみにしていただいているのは嬉しいのですが、すみません、今日は仕事にきたわけではないんです」
「えー、違うんですか。あ、なら俺達と一緒に酒のみましょうよ! 美人さんと一緒なら酒も一段とうまくなるってもんです」
「お! そりゃいいな! たまには一緒に飲もうぜ! アンタの声は聞いてて惚れ惚れするからなー!」
「ありがとうございます」
「それだったらこっちのテーブルにきなよ。まだ空いているし!」
「いやいや、手をつけてない料理もあるぜ。こっちきなよ!」
「おい、吟遊詩人独り占めしようとするなよ! 俺らだって会話してーんだから!」
「………………どう思います?」
「いや、別に面白いんじゃない?」
「れ、レイナさん! これ、面白がっちゃいけない流れじゃないですか!?」
思わず遠い目をしそうになったユミにどうでもよさげなレイナと慌てるネーナ。
そうしている合間にも吟遊詩人に声を掛ける男は絶えない。
吟遊詩人ハ男ニモ、モテル。
嬉しくない事実だ。だが本人はまったく気にしてないのはなぜだ。こいつの神経はどうなっているんだ。
というか吟遊詩人以外に女性が三人いるにも関わらずそれを無視する度胸が凄い。
決して見た目が悪いわけではない。むしろ王都でも声はよくかけられる方だ。ただしレイナは女性にもよく声をかけられるが。
しかし、それ以上に吟遊詩人は見た目が美人なのだ。筋肉はついてるけど。
「いっそ女装させてここに連れてきたほうが情報とか釣れたんじゃない?」
「いや、でも、それは……あの、肩幅とか胸板あたりで無理があるのではないでしょうか……?」
「ガタイがよくても顔が綺麗ならOKという男性は案外ゴロゴロいるものですよ」
「巫子が俗世を語るのもどうよ」
「世の中綺麗事だけはありませんので」
「女神様に仕えてる人がそういうこというのもどうなの!?」
「でも、ここで吟遊詩人さんを連れて行かれるとちょっと困るんじゃ……」
「いやーでもこのモテ具合からして、今声をかけるのも得策じゃない気がするわー」
「巻き込まれたくないですしね」
「……ユミさんって案外シビアですね」
男性達に声をかけられなかったことに不貞腐れているわけではなく、本気で関わりあいたくないというのが何故か周りの空気に滲み出している二人。ユミはわからないがレイナは完全に面倒くさいと目の前の光景を楽しんでいる風ではある。
ネーナとしても声をかけられてもどうに反応していいのかわからないので、そのことはどうでもいいのだが、情報を聞きにきたのに別のことで盛り上がっては目的が達成できないのではないかと少し焦る。
「ていうかアレでしょ。ここの町の女性って昼間みたああいう感じの子が多いんでしょ? それに比べたら見た目麗しい中性で声もよくて性格もどちらかといえば穏やかでニコニコしてる姿なんて、性別が男だろうがコロッといくんじゃないの?」
あ、それはわかるかも。
と、思わずネーナまでもが遠い目をしてしまったのは仕方ない。
昼間の女性のインパクトはそれなりに強かった。そしてその女性がいうにはこの町の男性は草食男子。肉食女子に囲まれていたら目の前の吟遊詩人に逃げたくもなる……のかもしれない。
いや、しかし、果たしてそれはこの目の前の状況に納得していいことになるのだろうか。
色々と駄目なんじゃないだろうか。そう、教育的に駄目なんじゃないだろうか。
あ、でも、やっぱり関わりたくないな……
最終的にそう判断を下したネーナはちびちびと運ばれてきた飲み物に口をつけて目の前の光景を出来る限り何も考えないで眺めていた。
ちなみにレイナとユミはついでといわんばかりに食事の注文もしている。
結局、吟遊詩人は連れ出され店の真ん中で語り部を披露して店の騒ぎを落ち着かせることに成功した。
と思いきや、その後また吟遊詩人のことで盛り上がろうとした男達に食事を終えたレイナが、やかましい! と怒鳴ってテーブルを投げつけたことによって無事情報集もすることが出来たそうだ。




