3、東の森騒動と魔法使い 3
ようやく森へと入ろうとした瞬間、レイナの前にシオンがすいっと横入りをしてくる。
それは森に入るのを遮る様に立ち止まる。
「……邪魔なんだけど」
「それはすいません。ですがちょっとだけ待ってもらっていいですか?」
そういうとシオンはどこからか小さなランタンのようなものを取り出した。サイズは妖精サイズだが、果たして一体どこから取り出したのか。
荷物を持つような袋などはない。もちろんポケットのようなものもない。彼女の服装は上は体のラインに沿うぴっちりした服に下はどこぞの書籍に載っていたベリーダンスというものを踊る際にはくようなズボンタイプのものだ。模様なのか下の方に穴が開いているので物を収納するようなことは出来ない。
物を収納する為の魔法もある。空間隔離というものだがこれは「特性」というものが必要になる魔法だ。だがこの妖精が収得しているようにはみえない。
となれば別の方法だろうか。多分妖精なりの収納術があるのだろう。
それはさておき、シオンはそのランタンを掲げると左右に揺らした。
ランタンらしきものは淡い光を放ち、そして鈴のような音を2度鳴らした。
その音は森に響き、こだまする。
それを確認したシオンは一つ頷いてからそのランタンらしきものをしまう。そうしてレイナの方へと向き直した。
「では、行きましょうか」
「ちょっと待て」
さらっと何もなかったかのようにニコニコ笑いながらシオンは先に進もうとするのをレイナがストップをかける。
何の行動だ。何の。説明もなしに進むわけがないだろう。
じとり、とレイナはシオンを睨みつけるがシオンは相変わらずニコニコとしてレイナを見る。
「たいしたことではありません。妖精、もしくは精霊同士の挨拶のようなものです」
「挨拶?」
「はい。精霊達は自分の縄張りというものを案外強く意識しているんです。ですのでヘタな揉め事を起こす前に挨拶を、と思いまして」
そうしてシオンは再びランタンらしきものを取り出してレイナの前で振って見せた。そうするとそれは再び高い音を鳴らして響く。
シオン曰く、この森に入ろうとしたら精霊らしき気配を感じたらしい。ここに住んでいるのか通りすがりかはわからないとのことだったが、縄張り意識が強い精霊だった場合、余所者であるシオンがこの場に入るのは騒動の元。
その為、その精霊に自分の存在を知らせる為にあの音を鳴らして挨拶をした、とのこと。
あの音はお互いの存在を教えるもののようで、音が聞こえればそれでいいらしい。返事はあってもなくても関係ないようだ。
少なくともこれで精霊同士での揉め事はこれで起こらないだろう、とシオンは言う。
余計な労力を使わないですむならそれに越したことはない。レイナは特にそれ以上追及することはなかった。
納得も出来たところで、二人は今度こそ森の中へと向かう。
薄暗い、そろそろ夕方へと差し掛かるという時間。もちろん人気はない。その代わり獣は活発になる頃だ。
ここは少し慎重に進むべきだろう。
そう思い直した瞬間。
爆発した。
そう、爆発した。目の前が。
「はぁ!!?」
思わず声を上げて近場の木へとしがみついた。シオンも慌ててレイナの服にしがみついている。
物凄い爆風を全身で受けつつ、神経は前へと集中する。そんな時、頭がひやりとする。
ぱらぱらと頭に何かが落ちてきている。そして爆風はすぐに収まった。
レイナは木から手を離し自分の頭を撫でてひんやりとするものの正体を掴む。
「氷の粒?」
と呟いた途端、ザァァァと雨の如く上から降ってくる。先程レイナが掴んだ氷の粒が。
「いたっ! 地味に痛い!!」
「レイナ! 前を見てください!」
「え? ……はぁ!!?」
そう多くはないが地味に体を叩く氷の粒から逃げようと前に走り出したレイナにシオンが何かに気づき慌てて声をかけた。
レイナがシオンに示されたほうを向けば、むあっとした空気が届く。
思わずレイナは足を止めた。だって、目の前には。
巨大な火の塊があったのだ。
遅くも早くもない速度でレイナへと迫っていた。
「どういうことよーー!!」
「現状把握よりもアレ、アレ防いで下さい! レイナ!」
「貸しにするからね!」
「どうぞよろしくお願いします!」
シオンがしがみついたままレイナは慌てて魔力を練り上げて防御結界を作り上げる。防御結界は水特性であるため、火特性が得意なレイナにとって多少苦手分類ではあったが一人分の結界を即座に作り上げることには成功した。
迫り来る火の塊をそうしてやり過ごす。周りの木々は見事に炭へと変わり果ててしまっていた。
ちなみに、先程述べた水特性、火特性という「特性」
これは魔力を扱う上で身につけることが出来る特性だ。
それぞれ「火」「水」「光」「闇」という特性が存在する。「火水光闇」とまとめて呼ぶ。誰もが身につけることが可能なものだが、得意不得意はもちろん存在する。
そしてもう一つ、「特性」とは別に「属性」というものも魔力を持つものにとっては大切なものだ。
こちらは生まれ持ったもので変える事も後から習得することも出来ない。天性のものだ。
それぞれ「天」「地」「聖」「魔」という属性がある。「天地聖魔」とまとめて呼ぶ。
特性が覚えられるもの、属性が元から備わっているもの。
そしてお互いに相性も存在する。それが得意不得意に繋がるのだが、もちろん不得意でも頑張れば特性は習得可能だ。
さて、細かい内容はまた別所で語ることにするとしよう。
それを踏まえてレイナの「特性」と「属性」はこうなる。
属性:地
特性:火
火以外ももちろん習得は可能だが、一般的に一人当たり一特性が普通だ。一つ以上の特性を身につけるには相当の鍛錬が必要になってくる。魔法使い以外ではそこまでやろうとするものはなかなかいないだろう。
で、レイナの特性である火は実は属性の地と相性が悪く反発しあうものだったりする。
なぜレイナがそれでも火特性を習得したのかは定かではないが、反発しあうものを自分のものにしたのだから相当根気のいる鍛錬を積んだのだろうと思われる。
そのせいか、地属性と相性がいいはずの水特性を多少不得意としている。だからといって使えないわけではなく、習得までには至らないがそれに近しい魔法は扱うことはできる。
それが防御魔法だ。防御魔法は水特性の分類に入るのだが、強度や効果等に差は出るが普通の盾として使う分には水特性を習得してなくても扱うことが可能である。もちろん普通の盾扱いなので強力な攻撃には耐えることは出来ないし、魔法自体に対する強度ももろい。
まぁそこはどうやら根性で生成したのかなんなのか。先程の火の塊を防ぐほどの強度を持つ結界を作ることには成功していた。
火の塊が消えると同時に結界も壊れたのだが、突貫生成にしてはなかなかの出来だっただろう。
ふぅ、と一息ついてレイナは周りを見渡す。いや、見渡そうとした。
「ヒィィ! た、助けて下さいー!!」
と、そんな叫び声と共にレイナの腰に焼け野原になってない茂みから突如現れた何かからのタックルが決まった。
ぐふっと息を呑むレイナ。意外にダメージは大きいようだ。しかしやられっぱなしになるわけもなく。
そのままガシリと飛び出してきたものを鷲掴む。
「誰だキサマ」
「うぐ! 痛い! あ、でも今はそれどころじゃ痛い痛い痛い!」
「痛いのはこっちだ! 一瞬息が止まったじゃない!」
「すいませんすいません! そ、それよりもちょっと向こう見てもらってもいいですか!?」
ギリギリと鷲掴んだものを締め上げていればどうやらそれは人の頭だと気づく。
よく見ればローブを来た女性のようだ。
だが悠長に観察してる暇もなく、その女性が指差したほうへとレイナは目を向ける。
そして驚愕する。
「はぁ!? 火炎弓矢じゃない! なんでこっちに!?」
視線の先にはいくつもの細長い炎がこちらに向かって近づいてくる。
火炎弓矢。その名の通り炎の矢だ。火特性の魔法である。
通常はその魔法を発動させると一本の炎が現れる。多くても三本だろう。
しかしレイナの目の前に迫る炎の数は10本以上。明らかに数がおかしい。
というかこのままでは全身炎で貫きかねない。
流石にこれには対魔法用防御結界でなければ防げない。レイナは慌てて魔力を練る。が、腰にいまだに引っ付いてる女性が目の前に迫りくる炎に怯えたのかなんなのか、情けない悲鳴を上げてさらにレイナの腹を締め上げた。
カエルが潰れた様な声がレイナから漏れる。それと一緒に練り上げた魔力も散漫する。
「ばかやろう……! 離れろ!!」
「ヒィィ! ごめんなさい! いやです!!」
「いやはこっちだぁぁああ!?」
引き剥がそうと頭を再び鷲掴みするものの、意地でも離れようとしないローブの女性。
そんな押し問答をやっていれば、あっという間に火炎弓矢はすぐ目の前へと迫っていた。
もういっそ腰に引っ付いてるこいつを盾にしてやろうか! と思ったときだった。
「貸し借りなしですね」
当たる直前、目の前に対魔法防御結界が展開される。
と同時に爆発音が響いた。先程の10本以上の火炎弓矢が全て弾かれ暴発したようだ。
当然、レイナは無事だ。腰にくっついてる女性も無傷。ただ目の前の光景にレイナの口は僅かに引きつった。
「……防御結界張れるなら初めから自分で全部防げばよかったじゃない! 虫妖精!!」
思わず地団駄を踏んでレイナは目の前の、防御結界を張ったであろうシオンを睨んだ。
しかしシオンは実に涼しげな顔で笑う。
「誰が虫ですか。それとこれ残念ながら消耗品ですので」
「は?」
「ベレル国産の魔道具です。一回こっきりの対魔法防御魔道具、携帯用です」
「防御魔法を持ち歩き……」
「ちなみに。先程も私の魔道具を使用した場合、料金が発生してましたが使ったほうがよかったですか?」
「イエ、ケッコウデス」
思わず眉間を押さえたレイナはきっと悪くない。
深く考えてはいけない。そう、これはこれ以上触れてはいけない案件だ。主に私の心の問題で。
そうしてレイナは眉間を揉んで気持ちを落ち着かせる。
それから気持ちを入れ替えるように一呼吸。そしてレイナは再び鷲掴む。
「いだい!!」
「オマエ、ダレダ」
なんかもう投げやりな気持ちになりつつ棒読みで声を出し、多分この状況を作り出した元凶をようやく腰から引き剥がした。
目の前に無理やり立たせることで(ただし頭は鷲掴んだままだ)ようやく女性の全貌を見ることが出来た。
暖色のローブのフードから見えるのは胡桃色の短い後と顔の側面から僅かに長い髪。青紫色の瞳はくりっとして大きい。だが今は眉をハの字に下げてだいぶ潤んでいる。
ローブは肘までの長さでローブというよりケープに近い。その下に来ている服も同じ暖色系。
だがなんかちょっと際どいような気もするぴったりとした服装をしている。
どこか可愛らしい顔に似合わない服だ。まぁ個人の趣味はそれぞれだろうから特に何かをいうつもりもないが。
だがどこか一般人が着るような服とは思えない。
となると、いままでの情報をみても出てくる人物は決まってくる。
「わた、私、ネーナっていいます! 魔法使いです! いえ、魔法使い見習いをしてます!」
自己紹介したからお願いですから手を離してください! と続けて言うが、もちろん手を離すつもりはレイナにはない。
当然だ。なぜならこのネーナという人物。
今回の騒動の元に関わりがあるだろう人物なのだから。
そんな奴を逃がすわけがない。逃がしてたまるか。これ以上面倒くさいことを増やすものか。
私は早く帰りたい。
そういうわけで今にも泣きそうなネーナの頭を鷲掴んだまま暫く二人は無言で睨み合った。主に一方的にレイナが、ではあるが。
埒があかないのでシオンが間に入るまでそれは続くのだった。
「特性」「属性」の細かい説明はまた別の話の時に。
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■2、3
□■1 ◎1