28、神隠しと吟遊詩人 3
馬ではなく馬車で向かうことになって五日。レイナ達は国境付近の町、ラータまであと少しというところまできていた。
周りは特に変わることのない風景。田舎だ。
「レイナさん! 私、火炎弓矢がちゃんと放てるようになったんです!」
「はいはいよかったね。……初級魔法のはずなのにね」
「ちゃんと三本ですよ! 三本しかでないんです!」
「ただの自慢か」
「ち、違います! 魔力が制御できるようになったという報告がしたかったんです。……ちょっとだけですけど」
「はいはい」
馬車の中でちょっと興奮気味に話をするのはネーナだ。それを左から右に聞き流しているレイナはとにかくやる気がなさそうだ。
何せこの話はもう既に何回も聞いている五日間ずっと。お前は老人か、といいたいくらいには聞いている。
そもそもなぜそんな初級魔法が出来た程度で喜んでいるのか。まぁ理由は考えなくてもわかるが。今までが今までだったからなぁ……とレイナは外の景色を眺めながら適当に考える。
「魔力の制御とは力が大きければ大きいほど難しいとされていますから。ネーナさんはとても頑張っていると思いますよ」
「ユ、ユミさん……! なんて嬉しい言葉を……!」
ちなみにこのやり取りも五日前からやっている。さすがのユミも若干台詞が棒読みになってきた。まだ表情が笑顔なだけいいだろう。
今回の同行に選んだのはネーナとアルフェユーミだ。
ネーナは単純に戦力として。前回の学会で面倒になってネーナの火力を欲したのが原因だ。
つまり、面倒になったらネーナに全部吹っ飛ばしてもらおうという考えである。
アルフェユーミは自ら同行を願ってきたのだ。
そもそもユミはあの学会の日からレインニジアに滞在しているらしく、神殿の手伝いをしながら日々王都を巡っているらしい。
城にもよく顔を出していて、大体は書庫室という名の膨大な資料や書物が管理されている図書館へと赴いているらしい。
書庫というわりには小奇麗で特別な保護魔法がかかっているらしく、部屋には窓もあれば息抜き用のお茶すらも用意されている。ちょっとした休憩所としても利用者は多いという。
なぜレインニジアにユミが滞在しているかは本人がいうには「前回のことでよく学びました。女神様のことをもっと多くの方に知ってもらわなくてはいけない。その為には私がもっと頑張らないといけません!」という謎の意気込みを込めて語ってくれた。
まずはレインニジアで学びつつ、活動をコツコツしていこうということらしい。
今回の同行も地方へ女神様凄い(意訳)というのを伝えにいくことと、純粋に困っている方がいるならば手を差し伸べるべきということで願い出たようだ。
「何があるかわからないから一応聞くけど、ユミの属性と特性は?」
「はい。属性は「聖」、特性は「光」です」
「まさに巫子って感じですねぇ」
「ありがとうございます。あとスペルティで「治癒者」を持っていますので、怪我をしましたら遠慮なく頼って下さい」
「へぇ、珍しいの持ってるわね。じゃあ魔法とは別に治癒が可能なのね」
「はい。治癒者と魔法を使うとさらに高度な回復も可能にしています。幻術も得意ですので何かありましたら言って下さい」
「ええっと、スペルティの治癒者と回復魔法は違うんですか?」
「そうねー簡単にいえば魔法は魔力練って発動させるじゃない。時には呪文とか身振り手振りで術式描いたりとか、魔法陣書いたりとか」
「はい、そうですね。回復魔法も大体魔法陣使ってますね」
「治癒者は「治れー」って思うだけで傷が治るのよ」
「え!? それ凄いですね!」
「ま、使う者の能力の高さで治る範囲に違いが出るけどね」
「私は魔法もスペルティも持っていますので、酷い大怪我とかも治せると思います。欠損も少し時間はかかりますが可能ですね」
「そうなんですか!? じゃあ何かあったときはお願いします!」
「失うの前提で話すのヤメロ! 特にお前が言うと洒落にならない」
思わずそんな返しをするとネーナはしゅんとして「すいません」と謝った。まぁ何事も怪我をしないのが一番だ。
もっとも自分の知らないところで知らない奴がどうなっていようがどうでもいいのだが。
それにネーナの場合は、ネーナ自身ではなく周りも巻き込みかねないことに発展しそうなので要注意とレイナは思っている。
攻撃に回復が揃っているなら今回の案件は何かがあってもそう酷い状態にはならないだろう。多分。
レイナとしてはさくっと楽に終わらせることが出来ればそれでいい。
ちなみに、今回グリーンが一緒ではないのは最初に打診したとき「悪い! 今回は別のところで既に頼まれ事があってさ。一緒にいけそうもねぇんだ」ということだそうだ。
若干天然は入ってるグリーンだが、なんだかんだで空気を読んで行動したり、咄嗟の判断に間違いがないところなどネーナのサポートとして丁度よかったのだが残念だ。
自分達の情報交換をしているとレイナ達を乗せた馬車はラータへと辿り着いた。
本当に長閑な田舎町だった。
少し離れた場所に山が見えるだけで後は大体田畑、放牧といった感じだ。荷馬車が多く、すれ違う人もそう多くはない。
ただ、やはり女性が多い。本来荷馬車を引くのは男性が多い中、女性か結構年齢がいった男性だったりする。
あとはそれなりに年がいった男性だろうか。
つまるところ、未婚男性が殆どいないという印象を受ける。
もっとも初めから少ないのかもしれないが。その割には夫婦だったり若い女性はよく見かけるのだ。
馬車から降りて町を見て回っていたレイナ達は店などが建ち並ぶ通りに差し掛かったところで不思議な音色が聞こえてきた。
何かの楽器らしい音と共にまるで紙芝居でもしているかのような語る声も共に流れてくる。
曲らしき音は随分と穏やかで綺麗な音色だ。だがこんな長閑な田舎町ではその音色自体が少し違和感を感じる。
「なんでしょう。楽団ですかね」
「だったらもっと騒がしいでしょ。こういうのは大抵、吟遊詩人でしょうよ」
「ならば旅する吟遊詩人ですね。ここの領主さんが専属で雇っているようにも見えませんし、そもそも専属の方が町中で歌うことも滅多にありませんから」
「でも、歌ではないようですよ?」
「ああ、あれは「語り部」よ」
吟遊詩人といえば曲を弾き歌ってお金を貰うのが仕事だ。時には踊りなども得意とする吟遊詩人もいる。
そして逆に歌わない吟遊詩人もいて、それを「語り部」と呼んだ。
諸国の話、英雄録、御伽噺などを色んな曲を交えながら語るのだ。もちろん語るだけではなく表現や話し方も独特で、歌うよりも語り部の方が難しいとすら言われている。
僅かに聞こえる声はそう大きくはないのに言葉ひとつひとつがちゃんとわかるくらいはっきりと発音はされていて、テノールくらいの丁度いい男性の声だ。
そんな声につられる様に三人は音がするほうへと足を向けた。
一つ角を曲がれば捜す必要がないくらいに場所がすぐにわかった。
「わー……すごい」
「これは見事に……」
「……女の子ばっかだわ」
十代から二十代くらいの女性がひとつの塊かのように集まっている。
多分、音がする「元」となる場所に。
そこに吟遊詩人がいるんだろう。見なくともわかる。
これだけ若い子が集まるということは、声と曲だけ魅力があるわけではないようだ。
まぁ、普通に考えて見た目もいいのだろう。声を聞いてもそんなに年齢がいっている感じはしない。
レイナ達は遠巻きに女性集団を眺めるが、そこにいる女性達は皆実に嬉しそうに笑っている。
時にははしゃいでいるように小声で隣の子と会話する子もいた。
語りも終盤に来たのか、曲の流れがゆっくりとなり徐々に男性の声もゆっくりとなりそのまま流れるように消えていった。
一拍置いて女性達の拍手と歓声が上がる。
語りが終わって女の子達がきゃいきゃい言ってる間にチラチラと数名がこちらを見たことにレイナ達は気づいた。
三人は察した。
これは何かに巻き込まれる流れだ。
「よし。離れるか」
「賛成ー!」
「さっさと領主さんのところにでも行きましょう」
息の合った会話をして咄嗟に回れ右をする。
さっさと問題解決して、さっさと帰るぞ!
そう意気込んで踏み出そうとした瞬間。
「待ってください!」
ああああ! 来ちゃったよ! 行動素早いな!
心の中で叫ぶが声には出さない。しかしレイナが横にいるネーナとユミを見ればそれぞれが渋顔を作って口をきつく閉ざしてる。
これは皆同じこと思ってるな。
ついでに言うと声をかけられたと同時に背中に何かがグサグサささっている。
「あの……私、振り返りたくないです……」
「ええ、凄く……凄く背中に刺さってる気がします」
「奇遇ね。私もよ」
凄い背中に刺さってる。今も刺さってる。
視線が。
ただの視線じゃない。多分殺気篭ってる視線だ。言わなくてもわかるだろうが当然視線の元は先ほどの女性達。見なくても十分わかる。
あーー、女って面倒くさいなーーー
なんでこんな視線を受けているのかわかるのでレイナは溜息をつく。前回の学会で知り合ったティアナと同じ性別だが、こういうやり取りに関してはティアナの方が全然よかった。かわりに怖かったけど。
なにあの子達。なんであの人に声かけられてるんの? 余所者でしょ? なんなの。等々、多分隠す気がない女性の声までも聞こえてくる。ジロジロと嫉妬という名の視線をレイナ達にグサグサさして。
いや、ていうか、声をかけられただけで何故そこまで嫉妬できるのだろうか。
そもそも何故お前は声をかけてきた。
正直、コレの原因になど関わりたくはない。が、無視することもできないだろう。
無視したらしたで先ほどの女性集団にボコボコにされる気がする。
眉間に皺を寄せてレイナは深い深い溜息をついて、そして息を吸うとゆっくりと振り返った。
もちろん猫は被る。
「私達に何か御用でしょうか?」
先程の眉間の皺などまるでなかったかのようにレイナはにっこりと笑う。
流石レイナさん……慣れてる……と小さく横でネーナが呟いた声がレイナの耳に入るがそれは無視をする。
レイナが振り返ったことでユミとネーナも振り返る。しかし振り返った先で即ネーナはまた顔を背けたくなった。
怖い! なんだろうあの視線と表情! 鬼の形相ってあれのこというのかな!? というかたったコレだけのやり取りにそこまで嫉妬できるって女の子は凄いな!!
ネーナが最初に見たのは声を掛けてきたと思われる近くにいる男性……ではなく、その後方にいる女性陣だった。
凄い睨みつけているのがわかる。ある意味必死だ。何故だ。意味が分からない。
思わず後退しそうになったのをユミの手が背に回され止められる。
思わずユミの方を向けば視線を合わせることもなく静かに首を横に振られた。つまり我慢しろってことだ。
さて、改めて声を掛けてきた男性へと目を向ける。
想像していた通り、見た目はかなりいい。男性的というより中性的で高身長。聖騎士のブレイダーと同じくらいあるのではないだろうか。体つきはブレイダーの方がかなり筋肉がついていたが、目の前の男性は細い。しかしだからといって筋肉がないわけではなく、上半身に纏っている服は体のラインがわかるような服をしているが腹筋はしっかり割れていた。胸板も薄くはない。
顔のラインも細く、目は少し伏せられているような柔らかい印象を受け新緑色の瞳をしている。
髪は長く腰まであり、白銀かと思ったがどうやらうっすら青色をしていて毛先に行くほど青が濃くなっている。ストレートの髪かと思えば顔に近い場所は少し跳ねている。
所々に羽の飾りをつけていて、髪にあわせたのか服の色も薄い青をメインにしているようだ。見た目でも吟遊詩人とわかる風体だった。
手には楽器を持っているが、少し不思議な形をしている。弦楽器だと思われるがその割には細長いというか弦の並びがおかしいというか。ハープとはまた違う楽器のようだ。
「いきなり声をかけてしまってすいません。ちょっと気になったのですが、もしや貴女は王都の騎士ではありませんか?」
レイナに向けてそう聞いていた男性の声は先程の声よりも少し低いがそれでもどこか凛としたものを感じる。
言われたとおり王都の騎士だ。そうとわかるように騎士の格好はしている。
レイナはひとつ頷いた。
すると目の前の男性は嬉しそうに笑った。
「やはり! 僕は貴女が来るのを待っていました!」
い、痛い!! 視線が痛い! ヤメロ! 私は何も悪くない!
男性が少しだけ頬に色を乗せて嬉しそうにいうものだから、後ろに控えていた女性達の視線が更にきつくなる。もはやあれは視線で人を殺せるレベルだ。
どんだけ色男なんだこいつは! 人様の色恋沙汰なんてのは聞くのはいいけど巻き込まれるのだけは絶対に絶対に拒否したい!
だがどれだけ焼き殺されそうな視線を投げつけられてもレイナは睨み返すことは出来ない。
だって騎士だから。そんなことして城に苦情でも寄せられてみろ。その方が自分の身の危険が高い。
ちなみにネーナとユミはとっくに視線を別方向に向けている。
私は関係ありませんよ、とでも言うかのように。後で覚えていろ。
「待っていたとは? 失礼ですが貴方は一体どなたでしょうか?」
「ああ、これは失礼しました。僕は各所を旅する吟遊詩人です。名前など紡いでも風に流され消えていくだけです。どうか吟遊詩人とお呼び下さい」
甘いマスクとはこういうのを言うのだろうか、と他人事のようにレイナは目の前の男性をみる。
それほどまでに目の前の男性の笑顔は色香が出ていた。
だがそんなものを掻き消すくらいに後ろからの圧が凄いが。
にしても本当になんなんだこいつ。
私はさっさと事件を解決して帰りたいだけなのに、なんか更に余計なことが追加されそうな気がしてならない。
ジリジリと後ろに少しずつ下がっているネーナの腕をがっちりと捕まえ、レイナはいつもの穏やかな笑顔を浮かべて目の前の男性を死んだ魚のような目でみるのだった。
とりあえず後ろの怖い女の子達、どっかいってくれないかな……
思いの外、仕事と夏の暑さにやられて執筆作業が進みません。少し更新頻度を下げる予定です。




