26、神隠しと吟遊詩人 1
説明回です。
大国レインニジア以下略。
いつも通りの日常が過ぎる城の中、様々な書類や書物、乱雑な机の上に忙しなく行き交う人々。全員城で働く人達だ。
文官達が集う部屋に何故か騎士見習いのレイも書類を片手にペンを持つ。
「本当に申し訳ない。書記官がひとり急病でこれなくなってしまって……キミがここに来てくれて本当に助かってる」
「一応、騎士見習いなんですが……昔からここの手伝いもしてますけどね」
「おかげでキミに頼ってしまう者も多くてね。ヘタな新人よりこの部屋のことを知り尽くしてるレイ君の方がどれほど心強いか」
そこまでか。というのは心の中だけにしてレイは代わりにお疲れ様です、と声をかけた。
レイは見習い騎士だが頭の出来もいい。昔から城に出入りしていたせいで顔も覚えられているし、だいぶ気安い。
こうして文官の手伝いをすることも実はすっかり馴染みなことだった。
お疲れ様ですと声をかけられた文官は苦笑を浮かべる。
彼の長い尻尾が僅かに揺れて机の下からはみ出したが、すぐさま彼はそれをしまった。忙しなく人が行き交う部屋の中で長い尻尾が机の下から出ていると色んな人に踏まれまくるのだ。
爬虫類のような尻尾をしているので獣人、亜人か竜人かと思われるが、角や翼はないので多分獣人もしくは亜人だ。
中肉中背、やや跳ねている肩下まである金髪を一つに括っている。一筋の黒のメッシュが前にも後ろにもあったがそれも地毛のようだ。
少しとがった耳に金の瞳は釣り上がっているが、きつい印象は与えない。見た目の年齢はバルハード達よりは年下だろうがレイナよりは年上の成人男性だ。
彼の名はレオルバ・ハーバウスト。城の文官だ。
そしてサシィータの右腕とも言われている。次官にと言われているが本人は断固拒否しているそうだ。
レイナ曰く「サシィータのパシリよ。私よりも動き回ってるの見たことあるわ……」とのこと。
レオルバはレイを連れてきた張本人だ。ちなみにちゃんと本人の許可をとってこの部屋へと連れてきている。決して拉致ではない。
常に忙しなく動いている人々の姿は下手をすると騎士達よりも動き回っているかもしれない。
それもこれもサシィータがアレコレと色んな案件を持ってくるからだ。
日々、国王の為に自らの手足となって動くサシィータは部下にも容赦はない。少しでも手が空いているものを見つければ次々と仕事を押し付ける。押し付けて自らの手が空いたら次の案件へとさっさと移るのだ。
そうして色んなものを捌いていくのだ。
だが宰相という肩書きがただ案件を捌いていくだけで終わらせない。判断力も決断力もある為、不要なものはざっくざっくと切り捨てたり押し戻した挙句、元の部署へ問題点と共に仕事も押し付けていくこともする。
かつて迂闊にサシィータに反論した部署が何倍もの仕事を押し返された上に、部署の問題を数々挙げられて早急に改善策を作らされたこともあったそうだ。
サシィータに余計な口出すと仕事を増やされる、と広まったおかげで今ではサシィータに反論するものはいない。
そういうわけで本日も文官達は忙しい。
だがどんなに忙しくても休憩というのは必要で。ふと部屋の中に鈴がなるような音が響き渡る。
これが休憩の合図だ。忙しなく動いていた人々の足が止まって色んな場所から溜息が漏れた。
そうしてそれぞれが休憩しに部屋から出て行くと、あんなにも騒がしかった部屋の中は一気に静かになった。
そこでレオルバも小さく溜息をつく。
「レイ君も休憩をするといい。紅茶を入れようと思うんだが飲むかい?」
「はい。ではいただきますね」
「それでは私の分もお願いします」
レオルバとレイ以外の声が突然聞こえ、思わずレイが声のした方を向く。
部屋の扉からサシィータが入ってきて此方に歩み寄ってきているのが見えた。
レオルバは見なくてもわかっていたのか「はいはい」と少しやる気なさそうに返事をして席をたち、紅茶を入れにいく。
席を立ったレオルバの代わりにサシィータがレイの向かいとなる場所に椅子を引いて座った。
椅子の間から白銀の尻尾が滑り出る。
緩やかに結われている長髪の頭の上から白い耳が覗いている。
サシィータは白猫の亜人だ。
はて、ではレオルバはなんの亜人なんだろうか。いや、獣人なんだろうか。
そもそも亜人と獣人の違いとは?
「サシィータさんは亜人なんですよね」
「ええ、そうですよ」
ふとレイがそんなことを聞いてみれば、特に気にした風もなくサシィータは応える。
そこへ紅茶を入れ終えたレオルバが戻ってきてそれぞれの前にティーカップを置いた。レイはありがとうございます、と礼を述べてから紅茶を口にする。
レオルバも席に戻り、サシィータが紅茶を口にするのを見てから自分も喉を潤した。
ようやく一息つけた心地になり、先程ついた溜息とはまた違う息を吐き出す。
そこで今度はレオルバを見ながらレイは聞いてみた。
「レオルバさんは何の亜人なんですか?」
「レイ殿、レオルバは亜人ではありませんよ」
「え? 違いましたか」
「ええ、彼は獣人です」
「獣人でしたか。失礼しました」
「いえいえ、お気になさらずに。まぁ確かにパッとみじゃ獣人と亜人の違いなんてわからないからね」
「あ、やっぱりそういうものなんですか?」
「そうですね。獣型であればわかりやすいですが人型となると殆ど区別はつきませんね」
「レイ君は亜人と獣人の違いは知っているかい?」
「ええっと……」
「ふむ、丁度いい機会です。獣人、亜人に限らずこの内界に存在している種族のお話でも致しましょう」
そういって説明役を買ってでたのはサシィータだった。
サシィータは口にしていた紅茶を置くと、まずは獣人と亜人の違いの説明をし始める。
「まず、獣人と亜人の一番の違いは「獣化」が出来るかどうかです」
「獣化、ですか?」
「はい。獣人は人型、獣型と二つの姿を生まれた時から持っています。姿を自由に変えることが出来るんです。そして亜人は獣型を持っていません。生まれた時からの姿を死ぬまで維持します。それは他の種族も一緒ですね」
「じゃあ、サシィータさんは獣……この場合、猫ですか? にはなれないんですね」
「はい。私の見た目は今ここにあるこの姿のみです」
「レオルバさんは獣になれるんですね」
「ああ、獣型もあるよ。私の場合は三メートル近くになるのでここで見せることは出来ないけど」
予想よりも大きな姿になることにレイは驚いた。
獣人の獣型を見たことがないわけではないのだが、そこまで姿が大きく変わる者にレイは今まで出会ったことはなかった。
赤天団長のゼスタは銀狐の獣人で、レイも獣型を見たことはある。
ただその獣型は人の姿を保ったまま銀狐の姿へと変わったのだ。一回り体格は大きくなっていたがあくまで一回りだ。
ちなみにちゃんと二足歩行だ。流石に四足歩行にはならなかった。
「後は能力の違いですが、そこは亜人や獣人のさらに種族によっても特徴が違いますのではっきりとした獣人と亜人の違いの特長にはならないでしょう」
「まぁ、見た目の違いとして亜人は大体は耳と尻尾がついてるだけが多いよ。獣人はそれ以外も獣型になっていたりもする。顔だったり、足だったり。城にも獅子顔の奴がいるだろう」
「ああ、いらっしゃいますね。では彼は獣人ですか」
「そうだよ。多分やろうとすればちゃんと「人間」の顔にも成れるんだろうけど、そこは本人のやる気次第か、種族柄かのどっちかかな」
「やる気次第」
「獣人達は人型にも獣型にもなれますのでその中間も当然なれます。自分にとって楽な姿でいることが多いですね」
「ただ完全な「人間」になることは出来ない。そこは種族の血の強さによるものだろう。あくまで獣人であって人間ではないからね」
亜人は同じ種族なら特徴は大体皆似ている。だが獣人はたとえ親兄弟でも特徴は様々だ。
レオルバは尻尾や金の目、とがった耳以外は人と同じ姿をしている。
そういえば結局なんの種族であるのだろうか?
「レオルバは海石竜子ですよ」
「シィイグニア?」
「ああ、オランジュイにある小さな島のひとつに住んでる種族だよ。種族柄のんびり屋が多くてあまり島の外に出ないから知らない人も多いだろう」
「竜の血族の方なんですか?」
「はは、違う違う! 全然そういうんじゃないよ。ただの爬虫類さ」
声を出して笑うレオルバの尻尾は笑いに合わせてペシンペシンと床を叩くように揺れていた。
レオルバの尻尾はやたらと長い。多分身長と同じくらいの長さをしているのではないだろうか。たてがみ状の突起が尻尾の上部に生えている。確かにちょっと竜とは違うかもしれない。
「そういうわけで獣人も色んな種類がいるね。私みたいに爬虫類だったり獣だったり、色でさらに分かれてたりもする」
「ここでは亜人と獣人の違いがなんとなくわかればいいでしょう」
「あ、はい。ありがとうございます。確かに亜人と獣人は細かく分けると凄い種類になるって聞いたことあります」
流石にその辺は専門家にならないとわからない話であるので今回は省くことにしよう。今回省いたとしてもきっと語ることはないと思うので、種族はいっぱいいるよ! と覚えてもらえるといいだろう。
さて、ではそろそろ別の種族の話に移るようだ。
「では、内界ではどのような種族がいると思いますか?」
「ええっと……「人間」「亜人」「獣人」「魔人」「魔獣」「竜人」「エルフ」「ドワーフ」「竜」「妖精・精霊」「有翼人」ですか?」
「そうですね。そこに「幻獣」も混じるとなお良いかと思います」
「魔獣が数えられるなら幻獣もそうなるか」
「さすがに「女神」「魔王」「妖鳥」はカウントしてません」
「いや、そりゃそうだろ……」
確かに魔王も女神もどの種族にも属しはしない。ある意味単独の種族だといえる。種族とくくっていいのかどうかはわからないが。
サシィータが口にした「妖鳥」もとある場所に生息している者で、こちらも分類が難しいものになる。現時点で確認が取れているのがたった一匹だけだからだ。魔人とも魔獣ともまた存在が違う。
先程の獣人と亜人のように見た目で判断しにくい種族はまだ沢山いる。
「例えば「竜人」と「竜」の違い」
「「竜」は元は獣です。竜の姿が本来の姿であり、人型にもなることは可能です。知能はとても高く、誇り高い種族です。「竜人」は生まれた時から人と竜のハーフのような姿をしています。竜ほど知能も体力も高くはありませんが人間よりは身体能力は遥かに上です。角と翼と尻尾があるのが特徴ですね。翼は自由に出し入れが出来るそうです」
「竜人は竜にはなれない。亜人が獣型になれないのと一緒だな」
「先程、ハーフのようなって言ってましたが、竜人って竜と人間のハーフなのでは?」
「いいえ、違います。内界においてハーフと呼ばれる者は殆ど存在しません」
「歴史を辿れば竜人の先祖はそうかもしれないが、竜人は既に「竜人」という種族だよ。竜と人が番っても竜人は生まれない」
内界では様々な種族が個々として存在してる。
その為、曖昧な血は存在しない。故に異種族同士が婚姻しても「ハーフ」という存在は滅多に生まれないのだ。
必ずどちらかの種族の子が生まれる。種族ははっきりと分かれるが見た目や種族柄の能力以外の部分はきちんと親から引き継がれる。
ここではっきりと生まれない、と言わなかったのは、生まれる場合がある種族がいるからだ。
それは「妖精」または「精霊」の子だ。
精霊は固体がはっきりしているのが少ない。そもそも「血」というものが存在しない。固体がはっきりしているものがいても「大地」にとらわれない精霊達はその「血」の括りに入らないのだ。
故に精霊の子が生まれるとハーフの子が出来ることがある。
だがそれも数は少ない。そもそもが精霊が子を生そうとする事自体が珍しいのだ。絶対数が少ない。
さて、先程の似ているようで違うというくくりの話に戻ろう。
獣人と亜人、竜人と竜。
では、魔獣と魔人の違いはなんだろうか。
「はっきりとした定義はありませんね」
「多分魔獣。多分魔人、くらいの認識だな」
「それでいいんでしょうか!?」
思わずレイが声を上げるが、これは仕方ない。
だがサシィータやレオルバの言っていることは間違いではない。
魔人も魔獣も実は大した区別はない。取りあえず言葉が喋れて知性があって意思疎通が出来てなんとなく人型なら魔人。
意思疎通も出来なくて会話も出来ない、取りあえず獣だったら魔獣。
その程度の違いである。
魔獣でも意思疎通が出来て言葉も交わせて知性を持っている者も当然いる。ちなみに四足歩行だ。
逆に人型でも意思疎通も出来なかったら魔獣の括りになる。
まぁ、要は魔獣というのは害獣扱いだ。敵対するかしないかという判断だ。
判断が難しいところではあるが、そこはもう仕方がない。
ただ共存を望めばレインニジアはそれを拒むことはない。ただし種族によって力の差がある為ある程度の制限や罰則は変わってくるが。
ペットのような魔獣が街中で日向ぼっこしてようが誰も咎めないし、逆にドラゴンのように凶暴な危害を加える魔獣は国を挙げての討伐対象になる。
イースのような魔人が神殿で仕事していても何ら問題はないのだ。
さて、魔獣との違いについてもう一つ語る種族がいる。
「魔人と魔獣の違いもそうだが、魔獣と精霊も紙一重というところだ」
「魔獣と精霊ですか?」
「そうですね。例えばユニコーン。あれは魔獣でも精霊でも存在する種族です」
「同じ名前だけど種族が二種類ですか?」
「はい。魔獣のユニコーンは騎士団でも騎乗している者がいるでしょう」
「あ、そういえばいらっしゃいますね。とても気難しいと聞きますが」
「気が高いというか我侭というか、自分が認めた者しか乗せませんね。その上、水魔法も得意としています。そして精霊のユニコーンは存在自体が希少ですね。乙女好きの聖なる力を持つとも言われています。シオン殿曰く「人の姿にもなれますが、ユニコーンが人になるとただの変態ですので、あまりこの話を広めるのはお勧めしません」だそうです」
「いや、普通に話しただろ。そこはシオンさんの話は抜いて説明してやりなよ」
「情報は正確に伝えるべきです」
「お前、ユニコーン嫌いなのか……猫だもんな。まぁ他にも魔獣と精霊で存在する種族もいるけどそう数は多くないかな」
「改めて話を聞くと本当に色んな種族がいるんですね」
「そうですね。種族によってタイプも異なりますね。「人間」であれば良くも悪くも欲深い。「亜人」「獣人」は主従関係をはっきりさせたがります。「魔人」「魔獣」は自由気まま。我侭でもありますが。「竜人」は真面目。「エルフ」は気難しい。「ドワーフ」は凝り性。「竜」は誇り高い。「妖精・精霊」は気まぐれです。もちろんあくまで傾向であって完全にそれに当てはまるとはいいません」
例えばアベルなら真面目というのは当てはまるだろう。ただしグリーンとイースは逆に当てはまらないタイプだ。
「有翼人は?」
「引きこもりのコミュ障です」
「そこだけ具体的ですね!?」
有翼人に何か偏見でもサシィータは持っているんだろうか、という回答だ。
だがレオルバも苦笑を浮かべるだけで否定はしない。
え、有翼人って本当にそういう種族なんだろうか……
有翼人はある特定の場所にしか住まない為、滅多に出会うことはない。ただ竜とドワーフが住まう国、ゴマナバーケンにひとりの若い有翼人が住んでいると風の噂で流れてはいる。
「幻獣は……傾向というか「契約」が先かな」
「契約を持って主を認める、という奴ですね」
「そう。幻獣は特殊な生き物でね。その特性からある一定の場所から出ることは出来ない。ただし自分が主と認めた者に付き従うことでその場から出ることが出来る、と言われているね。だけどその場所がどこなのか。契約がどういうものなのかは不明とされているよ」
幻獣という存在は多くの人に知られているが、詳しいことまでは皆知らない。ただ誇り高いとされる竜ですら頭を垂れるという幻獣の逸話もあるくらいだ。
幻獣の主と認められ付き従わせることを夢見るものは多い。
様々な種族が存在しているが謎も数多く残されている。
「そうそう。先程の獣人達の話なんだけど」
思い出したようにレオルバが話を切り替える。
その言葉につられるようにレイがレオルバの方を向けば、彼は目つきはきついが人好きするような笑顔を浮かべた。
「亜人は獣型にはなれないといったけど、実は獣型にもなれることもあるんだよ」
「ああ、スペルティの「獣化」ですね」
さて、覚えているだろうか。
話の所々で出てきた「スペルティ」
久々に出てきたのでもう少しだけ説明をさせていただこう。
といってもそう難しい話ではない。まぁそういうのがあるんだな程度に聞いてもらえるといいだろう。
では、「スペルティ」とは何か。
長くなった為、切りました。もう少しだけ説明が続きます。
それと海石竜子はトカゲではなく海イグアナをイメージしてます。




