23、宗教学会と旅巫子 8
まずは各宗教から今年行ってきたことを報告する。
まだ前半部分であり始まったばかりな為、発言する者以外は割りと静かだ。まぁこれが普通のはずなのだが。
さて、最初に報告するのは女神信教。
ティアナとイースが資料を片手にあれこれ動きながら報告をする。
王都での祭事内容、成果、今後の課題と見込み。そして各所の教会の修復費用の報告。孤児院支援の内容等となった。
一番手広くやっている宗教だけにやることも多ければ、やっていることもかなり大掛かりだ。
次に新大地聖教。
各地の学校への支援、研究補佐。個々の能力成長と研究。それに必要な物資の開発と魔術研究という内容だ。
主に人々の秘めた力を成長させるのを目的としていたり、優れている者を輩出する為の支援を惜しみなくしているようだった。
ここでは愛し子のことには触れなかったが、きっと今年は見つからなかったのだろう。一応、真っ当なことをしていると主張する為にどこにどんな愛し子がいたという報告は毎年しているようだった。
そして次はアルマスティニア教。
各所に神様を祀る社を設置、訪問者の集計。国による伝承等の検証。遺跡調査結果。
様々な神様を崇めている為、各所の神様の伝承を調べたり遺跡を調査したりが主のようだ。特に遺跡調査に関しては宗教関係なく注目されている。事細かい内容が多い為、研究者気質の人が集まりやすいのだろう。
最後にアンファマーユ教。
地脈の魔力調査。それによる人体の影響。巡回と瞑想の意味と感謝の報告。
初の学会参加となるアンファマーユ教。最初に魔力調査を報告した際は他の宗教の者や観客すらも注目していたが、その後の感謝の報告でかなりぐだぐだな流れになった。
各所を巡って一泊して体内の魔力の入れ替えを行い、身を清めたらその場所へ感謝する為に信者達が所持する魔石をその土地の土に埋めてくるという巡回をしているらしい。
まぁ、一番宗教らしいといえばらしいのだが。
そんなわけで各宗教からの報告は以上となった。
ここで一旦休憩を挟む。
女神信教の巫子達がお茶やお菓子を持って机の上へと置いていく。
近くで護衛している騎士団達にも配ろうとしたが騎士達は遠慮していた。まぁ仕事中だからね。普通は断る。
「え? 貰ってきたの?」
「? だって皆にってせっかく持ってきたのに貰わないと悪いだろ」
「……いや、いいけどね。ちなみ騎士団達が貰ってないのは仕事中の決まった時の飲食以外は自重してるってのもあるけど、他にも毒やらを警戒して口に含まないってのもあるわよ」
「んぐっ!!」
レイナの言葉に思わず口に含んでいたお茶を噴出しそうになるグリーン。
まぁ先程見回りしていた時は何も言わなかったのである意味しょうがない。
警備や護衛なのだから休憩中も気を抜くわけにはいかないのだ。といってもレイナとグリーン、シオンに至っては完全に気を抜いているのだが。
ちなみにグリーンの手に持っているお菓子がティアナの手作りだというお菓子だ。焼き菓子で見た目はマドレーヌのようにも見える。
レイナの話を聞いてグリーンは少し食べるのを躊躇し、それからしっかり包んでからポケットへとしまった。
神官が毒とか盛るなんてことはないだろうが。
そんなやり取りをしていたらメインの場からユミが此方に向かって歩いてきた。
「お疲れ様です。調子はいかがですか?」
「特に問題はないわ。周りを警戒するだけだし」
「おや、ユミの手に持っているのはティアナが作ったといっていたお菓子ですか?」
「ええ、先程貰ってきました」
「同じ形ってことは全部同じ種類か」
「そのようです。数を作っていたので種類までは増やせなかったのでしょう」
「なるほどね。でもまだやることあるんでしょう? さっさと食べたほうがいいんじゃない」
「いえ、イースさんから持ち帰るように言われましたので後程食べようかと」
「流石に今は仕事を優先しろってことね」
「その為に来てますから。後の楽しみとします」
それから少し会話をしてユミはレイナ達から離れていった。
メインの場ではお茶を飲み、それぞれが談笑して和んでいる雰囲気がでている。
流石に休憩中までピリピリしたものはないようだ。
ふぅ、とレイナが小さく溜息をつくと横にいたグリーンが「あ!」と小さく声を上げた。
「シオン! お前、何やってんだよ!」
「見ての通りですが?」
どこか少し慌てた風のグリーンにレイナの目がそちらにいく。
どうやらジャケットのポケットを覗き込んでいるようだが、そこはシオンが隠れている場所でもある。
少しレイナが近づけばシオンが見えた。
よく見れば先程グリーンがポケットに突っ込んだお菓子をシオンが頬張っていて、それを見てグリーンが声を上げたようだ。
「あれ? アンタ、お菓子とか食べたっけ?」
「何でも食べれますよ」
「それ俺のだぞ!」
「少々気になったもので。大丈夫ですよひと齧りしかしてませんから。ああ、でも……」
「でも?」
「グリーンは食べないほうがいいかもしれませんね」
え!? それ、どういう意味だ、とグリーンが聞いた瞬間。
ガタン、と物が倒れる音がホール内に響いた。
しかもひとつではない。いくつか似たような音が続けて響く。
反射的にその音の方を向けば、そこはメインの場で。
横倒しにいくつか椅子が倒れていて、そして同じ数だけ人も倒れていた。
ホールに悲鳴が響く。慌てて巫子が倒れた人に近寄り様子を窺う。
ティアナとユミも急いで倒れた者の側へと駆け寄っていた。
この時、騎士団は動かなかった。真っ先に動くべきものなのだろうが、残念ながらそれは違う。
なぜならここは宗教学会だから。そして何より巫子の殆どが光特性持ちだ。回復は巫子達の方が優秀だ。
今ここでヘタに動けば逆に立場が悪くなるのは騎士団と女神信教のほうである。
「大丈夫です。命に別状はありません」
ひとりの巫子がそう告げると緊張していた空気が少しだけ緩んだ。
だがいまだにもがき苦しんでいる者を見ると別の緊張がその場を支配していく。
「……毒が……」
「毒が盛られた!」
「どういうことだ!」
ひとりが声を出せばそれにつられるように周りも騒ぎ出す。
お茶かお菓子に毒が盛られていたと。
そうすると非難の目は女神信教に、そして特にティアナへと集中した。
「これはどういうことですかな。ティアナ様」
「どういうことと申されても……現時点では倒れた方達がどうしてそうなったのかがはっきりしておりません。きちんと調べなくてはなりません。ファーマ様」
「だがこの者達は貴女が出した菓子を口にして倒れたのだぞ! どう考えてもお前達女神信教の者が毒を盛ったとしか思えないだろう!」
「口を慎んで下さい! ユア様! 毒とはっきりとしたわけではないでしょう。こちらの話も聞かずに決め付けるのは些か早計ではありませんか」
「ふん、魔人如きが何を。お前ならば菓子に毒を盛るなど簡単なことだろうよ」
「ユア様、流石にそれはいただけませんな。種族による偏見は神に仕える者ならばしてはならぬ行為ですぞ」
「魔人ならば魔王に属するものであろう。神とは正反対のものを庇護するというのかレーベスト殿は」
「なんということを……」
「調べるというなら即刻女神信教の者達を捕らえて調べるがいい。そうでなければ直ぐに証拠隠滅されてしまうからな! 何せここは奸物共の本拠地だからな!」
「口が過ぎますぞ! ユア様!」
「ふん、どうせここにいる騎士団共も仲間であろう。手を出して来ないのがいい証拠だ。ならば代わりに我々が捕らえてやろうか!」
気づけばメインの場は怒号が飛び交う場とかしていた。その足元で巫子がせっせと倒れている者達を介抱している。
ちなみになんか名指しされた騎士達もただただ動かずその成り行きを見守っていた。
その光景に少しだけ焦るグリーン。
「え、何もしなくていいのか?」
「あー……いいのいいの。これが恒例だから」
「は?」
「だから恒例。毎度パターンは違うけど何かきっかけがあっていちゃもんつけて喧嘩が始まるのがいつもの流れなのよ」
「マジか……」
「ほら周りよく見なさい。観客なんかワクワクした目で見てるでしょ」
「う、うわぁー……」
レイナに言われてグリーンが周りを見渡せば観客は食い入るようにメインの場を見つめていた。
純粋に見学に来た者もいれば、楽しそうに見つめる者もいる。どこぞかの宗教の者も多数いるのだろう、ユアの声につられて自分達も野次を投げつけている者もいた。
そして護衛と派遣された騎士達は誰一人動揺している者はいない。すっかり慣れきっている。
そんな周りに圧倒されたのか、単純に引いてるのかグリーンの口から弱々しい声が出た。
そして次の瞬間、観客から歓声のような興奮したような声が上がった。
慌ててメインの場に視線を戻せばユアと呼ばれていた人物とイースが武器を持って対峙していたのだ。
「あれは!?」
「見世物ね」
「アレも許される学会って!?」
「余興だと思いなさい」
「余興で真剣もって対峙する信者達とか怖すぎだろ!!」
「あの新大地聖教の人物が持ってるのは細身の長剣だけど、イースのあれは伸縮性の槍よ」
「そういう意味で「真剣」っていったわけじゃねーよ!!」
若干混乱気味のグリーンが叫んでいる間にユアとイースの対決は始まった。
体格はユアの方ががっしりとしているが、イースは魔人だ。体は細身だが多分筋肉はしっかりついているのだろう。
槍を操っているのに繰り出す攻撃一つ一つの音の重さが違う。多分、あれを食らったら相当痛い。刺されば一撃必殺の域だろう。
どうやらそれがわかっているらしいユアは長剣で受け止めることはせず全て避けきっている。どうやらこちらも中々の使い手らしい。
ちなみに周りにいた人々は既に避難している。床に倒れていた者達は巫子の手により引きずられて退場していった。
あの様子からみてどうやらそう酷い状態でもないようだ。しかし引きずられてたから生傷は増えただろうけど。
この流れからして今回は主に女神信教と新大地聖教との対決がメインになりそうだ。
元々仲自体はあまりよくなかった宗教同士。対立はしょっちゅう起きているのだ。
ユアとイースが物理で対決している間、その横でファーマとティアナが向かい合って静かに対立をしていた。
「実際、菓子を口にした者が倒れているようですがどのような弁解をするおつもりで?」
「困りましたわ。菓子は何かあってはいけないと常に巫子が何人かついて目を離さないようにしておりました。毒を盛られるようなことはないはずです。当然私もそのようなことはしておりません。共に菓子作りをしてくれた者が証言いたしますわ」
「しかしそれも同じ女神信教の者でしょう? そのような者達の証言は証拠というより共犯というべきでは」
「それならば厨房をお調べになられてはいかがでしょう。もっとも毒のようなものは一切ありませんし、ここ数日の私達の動きを探ったとしてもそれらしいものは出てはきませんよ」
「私達はここにいる騎士達を信用しておりませんからなぁ。別の者を派遣してもよろしいですかな?」
「構いませんよ。ですがここはレインニジアですので国王陛下の許可はおとり下さいね」
ティアナは少しだけ眉を下げているが、お互いにっこりと笑った顔を崩さず淡々と会話を交わす。
ティアナの側から離れられないバルハードだけ眉を少しだけ顰めているがその目はしっかりと二人を見据えている。
ユアとイース、ファーマとティアナが平行線のような対立が暫く続くと、変化は唐突に起こった。
「いい機会だ! 我々が行ってきた研究成果をここで披露してやろう!」
そう叫んだのはユアだった。
手に持っていた細身の長剣をイースに向かって思いっきり投げつけるがあっさりとそれは避けられる。
だが今のは攻撃ではなく、邪魔だったから剣を投げ捨てたというほうが正しかった。
そしてユアは詠唱を口にし始める。
それと同時に足元から少しずつ複雑な魔法陣が描かれ始めた。
詠唱も魔法陣も見たことも聞いたこともないもので、その光景に魔術に長けている者も少し動揺し始めていた。
いち早くその怪しさを察知したのはグリーンのポケットの中にいた精霊で。
何も言わずポケットから出てきて目の前の光景をじっと見つめた。
「……レイナ、あれは早急にやめさせたほうがいいですよ」
シオンから出てきた言葉にレイナが眉根を顰める。
そしてシオンは淡々と言葉を続けた。
「あれは「召喚魔法」です」
「はぁ!? 召喚魔法だって!?」
思わず声を張り上げて言ってしまったレイナの言葉は周りの者達にもしっかり聞こえていて。
その言葉を聞いて一気に動揺が広がっていった。今まで顔色一つ変えなかった騎士達までも視線をうろつかせている。
その動揺はメインの場にいるティアナ達にもしっかり伝わっていた。
ティアナが焦ったように声を上げる。
「おやめ下さい! 召喚魔法は「女神の結界」に触れてしまいます!」
「いくら反女神派とはいえ、結界に触れるということがどういうことかは知っているでしょう!?」
ティアナに続きイースも制止の言葉をかけるがユアは鼻で笑う素振りだけ見せてそのまま詠唱を続けた。
騎士団が止めに入ろうとするが広がっていく魔法陣に触れただけで弾かれてしまっていた。
どうやら既に近づくことも出来ないようだ。
ちっ、とレイナは舌打ちをして腰に掛かる剣をすぐさま引き抜いてメインの場へと走った。
グリーンもそれに続く。
シオンだけはその場に残り目の前で構築されていく魔法を見つめている。
「……さて、何を召喚しようというのでしょうか。精霊か、魔獣か……それとも」
誰にいうワケでもなくシオンは呟く。
「それ以外だった場合、その召喚の意味を果たして正確に理解できているのでしょうかね」
そもそも女神の結界が召喚魔法をどうするのか、とシオンは続けて呟く。
その顔にはいつも通りの笑顔が出ているが、言葉はやけに重い空気を纏っていた。
さて、召喚魔法とは。
そして女神の結界とは。結界と召喚の関係とは。
その説明には内界と外界の話をする必要があるだろう。
「大地」と「魔王」と「女神」が存在する世界。
その話を少しだけお話ししよう。




