2、東の森騒動と魔法使い 2
さて、そんなこんなでレイナが訪れたのは王都から出て街道を少し外れた東の森。
城があれだけ広いのだから王都も相当広い。出るのに半日かかるくらいに広い。朝一に呼び出されてそのまま放り出されて真っ直ぐ森に向かったが時刻はそろそろ夕刻にさしかかろうとしていた。
もうその時点で面倒くせぇなぁというのをまったく隠さずに顔に出している。当然猫なんてものは被っていない。
服装も騎士団服など脱いで旅人のように軽装備だ。国王専属騎士ではなく今はただの旅人のレイナという魔導剣士である。
そうそう。なぜ魔導、とつくのか。
それはレイナが魔法を使えるからだ。そして剣技も優秀。国王専属というだけあってその実力はかなりのものなのだ。
そもそも内界の人は殆どが魔力を持っている。多少の魔力操作は可能で、その中で魔力も高く様々な技や技術を持ちえているものを魔法使いという。
魔法使いほど技術力は高くないが剣技だけではなく魔法も交えて戦う者を魔導剣士。そしてレインニジアでは騎士団のひとつに魔導騎士隊というのがある。
純粋に剣技だけの隊を騎士隊、魔法も交えて使うものを魔導騎士隊と分けられている。他にも様々な隊が存在するがそれはまた別の機会に紹介することにしよう。
レイナはこの魔導騎士隊の人間だった。魔導騎士隊はレインニジアで一番大きな隊で騎士団長もそこに所属している。
今朝出会ったレイナの弟……正確には義弟のレイも魔導騎士隊に所属している。ただし今はまだ見習いだ。
そこでレイナが見出され……たわけではなく。もっと別の理由があって国王専属騎士へと昇格することになった。
そういうわけで国王専属騎士であり魔導騎士という役職になっている。
まぁ今は魔導剣士ではあるが。
では話を戻そう。
この森に来るまでに一応レイナは騒動の噂を聞いて回った。仕事だからね。ちゃんとやりますよ。
ひとつ、最近この森で謎の爆音が響く。
ひとつ、火柱が上がった。
ひとつ、夜中に高笑いが聞こえる。
ひとつ、どこからともなく泣き声が聞こえる。
だ、そうだ。まぁ確かに奇怪だ。夜中に森の中で高笑いとか確かに怖い。正直確かめる為に入るのも嫌になる。
森自体は至って普通だ。大きくもなく小さくもない森。多少の魔獣という害獣はいるが最近はさして大きな被害もない。森の入り口には平和そうに数羽の白い鳥がチュンチュカ鳴いて……ないけど、のんびり飛んでたり羽を休めていたりする。
まぁ確かに森の中を覗けば人気もなく薄暗いといえば薄暗い。ただし森だから薄暗いっていうぐらいのものだ。
もういっそホラーということにして帰っちゃ駄目だろうか。駄目だろうな……地方の喧騒収束という名目で暫く飛ばされそうな気がする。
「やっぱり中に入らないと駄目かーやだなー入りたくないなー面倒だなー」
「おや、お困りですか?」
やる気のない独り言に返答が返ってくる。
誰もいないと思って気を抜いていたレイナは驚き振り向いた、ところで思わず頭を抱えそうになる。
いくら気を抜いていたとはいえ、騎士がこんなド素人のような反応をしてしまうとは……
いや、今の私はただの旅の剣士だ。こんな反応が当たり前だ。うん。気にせずにいこう。
振り返る瞬間にそんな切り替えをやってのけつつ、レイナは目に入ったものを見て動きを止めた。
それから眉を潜める。
「…………虫?」
「妖精です」
ポツリと呟いた言葉に即効で返事が返ってくる。さっきより早い。
妖精、と返事をした者の大きさはレイナの頭と同じくらいの大きさだろう。確かに妖精の羽が生えている。そしてふっさふさの長い尻尾がある。頭から生えてる二本の紐みたいなものは触角……だろうか。
紫苑色の長い髪をゆるく二箇所で結っている女性……少女だろうか。そのくらいの年齢に見える人型だった。
ふさふさの尻尾……妖精に尻尾なんてあっただろうか。本当に妖精か?
「妖精、正確には獣精という精霊ですね」
おっと、心を呼んだかのように返事があったぞ。やめろよそういうの。怖いだろ。
ますます眉を潜めるレイナに対して目の前の妖精といった少女はただにっこりと笑うだけだった。
「精霊はご存知ですか?」
「まぁ知ってるけど……」
「獣精というのは?」
「知らない。妖精学はあまり詳しくないからね」
「そうですね。そもそも妖精学は専門知識ですので。獣精とは獣から生まれた妖精とでも思っていただければいいです。そして私は獣精のシオンと申します。初めまして」
髪の色と名前が一緒だったよ。わかりやすくていいけど単純だな。
なんて思ったことは口には出さず、取りあえず名乗られたことだしレイナも簡単な自己紹介をする。
その間もシオンと名乗った妖精はニコニコとレイナを見ていた。
さて、この妖精なぜ声をかけてきたのか……
「で、ご用件は?」
「どうやらお困りのようでしたので手助けをしようかと思いまして」
「……妖精が?」
「はい、妖精が、です」
ずっとニコニコ笑うシオン。
そして先程よりも眉を潜めて胡散臭げに見るレイナ。
それもそのはず。妖精というのは気まぐれの種族だ。
それが困ってるようだから助けるなど、その裏に何があるかわかったものではない。
妖精を信じて痛い目にあうという話はよくある話である。
それを察したのかシオンはわざとらしくコホン、とひとつ咳をする。
「まぁ、疑うのも当然ですね。あと妖精ではなく出来れば精霊と認識していただけると嬉しいです。妖精より知識も豊富ですので。そう、その知識です。私が提供したいのは」
「は? 提供?」
「ええ。何事もナビゲーターって必要だと思いません? 初めての場所は何の情報もなくて不安になるでしょう。そこで! このナビゲーターという情報です! まずはこの先がどうなっているのか、どんなことが起こっているのか、それを一足先に提供する。それがナビゲーターというなの情報提供屋です。どうです? とってもお得なことだと思いません?」
「え? なにその夜中の通信販売みたいな話術」
「そういうどうでもいい知識は今は横に置いといてください。さて、で、いかがいたします?」
「は?」
「私の情報、欲しくはありませんか?」
「…………まぁ」
「ご安心下さい。嘘とか罠に嵌めるとかじゃありませんから。もしそうだった場合、捕らえてこの国の法に乗っ取ってちゃんと裁きを受けますから大丈夫ですよ」
そう言われるほうがとても怪しい。
しかし疑うのも信じるのもどちらも確信はない。ここで断ってもこいつ、ついて来そうだ。
なら逆に逃げないように縛り上げてから情報きくのでいいのではないだろうか。
というかそれしか先に進む方法がない気がする。
そうレイナは判断して目の前でニコニコ笑う妖精と話を続けることにした。
「じゃあ、情報提供の前に縛り上げさせてもらう」
「いきなり物騒ですね!? まぁ、それで安心するなら別にいいですけど……」
「案外潔い」
「情報は信用第一ですから。さぁどうぞ」
「そもそも妖精が信用第一っていうほうが怪しいっての」
いまだに怪訝そうにレイナはシオンを見るが、取り出した縄をシオンにくくりつけることで若干その表情を緩めた。
果たして妖精というものに縄のような束縛が有効かどうか疑問だが、そこはもう気持ちの問題ってことで片付けておく。
「さて、では情報ですね」
「何を知ってるの?」
「まず、この森の騒動ですがどうやら森の中に二人の魔法使いがいるそうです」
「魔法使い?」
「ええ、その魔法使いがどうやら日々争いをしているようで。そのせいで森や街道に多々被害がでているそうです」
それがあの爆音やら火柱、ということらしい。
なんて傍迷惑は魔法使い達だ。なんでこんなところで争いとかしているのか……
つまりそれを確かめに行かなくてはいけないということだ。
行きたくない。どう考えても面倒くさい案件だ。このまま引き返して別のもっと頭が回る人間を派遣すべきじゃないろうか。
「話し合いで解決とか無理そうな雰囲気ですよ」
「だから! 人の心を読むような返事するな! 怖い!」
「それは失礼しました。ちなみに心は読んでませんからね」
「当たり前だ! そんなことしてたらとっくに魔法で対策とってるわ!」
さすが魔導騎士とシオンから賞賛らしき言葉をかけられるが嬉しくはない。
そんなことを忘れ去るように、はぁ、と溜息をレイナは漏らして嫌そうに森を睨み付けた。
「まぁ、やるわよ。その為に追い出され……依頼されたんだから」
「追い出されたんですね……まぁ頑張ってください。ところで」
「ん?」
「情報は提供したので料金払ってください」
「は!!?」
「は? じゃないですよ。まさか情報がタダだとでも思ったんですか? 世の中舐めないで下さいよ。何事も等価交換です。それなりに見合った金額を払うってもんが筋でしょうが」
「どこぞの詐欺だよお前!!!! 信用第一とか言ってただろ!!」
「はい。もちろん。その信用をしっかりしたものにする為に金銭のやり取りがあるんでしょう。タダほど胡散臭いものはありません」
「く、妖精の癖になんて現実主義……」
通販番組ではなく詐欺でした。
妖精が金要求とか、色々イメージ台無しじゃなかろうか。
ちなみに情報だけでなく、アイテム提供も行っております。もちろんそれなりのお値段はしますが。などといい始める妖精。なんでこんなに商売根性逞しいんだこいつ……
しかしシオンの言うことは一理ある。ヘタに信用して先程も警戒した嘘や罠にかかるくらいなら料金払って安全を買う。
……間違いではないが、やはり相手が妖精というだけでそれだけでもどうにも信じづらいがここは腹をくくるしかないだろう。
というかここで金を払わなかったら以後も付きまとわれそうだ。金の恨みは根深いというのは当てはまりそうな気がする。
そんなわけで渋々ながらもレイナはシオンに情報への対価を支払うことになった。
では、こちらで。と提供された金額をレイナは見る。
「高いわ!!!!! 高級住宅でも買うつもりか!!」
「高級住宅は庶民の夢ですよ!」
「お前は妖精だろうが!!!!」
「それもそうですね」
思わず叫んだレイナをさらりと言葉で交わしてシオンは改めて料金計算を始めた。
こいつ、首絞めてやろうか……と思ったのは仕方ない。実行しなかっただけありがたいと思って欲しい。
そうして改めて提示された料金に多少眉間を潜めるも、レイナは納得する。
ただし、そこまでの金額を用意はしていなかったので後日支払いとなった。なんだこのやり取り。なんでこんな金のやり取りしてるんだろう……とちょっと遠い目をしたくなった。
さらにシオンから身の安全の為に装備を整えますか? と提供があったが拒否した。断固拒否した。
誰がこれ以上金を出すか。
そうしてひと段落したところで気は進まないがレイナは森へと入ることにした。
いざ進もうとするとその後をシオンがついてくる。
ちなみに料金を支払うと応じた時点でシオンの縄の拘束はといている。拘束している意味がなくなったので。
「……金なら後日払うっていったでしょ」
「いえ、それはちゃんと住所教えてもらったので大丈夫です。それとは別ですよ」
「これ以上金は払わないわよ」
「大丈夫です。絶対、アイテムや情報が必要になる状況になると確信してます! ファイトです! 金づる!!」
「お前、本当に妖精かよ!!!!」
問題である森に入る前に既にぐったりとしてしまうレイナにニコニコ笑うシオンがついてくることになる。
商売根性逞しい妖精が仲間になった!
●14
■1
○1
10