17、宗教学会と旅巫子 2
「バルハードまで来るとは珍しいな」
「宗教学会のお話と聞きましたので宰相殿と共に参りました。国王陛下」
「ああ、そういうのはいい。今は公式ではない。昔みたいにしろ、堅苦しい」
「んんっ! そういうわけには」
「お前の娘は俺を遠慮なく罵倒するぞ」
「…………」
視線だけで横にいるレイナに何かを言ってくるが、レイナはバツが悪そうに顔を背けるだけで何も言わなかった。
それからバルハードはもう一度国王へと視線を戻す。国王であるツォリヨはだたニヤニヤと笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。本日は木材のようなものだけで出来ている扇を手先だけでくるくると回して遊んでいる。綺麗なデザインが彫られた木の扇はとても軽くシンプルながらも気品あふれる一品となっている。
暫く無言が続くが諦めたようなバルハードの溜息で静寂は崩された。
「お前は相変わらずだな、ツォリヨ」
「それは実にいい褒め言葉だ。では俺もそう返そうか。バルハード」
「俺にとっては褒め言葉ではないな」
「昔はもっと荒々しかったな! となれば落ち着いたというべきか!」
はは、と笑い声を上げるツォリヨに対してバルハードは眉間に皺を寄せる。
明らかに人で遊んでいるのをわかっていてそれに乗るつもりはない。
昔からこいつは本当に変わらない。人をおちょくっては上手く人を操る。不真面目そうにして実は裏で手を回してることは多々ある。
計算高い。いい意味でも悪い意味でも。正直、敵には回したくない。
それがバルハードの昔からのツォリヨの印象だった。
バルハードとツォリヨはもう随分と長い付き合いだ。
それこそツォリヨが王座に就く前、まだ王族という義務を背負うことのない気軽な騎士時代を共に送っていたことがある。
同年代で同僚でお互い魔導騎士で、友でありライバルであり背中を預けることもある、そんな絆を築いてきた二人。
二人だけではない、今でも騎士としてかつての同僚達は現役でいる。その仲間に騎士団長や魔導師団長も含まれる。
全員が同年代だ。今では妻を持ち、子も大きく育つくらいの年月が経っている。
もう一度言おう、同年代だ。
「一人だけやけに若そうなのいるけど……詐欺じゃないかな」
「何かいったか? レイナ」
なんでもありません! と慌ててレイナは返す。
とても小さな声で呟いたのに地獄耳過ぎるんじゃなかろうか。国王は。
国王であるツォリヨは見た目が若い。まだ三十……いや二十代と言っても十分通用するくらいには若くみえるだろう。
以前も述べたが見た目が若いことを迂闊に口に出してはならない。ツォリヨは見た目をやけに気にしているのだ。
童顔とか若いとか口にだしてしまうと、次の日には極寒の地と呼ばれる場所に飛ばされたり、魔獣の巣窟に単身放り込まれたりする。
ちなみに実話だ。それを体験したのはレイナと極一部の者だ。
ついでにその言葉だけは他国の者でもツォリヨは容赦しなかった。国を通して許可を貰いその者を自国でえらい勢いでタダ働きさせて満身創痍状態にしたこともある。もちろんその後はきちんと回復させて責任もって送り返した。ただし、その者の心にはトラウマが刻み込まれることになったが。
それだけ非常に気にしている事項なのだ。
誰もこのことに触れてはいけない。王の耳に入れてはいけないという暗黙の了解が存在する。
冷や汗を流すレイナに対して笑顔でありながら冷たい目で見下ろすツォリヨ。
蛇に睨まれた蛙状態で固まるレイナの横でバルハードがわざとらしく咳をする。そうしてツォリヨの視線を自分に向けることでこの場の空気を一度入れ替えるようにした。
「少し冗談が過ぎるぞ」
「まぁいつものやり取りのようなものだがな。はは、お前も娘には甘いな」
「お前が言うな」
「それを言われると反論できんな! さて、では本題に入ろうではないか」
先程までの冷たい視線などなかったかのようにツォリヨは豪快に笑う。
すっかり二人のペースになっていることに珍しく横にいるレイナが戸惑った。
そもそもいつも呼び出される時には宰相と国王の二人とレイナが一人対面するということしかなかった。
バルハードとツォリヨがかつて同期だったことは知っていたがここまで気軽な仲とまでは知らなかった。人をからかって適当にあしらって顎でこき使うツォリヨがバルハードに窘められ、それを受け入れる姿。
いつもは威厳を背負い騎士達を指導する団長として、時に甘くそれでも頼れる父親としてしっかりした人が呆れたような溜息をつき、それでいて気軽な言葉でツォリヨとやり取りをするバルハードの姿。
どれもレイナにとって珍しい姿であり、なんとなく簡単に割って入っていいように感じず、いつもの反論などは口に出すのは戸惑われたのだ。
それぞれ背負っているものが姿勢や言葉遣いに出てはいるものの、声音に表情が実に気安い雰囲気を出している。二人がどれだけ信頼し、信用しているのかが第三者であるレイナでもよくわかった。
「毎年恒例、宗教学会。今年は魔導騎士団に護衛をまかせたい」
「去年は魔導師団だったな」
「なんでも魔法の研究結果をメインにしていたらしくてな。だから魔導師団を派遣させた。見事に泣いて帰って来たぞ!」
「いや、笑うところじゃない。あの青月団長ですらぐったりしてたらしいじゃないか」
「ぐったりですむ様なもんじゃないがな。今年はさらに一つ団体が加わったらしい。おかげで何が起こるかわからん」
「……だから魔導騎士団というわけか」
「そういうことだ。そうそう、レイナは魔導騎士団という枠ではなく国王専属騎士の名で行ってもらう」
「やっぱりそっちなんですね。……何があっても自由に動けるように?」
「そんなところだが、一番は何しようが俺の名で全てねじ伏せられるようにだな」
「本当に……一体なんなんですか。そういう事態が起こりうる宗教学会って……」
いつもの勢いで突っ込む程の空気ではなくて、ただただレイナは諦めたように深い溜息だけをついて終わる。
宗教学会とは騎士団の中でも有名なイベントだ。
毎年行われる各宗教が集まり各自の活動を報告、発表、意見交換等を行う催し物でレインニジアの神殿で毎度行われる。
レインニジアの神殿はとくかく大きい。学会が行われるホールは扇状になっており数百人は収容できる広さとなっていて、劇場のような作りになっている。
ホールも広ければ聖堂も広い。二階席も用意されており、天井は遥か上空にあり見上げると首が痛くなるほどだ。
催し物を行うホールのようなものがさらにいくつか存在し、歴史書や遺跡物のようなものを展示する部屋など様々な場所が存在し、解放されている。
そんな場所で行われるものだから人がとにかく集まる。それこそお祭り騒ぎだ。
学会なのになぜそんなに人が集まるのか。
実はこの学会、別の理由で有名だったりするのだ。
別名、宗教実力決勝大会。
そう。実力。物理。
毎度毎度、意見交換で白熱しあい、今まで己が磨いてきた実力をそこで発揮するのだ。物理で。
口論では収まらない、殴り合いあり、魔法合戦あり、なぜか剣技まで飛び交う場所となるのだ。
そうして白熱しあって収拾がつかなくなり騎士団が出てきて取り押さえて終わるというのが一連の流れである。
それがまぁ、見ているほうも白熱するものでいやに盛り上がるのだ。学会は誰もが見学可能としている。
その為、毎年どの宗教が最後まで残るのかとそういう話で賑わう。学会の内容ではなく、宗教VS宗教の対決を楽しみに皆見学にくるのだ。
なんでそんな物騒なイベントを毎年やっているのかって?
国が認め、女神の塔すらも認めているお互い異なる宗教が集まり意見を交わすということが、この場所しかないからだ。
そうでなければお互い宗教同士関わろうとすらしないだろう。信仰というものは派閥が違うだけで争いが起こりがちなのだから。
自ら争いを起こそうなんてお互い思うわけがなく、関わりを普段持たないのが普通だ。
しかし、それを敢えて宗教を集めて話し合いをしようとしているのか。
お互いを把握することで牽制をする為だ。主に女神信教が。
決して女神信教が他の宗教を制圧したいわけではない。ただし大きくなりすぎてもいけない。
他の宗教が大きくなれば元々大きな勢力を持っている女神信教と反発しあう仲になる。そうなってしまえば女神信教を担っている女神の塔が黙ってはいられなくなる。
聖騎士を派遣してでも制圧しなくてはならなくなるのだ。聖騎士の派遣はすなわち粛清。
宗教が他の宗教を粛清する等、本来あってはならないこと。なぜならそれはその宗教が信仰している神を否定することになるからだ。
だからそのようなことが起こらないようにお互いの状況を把握する為に話し合いの場を設けている。
そして殴り合い、なんて状態になっても黙っているのは、いうなればストレス発散だ。
ある程度のことは黙認して多少のガス抜きをすることでお互い分かり合おうね、ということだ。
死人さえ出なければいいのだ。
そしてその死人を出さないように毎度頑張るのが騎士団の役目。
体張って見学に来てる人々を守り、争っている者達を見極めて大怪我を追う前に退場させ、それでもある程度殴り合いをさせるのを見守り、十分争いをさせたところを見計らって取り押さえる。
体力も神経も使う大仕事なのだ。
そして争っている人達は結構全力で争う。そんな相手に手を抜けるわけもなく。だからといって此方は手を出すことは出来ない。
そんなことだから前回は全力の魔法合戦が始まり、防御結界を張ったり威力をいなしたり、魔法が飛び交う中に飛び込んで怪我を負わない程度に全戦力を無効化して取り押さえた青月団長は相当頑張った。
終わった後に数日間無気力になるくらいには頑張ったのだ。
団長がそうなるくらいだ。他の騎士達だってそりゃあもう大変で。
だからこのイベントに駆り出されることを騎士達は「生贄」というのだ。
そして今年の生贄は魔導騎士団となったのだ。さらに国王専属騎士も添えて。
「そういうわけで魔導騎士団に今年はまかせた。取りあえず今日は神官に顔を見せにいってやってくれ。学会の警備配置も考えねばならんからな」
「承る。いいな、レイナ」
「……はい」
「うむ、やはりバルハードがいると実に素直でよい。普段のやり取りも面白いがこういうのもたまにはよかろう」
「いや……いや、それは、でも……」
「どうした。遠慮なくいえばいい。いつもはそうしているのだろう?」
「そう、ですけど……いえ、大丈夫です。黒星団長」
横に上司であり、親でもある人物がいるというだけでどうも歯痒い。
いつものように国王に対して色々言いたいことはあるが、それを口にするのは躊躇われた。
レイナのそんな葛藤がわかっているのだろう。こちらを見下ろすツォリヨは実に楽しそうにニヤニヤ笑っている。
普段のレイナとバルハードの関係を知っているからこそそんな楽しそうにしていられるのだろう。
それがわかっていても何も言えずレイナは奥歯を噛み締めた。
そんな態度のレイナを見て、ただバルハードは首を僅かに傾げるばかりだった。
「はっはっは! そうだな神殿に行くまでは別段することもなかろう。時間の指定も特にはない。ゆっくり城下町でも見ながらいくがよい!」
余計なお世話だ!!
心の中だけで叫んで、口はさらに奥歯に力を入れる。ぎしっと歯軋りがするが我慢だ。
そう、国王はつまりこういいたいのだ。
たまには親子水入らずで話して来い、と。
レイナにははっきりそう聞こえた。たとえ声に出してなくてもそう副音声が聞こえた。
ただ横にいるバルハードには聞こえなかったらしく、素直に頷いただけで終わった。
そりゃそうだ。バルハードにその副音声はいらない。
気にしているのはレイナだけなのだから。
なんとなく気まずい気持ちになるのも、そう思ってしまうこと自体に気が重くなるのも、レイナひとりが勝手になっていることだ。
ああ、どうしようか。いや、どうする必要もないのだけども。
そんなとめどないことを考えながらレイナはバルハードと共に謁見の間を後にした。
少し親子話が続きます。
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