11、盗賊とエルフ戦士 5
『まず……アンタの戦闘能力ってどれくらい?』
二日前、レイナがグリーンに聞いたのはそんな質問からだった。
『は?』
『使い物になるのかどうかって聞いてるのよ』
『いきなり言い方酷くなったな。それなりに強いと思うぜ?』
『曖昧すぎ』
『では完全に敵意しか持ってない野良熊100体に対して何体倒せるか、というのはどうでしょう』
『急に具体的になったな! 流石にそんな相手にしたことなんかねぇけど……多分全部いけるぞ』
『おお、全部とは凄いですね! ちなみに根拠は?』
『そこまで求められんのか!? まぁ多少強化魔法使えるし、持久力はあるぜ。多分普通のエルフより断然腕っ節もある。あと似たような魔獣を30体をこの間無傷で倒した。依頼でな』
『お、やるじゃない。ならいけるかな』
グリーンの返答にコツコツとテーブルを指で叩きながらレイナは頷いた。
少しだけ考える素振りを見せてからレイナは自分が考えていたものを口にする。
『作戦って程じゃないけど、まぁ簡単に言えば私達の方から乗り込んで潰す、方法が手っ取り早いわね』
『先程グリーンに戦力を聞いたのは?』
『そのまんまの意味よ。戦力になるかどうか。なんなきゃちょっと手間だけど連絡役を頼むところだったわ』
『え? グリーンさんは戦わないってことですか?』
『そうね。でもそれなりにやれるならこのまま決行するわ。ただしスピード勝負よ』
『なんでだ?』
『盗賊ってのは案外周りの状況を把握してるものよ。もし複数いた場合、お互いの獲物が被っていざこざを起こすとか自滅するような真似を回避する為にお互いの行動を見てるものなの。つまりどこかの盗賊が捕まった、なんて情報は直ぐに別の奴に伝わるようになっているわ。そうすると逃げられる』
『まぁそうだな。近場の奴らが捕まれば次は自分だって思って逃げるよな』
『だからそれをさせない為にさっさと一つを潰して次に行こうってこと』
『え、でも、場所とかわからないんじゃ』
『そんなもんとっ捕まえたどれかに聞けば直ぐわかるわよ。全部と本気でやり合う必要もないし、頭潰して残りは適当に回りに転がしておけばいいわ。しょっ引くのは国の人間の役目よ』
『レイナは騎士なのでは?』
『今はそこはいいの! まぁ非効率に見えるけど正直なところ、私は盗賊が複数いるとは思ってないわ』
『え? なんで?』
『被害状況が統一されすぎてるから』
レイナはそう答えると、グリーンとネーナは首を傾げた。その二人にシオンがさらに説明を付け足しをする。
どの場所でどのような奴がどのようなことをやったのか。その情報に殆ど差異がなかったのだ。
例えば町中で誰かが襲われたという被害が数回起こったとして、薄暗い裏道で、荷物を持っていそうな人物とかちょっと身なりがよさそうなのとかが一人でいる、襲ってきたのが必ず数名で種族は獣人だった、とか。
町中で起こった被害が殆ど内容が同じだった。もちろん多少違う部分もあるが場所や人物が違うくらいは今回はどうでもいい。
注目するのは人数、種族、その犯行を行う範囲だ。
被害状況をよくよく見れば、どの犯行も範囲が被っていないのだ。
町中で裏道で襲うやつらはこの人数でこういう種族、街道では複数の人間に馬車が襲われ馬車ごと奪われる、とある程度決まっている。
『? だから複数いると思ってんだろ? さっきも言ったじゃねぇか。お互いを把握してるものだって』
『たかがその辺の盗賊が、ここまで一度も鉢合わせすることなく仕事をすると思う?』
『それは……』
『いくらお互いを把握してるものだっていっても、やり方を綺麗に使い分けてるとかないわね。時間帯とか被ってもおかしくないでしょ。それなのに時間帯が一度も被ってない』
『一度も鉢合わせもせず、時間帯も合わず……もし違う別々の盗賊だったのならそれはもう盗賊というより立派な一つの組織ですね。国単位ではないでしょうか』
『国単位の組織がこんなしょぼいことしないでしょうが。そんで盗賊同士もそこまで徹底して相手の行動を把握するわけがないってこと』
『と、いうことは』
『ひとつの盗賊がそれぞれの得意分野で動いてる。大所帯の盗賊ってところでしょうよ』
はーなるほどなー、とグリーンは納得の息を漏らす。
しかしネーナは逆に首を再び傾げていた。
『でもさっきの話では複数いるからスピード勝負だといったのでは?』
『別に複数いてもいなくても変わらないわよ』
『え?』
『早く決着つけなきゃそれだけ逃げる連中は増える。逃げ出す前に潰さなきゃいけないでしょ』
なんていったって潰す役割をするのが二人しかいないんだから。
さらりと続けられたレイナの言葉にグリーンがぎょっとする。
え? 応援とか呼ばないのか? と聞けばジトリとレイナに睨みつけられた。
そんな行動をとれば人数だけは揃っているだろう盗賊達だ、すぐにバレるだろう。そして此方が踏み込む前に逃げられる恐れがある。
だからこれ以上戦力は増やさない。多分、騎士服を着ているレイナが来ている事だって気づかれているかもしれないのだ。
ならば攻め込むのも早めがいいだろう。今から他の騎士達を呼んで集めていたら時間がかかりすぎる。
『だから私とグリーンで盗賊達を締め上げるわ』
『おいおい、マジかよ』
『大マジよ。何、自信ないの?』
『そういうわけじゃねぇけど、骨が折れるなぁ』
『大体アンタ疑いかけられてんだから自分の手で疑い晴らしなさいよ。盗賊のエルフとっ捕まえて』
『ああ、そうだな! その辺は一発くらい殴ってやらねぇと気がすまねぇよ』
『じゃ、そういうことで……』
『あ、あの! 私は何をすれば!?』
『人質確保』
『え?』
自分は戦力外と判断されているようで、じゃあ他にやることはないかとネーナが声を上げれば即座にレイナは返答する。
しかし返された内容にネーナは三度首を傾げるのだった。
『人質……ですか?』
確かに攫われた人はいる。人質かどうかはわからないが領主に説明していた内容を思い出すと確保なんて出来るのかどうかが疑問だった。
それについてシオンがコホン、と咳をして話題を自分に向ける。
『領主の前だったからあのような説明を致しましたが、十中八九、攫われた方々は奴隷売買されているでしょう』
『手伝わされてるとか……どこかに金銭要求してるとか』
『ないですね。攫った人間を小間使いになんてしてたら簡単に逃げられるでしょう。そうしたら居場所がばれてしまいます。裕福な人間を人質に金銭要求とか、そんな時間と手間がかかることをするくらいならそれだけの大所帯です奪って売り払っての方が効率が良いでしょう』
『売買は簡単に出来ないって……』
『ええ、出来ません。ですから開催するときまで一箇所にまとめて管理しておく必要があります。ここ暫く開催予定がないようですのでまだどこかに幽閉されているでしょうね』
『…………あの、なんで開催されてないって知ってるんですか?』
『さて、なんででしょう?』
にっこりと笑うシオンにネーナの方が視線を逸らした。
これは多分、聞いてはいけない奴だと悟ったらしい。
そういうわけでネーナはそういう人達の保護ということになったらしい。
『では見つけ出して救出ということですね!』
『違う。そのまま確保してて』
『え?』
『ヘタにそこから動いて巻き込まれても助けないわよ』
『ヒィ!』
一体何をするつもりだ、とは言えなかった。
レイナが助けないといったら、きっと本気で助ける気はないのだろう。つまりそれだけ動き回るということだ。
盗賊と派手なやり取りが想像でき、ネーナは青褪めた。確かに、それならば一箇所に固まって動かないほうがいいだろう。
つまり、ネーナは何かあったときに巻き込まれるのを防いだり、捕まった人たちが盗賊にいいように扱われないように見張ったりする役目ということだ。
そうなるとネーナはレイナ達よりも先にその人々が捕らわれているという場所に辿り着かなくてはいけない。
では、どうやってそこへ行くのか。
ネーナがそう尋ねれば、レイナはニヤりと笑う。
『人が攫われるのって大体街道なのよ』
『はぁ』
『馬車ごと攫うそうよ。多分魔法使いのようなのがいるわね。貴族みたいに豪華なのは狙わない。貧相すぎるのも無視。ある程度、裕福そうな馬車が狙われるの』
『そうですか』
『つまり、その程度ならここでも用意できるってこと』
『え?』
『見た目は悪くないんだから着飾れば十分でしょ。人数は最小限に……そうね、グリーン辺りが御者すればいいし、上手く逃げることも出来るでしょ』
『それって』
『もちろん。攫われなさい。ネーナ』
そこで悲鳴を上げそうになったのをレイナに口を塞がれて不発に終わった。
そもそも現状で盗賊の居場所がわかっていないのだ。一人誰かが攫われてくれたほうがさっさと居場所がわかって楽だ。
何もせず攫われた人達の居場所にいけるし、盗賊の居場所もわかる。一石二鳥だろう。
まぁ予想が外れて個室とかに捕らわれてしまったのなら、頑張って自力で脱出して捕まってる人たちを探し出してもらうしかないが。
そこまで説明するとネーナは泣きそうになったが、シオンが一緒についていくということでどうにか納得した。
そうして他にいい案も出ることがなかったのでレイナのその作戦で行くことになったのだった。
自然を装う為に着飾ったネーナがこの町に立ち寄り、すぐに別の町に行くというていで二日間町を歩き回った。その間に秘密裏に馬車の用意をする。その他もろもろの準備も整えて二日後の夕方に決行となったのだ。
「案外上手くいくもんなんだな」
「統率取れてるから賢いのがいるかと思ったけど、そういうのはあまり表に出ないものだからね。出てくるのは多少胡散臭くても気にしないような奴らよ」
合流したグリーンとレイナはそんな会話をして特に動くわけでもなくその場に佇んでいた。
すぐに追いかけるわけには行かない。なぜならネーナがちゃんと捕まってる人々のところに放り込まれなくてはいけないからだ。さっさと乗り込んでしまったらそこにたどり着く前にネーナが放置されかねない。それじゃ意味がないのでこうして適当に時間を稼いでいる。
追いかけて場所をみつけなくていいのか、と思われるだろうがそこも心配はない。
「にしても本当便利だよな」
「高いけど」
「やっぱり金取るのかよ! ええっと、ベレル産魔道具だっけ」
「目印になるものの方向を示す魔道具ね。もちろん目印はしっかりネーナが持ってるわ」
「ベレルって魔道具すげぇ作ってんだな」
「魔道具技師が集まる国家だからね。魔道具の殆どがベレル産よ」
そんな会話をしつつ、二人の視線はレイナが取り出した懐中時計のような物に集まっている。
時計の針のようなものが一本だけ有り、表面から若干浮いている。そしてある一定方角のみ指して揺れている状態だ。
その先にネーナがいる。正確にはネーナが持っている魔道具を示している。
これもまたシオンが持っていた魔道具で、有料だ。仲間だからといってタダにするほど優しくはなかった。
有料といえば用意した馬車も金がかかっている。これはシオンが持ち出したものではなく、町で用意したものだ。金はもちろん経費で落としてもらう。
そこまで思い出してふとレイナはグリーンを見た。針はまだゆらゆらと揺れているのでまだ盗賊たちの根城には到着はしてはいないのだろう。なのでどうでもいい会話をもう少し続けることにしたのだ。
「そういえば便利なスペルティ持ってんのね」
「ん? ああ、「万能力者」か」
「そのおかげで御者が出来たわけだけども」
グリーンの持つスペルティ「万能力者」
これに気づいたのはシオンだった。
「万能力者」……何においても卒無くこなしきる者。全てを得て身につけることが出来る。
つまり一度教わればそれを覚えて使いこなすことが出来るということだ。
なんだその反則的な能力は。
しかしおかげで御者の役割も領主のところで専属で働いてる御者から指導を受けただけで簡単に馬車を操れるようになった。
グリーンにおいては「俺って器用だなぁ」程度しか思っていなかったのだからある意味宝の持ち腐れだったらしい。
これでもし馬車が操れないようだったらそのまま領主からその御者を借りる予定だった。正直、命の保障は出来かねなかったので無事グリーンが馬車を操れるようになったお陰で結果オーライとなったのだが。
そんな会話をのんびりしていれば手にしていた魔道具の針がピタリと止まった。
どうやら目的の場所に辿り着いたようだ。
それを確認して二人は頷く。
「それじゃ行くとしますか」
「ええっと、スピード勝負だっけ」
「そう。さくっと終わらすわよ」
「了解」
グリーンが頷くとレイナは魔道具を片手に持ちつつ走り出す。
それに付いて行くようにグリーンも続いた。森の中を走ることになったがその足音はとても静かだ。
だが二人とも走る速度はとても森の中とは思えない早さだった。
お互いの戦力のすり合わせはこの二日間で確認済みだ。何度か組み手も行っている。
グリーンの万能力者なんていう羨ましい……役立つスペルティのおかげで組み手を行いつつもレイナの技をいくつも覚えていった。そのことになんとなく悔しくなって技とか関係なく途中から力の限りぶん殴ったのは内緒だ。グリーンがそれで吹っ飛んでいったことすらレイナは忘れることにした。
こうして足音立てずに走ることもグリーンはレイナから習得した。やはりなんとなく悔しい。
暫く無言のまま走れば見えてきたのは岩のようなもの。
しかしよく見れば岩の陰に結構大きな穴が開いている。上手い具合に木々に隠れているようだった。
魔道具はその穴をしっかりと指している。
それを確認して二人は穴の前で足を止めた。周りに人気は無いようだ。
ならば後はやることはひとつ。
この盗賊の根城をぶっ潰す。
●1459
◎4
△2