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解放

解体作業が多少入りますが苦手な方は頑張ってください。

私のそんな失態にもかかわらず、感覚的にはその力の根底は分からなかった。次のアプローチとしてはこの体がほとんど人間と一緒の構造をしていると仮定して、その中から違和を探す。私が『私』であったときの感覚を持ち合わせているからこそできることなのだが、やはり私は『私』自身のことは何も思い出せない。


まあいいか、とうっちゃって、私はとにかくそのなんだか分からないもの、という何かを探り始めた。全身をつつき、体をうねうねねじりながらいろいろ試してみる。結果、私の体にそれらしきものはない。皮膚も、髪も、目も。


「……むなしい」

でろんと床のラグマットの上に転がって、それから恨めしげに我が手を見やった。ぐすん、と鼻をすすり、それから気を取り直してもう一度座り込む。


考え方を変えるべきだと思う。まず、その目的とする器官はきちんと形のあるものなのかどうか、いや、これでは落ち着いていないのと全く同じことだ。私はふう、と呼吸を整える。心はざわざわしたままだが、とりあえず体だけは先に休止させておく。そうすると頭が後からついてくる、こともある。


「よし、外出しよう」

即断即決で私は外に飛び出してみたが、どうもやることが見当たらない。ここ最近低温やけどをしてしまったこともあって、ぼんやり考え込んでいたのが原因だからと、しばらく勉強が禁止になってしまったのだ。

あまりにもすることが無くなんとなく自らの根をつめる性がむなしく感じたが、顔を上げたそこで丸いドーム状の建物が見えて、新しい知識を求めて私はそちらへと足を運んだ。


着いてすぐ、中にある獲物の解体作業をしているのが見えた。私は近くによって行って、それから大人に声をかけた。

「こんにちは、ハロリオさん」

「ああ、こんにちは」

さわやかな好青年といった風体で、その額からにじみ出る汗はさわやかな味がしそうなほどきらめいて見える。男にしてはぱっちりとした二重で、まだ年若いと見えた。三軒隣なので、いつぞや挨拶したこともある。


「あの、私も手伝えそうなこと、ありますか?」

「ああ、あるよあるよ。ナイフも貸してあげよう。どれ、お兄さんがいろいろ教えてあげるよ」

そう言って彼は二本の研ぎの違うナイフと、それから煮立ったお湯をひしゃくのようなものをつけて用意し、一匹の水色の獣を引っ張り出してきた。ほとんど球体のような体に手足がついている。元の世界で言えばまるんまるんの体に短足なコーギーとかいう犬に似ている。


「こいつはクォペっていってね、氷の中に穴を掘って生活するんだ。毛皮は氷の中にいるときは常に青くしていてね、見つけるのが難しいんだ。重なった氷は青く見えるだろう?」

「うん」

「氷ごと貫いて殺す。毛皮を取るときに駄目にならないようにこう、頭の後ろからあごに向けてね。そうやって殺すと、毛皮の青い色が綺麗に出る。クォペは身はあんまりないし、内臓も臭くって食べれたものじゃないけれど、手間隙かけてその骨からとった出汁はすごくおいしいんだよ」


私はこくりとうなずいた。それから解体の方法を習う。まずは体を洗浄。これは虫などを入れないためだが、しばらく外に放置しておけば温かかった体からは逃げていくし、スニェーの民はこれらの寄生病とは無縁のものであるため、さっとである。肉に汚れがつかないよう、という配慮もある。


それから下腹部あたりの、たるんだ下腹の毛皮をつまみ、内側までじゃきん、と切る。このとき腹の腹膜は破かないように注意する。うっかり中身がこぼれたなどということになれば大惨事間違いなしだからだ。


そして、その切込みから喉元まで丁寧にナイフを入れる。このナイフは片方しか刃がついておらず、もう片方はなまくらもいいところである。刃を上に向けて、皮膚の内側にナイフをもぐりこませて滑らせると非常に良く切れた。たまに勢いあまってナイフが毛皮からすっぽぬけ、またナイフを皮膚の下にもぐりこませることもあったため、その毛皮の端はがたがただ。

後はその取っ掛かりをつかんで、ぐいぐいときつい服を脱がせるかのごとく引っ張っていく。これが意外に体力を使う仕事だった。


指先は爪の部分を丁寧にそぎとって、見た目は子豚の丸焼き直前、といった風体である。それから胸から腹の部分をかっさばいて、内臓は傷つけないように桶の中に放り込んでおく。このとき糞や小便が出たりすることもあるが、尿道などを外に出しておけば問題ないと彼は言った。


そして丁寧に枝肉へとばらしていく。頭を手渡されると、中途半端に皮をはがれたクォペの目と目が合ってしまい、ちょっと気まずい思いをする。

「クォペは、噛み付いたり?」

「あー、あんまりしないかな?とにかく、逃げ足が速い。獲れるときは獲れるし、獲れないときはてんでだめ。今回は十匹くらい混じってたからね」


かなり大漁だったらしい。私はそいつを桶に戻そうとして、ちょっとだけためらうとその口を戯れにぱかりと開いた。

「なに?どうかした?気になることでもあった?」

「あ、いや、その……頭は食べたりしないんですか?」

「ああ、脳みそが内臓と一緒でね、臭いんだ。それを食べる数寄者、っていうか変人はいるって聞くけれど、やっぱりね。どうしても受付けない。あ、そうだ。肉同士を綺麗にはがす方法をその頭でやろうか。あごのところの筋肉ね」


私はナイフが肉の境目に滑り込んで、めり、とはがされていくのを見る。部位ごとというよりは、筋肉ごとの解体だ。

「こういう風に筋肉には流れがある。ここと、ここ。骨にくっついているここをはがせば……ほら。綺麗に全部はがれただろう?」

「わあ……」

つるんと綺麗にそげたそれを持って、それから完全に下あごを頭から取り外す。ふと、舌の根っこにこり、とした感触を感じて、私はナイフでちょっとだけそれを割く。より具体的に言えば、舌の根よりも少し奥、喉と舌の境目辺りに、それはあった。


ころりとした青色の石。光にかざしてみると、やけに中身が動いているように見えた。私が不思議に思ってハロリオに首を傾げて見せると、「ああ、それは命石(ブォルレッゾ)だね」と答えが返ってきた。

「命石?」

「そう。たいていの、ここいらのイキモノの喉らへんにあってね。僕たちには何だかさっぱりなんだけど、彼らにとっては致命傷を与えられる場所なんだ。ここを突くと、かんたんに死ぬからね」


あまりに妙な設定に私はちょっとだけびっくりしたが、それでもやはりこれは間違いなく私が捜し求めていた器官に相当するものだろう。嬉しくなってこれをもう少し見せてもらいたいと言うと、快く応じてくれた。

削ると粉々になってしまうため宝飾品に加工することもできず、他の有効な使い道もあまり無く、けれど捨てるには惜しいような気がしてとっておいてあったらしい。小さな手のひらに山盛り一杯くれたので、ありがたく貰っておくことにした。


さて、こうして貰ってきたのは良いのだが、ここからどうするべきだろうか。まずは同一のものが私の喉から舌、その近辺にあると推測する。それからこれを……飲んでみる、とか。

「い、いやいやいや。どう見ても、誤嚥系統だよね、これは」

私は少しだけ逡巡し、とりあえず口の中に入れてみる、ということで結論を出した。ころころと舐めしゃぶるように転がしていると、じわり、と喉が焼けるように熱くなった。私は慌てて口の中の石を吐き出して喉を押さえる。


しかし、指先から出る冷気がとまらない。ラグマットの端が凍りついていた。

「あ、」

今度こそはっきりと自覚できた。全力疾走を重ねたような心臓の鼓動についで、一拍遅れるようにぎゅるりと喉元が痛みを発する。

この力は血流に乗ってうごめいている。皮膚の下に集まり、放出されて、そして当たり前のように冷気に変わる。


しかし、意識をすれば、動かせないと言うこともない。これは自動的に動いてもいるが、心臓なんかの不随意筋と違って、自分で操れると言うことだ。

呼吸を整える。これは無理やりであるが、やはり体を元の状態に落ち着かせるための準備だ。呼吸が整えば自然と安定した状態になる、というかさせる。それからゆっくりと全身にめぐっている力にストッパーをかける。


えずいて咳き込むと、すぐさま強烈な吐き気が襲ってきた。口を押さえて、それから腹の底からわきあがってくるような嫌悪感を吐き出す先を見つけるため、ふらりと戸外へ出る。家の裏手に回り、それから地面に手を突いた。

「ぁ、がぁっ……」

へんな汗が全身を覆う。気持ち悪い。

気持ち悪い。


指先から、氷が張り出していく。


「あ、」

いける気がする。


要はこのすべての力を、現象として吐き出してしまえばいい。

そうと決まれば話は簡単だった。力を指先に集め、それから氷として吐き出す。ゆうに塊が三十はできたあたりで、気持ち悪さは全くなくなって呼吸を整える必要がなくなり、ようやく溜息を落とすことができた。


「はぁ……っ」


頭の中には助かった、という気持ちしかなく、私は結局その後で出した氷が砂のようにさらっと崩壊した現象を呆然と眺めていた。もはや不思議だとかそういう心持にすらならない空白で、たぶん相当疲れ切っていたのだろう、翌日はいつもの時間に起きることができなかった。


その体験から体の中の力は思った方向には動かせるようになったし、強弱もある程度調節できるようになった。これができれば、私が旅立ったときに便利に寒を取れる。

そういえば、普通の大人が旅に出るときはどうしているのだろうか?よしんばあの力が強まるとしても、私がやけどを負ったように簡単には外には出られない可能性が高い。


今日はネーナのところに行って、その話について聞いてみよう。


「あら、ハイル?どうしたの?お勉強はこのあいだだめ、と怒られたのではない?」

「あ、ううん、お勉強ではなくて、不思議に思ったからネーナ様に聞きに来たの。ねえ、普通の旅人になるには、どうしたらいいかな。えっと、前にずうっと南のほうに下ったときはやけどしちゃったでしょ」

「そうね、私たちは熱に弱いわ。確かにハイルが不思議に思っても、おかしくはないわね。これはお勉強ではないし、いいわよ。ついていらっしゃい」

「う、うん?」


ネーナは立ち上がり、家の裏にある物置を雪の中から掘り出して私をその中へと招きいれた。中には、私の腕で一抱えはありそうなきらきらと光るピンク色の石、おそらく宝石だろうが、それが無造作に置かれていたりした。

「この石、なんていうの?」

「石?ああ、それは塩。ほら、しょっぱいあれよ。ここは備蓄用の倉庫でね、いざと言うときに村人に開放できる様にいろいろな食料とかが保存してあるの」


へえ、と私は声を漏らして、それからあたりをじっと見回してみる。小さい倉庫に見えたが、雪の中に埋まっていたから小さく見えただけであり、さらに建物の中も氷の地面が少し掘り下げられているために広くなっていた。

「あーん、確かこの辺にあったのだと思ったけど……い、いたっ!?あ、あったわ」

ごそごそとなにやら探しているネーナ様に近寄ると、その手にはあるフードつきの外套があった。古ぼけているが、やけに私の『力』が活性化されるような気がする。


「これは……?」

「そう!何を隠そう、これが我が一族に伝わる秘伝の外套なのよ。とはいってもこれは、訓練の器具かしら?私たちの体、冷たいでしょう?それをもっと冷たくすれば、外の世界でも平気なんじゃ……と、この元になる獣を狩った人が思いついたらしいの。獣の名前は今では失われていてね?」


話すところによれば、とある凄腕の狩人がその獣を獲って、体を持ったときに自分の冷気が活性化されるのを感じたらしい。それに驚いて獣の長い毛で織物を作ってもらって着てみると、いつの間にやら冷気を自由自在に操れるようになっていつでもどこでも涼しくすごせるようになったらしい。


「でも、これは個人差があるみたいでね。たとえば私の母は試してみたのだけど、全く分からなかったようよ」

「へえ、そんなものが……」

あったのならば、早めに聞いておくべきだった。無駄に辛い思いをしただけらしい。なんとなく徒労を覚えたものの、貯蔵してあると言うハーブと塩で作った川魚の干物だとか、大体近くに住んでいる頭からつま先までが全て毛に覆われているモア族の好む装飾用の紐だとかを見せてもらって、私は大満足で家に引き上げていった。


「ただいま!」

「あらハイル。どこに行っていたの?」

「あのね、旅人の人がどうしてやけどしないか気になっちゃったの。勝手に外に抜け出したりして、ごめんなさい」

「それはいいのだけど、お隣の人がすごく心配してたわよ?ハイルが口を押さえて突然裏口から飛び出してきたって」


ざあっと顔色が悪くなった気がした。血の気が引くというのはまさにこのことである。


「それはぁ……そのぅ……」

「今日はもう寝ていなさい。全く、体調が悪いなら、さっさと言わないと駄目よ。お父さんは鈍いし、お母さんだって言われないと気がつかないじゃない。しかも、おばば様のところにまで行ったのですって?いいこと、体が重たかったりするときは、ちゃあんと休みなさい。あなたはまだ子供なんですもの、一杯寝て大きくなってちょうだい。くれぐれも無茶はしないでちょうだいな」

「は、はあい」

「それから、もし明日の朝起きて体調が良かったら、明日からは勉強しても問題ないわよ。だから、今日は早く寝てちょうだいね」


その言葉に私は嬉々として布団にもぐりこんだ。

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