央都
間違って別の小説投稿文が使用されていました!申し訳ないです。
この話が最新です。
央都がうっすらと見え出したところで、クィルドーたちが休憩に入った。うねうねと斑紋のついた体をよじりながら差し出された食べ物を触手で掴み取り、口に運んでいく。
「あれで少食だからなあ。魔獣車よりゃよっぽどいいんだぜ」
「辻で見かけるのも大体はクィルドーですからね。操縦もかなり楽ですし」
しかし、その実際は戦場では好まれない。敵勢力からの命令にも従ってしまう性質のせいで、おそらく兵站工作なんかでかなりの被害を出したことがあるのだ、と聞いたことがある。そのためおおよその貴族は魔獣を使うのだという。なんだかんだ言って全てのものには理由があるのだ。
「魔獣は我が館にもいますが、しつけより正直餌代の方がばかになりませんから一頭いればほとんどいい、というところですね」
「まあ、魔獣って言っても可愛らしいもんだから」
「代替わりの時には殺しますし、結構ばかにならない出費ですよ」
そう、育てていた人間が死ぬために言うことを聞かせられなくなってしまう事件もしばしば聞かれているらしく、その際は魔獣の討伐を行うために兵士に犠牲者が出たこともあったらしい。とある事例ではいうことを聞かなくなったため、魔獣に毒を飲ませた平民を襲わせることで解決したこともあったのだとか。
「つまり、自分の手で育てた魔獣に自ら餌をやって始末する。それが大事なんだ」
「案外面倒なんですね、貴族」
「だっはっは!!いいこと言うじゃねぇか、なあゼノン!」
げらげらと笑っているジオレーベだが、彼はふっと真剣そうな顔つきに戻る。
「そうだ、魔獣の世話係もできるんじゃねえか?」
「ああ、可能ではないですか?魔獣を連れていますし、相手も滅多に反抗することもないでしょうから……いいかもしれませんね。担当の者も今兼任でしたし」
「あの、魔獣の種類を伺ってもよろしいですか?」
「ええ。魔獣はラフィゲと言います」
ラフィゲ、確か書にしかその名前を見たことはなかったものの、ほとんどは被食者側の立場である。ふんわりとした毛並みと力のありそうな足が特徴的で、素早くやや臆病なものの、人間を襲った例もある。大きさは人間の膝ほどある生き物であり、なめらかな体毛とくりくりした瞳はつぶらで、耳は大きく広く垂れているという。
つまりは、大きめの耳が大きいうさぎらしい。
とはいえその歯はやはり肉食獣のものであり、温厚だという言葉も育て手の所感によるものであるから、信用せずに警戒心を持っていった方が良いだろう。うさぎに似ているのはリッカもそうだし、実際リッカの親であるあの表情のないつぶらな瞳は見ていて恐怖すら呼び起こすようなものだった。
いや、実際にはどちらも感情としては同じようなものかもしれない。彼らだって勝手にこちら側が利用しているだけで、それに……実際はリッカのことも、故郷に帰すべきかを悩んでいるのだから。
季節の外れたような森で出会った時からずっと考えていたことでもあるが、私のエゴでここにいさせても良いものかどうかがわからない。
「そういえば、リッカはあんまり生まれた時から重さが変わりませんね」
「んん?魔獣っていえば、結構成長速度は早いよな?普通と違う場所にいるから、成長が遅くなっているからじゃないのか?」
「不思議なものですね。これについても他の魔獣との比較検討作業が出来そうです。ぜひ魔獣の世話係も務めさせていただきますね」
「なんだか、ハイルが言うと途端に人間味がなくなるな……」
「失礼な、知識欲も一つの人間の根源ですよ。それがあるから人類はここまで発展し、そして繁栄している」
実際には、その繁栄にはもっと先があることも事実ではある。しかしながら、私は二つを混ぜることに全く興味がない。もし向こうからの技術を持ち込んでも、私自身がこの世界で生活するのに必要なだけのものだ。もし他の『転生者』がいても、おそらく気づくことはできないだろう。
「私の好奇心はたまに一族に現れるようで、彼らが知識を村に持ち帰り、それを一族の中で数十年、下手をすれば数百年かけて時間と共に一族に馴染んでいきます。人間の知識の流布する速度はめざましく、そして知識がどんどんと入れ替わっていくこともまた代替わりが早いことに起因しているのも間違いないでしょう。現に私は知識を手に入れたとしても、特にそれを利用するつもりはないですし、一族に全てを広めたところでまず間違いなく変な顔をされますから」
「面白い考察だな。知識の入れ替えを図るための世代交代か……」
「確かに、そう考えれば人間種が優れているという点もあると言うことですね」
「ええ。実際にはそれだけでは片付けられない優劣も存在することはありますが……実際に利点と言い切るのも悪くないと思いますよ?それに、こちらでは不便だと思っているならそれを解決する術を工夫で乗り切りますから、村よりも環境を改善する力に長けていますね」
「へえ、ちっこいのに色々と考えるなあ……そういえば、ニーへに用事があるって言ってたよな?」
「ええ。文献を色々と見たいのと、自分でも色々知りたいと思って……」
「そうだな……この国でしか見られない文献もあるだろうから、館についた後に書庫への立ち入りも許可状、あと国の書庫にも一応申請だけ出しておいてやるよ。そのくらいは力のある書状を持ってるんだからな」
彼はそう言いながら、荷物を顎でしゃくって示すようにしたあと、不敵な笑みを浮かべてみせる。私は軽く頷いたあと、ちょっとだけ手元に引き寄せる。三枚の許可状ーー実際にこれを使うかどうかは私が決めるが、ニーへに入るにあたってもまず不利に働くと言うことはないだろう。
「力があると言うのはわかりますが……これ、使って怒られないでしょうか?私、ここに来る途中で連れて歩くことはできないから、と言われて一行から放り出されたのですけれど……」
「面子があるからその書状を返してくれ、なんてことは言わないだろう。書状一つで身分の保証ができると言うことは、お前の起こすことの責任を取ってくれると言うことだ。実際には俺の書状はあまり効力はないが、お前の主人である領主、そして二人の貴族からの証明がある者なら、その行動を保証するという意味合いもある。実際にはわかりにくいだろうが、お前が例えば物品や本を書庫で破損したとしても、それを俺たちが肩代わりすることもある、くらいに考えてくれ」
大事ではないだろうか、と思いながらちょっと引いた表情をしていると、彼は「そう重くとらえずともいいさ」と太陽のような微笑みを浮かべる。笑うと目尻にくしゃっと皺が入り、とても朗らかに見えるのになぜ黙っていると怖そうに見えるのか。
「基本的には支払いは自己責任だから、ほとんどの場合請求が行くことはない。それに、くれたものを相手も返せ、とは言わないだろうから好きなだけ恩恵に預かれば良い。俺だって、ただただ行き合った人間だからって誰彼構わず許可状を発行するわけじゃあないからな」
「あ、ありがとうございます」
胸に手を当て、ふう、と息を吐いた。わずかにじわじわと、心が躍るのを感じる。それがこれからへの不安なのか、それともただ知識を得られることについての愉しさゆえなのか、私にはわからなかった。しかし、わからないことを楽しむのもまた人生である。
日がとっぷりと暮れなずむころ、私たちは央都に到着した。
建物はアショグルカのものともまるで異なるものだった。アショグルカで見た特徴のない建物とは違い、はっきりと建物の形が異なっている。真っ白な宮殿のような作りの建物が奥の方にに見られるが、それはおそらく貴族の館なのだろう。砂色の岩煉瓦の建物に嵌められた色硝子があちこちで反射していて、眩暈がするほど美しい。足元の石畳は摩耗してはいるものの、特殊な石なのであろうか、足元がキラキラと宝石のように七色に輝く。雲母を混ぜ込んだような煌めきかたで、目にもいやらしく映らないのにとても豪奢に見える。
「これが、央都、ミアブルカ……」
ため息をつくように感動する中、ごとごとと車は先へ進んでいく。
「とても美しいところですね」
「アショグルカとはまた違う見た目だが、それも良いだろ?」
「ええ、素晴らしいと思います。特に、住んでいて光を取り入れやすい構造は良いですね。アショグルカより何の店かとかもわかって良いですね。正直、あちらでは乾季の出店の方が賑わいを感じたくらいですから……」
「そうだろうそうだろう?」
ニマニマと笑っているあたり、やはりシハーナ宗主国の顔である央都を褒めちぎられて嬉しいのだろう、二人とも締まりのない顔になっていた。
「かなりみっちり詰まった建物の作りだが、煉瓦で丈夫だから崩れることもないし、ましてや火事になっても問題はない。夏場は空気が若干こもるが、そこまで暑くはないぞ。その代わり、冬は恐ろしく寒いが……寒いのは平気なんだろう?」
「ええ、まあ。でも、とても綺麗な場所ですね」
「貴族の住まいは白い建材を使うことが許されているんだ。とはいえ、新興貴族なんかは石材の当てがなくて、壁を白く塗り込めるだけなんだが……ほら、国境でも見たろう?白い壁」
国境で大きくそびえていた砦。あそこも一応貴族が駐屯することがあるから、と白を使うことは許されたものの、予算の関係で白く塗り込めたのだとか。たまに塗り直しているという話も一緒に聞いた。
村々を見て回ってきたが、これほど綺麗に整然とした都もないだろう。どうしてもそこに住まう人々が勝手に建物を増やしたり、人が死んだりして建物を減らすこともあるからだ。
「これほど整然としているのは、一体なぜでしょう?」
「元々央都は別の場所にあったのですけれど、そこから遷都してきたのです。当時のことははっきりわかるわけではないのですが、ここは光と闇が降り立った地、聖地とされていた場所でもあったんですよ。そこへ、当時の王に仕えていた『言葉を伝えるもの』が遷都の提案を王にしたようです」
当時、央都は人が無秩序に溢れ、暴力が蔓延り、ゴミ溜めに死体があるようなとても聖なる土地にふさわしい都市ではなかったのだという。そして、当時の王はその提案に乗り、聖地を央都とすることに決定した。そして、最初から人員を移動するのを抑えておき、全てを計画して作ったそうだ。水道設備に至るまでほとんど完璧なこの都市は今では増築、改築するにも何もかも申請が必要ではあるものの荒れたことは一切ないと言う。
「そもそもが信者の集まった土地であるから、聖地を踏み荒らす真似はなさりませんよ」
「なるほど、そういう理由があったのですね」
確かに合理的な街づくりでもある。
「その後、打ち捨てられていた央都はどうなったのでしょう?」
「あ〜〜……実はな、それが……俺の領地にあるんだよ、その都市」
「え」
「今は元央都の名に恥じないように、って動いちゃいるが、やっぱり元々打ち捨てられた都市で無秩序に広がっていたから、街並みもまだお世辞にゃ綺麗な場所でもねえのよ。ただ、それなりに交易をしてる都市でもあるし、幸いにも特産物もできたから物流に関しては良いと思うぞ」
俺はあくまで元央都ってことより今を大切にしてほしいと思うけどな、と吐き出してレーベは苦々しい気持ちを押し殺すように膝を擦った。
クィルドーが足を止めたところで、私は建物をそうっと見上げた。今まで通ってきた街並みと異なるのは、壁や柱に緻密な装飾がなされているところだ。白を基調としながらも飽きさせないような凝った作りの館は光の通り道が計算され尽くしていて、どの場面を切り取っても間違いなく美しく映えるだろう。ポルヴォルであればきっと狂喜しながらこの風景を画家に描かせるに違いない。
色硝子の嵌め込まれた窓は開け閉めよりも光を美しく取り込むことに特化しているのか、間に鉛色の金属を挟んでいる。確か、ステンドグラスと言っただろうか?それとは異なって宗教画のような一幕ではなく、どちらかといえば織り込まれた絨毯のような幾何学模様を中心としている。庶民の通りでは色ガラスではあったものの、美しい幾何学模様ではなく残った色のガラスを溶かし集めたようなものだったから、おそらく残った端材を再利用したのであろう。
どことなく、前世の中東を思い出すような建物群だったが、足元の床は薄く灰色に透ける曇水晶の板の下に石畳にあったきらきらした石に彫刻を入れたものを使っていて、曇水晶によってヴェールが薄くかかったように美しく乱反射している。あまりの幻想的な光景に、息を思わず呑んだ。
「お帰りなさいませ」
「んなッ……なんで、姉上がここに……」
マファルシャーという名だっただろうか?ジオレーベのキリッとした印象は残したままに柔らかな女性の曲線を加えたような姿である。やや陽に焼けたような、そばかすの散った顔がジオレーベとは異なる印象を与えてくる。見事な赤毛はやはり姉弟で変わらないようで、綺麗に巻かれているあたりやはり美容には気をつかっているのだろう。
「なぜですって?奥様と子供を放ったらかして、しばらく留守にし続けるのだもの、たまに義妹の様子を見に来るのがそんなにいけないことかしら?」
「領地は?」
「わたくしが三日留守にするだけで駄目になる領地なら、そもそもお守りを引き受けてなどいないわ。それより、後ろに連れてきているのは何?」
何、という刺々しい言葉のあたり、私に何らかの敵愾心があるのがわかる。ジオレーベはさ、と手をかざして私を庇おうとしたが、その気遣いは全く不要なものである。ゆっくりと、柔らかな声を心がけてシハーナで使われている礼儀作法に則った礼をする。シハーナでは大きな声は嫌われるため、少しだけトーンを抑えたしゃべりにすること、そして口布の下側を押さえるように鎖骨に右の指先を当て、そして隠すものがないことを示すために五指を全てピンと張って左側の腕を広げて頭を軽く下げる。
「お初にお目にかかることができ、光栄に存じます。私はロスティリ家当主のポルヴォル様に仕える特殊技官、ハイル・クェンと申します。私事にて旅をしておりましたが、その際光の微笑みが舞い降りまして、一時的に貴館に勤める運びとなりました」
「何だか、偉く貴族的ね。となると、隠し子ではないだろうし……もうちょっと大きな声で喋りなさい、どうせこの館には誰も口布を気にする人なんていないんだから、聞こえた方がいいでしょう」
「は、はい……?」
「姉上、ハイルはこの国の流儀に合わせてくれているのだから、無茶苦茶なことを言うな」
「それで、貴族派でない保証はあるの?」
「姉上!」
「一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
マファルシャーがどうぞ、というふうに顎をしゃくる。
「不浄の場所を案内していただけると、幸いです」
「あ……」
「確か、行かれたのは朝食後でしたものね。破裂してもおかしくありません」
ゼノンの無慈悲な宣告の通り、私の膀胱はなかなか限界を迎えていた。




