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暗雲

投稿したと思ったらできてなかったので投稿します。

忙しくてまだ不定期になりますが、よろしくお願いします。

布を被せられたということだが、布を裂くのはそう難しいことでもなかった。何しろ袋自体がかなり穴だらけで、指を突っ込んで力を入れれば簡単に裂けてしまったのだ。私が軽く体を捻ると、「暴れるな!」という怒号とともにもう一度抱えなおされる。離しなさいッ、という声がいつしかもごもご、という声に変わっていたのに気づいた時には、ルフェトと思しき誰かは麻布の袋に押し込められてもがいていた。彼女が捕まってしまったのなら、逃すためにはついて行かなければならない。


私も持っていた荷駄はまだ捨てられていないが、おそらくすぐに取り上げられるだろう。あれだけいい布を買ったし、まだ金銭もかなり残っている。ならず者の身なりはあまりよろしくない。

髭もろくに整えられていないし、あちこち服にはほつれがある。相当せっぱ詰まっているのだろう、顔はややこけて、生ゴミのような異様な匂いが鼻につく。痩せている者特有の匂いだったり、裏町のゴミの匂いであったり、相当にひどい匂いだ。私も麻袋に包まれていたかった、と思いながら軽く身を捩り、片腕だけ抜け出すと、背嚢をかけられるようにしていた布部分を歯で押さえて片手で引きちぎり、そして勢いよく投げる。それはくるくると弧を描きながら家の屋根の上に落ちた。


どうか無事でいてくれよ、と思っていると、何してやがる、と頭にゲンコツを落とされた。私の今持っているものは、仕込み杖たる剣のみである。これを調子良く枯れ枝と勘違いしてくれるといいんだけどなあ、と思いつつ、またもぞもぞしていたらゲンコツを落とされた。


「落とすだろうが!じっとしてろ、このクソガキめ!」


力も入っていないし、しっかりと腰も入っていないゲンコツだから大して痛くもないのだが、私は大きく息を吸い込んで、「うわあああああああああああん!!」と泣き真似を始めた。無論泣き真似と言っても、かなり大袈裟で、ひきつけを起こしたようにのけぞりながらであるからたまらない。男は思わず私のことを落としてしまい、もう一人の方に「どうした!?」と言われている。


「ど、どうしたら、」

「そっちの白いのも絶対にだと言われただろう!泣いてようが暴れられようが平民だ、こっちには関係ないんだよ!」

私は大袈裟にしゃくり上げて時折暴れてまたげんこつをもらって泣きわめきつつ、男たちがたどる動向を見守っていく。すると奇妙なことに、この先にあるのはアショグルカの本邸から外れた別邸、如何なことがあろうと後継の候補に上がらない者たちが集められた場所、そこに私たちは向かっていた。


「ようやくおとなしくなってきたな、くそがきがッ」

私の尻をぺしりと平手で打つと、勝手知ったるかのように彼らは生け垣の一ヶ所に手を差し込む。丁度切れ目になっているその場所は、良く見ないとわからないほど精巧な模型でできていた。私はまだ体をよじって逃げようとするが、もう一度尻を叩かれて大人しくする。


声をあげて泣き出した私を、生垣の隙間から押し込むと、もう一人の麻袋を雑に担いだ男が私を受け取った。軽く暴れてみると、また大人しくしろ、と今度は尻を蹴り上げられた。とんでもない扱いである。男は懐から小さな鈴のようなものを取り出して、軽く振ったように見えた。音は一切しなかったが、建物の方から兵士の格好をした男が一人走ってくる。しかし、その身の捌きは明らかに兵士の訓練を受けた者ではない。兵士のコスプレをしている暗殺者、とでも言おうか。


やや暗めの肌の色をした彼は、男二人の媚びるような表情を受けて相好を崩した。

「ふたりともとは思っていませんでしたよ」

「へ、へへ。いやあ、ちょろいもんでしたよ。子供ふたり攫ってくるだけですしーー」

「ええ。これであなたたちは用済みです」

ぱ、と剣をふる速度が良く見える。2人分の血液が一息に拍動に合わせてあたりいったいに飛び散った。生ぬるいそれが肌を汚し、私は息を呑んで怯えるような演技を続ける。腰に帯びていたそれを抜くには非常に無駄がない。とはいえ、人としての領域だ。父親やフィローに比べれば、というところでもある。相手をするのは多少面倒かもしれないが、まあ、勝てる。


ただし、相手を無傷でと言われれば、無理に等しい。


「さて……お分かりですね?ついてきてください」

私は必死にコクコクと首を縦に振り、それから男に手を握りしめられ、引きずられるように着いていく。男達を殺した者はニコニコとした微笑みを顔に浮かべたまま、ぽいっと私と麻袋に入ったルフェトと思しき人物をとある一室に放り込んだ。

扉はすぐさま鍵をかけられ、壁からは全く隙間を感じない。明るさは一切ないその空間だが、麻袋の隙間から発光していることに気づき、急いで袋を開く。彼女の炎のようなゆらめきはわずかだが発光していて、部屋の様子はつぶさに観察できた。やはりルフェトだ、と思いながら袋から彼女を引っ張り出した。

「なんなのよッ!!」

怒鳴り散らしながら出てきたルフェトはすぐさま喚きながらあちこちの壁を叩いて回り、それからようやく私に気づいたのか、こちらへと食ってかかってきた。


「ここはどこ!早く出しなさい!」

「そうは言われましても……」

ほとんど場所は把握しているが、出すことはできない。彼女が落ち着いてさえくれれば、脱出もやぶさかではないのだがそれどころではないほど狂乱している。

「い、嫌だッ、怖いよぉ、暗いの怖い……!嫌、嫌なの……」

べそべそと泣き出した彼女のセリフから、おそらく暗所恐怖症かもしれない。暗さが怖いなんてと思うだろうが、彼女はお姫様だ。眠る時以外はずっと光に包まれて過ごしてきたのかもしれない。もしくは暗い状況を怖がるような出来事があったのかもしれない。


「ルフェト様、落ち着いてください」

「うわああああああああああ!!」

これはもうだめだ、と思いながら叫び声を子守唄にしながら壁に寄りかかる。石レンガはそれぞれ丁寧に接着されていて、ネズミ一匹でられるような隙間もない。空気の流れも薄いため、出入り口は簡単に特定できた。方向がわからなくなるような場所だが、扉の外には人がいる。

地面から足音が聞こえてくるが、無駄話をするような兵士ではないらしい。しっかりと躾けられている、と思いながら背中の剣に手をかけた。


今ここで騒ぎを起こした場合、利点としては私への警戒が薄いことで脱出が可能であるということだ。ただし、これに関しては相手の狙いがわからないこと、またルフェトがかなりパニックに陥っているため脱出が難しそうだ、ということもある。

逆に相手の狙いまで乗ってしまった場合、脱出は難しくなる。相手を倒す、倒さないに関わらずルフェトを守りきれない可能性がある。相手を倒しても私は平民、他国の人間であり、有罪判決をもらってしまいそうだ。


ならば、最初から脱出に賭ける。


扉の厚みは軽く叩いてみた感触から、そう分厚くもなければ、鋼鉄の材質でもない。木の感触に似ている。蝶番がついている以上、蝶番を引きちぎる程度の強さで扉をぶん殴りさえすれば良い。扉は両開きであるから、そう大した力を入れずとも破れそうだ。

「いっ、せえ、のッ!!」

剣でぶん殴るよりは、足で蹴り飛ばした方が間違いない。片足を先に扉の中心に添え、それからもう片足を力一杯踏ん張る。扉はめりめり、と音を立て、それからパンッ、と弾けるように外へ吹っ飛んでいき、轟音を立てながら人ごと壁にぶち当たる。あまりの事態に呆然としているルフェトを、頭と両手どちらも勢いよく上着で拾い上げ、それから走り出した。


「な、な、な、んなぁ、」

「道順はこっちであってるは、ず!!」

手前からやってきた男達をひたすら避けながら、自滅するように武器を振りかざした瞬間をギリギリ避けていく。兵士や暗殺者が混じっている以上毒だのを用意していると考えていたが、子供だと言うのもあって分量調整がきかないため、殺さないように使っていないようだ。今はとにかく逃げることだけ考えなければ、と来た道をひたすら戻る。


しかし、その手前を塞ぐようにして人が立ち塞がった。


見覚えのある顔だった。私が知る限り、彼はそこそこ誠実であったはずなのだが。いや、それすらも演技だったのかもしれない。もともと侍女が嫌がっていたのだから、相応の理由があったのだろう。

「……リュンスさん、こんにちは」

「リュンス!?リュンス、ああ、助けに来てくれたのね。よかった、私……!!」

上着からまろび出るようにして飛び出そうとするのを片手で制止すると、背中に構えていた剣を引っ張り出す。『彼』に関しては、剣を振るうのもやぶさかではない。


「なんだい、やけに警戒するじゃねえの」

「怪しいですから」

「そうだなあ、怪しいよな。姫様さえ渡してくれりゃあ、お前の命は保証するんだが」

「その()()という言葉を使った時点で、姫様を引き渡すことすらできませんよ。ところで疑問なんですが……どうやってここまでいらしたんですか?」


リュンスは人間だ。彼が混血でもない限り、外に出ることはできないはず。

「この離れだが、地下で繋がってるんだよ、本館と」

何故だかは知らないがな、とケタケタ笑いながら彼は剣を構える。その実力自体は本物だ。ルフェトを庇ったまま、彼から逃げおおせる……難しいだろう。であれば、動けなくするしかない。

鞘に手をかけ、一気に引き抜く。その刀身を見てルフェトは少しだけ笑った。それから、自身も腰にはいている柄頭に手をやり、構える。


「姫様を渡しな。今ならまだ、見逃してやるよ」

「できませんね。私、他人の思い通りになるのが本当に嫌いなんです」

今ここでアショグルカがルフェトを失えばーーそう考えると、私の行先に問題しかない。アショグルカの後見は得られず、シハーナへの入国が難しくなる。子供二人にしてはかなり厳重だと思っていたが、どうやら彼のような人間が情報の漏洩に一役買っていたらしい。身元不明の人間を雇うべきではないな、と苦く笑いながら、私はいっぽ踏み出して剣を振り切ろうとした。


しかし、そこでルフェトが思わぬ行動に出る。


「やめなさい!!リュ、リュンスに何をする気なのよ!高々田舎貴族の使者風情が、恥を知りなさい!」

私の前に飛び出て、それから震えながらそう叫んだのだ。危ない、と思うまもなく、リュンスはがしり、とその強い腕でルフェトをかき抱いた。ルフェトが握られた、そう判断した瞬間どう動くかはすっぱり決めた。

剣を持ったまま勢いよくリュンスへと突っ込んでいく。彼はそれを受けようと剣を引き抜いて構える。


受けられる、と思った瞬間に、剣筋を立てるものから寝かすようにして勢いを殺さないように流し、体からうまく力を抜くと、リュンスの剣に弾かれるのを利用して彼のちょうど背後数メートルに着地する。そしてそのまま勢いよく駆け出した。

「ま、ってお前ッ!」

後ろから何やら聞こえたが、すぐさま壁にあった燭台を叩き落とし、軽く邪魔をしつつ走り続ける。扉が現れたのを蹴り飛ばして、前にいた兵士が転倒したのを確認してから生垣に向かって剣を振るう。庭木が消えた場所を飛んで、近くの建物をぐるりと見る。荷物を回収したいが、と思いながらあちこちを見回すと、リッカが何故か荷物を口に咥えて持ってきていた。


「リッカ!?どうしてここに」

そういえば朝から餌もあげていなかったと思いつつ、申し訳なくなりながら彼を抱き上げる。荷物の回収が済んでよかったと考えつつ、逃げ帰った本館でどう説明しようかと思う。私が引き続く事件にアショグルカを信用できていないのも事実である。ひとまず門番に事情を伝えて……と、私が門に近づいた瞬間、その場にいた兵士が私のことを見た。次の瞬間、槍の穂先を向けられる。

「ハイル・クェン!貴公にはルフェト様誘拐の容疑がかけられている!そこを動くな!」

「えぇ……」

そうきたか、と思いながら、私は渋々ついていくことになってしまった。よくよく考えてみればありえなくもない展開だったし、門番くらいの身分なら抱き込みが可能である。


まあ、いずれにせよ私に手を出すこともないだろう、と高を括ったまま、私は牢屋へと連行された。いざとなれば逃げ出すこともできる。

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