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騒乱

アショグルカ家を出る上でつけられたのは、驚くことについ数日前に会ったばかりのナァドだった。なんの種族なのかと問うてみれば、よくわからないとの返事が返ってきた。この季節に捨てられていたところをアショグルカ家へと迷い込み、そのまま使用人として保護されたという。

意外なことに、それなりに武人としての心得もあるようだった。彼は短剣を使うらしく、その戦闘に興味はあったものの、シューヤのお姫様はそれを許す気はないようだ。


「市場って何があるのか知ってるかしら?綺麗で艶艶なムニフとかがいっぱい並んでるそうよ!」

ムニフとは甘酸っぱい果実のことで、緑の硬い果皮の中に真っ赤な汁気の多い果肉がぎゅっと詰まっているらしい。熟すときに赤から緑に変わるようで、産地では間違えて赤い果実を齧った旅人の笑い話があるとも聞いたことがある。

これに関しては、我が村の旅人が残した話ではあるのだが。


「西通りでやってるって聞いたけど、なんだか静かじゃなくて?」

「市場ですけれど、異種族しか外に出てくることができないそうですから、多少人は少ないでしょう。こっちとしちゃあ、見守ることが楽ちんそうで万々歳、ってなもんです」

それにちょっとむっとしたようだったが、彼女はまあいいわ、とでも言いたげに髪を払った。しばし歩いていったところで、人の声がざわざわと聞こえてくる。どうやら、市場へとついたようだ。本当は車を動かすべきだったのだろうが、魔獣車は非常に扱いが難しい。パム族は移動の際肉体的に疲れることがないらしいので、とりあえず目についたあちこちに興味を向けさせつつ、そこそこ移動をしてきた。石畳に覆われた足元は歩くのにも疲れることはなく、私たちは大した労苦も感じず目的地へとたどり着けた。


「いらっしゃい!リルドの干し肉、いかがかな?」

「果実水!果実水はいらんかね?」

「はーい!お客さん、異国の服、着てみない?お似合いだよ〜!」

各々が好き勝手に呼び込みをかけていく。ルフェトはそれを見て軽く顔を顰め、下品ね、と呟いた。ルフェトにとって口は排泄をするところであり、また性交をする場所でもあるため大口を開けて喋ることははしたないと躾けられている。いつも自分がしていることを棚にあげてはいるが、彼女の口元はヴェールではっきりと覆っている。子供故に許される無邪気さを奮っているだけで、彼女自身が品というものを理解していないわけではないのだ。


屋台ははっきりと屋台骨があるわけではなく、三角のテントのような、またはタープめいたものだったりする。入り口だけ三角の骨組みをたて、上に軽く布を被せて覆っていたり、その中に菰を敷いて商品を並べてある者たちが多くいるようだ。ルフェトはまたそれも気に入らないらしく、少しむくれていたが宝飾品を売っている屋台を見つけるや否や、すっ飛んでいった。

宝飾品と言っても、手につけられる小さな指輪、腕輪やチョーカーで、かなり作りは歪んでいたり、おそらくメッキだろうと思われるものであったり、そもそも貴金属を使っていない、真鍮のような輝きを持つ金属であったりと、そんなに大した値段はするものではない。


私はその横にあった露天に声をかける。古本をいくつも陳列していた男は私の掛け声に禿げ上がった頭をちょいと袖で拭うと、コウモリのように大きく尖った耳をピクピクさせながら、豚のようなピンク色の鼻をうごめかした。真っ黒な大きな目が表情を読みづらくさせている。ロント族と言って、かなり珍しい血族だったはずだ。山に隠れすみ、出てくるのは稀だとも聞いていた。

「すみません、少しよろしいですか?」

「おお!綺麗なおちびさんだね、どっから来たんだい?」

「ええと……少し聞きたいんです。この場所って、本来店を出してはいけない場所ですよね?」

「ああ、そういうことかい。ここの、アショグルカ家の収める土地だがね、この季節に限っては人が外に出られないだろう。そういうことで、警邏の目を盗んでこの市場が開かれるようになったんだ。見てごらん、どこの露店もすぐに崩せるように、しっかりとした骨組みのとこはないだろう。明日は東側へ移動するからさ」

「ええと……内緒の話ですが、警邏がいつどのタイミングで来るのかわかるか、もしくはお目溢し頂いている、と?」

「まあそういうことさ。今の大旦那様になってからは、一族もかなり息をしやすいとも。こんなに大勢の異種族が集まることなど、普通の場所ではないからね」


確かに、デザアルでもよくは見ない光景だ。プラスティアーゾには人間が多かった。それは芸術というものに理解を持たない、もしくは美的感覚が異なるせいで取り立ててもらえないことが多いからだ。大体は支配階級に人間がいて、彼らの歓心を得るにはそれに近い感性を持っていなければならない。


「確かに、そうですね」

「外に出ていられるなら、おちびさんも何がしかの異種族なんだろう?どうかね、ここは?」

「確かに、多少綺麗な顔をしている程度で変な目を向けられることもありませんし、いいところですね」

「大体は、ニーへからあぶれたもんさ。この本だってそう、ニーへから持ち帰ることのできた文書でね」

「へえ!ニーへにいった事があるんですか?」

俄然私は興味を惹かれたが、そのことを聞いた瞬間に袖を引かれる。

「おい。護衛をほっぽられても困るぞ。姫様、だいぶ先に行きやがった」

「あ、すみません……」


タイトルをざらっと見て、気になったものを三半銀枚(トコロル)ほど出して購入すると足を早める。ふらふらと揺れ動く炎を人混みに紛れて追いかけ、ようやく追いついたときには喧嘩腰に露天商の女性と睨み合っていた。人垣の中から炎がぼっ、と見える。

「もう一度言ってみんかいね!次口にしちゃあ、叩き殺しちゃる!」

「何ようるさいわねッ!あなた私が誰だかわかってるわけ!?」

浮遊(パム)族なんぞ、叩いてのしちゃれば死体も残らんじゃろが」

「なんですって!?」

うわあ、という表情が私の顔に浮かんだのを見るや否や、隣にいたナァドが嫌そうな顔をする。互いに顔を見合わせて、それから目でお前が行けよ、という会話を交わした後、すぐに私は足を一歩踏み出した。

「すみませんが」


私はニコッと笑いながら、露天商の女性の腕を掴む。周りが見えておらす、一瞬で飛び出してきたように見えた私に驚いたのだろう、彼女はゴツゴツとした巌のような腕を引っ込める。

「すみませんが、連れが何かしでかしてしまいましたでしょうか?世間知らずなものですから」

「あ、ああ、このガキゃ、あたしの焼平(ラーペイ)を金も払わずに口に入れて、まずい、なんて言い放ちやがったんだ。硬くて飲み込めないわ、なんてな!」

白く、平らに伸ばされた、1センチほどの厚みのある丸い餅のようなものだ。ベベリアでできている焼平は、時折行った村でも食べたことがあるメジャーな保存食である。

「そっちが甘くてもちもちだって言ったんじゃない!味なんてしなかったわよ、とんでもない詐欺師!」

「そういうことでしたか。……姫、焼平は、焼かないと食べられないんですよ」

「え?」

「ですから、焼いてからでないと食べることができないほどに硬くて、味もしないんです。だから、あなたの言ったことはただのイチャモン(オリュロー)です」

「ふぇ……?」


言葉を噛み砕き、そして飲み込むのに数秒かかる。顔が一気に真っ赤に染まっていき、それから炎のごとく自信に満ち溢れていた靄が、不規則にぼっ、ぼっ、と吹き出し、それから急速に赤い色をなくして小さくなっていく。あ、しまった、と思うなか、彼女はううううう、と唸り出し、それから頭にかけているヴェールの上から髪をかきむしり始める。あんなに強気だった瞳には面影すらなく、目尻には涙すら見える。唇を噛み締めて泣くのを我慢しているのだろうか、それでも宝石のような翡翠の瞳からはポタポタと涙が溢れてくる。

「あ、あの、姫様」

「今のは、どう考えても、お前さんが悪いですって」

ナァドは軽く私の肩をぽんぽんと叩き、憐れむような顔つきで笑いかけてきた。不服極まりないという表情で周りを見渡せば、周囲の人間は泣くなよ嬢ちゃん、と非常に好意的な様子になっていた。つまりは、私がとんでもなく鬼畜なことをした、という扱いらしい。


「いやあ、綺麗な顔して結構ひでえこと言うなあ、おちびちゃんは」

「ええ……?」

ああいうのは後からこそっと教えてやるのがいいんだよ、そう言って近くにいたおじさんは私の頭を撫でる。

「特に浮遊(パム)族は、めちゃくちゃに気位が高いんだ。やっちまったなあ」

「ははは、まあまだ子供同士だ。仕方があるめえよ」

さっきまで喧嘩をしていたはずの露天商の女性はよしよしとあやすようにルフェトを抱え込み、泣かんね、泣いたばぁいかんよ、としきりに優しい声で話しかけている。ぐすん、ヒック、としゃくりあげているのにひどく落ち着かない感覚を覚えながら、どのタイミングで謝罪をするべきか、と頭が動きつつある。


「全く。男ってのはどいつもこいつも、配慮のかけらもないってね!」

女性側から声が上がる。そうだそうだ、と声を上げる中、男は気まずそうに私のそばにささっと寄ってくる。

「一生懸命着飾った服も化粧も、ふうん、の一言で済ましたんだよ!許せないったらありゃしない」

「うるせえテトラ!大体あの時は海岸線での逢引だったんだぞ、あんなぴらぴらしてたら歩きにくいじゃねえか!」

「だまらっしゃい!そもそも歩きにくいから、手を引いてくれることを期待してなんだよ、察しの悪い男だねえ!」

「なんだと!?」

側から見れば惚気のような騒ぎが、あちらこちらで起こり始める。男はなんだ、女はなんだ、と言いながらも彼らの顔はどこか嬉しそうで、そして何か楽しそうな雰囲気を纏っている。


「ああ、この時期名物の乱痴気騒ぎだ」

ナァドが頭が痛そうにうめく。彼曰く、この時期に出てくる異種族は、大体いつもこもっていて、人と関わることが少ないらしい。こもっていなくとも、人間には邪険にされがちだという。故に、異種族ばかりが集まるこの場所でありとあらゆるストレスを発散するという。


要するに、我々はただただダシにされただけである。人に囲まれたまましゃくりあげている少女を保護するべく手を取ると、泣きながら彼女はついてきた。

「姫様、申し訳ありません。先ほど、失礼なことを言ってしまい……」

「ちが、ヒグッ、う、の、」

「違う?」

プライドの高そうな眼差しが、私に突きつけられる。

「だって、わ、わた、私ッ、し、しら、知らなか、った、の、よ!」

「ええ、ですから、後で指摘すればよかったとーー」

「は、は、ハイルは!わ、悪い、こと、な、んて、一つも、言って、ない!あ、あっ、や、まる、こと、何も、なッい、じゃない!わ、私、私が、知って、さえ、いれ、っば、ばかに、され、っる、こともない、ヒック」

「……」


あまりにも傲慢で、プライドの高く、そしてなんと末恐ろしいほどの高貴さだろうか。せいぜいが、まだ十にもならない子供だろうに、彼女はとんでもない理論をその口から吐き出した。

「私が知らないことを人前で指摘したのは、よくないことでしょう?」

「違うッ!!わ、ったし、が、知らない、のが、いけないッ」

脅迫的観念すら感じるほどのその鬼気迫る様子に、私は思わず彼女の手をとる。両手を握りしめ、そして目を合わせた。

「なぜですか。何がそんなにあなたを……」

本当に、心底わからない。彼女は、数度息を吐いたり吸ったりして、呼吸を整える。まだ言葉尻は飛び跳ねていたが、先ほどよりも聞き取りやすいほどにはなっていた。


「シューヤの、人たちは、人を、教え導くもの、だからよっ!だからっ、私が知らないことはっ、あっちゃいけないのっ」

「なるほど……」

私はきつく目を瞑った。それから、彼女の目元が腫れる前に少し冷やした方がいいだろう、と私は冷えた手巾を取り出し、彼女の目に当てた。少し驚いたようだが、次第に冷やしたそれの気持ちよさに自分で顔に当て始める。

「大変申し訳ないことをしました」

「だから、あなたが謝る必要は……」

「宿で私たちに質問をしてきたのは、知らないことの範疇に入るんですか?」

「他国の文化については別に必要ないの。国の中の文化や種族、宗教に至るまで、答えられないとシューヤとしての名は背負えないのよ!」

なるほど、と私は頷いた。意外にもこの小さな姫様は、傑物だったようだ。シューヤの名を背負って使者としてここにいるということは、相当な知識を蓄えているらしい。


「シューヤの姫君、私、少々知りたいことがあってシハーナ宗主国へと足を向けようと思っているのです」

「そうなの?」

手巾を外して彼女はキョトンと問いかけてくる。

「なら、私に聞けばいいじゃない」

「はい、いくつかの点については。しかし、闇にこう啓示を受けたのも事実です」

ーーニーへに行きなさい。そしてシハーナ宗主国の中央にある石碑を読み、真実を知りなさい。


「闇に?」

翡翠がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた彼女の瞳は、次第に考え込むように伏せられた。

「……石碑は、あるわ。ただし、それは各国の王族位、またはそれに準ずる者にしか見せられないの。それに準ずるっていうのは、例えば、英雄ニネットとか、そういう大きな功績とかを立てた人物のことよ」

「なるほど、どうりで」

英雄ニネットは、一人でとある辺境の地を人が生きていけるように開拓したもののことだ。開拓といっても、その実は魔物や古のものを倒すということでもある。つまり、真実を知るためには何か大きなことをしなければならない、ということか。


「予定を変更する必要がありそうですね。私はこれからシハーナ宗主国を訪れる予定だったのですが……」

「いいんじゃないかしら?少なくとも、一度も訪れていない英雄より、訪れたことのある民衆を歓迎するわ。それに、目の色も髪の色も、とても綺麗だもの!まるでアショリの玄関に飾られた絵画みたいだから」

なるほど、ここで訪れておくこともまた何がしか意味がありそうだ。私は静かに心の中で計算を始める。まずはシハーナへ行き、それからニーへへ向かう。そしてまたシハーナへ、今度は功績をもって訪れなければならない。


「本当に、どうしましょうね……」

「そうね。あっちも騒ぎが大きくなってきたみたいだし」

そそくさと露店の商品を片付けて、騒ぎに混ざる人が増えてきている。賭け事も始まっているのか、胴元が何倍、と叫ぶ声まで聞こえてきた。

「露店も店じまいですし、今日はこれで帰りましょうか」

ナァドの言葉に私たちは二人とも否やと唱えるはずもなく、帰り道を歩き始めた。

また遅くなってすみません。

確認してから投稿する流れなのですが、死ぬほどリアルが忙しいのと自分の誤字が多いので遅くなりました。明日はもう少し早いかなと思います。

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