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六花

遅くなってすみません。

超絶難産でした。

キュウ、キュウ。

ペロペロと小さな何かが私の頬を舐め、あまりのくすぐったさに手で押しやるが、それでもペロリペロリと舐めてくる。私ははっと目を覚まして、それからあたりを見回すと、すっかり夜になっていて真っ暗な中にただ月が光っているだけだった。


「……きゅ?」

そして手元には、あのミニマム怪物がつくねんとお座りしていた。


「え」

「んきゅ、んきゅー」

すりすりペロペロされても、私にはまるでその後の命をどうこうと言うのがわからない。と言うか、何を食べるのだ。


「きゅ!」

私の剣に擦り寄り、カリコリと指先で柄を引っ掻く。私はとりあえず冷たい方がいいだろうかと冷気を放出すると、現れた氷を全力で貪っている。もしかして氷を食べるのかと思っていると、コロンと横になる。私の膝の上でくうくうと寝息を漏らしながら、のんきにコリコリと耳を掻いては惰眠をむさぼる姿、野生を卵のからの中においてきてしまったのかと思うほどだ。


「…ーい、おーい!」

ふと誰かの声を聞いたような気がして私はちょっと耳を澄ます。死体を山積みにして大きな怪物の死体を顎から上だけもってきている少年の図を客観的に見るとすごいことになりそうだ。しかし、隠す布の一つすらもっていない以上、とりあえず私の冷気の管理下においておくしかない。


「おーい!そこにいるのは、もしかして人か!?」

「はい!人です!」

相手はかなり遠くから話しかけてきていて、私は少しばかりおや、と首を傾げる。人の形をした魔物のような話は聞いたことがないのだが。


「ああ、よかった。しっかり意味のある返答だな。……んあ?坊主、一人でどうしたんだ、こんなところで」

「それに関しては、ちょっとした事情があるのですが」

「お、おう」

見た目に反して理知的な喋り方をしたことに驚いたすきに情報を流し込んでいく。虚を突かれた時ほど相手は突っ込んできづらくなるからだ。


「……というわけで、今現在逃した仲間と合流したいと思っているのですが」

「ああ……そういうことだったのか。いや、何。うちの村にお貴族様の一団が来ててな、どうも主人を探しているってんだが……」

ゴニョゴニョと言いにくそうなことを口にする男に、私は首を傾げた。


「あの、何かありましたか?こちらの従者たちが失礼を?」

「い、いやいやそんなことなんてあるわきゃないだろ!お貴族様に向かってそんな。……その……死体でもいいからって、とにかく村の手空きの衆で探し回ってたんだが、特徴がその『強くて』『白髪の』『美しい顔立ち』しか聞いていなかったもんだから、てっきり……」

「ああ、大人だと思ったのですね。問題ありませんよ、これでも十五は超えていますから」

「何っ!?別の種族ぅ!?」

「デザアルでは珍しくないかもしれませんが……あ、でも、そうですね。よくよく考えてみれば、十五でここまで成長していないというのもなかなか珍しいかもしれないですね」

確かに寿命から考えてみれば、年齢の割に幼少期は短い。しかし、それはあくまで『年齢の割に』というだけで、別にデザアルにそう幼少期が長い種族が多いわけではない。スニェーで成人と認められるのは二百前後、例外的に旅人は三十で旅立てるが、それだってなかなかの特殊な例なのだ。もちろん三十で旅立つスニェー族はいない。


まるっきり話が逸れてしまったが、要するにデザアル共和国という場所ですらなかなか私のような若年寄りにはお目にかかれない、ということだ。


「へぇ、実に珍しい種族なもんで……」

「えへへ、まあ。多少は珍しいでしょうが、そこはそれ、ということで」

私は少しばかり愛想笑いをして、それから男にできれば台車をお願いしたいと口にすると、クィルドー車をリリンたちが購入していたというのでそれで迎えに来てくれると返答してくれた。ひとまず死体から動くわけにもいかないので、迎えをまつことにして男とは一旦別れることとなった。


一晩明けて昼近くになってようやく、ブニョリブニョリと体をくねらせるようにして走るクィルドーが視界に映り、私は野生動物の襲撃に気を張りすぎずに済んだ。

「本当に、申し訳ございません……!」

全力で頭を下げてくるリリンに、私はいいよ、と手を振って笑う。剣と手紙、それから幾ばくかの荷駄を彼が持って逃げてくれたおかげでまだ先に進めるのだから。


「しかし、主人を見捨てるなんて……しかもお怪我をなさっていますよね?」

「大したことではないですよ。特殊技官という肩書こそあれ、私は戦う人間ですから傷もつけば怪我もします。美術品ではないのですから。それに、あなたは私の指示に従い即座に必要なものを必要な場所に逃してくれたではないですか」

「……それはそうですが」

「正直、私はーーんっ、ちょ、こら!暴れないで!」


胸元からずぼり、と這い出てきたそれは「きゅ!」と声を上げてかりかりと爪の先で私を引っ掻いてくる。

「え……?」

「あ」

ひとまず生み出した氷をおいておくと、喜び勇んでかじりつく。そのフリフリとした丸いお尻にリリンは視線を注ぎ、それから言いたい言葉を一瞬喉を上下させて飲み込み、それから私の肩をがっしりと掴んだ。

「何を、拾って、らっしゃったんです?」

「いやぁ」

露骨に視線をそらしてみれば、私の顔を両側から挟むようにしてギリギリと元に戻してくる。なかなか力を込めているのだが、それでも腕力と首の力はかなり違うようで正面をむかされる。じっとりとした視線が私を射抜いてきた。


「あれは、あの怪物ですよね?どうしてここに?」

「囮に使った卵がうっかり孵ってしまいまして」

「うっかりじゃないですよ!魔物の卵ですよ、それをあんたッ……」

ふうふうと両肩で呼吸をしており、私はちょっとかわいそうになってきて眉尻を下げた。


「あの、できれば見逃してやってあげられませんか。なんだか氷しか食べなくて……」

「あれは!どう考えても肉食だったでしょうが!!」


そう言い終えて彼はハッとしたように口を押さえて座り込んだ。

「も、申し訳ございません」

「あ、いえ。その……多分、それも織り込み済みでポルヴォル様はあなたを私につけたのだと思いますよ」

「……そう言われればそんな気がしてきました」


とは言え、魔物を飼うことは別にステータスとして問題はないという。その家がどれだけ凶暴な獣を飼いならせるかによって武力の格を表せるからである。

「とは言え見た目は愛玩動物ですし……どうやら懐かれてもいるご様子で。しかし、正直に言いましょう。アショグルカ家を訪れるにあたって、その生物はまず間違いなくまずいですよ?」

「まあ、そうでしょうね。私も元より飼うつもりなんて毛頭ないです」

「は?」

「しかるべき大きさになるまで育て、その後で元いた場所に返すのが適切かな、とは思っています」

「……はあ?」


今度こそ本気でわからない、という表情で、彼は詰め寄ってきた。

「あのですね。それ、本気で言っておられます?」

「え?その、いや、はい」

「魔物の卵は、基本的に孵る、孵らないに関わらず、かなり高額で取引されます。それは……『卵』が親を認識し、育てる環境が整った場合、非常に良質な魔物が確実に手に入るからです」

「どういうことです?」

いや、刷り込みかと考えるが、彼はまるで違う認識を示した。


「基本的に魔物はですね、その群れの長や強い者によって孵されます。つまり、調教師の手を経たものと異なり、その卵から孵ったものはよく懐き、指示を聞きます。それは身辺警護には非常に有用ですから、特に王族などの方々が生まれた際には求められるものです。ですが、卵はとても手に入りにくい」


そりゃあ、私が死ぬ思いをしたのだから当然である。


「加えて群れの長が生きている限りは長を生かすべく行動しますし、群れが生き残るために長を守ります。だからその見た目愛玩動物の化物を手放すことはできません。孵りたてならなおさら、離れることはできないでしょうね。ですから、普段は肩の上などで待機させておくのがいいのではないでしょうか」

「なるほど……」

「ともあれ、そう非常に警戒されることはないと思いますが、何しろあの怪物の被害がどこに出たかわかりません。一応国境を出るまでは隠しておいたほうが良いでしょう。しかし、最も問題なのはですね、国境を越える際煩雑な手続きが必要になるんですよ」

「煩雑?」

「ええ。侍従長がいやな顔を露骨にするくらいには」

「……侍従長が?」


彼はポルヴォルからなかなか無茶振りを受けて動くのが常になっており、よほどのことではびくともしない鉄の笑顔を浮かべた人間だが、彼が露骨にいやな顔をするというのは……。


「少し、侍従長を呼びたい気分ですね」

「あなたの冗談は洒落になりませんから、あまり楽しめませんね。ですが、事故のように手に入れた魔物なら別です。幸い国境沿いの関所フツェルで御遺体の方も一緒に渡せば、まず間違いなく偶然手に入れたと証明できるでしょうから、半分くらいにはなるかと」

「……それでも半分、ですか」


この小さな生き物が私から離れることができないのはわかったし、きっと間違いなく私の側以外にはいられないだろう。何しろ、暖かい季節に氷を用意できるのは私くらいだ。寒い地域ならそれも可能だろうが、なかなか近くに置くのは難しい。


「それじゃあ、名前をつけましょう。何か候補はありますか?」

「候補……」

「私としてはシュルンヴェルゲとか、ヴォルヴォスとか強そうな名前がいいと思うのですが」

ウキウキした様子で語っているが、どうやら装飾塗れの名前になりそうだと思い、自分でも思い当たるものを考えてみる。


「うーん……名付け、意外と難しいですね」

ふと、蜘蛛の巣のようになっていた巣を思い出して、私は静かに笑った。ユキという言葉には今世ではあまりいい意味がない。むしろ、意味がない言葉の方が呼びやすい。


「リッカ。リッカなんて、どうでしょう」

「リッカ?また、意味のない言葉ですね。あまり響きも綺麗じゃないですし……」

「いいんですよ。呼びやすいでしょう?」

「確かにそうではありますが、ううむ……」


唸って黙り込むように腕を組んでいるのに苦笑しつつ、リッカと名付けられた生き物のふわふわの首元をちょっと掻く。

「んきゅ?」

つぶらな瞳でこちらを見つめてくるリッカはどこまでも無邪気に見える。抱き上げて視線を合わせてみると、ぷらーん、とぶら下がるような体勢になる。

「お前のせいで、手続きが多くなったのですよ。もっと反省しなさい」

テチ、と前脚が私のおでこに押し付けられ、リリンがそれを見て吹き出した。和気藹々とした雰囲気が続き、その日の晩には関所のある街、ツフェルに到着することができた。


関所と言っても大きな門が一つあるだけで、実際ツフェルはそれを横切るように大きくできた街である。国境としてある線は非常に曖昧なため、ツフェルを作る時もかなり難儀したらしい。ツフェルの法律としてはひとまずこちら側のツフェルの街ではデザアルの、向こう側のツフェルの街ではテブルテ大王国のものを使うようだ。

ツフェルの門からは高めの塀が伸びており、街の端まできっちりと建てられている。街道として整備されている国境では確実にこの設備が設けられており、無論門を通る際は許可証が必要になる。無論国境はかなりガバガバに見えるが、門を通らない商売や人間を見つけた場合にふんじばって通報をすると金一封が送られる。割とそれを生業にしている人間もいるので、世の中そう甘くはないということでもある。ちなみにデザアルにくる人間は割といて、その誰もが口を揃えて自由の国だと言ったそうだが、現実としては私の村に理不尽な要求を突きつけてくる悲しいものである。


「確かここでなら、マハラティエの赤絹が手に入るのでしたっけ」

編み図はすでに完成させているので、あとは編むだけで良い。

「ええ、まず間違いなく。向こう側からの流通はかなり良いようですから」

「こちら側からは……」

「まあ、領主からは推して量るべきでしょうね」


街の外周に並んでいた検問所の兵士がゾロゾロと忙しなげにこちらに向かって歩いてきた。私が降りようとすれば、それは手で制される。

「何事ですか!」

扉を開けてリリンがそう大声を出せば、兵士が寄り集まっているのはどうも後ろ側に引いている死体たちだ、とすぐに分かった。


「リリン、ここは私が……」

「テブルテではそのような真似はしないでくださいよ。いいから、座っててください」

私が説明した方が早いのだが、と思ったものの、外からリリンの口上が聞こえる。

「我が主人はこの怪物をたった一人にて勇猛果敢に立ち向かい、ついには斬り伏せたのです。それを早とちりで人殺し扱いですか!我が主人が知らぬ土地にて眠るは辛いだろうと彼らをここまで運んできたその慈悲の心を無視してまで!ああ、天にまします光よ、なんということでしょう!我が主人の山よりも高く谷よりも深いお心が凡弱な方々にはお分かりにならぬのです!」


……リリン、私は別に勇猛果敢に立ち向かったわけじゃあなくって、正直に言えば……なかなか卑怯な手を使って立ち回ったのだけど……。

そうは言えず、なかなかに恥ずかしいセリフをぶちまける彼を止める術は私にはなかった。しばらくすると兵士は行方不明のリストを出してきたのか、彼らを遺族の元に返すという話をしてきた。しかし、一名はどうやらテブルテの人間らしい。詳しい説明のために兵を一人借り受けたいと頼めばしっかりとうなずいて彼はそのままテブルテの兵士のいる場所に行きましょう、と言ってくれた。


そろそろ普通に腹が減るのだが、と頭を抑えたが、どうやら死体が解ける前に、と思っているらしい。勘違いを解くのも面倒なので、私はひとまず彼を伴ってテブルテの詰所まで同行することにした。

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